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2016年02月07日23:22

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Arthur C. Clarke: Childhood’s End

Arthur C. Clarke: Childhood’s End (Del Rey)

 言はずと知れたA.C.クラーク(1917−2008)の代表作であり、SF史における屈指の名作と言つてよからう。初刊は米ソ冷戦時代の1953年で、第1章はそれを背景としたものだつたが、今回読んだデルレイ版ではそこだけ冷戦終結を踏へた書き換へがなされてゐる。

 ある日、数々の巨大な宇宙船が地球上の主要な都市の真上に忽然と出現し、乗船する宇宙人たちが、その超越的な科学力を用ゐて世界から紛争・飢餓・貧困を消滅させ、地球の監視者として君臨するやうになる。真の目的を明さず、容易に姿を見せない彼らを、地球人はオーヴァーロード(Overlord)と呼ぶ。やがて半世紀、一世紀と経過し、オーヴァーロードの庇護の下、絶頂期を迎へたかに見える人類に、異変が生じ始める・・・。

 あまりにも有名な作品なので、あらすぢを紹介するのも気が引けるが、概要は上記のごとくである。

 小生がこの作品を最初に読んだのは創元推理文庫版の『地球幼年期の終わり』(沼沢洽治訳、現在は創元SF文庫)である。1970年代前半のことだ。その後早川書房版(福島正実訳の『幼年期の終り』)も読んだと思ふ。

 東京創元社のホームページによると、本作は「SFマガジン」創刊600号記念“オールタイム・ベストSF”海外長編部門の第2位だといふ(2006年4月号掲載)。ちなみに1位はレムの『ソラリス』。また訳者の沼沢氏は2007年になくなつたとのこと。

 さて、いまさらではあるけれど、英語版を読んでよかつた。この内容をよくもこれだけ平易な英語で書ききつたものだと思ふ。

 気づいたことをごく簡単に述べよう。

1) 主人公の不在。
 
 この小説には主人公がゐない。まあ、作品の性質上、当然であらうが。全体は3部に分れてをり、1部では国連事務総長のストルムグレンとオーヴァーロードのカレレン(Karellen)が中心人物だが、ストルムグレンは1部の終りで姿を消す。50年後を描く2部ではルパート・ボイスとマイア夫妻が催すパーティの描写が中心で、招待客のうちのジョージ・グレグスンとジーン・モレルのカップル(その後結婚する)、マイアの兄(弟)である黒人青年のジャン・ロドリクス、そしてオーヴァーロードのRashaverak(ラシャヴェラク?)が主な人物である。人類はオーヴァーロードによって宇宙開発を禁じられたが、ジャンは宇宙へのあこがれからオーヴァーロードの補給船に密航し、外宇宙を旅した唯一の人類となる。彼は80年後に帰還し、物語の終末に立ち会ふことになる。3部では、結婚して藝術コロニーに移り住んだグレグスン夫妻の生活が描かれるが、やがて子供たちに異変が生じはじめ、オーヴァーロードの真の目的が明かになる。

 といふやうに、SFの長篇によくあることだが、独立性が強い中篇を三つ合せたやうな構成になつてをり、それぞれ時代が異なるので登場人物も異なる。しかし小生の見るところ、作者が最も重点を置いてゐるのは、オーヴァーロードの代表であるカレレンと、地球最後の人類となるジャン・ロドリクスである。カレレンは唯一、最初から最後まで登場するキャラクターであり、地球人類の進化の単なる庇護者を超えた役割が付与されてゐるし、ジャン・ロドリクスは、クラークの他の作品で繰り返し扱はれる「袋小路に陥つた人類の突破口となる若者」の原型である。なほ、ジャンの容貌については特段の記述はなかつたと思ふが、ジャンの双子の姉妹にあたるマイアは「絶世の美女」といふことになつてゐるため、おそらくジャンも美青年であらう。

 2)SFの歴史におけるクラークの位置づけ。

 日本で独自に編集された短篇集『ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク ‖斥朷郎埜紊瞭』(中村融編、2009年5月 ハヤカワSF文庫)によると、クラークは「自分の人生に決定的な影響を与えた事件として、一冊の本との出会いをくり返しあげている。その本の題名は『最後にして最初の人類』(1930)。著者はイギリスの哲学者・作家オラフ・ステープルドンである。1930年の夏休み、十三歳だったクラークは故郷マインヘッドの公共図書館で同書を見つけ、たちまちその魅力にとりつかれたという――」(『太陽系最後の日』解説より、同書499〜500ページ)。
「・・・同書は未来の歴史書と呼ぶべき特異なフィクション。1930年代の地球から筆を起こし、人類が栄枯盛衰をくり返しながら宇宙へ広がっていき、二十億年後の海王星で最期を迎えるまでをつづっている。環境の変化に合わせて、みずからの肉体を改造しつづけ、われわれとは似ても似つかない存在になっていく人類の行く末は衝撃的だ。」(500ページ)
 この後、編者の中村氏は、ステープルドンの作品がH.G.ウエルズの『世界史大系』(1921)の続篇として構想された節があるとして、「ウエルズ→ステープルドン→クラーク」といふ影響関係を指摘する。
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  それはイギリスの作家・批評家ブライアン・ステイブルフォードが「英国科学(ルビでブリティッシュ・サイエンティフィック)ロマンス」と名づけたジャンルの主流にほかならない。その特徴を端的にいえば「巨視的なスケールで人類の進化を描き、宇宙におけるその位置を考察する」となるだろう。
  ステイブルフォードが、イギリスSFといわずに、わざわざ「英国科学ロマンス」という言葉を使ったのには理由がある。それがアメリカのサイエンス・フィクションとは別個に存在した英国独自の文芸ジャンルだからだ。(501ページ)
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 といふわけで、英国科学ロマンスにおけるクラークの位置を正確に知るためには、オラフ・ステープルドンの Last and First Men なども読まなくてはならないらしい。その本(Gollancz版)は、同著者の Star Maker や Sirius とともに小生の机辺にしばらく前から置いてあるのだが、さて生きてゐる間に読むことができるだらうか。
(了)

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