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2017年06月02日18:25

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【手記】息子のお友達

5月の末頃。  息子は一人で机に向かってノートパソコンを開いていた。


何をしているの?と尋ねると、  面白い動画を見ていると答えた。


普段ゲームやアニメばかり見ている息子が、いつもと少し違う様子で食い入るように

…音楽を聴いているのだろうか。  何度も繰り返して聞いている。



夕飯時になっても、息子は黙々と手元を動かして、何かを描いていた。



おそらく、歌詞カードを自作しているのだろう。何枚かのメモが置かれていた。





二日ほど経った頃、 息子は椅子の背もたれに寄りかかりながら視線を宙に向けている。


『…いつも着ている服じゃないんだ…』とつぶやいて、また動画を見ていた。




翌日、彼は私に聞いてきた。

『…花畑の中で、上がオレンジの服、下が黒いズボンを履いてる人がいて…』


『そんな写真があったら 何か 連想する?』


私は特に感想を持たなかった。彼は何かを言いたげだったから、答えを聞いた。


『蜂を思いついたんだ。色がさ…それっぽいでしょ。どう?』


画面を見せてもらっても、私には男が立っているようにしか見えない。


だが、彼は満足そうに、ノートパソコンの作業に戻っていく。




翌日、息子は行き詰った様子だった。今日は別の音楽を聴いている。


『2番の歌詞が分からないから、先にラストから調べたほうが楽かな…』


独り言を言いながら、画面に何か文字を入力する。


音楽は止まっていたが、スピーカーから英単語の声が聞こえた。


『ん〜少し違うかな。LかR…濁音とか…ああ、これかもしれない』


今はwebで英語を調べれば、辞書が単語を発音をしてくれるのだという。

いきなり英語の勉強を始めるのかと驚いていると、例の歌詞が英語だと答えた。


『他の人たちが、デタラメ英語だって言ってるけど、全部調べてる最中…』

いつ終わるのかと尋ねたが、今で全体の半分ぐらいかなと疲れ顔で答えた。


時間限定のテストを受けているような様子で、飽きることもなく息子は調べ続けた。




翌日、これから2番の歌詞をやる予定だと息子は早朝から作業机に向かった。

ゲームをやる様子もなく、ただひたすらに。

だが、空欄のスペースがある程度埋まってくると、ノルマが達成されつつある様子で

お昼ご飯を食べて、一度彼は仮眠をとった。





夕暮れ時に起き上がると、顔を洗って机に戻り、夕日が沈む前に戻ってきた。


うつむき加減に、なぜか泣いているようだ。  出来たのかと尋ねると


『  あぁ…   できたけど    何か すごい…   世界を  見た  』

何かに怯えて、震えるような姿で 彼は椅子に体を預けた。


よほど疲れたのだろう。  顔に両手を当てたまま、涙を流している。


彼はすぐに 出来上がった歌詞の物語を、私に語り始めた。


要約すると、子供が生まれ、成長して、恋に落ち、苦難の人生を歩む人たちの物語。


彼がなぜそんな、ありがちな話を涙ながらに私に語るのか。


画面を見ても、そんなシーンはどこにも見当たらない。


だが、彼の見た世界には それが確かに存在している様子だった。

あまりにも事細かく、その情景を必死に伝えようとしている。


夜も遅かったが、私は最後まで彼の語り部を聞いてから、ベッドに戻った。




…昨晩はあれからずっと、一睡もできなかったと息子がフラフラしながら起きてきた。


それほどまでに強烈な体験だったのだろう。

感動の映画を見終わった人が、しばらく興奮冷めやらぬ状態になるが

彼は何倍も強いインパクトを受けたのだろう。


ノートパソコンでアップロードを済ませると、ホッとした様子で息子は眠った。




お昼ご飯を食べている時に息子は、何か変なものを食べたような顔をした。


『もしかすると…もうひとつ在るのかもしれない…すぐに確認しなきゃ』


食べ終わると早々に、息子はメモ紙と画面を照らし合わせていく。


手元がいつもより早く、正確に、作業を消化して新しい紙に、書き写していく。


新しい紙は2枚になっていた。細かい書き込みの他に、矢印が書かれている。



『ダブル・リードって言ってた。  やっぱり在った。すごい事なんだよ…』


息子は書きかけの歌詞をとりあえずアップロードして、修正作業をしながら

誰よりも早く、書き換えていく。 そして日記を更新していた。



その日の夜、新しく出来た、もうひとつの話をやや省略しながら語ってくれた。


『人魚姫が出てくるんだけど、笑ってるのか泣いてるのか、スネてるのか…違ってくる』


そんな事を言っていたようだったが、全体を語るというよりは、対比的な何かを

どう修正していったのか、片方を【表】、もう片方を【裏】として何が合っているのかを

丁寧に、こんこんと話してくれた。 私はただ、うなずくだけで彼は満足そうだった。



翌朝、やはり眠れなかったと、ぐったりしながら起きてきて動画を開く。


少し反応があったらしい。 夜に気が付いた箇所を修正しながら、辞書を確認する。



手のアイコンの横に数字が出ているが、それが次第に増えていた。


何か大切な事を成し遂げたような顔で、朝食を食べてくれた。



その日の息子は、日記をこまめに書き込んでいる。

今までの作業の形跡を、残しておきたいのだろう。音楽は流れ続けていた。




『今日は音声じゃなくて、映像を改めてチェックする』 と宣言して

スケジュール調整を図っていた。 午後から始めるらしい。



縦長のメモ用紙に、数字と 文字が書き込まれていく。


作業は数時間で終わったらしく、休憩をとってからパソコンをたたき始めた。



『あっ… 色が…  やっぱり。  手も動かしてる。  皿が四角だ…』

改めて何かを発見できたのか、ニコニコしながら確認を続ける。




それらを日記にあげると、いつものゲームに戻っていった。



彼が寝る前に、私に語った。

『パンはパンでも、食べられないパンは?』

私はなぞなぞを、普通に答えたが、彼は顔を横に振った。

『食べられた パン。 これなら問題そのものが、破綻しかねない答え じゃない?』


彼はここ数日、頭が興奮しすぎてハイになっている気がすると言った。

眠りが浅いのだと、冷シップを額に貼りながら、少し笑っていた。




翌朝、台所の音で目が覚めてしまったのか、息子が起きてきた。


ぼんやりとした顔で、画面を開き、キーボードを触る。


文字の量は多くないが、少しだけ読み返す。


先に日記に下書きをしてから、それを別の方に貼り付けてアップする。



『…これで 伝わるといいな…』 と呟いた。


何をしたのかと尋ねると、ささやかな贈り物を残したようなことを言っていた。


日記には、文章とは別に、青いペンギンの縫いぐるみが飾られた。



♪〜く〜ら〜 フレンズ フレンズ … ともだち♪


彼は、何か別の動画を1度だけ聴くと、パソコンの前から 姿を消した。
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