mixiユーザー(id:13658569)

2015年08月08日10:19

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これは如何なものか・・・

なんですかねぇ・・複雑というか、虚しいというか・・。

長い時間と共に風化してしまう・・ということは何につけあるわけで、
それ自体致し方ない面はあるのだけど・・

日付よりも事実や中身が重要なのであるも、それでもこの象徴的な日が刻まれなくなっている・・
という事実を前にすると、重要な中身にさえしっかり考えが及ばなくなって来ているのでは・・
という風にさえ思えてくる。

それにはやはり、このアンケート結果の内容に表れてしまってるのかもしれない。

全国は何より、肝心の広島と長崎で「やむを得なかった」が4割とは・・

この背景をもっと正確に分析する必要もあるかも知れない。

「とどめを刺されるほど日本の国家、軍事体制に問題があったのだから」という、
割りと客観的思考なのか。

あるいは、ごく単純なぼんやりとした受動的感覚ゆえの、漠然とした思考なのか。

まあいずれかなのかな・・。

ただし、対する答えの「今でも許せない」。

こちらの方が、もしかすると深く分析される必要もあるかも知れない。
許せないのは「非人道的兵器」を投下したこと、それを含めた米という国に対して、
あるいはその事実全般、戦争全て等ひっくるめた総体的な感情なのか・・。

どれも、どちらでも意味合いに大きな差はないとも言えるけども、
これから益々記憶や言い伝え、教育が先細りしていくとするならば、
個々の分析や理由について、もっと深く議論していかねばならない、
単に「戦争は、原爆は怖い」という総論や表層的な結論だけに終始するのではなく・・。

ただ・・・

「やむを得なかった」ってのが今後も増えるとすれば、
それはやはり当事国として問題だし、その感覚が蔓延するとすれば、
自国だけならまだしも、対外的に日本人の感覚について疑問視、
または奇異に捉えられかねない・・ヘタすれば被爆国ですらもはや痛感していないのだ→
核であってもやがては忘却の彼方に消え去るもの→使用への躊躇い、
ハードルが僅かにでも下がりかねないようにも思えたり。

それが杞憂なことであれば良いのだが、少なくともこのインパクトが世界に知れ渡った時、
日本が、日本人の評価がどう分析されるかについて、ちょっと心配になってしまう。。


■原爆投下の日、答えられたのはわずか3割弱 際だつ長崎での風化
(ウィズニュース - 08月08日 07:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=3556598
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 12:39
    日付もさることながら、被災地において、「原爆投下がやむを得なかった」とする回答が4割には、ちょっとショックですね。「なぜそう思うか?」の設問も欲しかったところですが、何となく日本人の想像力の欠如が日増しに強まっているような気がしてなりません。また、年々その語り部が減少していること、さらに近代史の学校教育、特に戦争に対するそれが意図的に割かれているのも問題ですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 01:37
    こんばんは。
     今思えば私たちの年代はあえて戦争についての教育というものを避ていたと思います。

    教科書にもかなり違いがあったと聞きます。

    私が中学3年か高校一年のとき、自由課題で作文を書かされたことがあって、ほとんどの生徒は部活動や寮生活のことを書いたのに、私一人だけ「戦争はいけない」という内容の作文を書いたことがあります。
    その時、その先生は何人かの生徒の作文を本人に読ませ、私の作文も私自身が読むよう言われたので読みました。多分、その先生は他の生徒との対比として読ませたのだと思います

    その授業のあと、周りの男子生徒から「お前、考えすぎだよ、云々」言われて、皆の無関心さに腹が立ったことを今でも覚えています。

    高校では左翼的な影響を受けた生徒が少数いて、校内に「三無主義反対」などどいう張り紙をしたりしていましたが、やはりそういう生徒は、当時の時代の流れではただの「変わりもの」扱いでした。

    とにかく起こったことはもう忘れるしかないというような雰囲気でした

    私が上記の作文を書いた当時の心境を詳しくは思い出せませんが、被害者になることより加害者になり得ることへの恐怖心が強かったように思います。

    広島、長崎の原爆に関して、私が米国に対して望むのは謝罪の前に
    自分たちがどういうことをして、どういうことが起こったのかということを
    米国の子供から老人までがきちんと認識をして欲しいということです

    少なくとも原子爆弾の写真の前でVサインなどする気にはならないはずです
    (今日の報道特集で金平キャスターがその光景を見たと話していました)

    誰が正しい、正しくないと言いだしたら、何百年前まで戻っても終わりません
    けれど、戦後体験を語れる人が少なくなり、その悲惨さを知る人がいなくなったら
    きっとまた同じことをしてしまう。それが人間なのかもしれませんね。

    そしていつか自分たちが作り出した武器で滅んでいくような気がします。

    それにしてもいくら学校で教えていなかったとしても6日、9日、15日が何の日か知らないとは、、、、情けないです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月10日 00:12
    > mixiユーザー 
    そうですね、今からでもやれることはまだまだあるはずですよね。
      大学生、高校生が頑張っているのに、大人があきらめてはいけないのかもしれない。

      確かに、男女差はあると思います。男子のボンファさん(笑)
      私の弟もゼロ戦に興味があって、上野の博物館に観に行ったことがあります。
      その時はそれが兵器だという認識はほとんどなく、車好きな彼がF1を観に行くことと
      変わりがないように感じていましたし
      私もSFが好きなので、ある程度は理解できます


      個人差もあって、ちょっと私は過敏すぎるのかもしれませんが、会社で男性社員が会議などで
      「そのトリガーはなんだったの?」という言い方をするときに、不快な気持ちになります
      単純に「きっかけ」で良いじゃんと思うですが、他にもスペックとかバジェットとか使いたがるんですよね〜

      でも「トリガー」を簡単に会話に入れるのはやめてほしい

      欧米の銃社会の延長線上に武器産業があるわけで・・・

      話はそれましたが、上で述べたように立場が違えば加害者になってしまうかもしれない
      その時に私は自分自身がそのネガティブなエネルギーの魅力に抗えるか、自信がありません

      そうそう、スターウォーズでいうところの「暗黒面に落ちる」かもしれないと・・・・

      人一倍「戦争」という言葉に対する拒否感が強いのは、前世でなにかあったのかもと思うことも
      例えば、アウシュビッツで看守をしていて、その罪悪感が残っているのかな、とか。

      またまた道が逸れたので今日はこの辺で。

      いつも、真摯に丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。

mixiユーザー

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