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mixiユーザー(id:12644385)

2017年07月16日00:21

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この主張は理解しがたい…

妊娠した高校生に卒業支援を
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4669271

 このNPOの主張は、一部は分かるが大半は受け入れがたい。
高校生が妊娠したら「即退学」という高校側の処分、これは個人的には厳しすぎるように感じる。色々な方の意見が投稿されていたが、「不純異性交遊」とか「未成年者の性行為は違法」は今の時代には古い考えであろう。高校生が恋愛感情を持つことも、愛情表現も僕は自由だと思うし、お互い同意の上での性交渉も自由だと思う。その点、高校生の恋愛を最初から否定し、「高校生なら勉強第一」という主張はもはや時代遅れであろう。高校で学ぶのは勉強だけではない。恋愛も、友情も、努力も、成功も挫折も学ばなければならないと思う。
 問題なのは、彼らが校則を破ったことでも、未成年者なのに性行為をしたという、「ルール違反」ということではない。彼らが社会のルールを守らなかったのだから排除されても当然だ、校則や条例によって裁かれるべき、という意見には私はあまり納得できない。
 一番の問題は、「責任ある行動(=育児)」を取ることができないのに、「責任ある態度(=避妊とか)」を取らなかったことであろう。
 もしかすると、私の先の文章「高校時代学ぶのは勉強だけじゃない」という文を引用して、「これも人生経験のうち」と彼らを擁護する人もいるかもしれない。しかし、これはとんでもない過ちだと私は思う。これから生まれてくる子供に、同じことを言えるだろうか?子供が成長したら、同じことを教えるのだろうか?あまりに責任がなさすぎる、と思う。「私は親になりましたが、生まれた子供の責任は取れません」ということだ。

 愛情表現は自由だし、私自身は「未成年だから」という理由で恋愛を禁止するのはアホクサイ、古臭い、頭カタすぎと考えている。誰にだって(自由主義社会の中なら)何を思おうが勝手、思想は誰にも縛られないと思っている。
 問題なのは、「自由」というコトバが社会で拡大解釈されて、「権利」というものが独り歩きしていることだ。
 堅苦しい話になってしまうが、「社会」という集合の中では、「権利」と「義務」は同一である、私は考える。
 つまり、「社会」という集合の中には、次の4つの場合があると考えられる。

 峙遡海あり、権利もある」
◆峙遡海あるが、権利はない」
「義務はないが、権利はある」
ぁ峙遡海呂覆い掘権利もない」

このとき、これら4つの場合を考えると、
 □「奴隷制」の奴隷階級 →現実的ではない
 →「奴隷制」の支配階級 →おかしい
 あ「野放図」      →そもそも「社会」とは呼べない
 
となる。つまり、^奮阿両豺腓蓮崋匆顱廚箸靴得り立たないのである。
 とすると、,里澆我々の生きる「社会」なのだから、「義務」=「権利」となる。

 つまり、我々が「権利」を主張するならば、「義務」が必ず生じる。逆に、「義務」を守っている者には「権利」が生ずる。義務と権利、どちらか一方だけでは存在できないということになる。
 
 話がややこしくなってしまった。話を元に戻そう。
 「私には教育を受ける権利がある」という主張に対し、何の義務があるだろうか?いろいろ考えてみたが、どうも私にははっきりした考えが浮かばない。「子供に教育を受けさせる義務」?いや、高校はまず義務教育ではないから当てはまらない。「就労・納税の義務」?→いや、これは逆に「仕事につけ」という話になってしまう。
 いろいろ考えたが、やはりこの場合、「権利に伴って発生する義務」がない。とすると、義務が生じない以上権利はないということになる。国が奨学金を出して・・・という考えもあるが、この「権利」が生じるなら、後で奨学金をきっちり返還せよ、返還できなければ支援できません、となるだろう。
 「子供は社会の宝なのだから、社会全体で応援しよう」という主張も所々にアップされている。この意見にはほぼ賛成だが、ここでは議論のすり替えに過ぎないので言及しない。
 「男女平等の社会なのに、身ごもった女子ばかりが…」という書き込みもある。これももっともな意見ではあるが、話のスジが違うであろう。
 よく聞く意見で(このニュースにも弁護士の意見として書いてあるが)「学習権はすべての人に保証されている」という意見がある。しかし、繰り返しになるがこの権利と共に生じる義務は何か?という問いには、何も回答が示されていないし、納得する答えを私は聞いたことがない。それは「〜する権利がある」という主張に、同時に生じる「義務」について深く考察しない形だけの「権利」、むしろ言い換えれば「ワガママ」、「欲望」しか見えてこないためであろう。
 
