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2019年02月13日02:08

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【そもそも人間学とは何か】 山田方谷の理財論

知古嶋芳琉です。

ふと思い出したのが、

江戸時代の世直しの哲人のお話しです。

このお話しも

安岡正篤師のお話しに出てくるもので、

少々前置きが長くなりますが、

『運命を開く』

という、

人間学講話シリーズの一冊からの

引用であります。

あらためて

先生のお話を読み直していると、

あのカリフォルニア臨床心理学大学院の学長であった、

ジョン・オニールが書いた

『成功して不幸になる人々』

に出てきた

「自己再生プログラム」のお話と、

少しも違和感を感じません。

これは

驚異的なことであるとともに、

また、

ある面においては必然でもあります。

ですから、

経営者に限らず、

リーダーたる人、

つまり

長距離勝者とか持続的成功者を目指す人には

必読の書であることに、

変わりはないのです。

何事においても、

深く学ぶことや、

我と我が身をふり返ることの大切さは、

時代を超えて

不変であります。

そして、

動ぜざること山の如しというように、

少々の混乱には、

決して動じないだけの

肝の坐った人物にならなければなりません。

決して

軽々しくて

薄っぺらな、

軽挙妄動する人間に成り下がってはならないのであります。




−−−ここからが引用です−−−




■ 活人活学




○ 現代に生きる「野狐禅」 − 不昧因果の教え




<因果の法則を昧(くら)ますな>




この頃の思想家・評論家には、

解放とか自由とか人道とかを、

さももったいぶって説きたてて、

そして

祖国日本に毒づく

変な流行があります。

私はそういう人々の言論に接すると、

よく「野狐禅」というものを思い出すのであります。

これは

禅の名高い公案の一つでして、

それの出ている本の中で

一番よく知られておるものは、

名高い

『無門関』という禅書であります。

公案というのは、

つまり

禅に参ずる者が、

それを解決して

自分の悟道の修行にする問題であります。

禅は

達磨(だるま)以来、

始めのうちは

特に

一宗一派を立てたものでなく、

たいてい

どこかのお寺であるとか、

気に入った山中の洞窟などに自由に生活して、

気の向いたままに

俗を離れて思索修行したものであります。

その禅風が広まるにつれて、

どうしても

それでは不便で、

やはり

定住の形態を求めるようになりまして、

自然と

禅寺というものができ、

禅宗と言われる教団が発達したのであります。

禅に

そういう

組織形態を作り出した

最初の功労者に

百丈(ひゃくじょう)和尚

という人があります。

この人は

唐の時代、

今から千二百年ほど前の名僧ですが、

この百丈和尚中心の集まり、

これを

会(え)と申しますが、

この百丈和尚の会に参じておりました

一老人がありました。

これは、

その寺の後ろの山に住んでおった

野狐の精であって、

それが

人間の形を借りて

百丈和尚の説教を聞き、

ついに解脱したという話であります。

その話はこうです。

いつも

百丈和尚の講席に

皆と一緒に聴聞する一老人がおった。

皆が退席すれば、

その老人もまた退席する。

何も変わったことはなかったのですが、

ある時、

皆が退席しても

老人だけが退席しない。

かねて

普通でないと看破しておった百丈が、

「お前は普通人(ただもの)ではあるまい」

と問いますと、

彼は、

私は

非人なり、

即ち

人間ではありません。

私は

かつて

この山に住しておったのですが、

ある時、

大修行底の人もなお

因果に落つるや否や

非常に修行した人間でも

因果の法則というものに

やっぱり

支配されるか、どうか。

俗人は皆、因果の法則に支配される。

しかしながら、

非常な修行をすれば、

俗人が支配されるような、

そんな

因果の法則に支配されないものではあるまいか。

火に入って焼けず、

水に入って溺れず

というふうに

なれないものかと問われて、

私は、

そんな

俗人の支配されるような

因果の法則に支配されるものではないと答えました。

そのために

永遠の野狐の身になり下がってしまいまして、

どうにもなりません。



どうか

和尚さまより

何か

本当のお言葉、

答えを教えてください。

それによって、

この野狐の苦痛を脱したいのです、

と打ち明けました。

すると

和尚は、

「不落因果ではない」、

「不昧因果」であると教えました。

老人

言下に大悟す。

「これで自分は悟りました。

野狐身を脱しました。

自分の亡骸(なきがら)は、

この山の後ろにありますから、

どうか

和尚さんに申しあげますが、

死んだ者のしきたりに従って

葬ってください」

と言って

消え去りました。

これは実に面白い。

面白いと言っては相済まない、

痛切である。

これに感動して、

これに覚えるところがあって、

あの松江の殿様、

お茶で有名な

松平侯の

