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2022年12月18日17:18

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【やや長文】今年の邦画のフィニッシュブロー『ケイコ 目を澄ませて』の良さをネタバレ無しに語ってみる

その昔、親戚が住んでいた商店街に「ビーボより美味いのはビーボだけ!」という自販機があった。
その自販機はたしか稼働しておらず、子供だった自分は
「ビーボっていう飲物があるのかな?」ぐらいに思っていた。
時は流れ、ビーボが会社名であり、当時すでに廃業していたことを知った。
そしてこのキャッチフレーズばかりが今の人々の記憶に残っている。

……何が言いたいかよく分からないつかみですが、
今年のマイベスト映画は、4月に公開された『やがて海へと届く』であり続けていた。
今年も残すところ2週間となり、そのまま決まるのかなと振り返りに入っていた。
しかしここにきて、先ほどの文句ではないが、「岸井ゆきのより魅せるのは岸井ゆきのだけ!」
そう思わせる作品がついに世に出た。
三宅唱監督、岸井ゆきの主演、『ケイコ 目を澄ませて』。
今年を語る上で欠かせないこの作品について、ネタバレを避けつつ推奨したい。
(『やがて海へと届く』の感想テキストについては最後にリンクを貼ります)


映画『ケイコ 目を澄ませて』本予告
https://www.youtube.com/watch?v=xqH1sTg5w1k


この作品の内容を端的に言うと、「聴覚障碍の女性ボクサー」の話である。
女性ボクサーというだけでも(昨年、入江聖奈さんが五輪金メダリストとなったにしても)珍しく、
その上聴覚障碍ということもあり、観客は「特別な人の話」と身構える。
しかしそのバイアスは、序盤の5分でものの見事に打ち砕かれる。
元・器械体操経験者という運動神経の良さが存分に生かされた、コンビネーションの練習シーン。
ケイコを"見下していた"観客を、その張り詰めたテンションで自らの土俵に引きずり上げる。
ざらついた16mmフィルムの映像が、リアリティをもって観客に迫ってくるのだ。

しかし、上げて落とすではないが、ケイコの現実もストーリーの狭間に叩きつけてくる。
"健常者"が普段感じることの無い、聴覚障害者しか見えない世界。
コンビニや街角などのあるあるシーンだけでなく、何の変哲もない日常。
電車が行き交うシーンが度々出てくるが、ケイコにとっては光と振動でしか感じられない。
そのことを佇まいで表現する、三宅監督と岸井ゆきのの非凡さを感じるのだ。

この作品の特徴的なところとして、コロナ禍の真っ只中にあることを描いている。
マスクをつけることが多くの人に習慣付いているのだが、
唇を読むことがコミュニケーションの一助となっている聴覚障碍者を懊悩させていることも描いている。
(気象庁などが情報発信の際、口元が見えるマスクを用いている理由の一つだ)
また余談であるが、聴覚障碍に限らず、加齢によって難聴となる高齢者は多々存在する。
そういう立場のある老人に尋ねると、「世界から取り残された」感覚になるのだそうだ。
特ににぎやかな場面にいる時ほど、それを感じるらしい。

自分は多数派の世界に安住していると思いたいが、その境界はあっけないかもしれない。
そのことに気がつくだけで、行動の一つ一つが半歩変わり、未来には大きな違いになる。
この映画は、そういう人それぞれの半歩を示唆しているのかもしれない。


この映画は様々なシーンにより、ケイコが孤独感を感じていることを浮きだたせているが、
実は世界を閉ざしているのが、外側からだけでなく、内側からもということがほのめかされる。
同居する弟とのやりとりの中で、あることに苛立つケイコだが、その理由を語ろうとしない。
一方それは、なぜボクシングをするのかという問答と鏡合わせだったりするのだ。

このケイコ演じる岸井ゆきのを見ていてハッと気付いたのだが、おそらくであるが、
『やがて海へと届く』の時の髪型とかなり近い、つまり撮影時期がかなり近いように見えた。
その作品のキーワードは、「私達には、世界の半分しか見えていない」というものだった。
1つの関係性であっても、自分の側のバイアスによって決めつけている。
異なる作品でありながら、描いている人間の哀しみは同じものだ、そう感じたのだ。


この作品において、ある出来事がストーリーの転換点として置かれている。
それはケイコにとって受け入れがたい喪失だったのだが、
失うことではじめて、今まで享受していたことの大切さに気付く。
そしてこれはケイコだからではなく、およそ人間なら誰しも感じる感情だ。
冒頭で述べたこの作品の設定の特異性は、最終的には人間としての普遍性につながる。
ケイコは私たちだ、と言い得て妙な言葉を誰かが残していた(思い出したら補記します)

ラストシーンも味わい深い。意味も無く入れられるシーンなどないはずだ。
ボクシングを続けるか悩んでいたケイコは、色んな想いを背負って戦いに臨む。
しかしそのことは、逆に気負いにつながっていたかもしれない。
戦う相手も、色んな理由を背負って拳を合わせてくる。
タイトルの「目を澄ませて」と、会長の「ケイコは目がいいんですよ」のアンビバレンス。
見ることが出来ても、見ようとしないと、正しく見られない。
この作品を見ている自分たちは、目を澄ませているだろうか。

なかなかネタバレ無しでこの作品の魅力を語ることは難しいし、
自分も一見だけでは、取り零していたものもあるだろう。
それぞれの登場人物の想い、荒川沿線の風景、音、光。
もう一度「目を澄ませて」見た時、世界のもう片側が、顔を覗かせるかもしれない。
(散漫としたテキストだったなと自分でも思いつつ、放り投げ)


※備考テキスト
映画『やがて海へと届く』が、届くべき人に届いて欲しい――今年公開の傑作2作から読み解く
https://open.mixi.jp/user/11953538/diary/1981970807
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