 また話が逸れてしまうが、そもそも「権利」とは何ものだろう?この時代に生きる人には、存在することが当たり前のように受け止められているが、私は「権利」というものを主張する人にはたくさん会ったが、その意味を分かるように解説してくれた人に会ったことがない。「誰もが持っている普遍的なもの」という説明、それは性質であって本質ではないと思う。アメリカの独立宣言やフランスの歴史から説明してくれる人もいるが、「神から与えられた」とか「人間は生まれながらにして〜」というところでへそ曲がりでアマノジャクな私は「何故?」と突っ込みたくなる。彼らの西欧圏の文化では当たり前に受け止められるかもしれないが、私は「神から与えられた〜」とか「生まれながらにして〜」という説明がしっくりこない。なかには「アメリカでは〜という権利が確立されているのに、日本ではまだ定着されていない」という、西欧の精神文化を上とみなし、日本を未発達な国と蔑む者もいるが、これは実に幼稚な発想だと思う(別に日本が上で西欧が下、と言っているわけではない)。
 
 ようやくこの話の結論にたどり着ける。無論、私は自分の結論が唯一の答え、他は間違い、という考えはないつもりだが、
 〔だ年の愛情表現や性行為を罰する気はない、
 △燭世啓分の行動には必ず責任を持たなければならない、
 8⇒と義務は同じものなのだから、権利を主張するときは対となる義務を負う、
 ず2鵑慮⇒の主張に対して義務が存在しないので権利は存在しない。

というのが私の考えである。

  

最後に…

 やはり一番大切なのは「責任」というコトバだと思う。「義務」でも、「ルール」でも、「マナー」でもない。昔の人が創ったそんな「型」にはまることにこだわる必要はない。ただ、自分たちが今までしたこと・今していること・これからすることに、どれだけ自分たちが努力できるか、それが「責任」であると、私は思う。
 
 
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年07月16日 03:32
    この記事を見てからずっと引っ掛かっていたのが「学ぶ権利」という言葉でした。

    私も権利を主張するなら義務が生じると思ったので今回の「学ぶ権利」に対する義務は何だろうとずっと考えていました。

    正直正解はないのかもしれません。ただ私なりに義務教育ではない高校での「学ぶ権利」に対する義務は校則というルールを守る事ではないのかという考えに至りました。

    平々凡々な主婦なので考えも単純かもしれません。

    そしてこの記事の「学ぶ権利」に違和感を覚えたのが、わざわざ権利を主張しなくても学ぶ機会はいくらでもあると言う事です。

    友人が定時制を卒業しましたが文化祭に誘われて行ったら生徒の年齢の幅広い事に驚きました。本人にその気があれば何歳になっても学ぶ機会は平等にあるんだと思いました。

    妊娠自体は悪くない、少子化対策になる、貧困の連鎖、自己責任などなどいろんな意見が出ていますが、この記事を見て権利と義務について考えていた所で主さんの日記を見つけたので長々と書いてしました。

    すいません。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年07月16日 05:00
    >とすると、,里澆我々の生きる「社会」なのだから、「義務」=「権利」となる。

    後に挙げられている数々の矛盾や疑問の発生源は、このアクロバティックな飛躍にあるように俺には思えます。「俺の考え」ではなく、ご自身が書かれている文章から自然と導き出される一番しっくりくる結論です。

    >私は自分の結論が唯一の答え、他は間違い、という考えはないつもり

    この姿勢は素晴らしいし、俺もあらためて肝に銘じようと思います。
    とくに昨今の日本のような社会情勢では「権利」ということを、今まで以上に突き詰めて、あらゆる思い込みや刷り込みを棄てて考える必要がある気がします。

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