と言う事は護国寺はごった返していたんだろうな。
講談社で打ち合わせた後に、護国寺に行き、猫を撫で、
その後また江戸川橋の方に散歩しながら帰るのが好きなコースだった。
護国寺に立ち寄った時は時たま大山さんの墓前に手を合わせた。
護国寺はその当時100%の確率で猫が触れたから
どっちかっうと猫が主眼であったが、
講談社刊「空手バカ一代」のゆかりを感じながら
手を合わせるのもともかく、
夕暮れ時に・・・5〜10分単位で日が沈んでいくあの感覚が
大好きだった。
「カラテの父」
とか、墓石に刻んであるのは沖縄人として少し「ムムウ・・」と思いつつ、
「空手」じゃなく「カラテ」だから良いか\(^o^)/
とか思っていた。
功績はあまりに大きいのである。
今現在の無数に分かれた極真をどう見ているかは分からないが、
後進の事は後進に任せて、案外デンと構えておられるのかも・・・?
漫画馬鹿少年だったので、変身もしない、ロボットも出てこない
汗のニオイがしてくる様なこの手の作品は苦手であったが、
ある年齢から逆に好むようになった。
一度くらいは本人にお会いしてみたかったですな。
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