「不昧(ふまい)」の号もついたわけであります。

公案では、

このあとに

二、三

問題がありますが、

それは

ここに必要ありません。

これについて

無門和尚は

「不落因果、何のために野狐に堕す。

不昧因果、

何のために野狐を脱す」

不落因果で、どうして野狐になったのか。

不昧因果で、どうして野狐を脱れたのか。

この話の中に心眼を開かねばならぬ、

と申しております。

修行するということは、

これは

今に至るまで

一般に

誤解することなのですが、

なにも

我々一般の生活、

日常の生活、

現実の生活、

そういったものを離れて、

山の中か何かで

特別の生活をすることのように考えたり、

さらにまた、

何か

一般人が支配されるような、

そういう

因果の法則から解脱してしまう。

火に入っても焼けず、

水に入っても溺れぬようになる。

奇跡を演ずる。

そこに偉い修行というものがあるのだ。

こういう考えが、

やはり

その当時にも、

こびりついていたものと見えまして、

このことを問うたのに対して、

「不落因果」は、

それを肯定したわけです。

それは偽りである。

人を騙したことである。

人を騙す代表は狐狸であるから

野狐になってしまった。

これは非常に面白い。

そこで

何と答えることが真実であるか。

百丈和尚は

「不昧因果」と答えた。

大修行をするということは、

因果の法則を無視するとか、

因果の法則を超越するというような、

そんな意味ではなくて、

この複雑極まりないところの

因果の法則というものは、

実は

普通の人間にはわからない。

その因果の法則をはっきりさせること、

ごまかさないだけのことである。 

何も

大修行といったとて、

奇跡を演ずることではない。

平たく言うならば、

不養生をすれば病気をするものだ、

悪いことをすれば心が悩むものだ。

これは

一つの因果である。

普通の人間は、

病気をすれば医者もある、

薬もある。

俺は大丈夫だというふうに考えて、

漫然と不養生を続けておる。

そうして

病気になると

大騒ぎをする。

こういうのは

一つの「昧因果」である。

因果に暗く、また、くらますものです。

そうして、

そのために、

いつでも

ばかばかしい

因果の法則の手に落ちてしまう。

そうではなくて、

不養生をすれば病気をするという因果、

それをはっきりさせる、

いい加減にしておかない。

これが一つの

「不昧因果」です。

そうして、

はっきり

その

因果の法則にしたがって実践する、

これが修行です。

つまり、

科学をはじめ、

すべての学問は

「不昧因果」であるわけです。

だから、

我々の平凡な日常の生活からでも

大修行はあります。

我々は、

なかなか

衛生という因果一つ

明白にやれないではありませんか。

大にしては

戦争というものが

どういうものであるか。

どういう戦争の仕方をしたら

どういう結果になるのか、

また、

どういう敗戦をすれば、

どういう困窮に国民が落ちるものであるか。

そのためには

政治家は、どうしなければならないか。

事業家は、どうしなければならないか

というようなことも、

即ち因果であります。

この

因果の法則に暗かったために、

今度の戦争が

滅茶苦茶な敗戦になって

混乱を来たしたわけです。

かつての日本人は、

「戦いには負けない。

外国と戦って負けたりなんかはしない。

危ない時は神風が吹くんだ」

と考えた。

これが

「不落因果」であります。

かつて

日本人は

不落因果の思想を持っておったわけです。

これについて

「不昧因果」ができれば、

決して

こんなことにはならなかったのでしょう。

しかし、

それは

簡単なようなことであって

実際には

非常に難しいことで、

それをよくやってゆくのが

大修行です。

ですから

禅というものは、

奇跡を演ずることではなく、

まことに、

この

我々の

日々の生活の理法というものを、

曖昧にしないで

明確にして、

そうして

真実にやってゆくことにほかならない。

今は

世界の危局も、

日本の行き詰まりも、



この

ごまかしから来ておるのです。

ソ連や中国などは、

そのごまかしの徹底した行者で、

解放の名において

民衆を奴隷化し、

平和を宣伝して

相手方を安心させ、

その虚に乗じようというふうに、

すべて

恐るべき詐術です。

それを知ってか知らずか、

中ソを謳歌して、

彼らに従えば

奇跡のような

理想世界ができるように主張する。

実に、

とんだ“野狐”であります。




<山田方谷の理財論>




現在、

皆が

悩んでいる

経済の行き詰まりも、

因果を無視した

“野狐”の苦悩です。

幕末、

備中

松山(現・岡山県高梁(たかはし)市)に

山田方谷(ほうこく)という哲人がありました。

この人は、

“貧乏板倉”と言われたほどの

この藩(板倉藩)を

徹底的に刷新して、

経済的にも

精神的にも

大事業をやり遂げ、

何も知らない旅人でも、

足を板倉藩に踏み入れたならば

直ちに、

これは

音に聞く板倉藩だなと

気がつくと言われるほどの

実績をあげた人であります。

藩主の板倉勝静(かつきよ)が

後日、

幕政に与(あずか)ったことがあります。

ある時、

板倉公に従って登城した山田方谷を顧みて、

公が

江戸城の規模の大を自慢されて、

「どうだ、田舎から出てきてこのお城に来ると、

お前も感心するだろう」

と言われた。

ところが

方谷は

静かに、

「貴方はそうお考えになるかも知れませんが、

この江戸城も大海に浮かぶ船の如きもので、

底は恐ろしい荒波ですよ」

と答えて、

公は愕然として

色を失ったといわれております。

また、ある日は、

藩邸で

一同

雑談の際、

方谷は、

「幕府も、もうどうにもならない。

家康公が仕立てられた着物みたいなもので、

代々着古したものを、

吉宗公(八代将軍)が仕立て直し、

また、

それを着古して、

もはや

生地が傷んで

仕立て直しもきかん」と

言われたので、

満座、

色を失った。

そういう慧眼・達識の人であります。

この人に

卓抜な

「理財論」があります。

「理財の密なる、

今日より密なるはなし」、

世の中は挙げて経済の話である。

「而して今日より窮せるはなし」で、

そこで、

およそ

取れるものは何でも税をかけて取る。

減らせる費用は何でも減らす。

それでいて

政府の倉は空で、

「積債山の如し」である。

そもそも、

天下のことを処理する者は、

問題の外に立って、

問題の中に屈すべきものではない。

理財もまた然り。

理財の中に屈してしまってはいけない。

しかるに

今の財を理(おさ)める者は、

即ち

財の中に屈して、

万事

ただただ

経済経済で、

それより

外に

出られない。

人心の頽廃も政治の堕落も何も考えないで、

ただもう

経済の心配ばかりして、

ますます

窮しておる。

その心の持ち方を一変して、

どうすることが正しいか

という

道義に目覚めなければ、

経済は救われるものではない。

「利は義の和」である。

道義を実践してゆくことが、

結局、

大利になるのだと、

こういうことを

論じております。

我々が

いかに

不昧であるか、

それとも、

いかに不明であるかということを考えますと、

これは慄然たるものが多い。

やはり

人間は

学ばなければいかん。

どんなに偉い人でも

学ばなければ

気がつかんのであります。

学問することによって、

初めて

気がつくのです。

つまり

不明が不昧になるのです。

むしろ、

出来れば

出来るほど、

経験を積めば積むほど、

やはり

学ばなければならない。

ところが

人間は

少し成長し、

少し

仕事をするようになると、

学ばなくなる。

学ばなくなるから不明になる。

だから

「不落因果」



たかを

括ってしまって

皆、

野狐の身になる。

あげくの果てには、

政治的に言うと、

敗戦降伏のような

大悲劇を演ずることになる。

爾来、

日本人は

十数年にわたって

野狐

身に堕してきたといってよろしい。



国民の

目覚めた人は

真剣に

「和尚代わって一転語し、

貴(ねが)わくば

野狐を脱せしめよ」ということを



迫っておると申してよろしい。

我々は、

これから

本当に

自分に対し、

家に対し、

国家に対し、

みずからの不明を恥じて

「不昧因果」、

松平不昧侯ではないが、

皆「不昧人」にならなければならない。

これが

学問教育の本筋であります。




−−−引用はここまでです−−−



ここからは

知古嶋芳琉が書いています。

こうまで

ボロクソに言われてしまっては、

頭から氷水をぶっかけられたような

目の醒める思いです。

今年は、

年回りから観ましても、

断固として

大改革をやらなければいけない年ですから、

本当に

冷たい水でもかぶって、

意を決して

大改革を断行しなければなりません。

それができなければ、

国家といわず、

役所や外郭団体に企業といわず、

あらゆる組織から

家庭や個人にいたるまで、

紛糾、

謀反、

分裂、

破壊、

破滅が

待っています。

大変な年になってしまいました。

しかも、

やったことや、

やらなかったことの結果が

今年のうちに出るとは限りません。

むしろ、

結果の元になる原因を作るのが今年だと

思わなければなりません。

因果応報の因を作るのが

今年だというわけです。

良因を創れば

良果が得られるのが

因果応報の理(ことわり)です。

結果は

速く出るものもあれば、

地中深く

潜伏して、

何年も経ってから

噴き出すものもあります。

噴き出したものは、

すでに

手遅れで、

手が付けられない状態となって現われます。

非常に恐ろしいことです

が、因縁とはそういうものです。

だからこそ、

今年は

どうあっても

改革を断行しなければいけない年なのです。

表向きだけを取り繕うとか、

姑息な手段をとって、

根本的な問題の解決を

先送りでもしようものなら、

何百倍にもなって、

その報いを受けることになります。

思い切って

膿を絞り出したり、

腐った物は

廃棄したり、

あらためて

土台から

築き直す覚悟を決めて、

果敢に断行することです。




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