名誉棄損事件の参考判例を検索していると以下のようなものがありました。
被告の主張も興味深い。
東京地方裁判所判決/平成28年(ワ)第19511号
【判決日付】 平成29年9月15日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 被告は,原告に対し,11万円及びこれに対する平成28年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の金銭請求及び謝罪文の掲載請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを50分し,その49を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成28年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,自己の有する下記のフェイスブック・アカウントに,別紙要領目録に基づき,別紙謝罪文目録記載の謝罪文を掲載せよ。
記
https://(以下略)
第2 事実関係
1 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告が,ツイッター(ツイートと呼ばれる140文字以内のメッセージが掲載される情報ネットワーク)において,原告が女性とアナルセックスをした,又はしようとしたという事実を摘示したことが,原告の名誉,プライバシー又は名誉感情を侵害すると主張し,不法行為に基づく損害賠償請求として,慰謝料500万円と弁護士費用50万円の合計550万円及びこれに対する不法行為の日である平成28年5月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,名誉回復処分として,謝罪文の掲載を求めた事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,又は,証拠及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる。
(1) 原告は,「X1’やん」というハンドルネームで,「@□□」(以下「原告のアカウント」という。「アカウント」とは,ユーザー登録情報のことである。)というツイッター・アカウントを有する者である。原告のアカウントの画面には,原告の顔写真(以下「本件顔写真」という。)が貼付されている(甲4,8)。
被告は,「@△△」(以下「被告のアカウント」という。)というツイッター・アカウントを有する者である(甲1)。
(2) 被告は,平成28年5月22日,ツイッターにおいて,下記の記事を投稿した(甲5。以下では,下記の記事及びこれに掲載されたURL(「URL」とは,ネットワーク上でアクセスを行うページや場所と通信方式を表す文字列のことである。)によって引用される記事や画像を併せて「本件ツイート」という。)。
記
誰だよ,こんな美味しい動画作ったのは?
(3) 上記(2)の記事には,下記のURL(以下「本件URL」という。)が掲載されている(甲6)。
記
https://(以下略)
(4) 本件URLをクリックすると,以下のアからウの各画面及び女性の顔写真(甲9)が現れる。
ア 甲第7号証(「B @◇◇」からの投稿。後記第3,1,(7),アの記事を引用したもの)
「某年某月某日,某所にて
○□「X1’’やん?あいつ,キャンディーのアナル掘ったんだぜ?なにがX1’’やんだよ,Aやんじゃねーか」って会話をしたとかしていないとか。(三名から聞いたダニ)しかしあの界隈って下半身は本当に緩いダニ。ついでに暴力組織集団は本当に仲間を簡単に売るダニね。」
イ 甲第8号証
「X1’やん 飴とやってる
アナルセックスもしようとしたことあり」
(背景に,本件顔写真付きの原告のアカウントの画面が貼付されている。)
ウ 甲第10号証(被告のアカウントからの投稿)
「#十三ベース事件が表に出てきて妄想だと信じる人は少ないだろうな。で,個人情報を調べて敵対する相手の自宅訪問は君等の十八番じゃん。後さ,君達がやっている事は敵対する勢力も出来るんだぜ。少しは後先考えようぜ。」
3 争点
(1) 本件ツイートの閲覧者において,本件ツイートが原告に関するものであると推知することができるか(「X1’やん」と原告の同定可能性)。
(2) 本件ツイートによる原告の法益侵害の有無
ア 名誉毀損
イ プライバシー侵害
ウ 名誉感情侵害
(3) 本件ツイートによって発生した原告の損害の有無及び金額
4 当事者の主張
(1) 争点(1)(同定可能性)について
ア 原告の主張
名誉等の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟において,被害者である原告の同定可能性は,原告のことを知らない一般人を基準にするのではなく,原告と面識がある者又は原告の履歴情報を知る者を基準にして判断されるべきである。
本件ツイートには,「X1’’やん」,「X1’やん」の記載があり,本件顔写真が貼付されているところ,原告の名字(X1),「X1’やん」は原告の子どもの頃からのニックネームであること,原告の容姿等の原告の属性をいくつか知る者において,「X1’’やん」ないし「X1’やん」を原告と同定することは容易である。
また,原告は,ヘイトスピーチに反対する市民団体である「C」に参加し,原告のアカウントを用いて活動していることを公表しているし,新聞やインターネット掲示板「○×」(以下「「○×」」という。)にその名前や住所を公表されたこともあるし,また,Google検索を行うことによって,原告を「X1’やん@□□」と同定することは容易である。
さらに,被告と被告のツイートの閲覧者の間では,「X1’やん」が原告を指すことは共通理解であり,上記閲覧者の中には,実際に,原告の本名と履歴情報を知る者が多数おり,その者たちは,その知識を手がかりに,本件ツイートが原告に関するものであることを現に推知している。
このように,原告を知る者にとって,本件ツイートが原告に関するものであると推知することは可能であった。
イ 被告の認否・反論
否認する。
本件ツイートは,「誰だよ,こんな美味しい動画作ったのは?」というコメントを記載した上,本件URLを掲載したものにすぎず,原告の氏名も原告のアカウントも記載されていないし,本件URLをクリックして現れる画面から「X1’やん」及び本件顔写真は明らかになるが,これらによって原告の氏名を認識し原告と特定することはできない。
(2) 争点(2)(法益侵害)について
ア 名誉毀損
(ア) 原告の主張
本件ツイート上の記事や画像を一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば,本件ツイートは,原告が「飴」(キャンディー)という女性(甲9がその顔写真)とアナルセックスをした,又はしようとしたという事実(以下「本件事実」という。)を断定的に摘示したものである。
そして,本件事実の摘示は,原告が異常な性的嗜好の持ち主であるという印象を社会に与えるものであり,性的嗜好が人間の根源に関わる部分であることからしても,原告が社会から偏見の目で見られるのは必至であり,原告の社会的評価を著しく低下させるものである。
なお,本件ツイートには,何らの公共性及び公益目的も認められない。
したがって,本件ツイートは,原告の名誉を毀損するものである。
(イ) 被告の認否・反論
否認する。
そもそも,本件事実の公表は,「B」なる人物により行われたものであって,被告とは無関係である。
また,原告は,本件ツイートより約2か月も前に,本件事実について自らツイッターで言及し注目を集めていたのである。
アナルセックスは,今や,34パーセントの人が経験しており,多くの人に認知され受け入れられた性的嗜好であって,異常であるとか社会的評価の低いものであるとかいうことはできない。
また,人の愛し方は多様であり,膣に陰茎を挿入して愛し合うことと肛門に陰茎を挿入して愛し合うことは同様に認められなければならないし,男性間の性交渉は必然的にアナルセックスになるのであるから,そのような性的嗜好を有することによって社会的評価が低下すると評価することは,人の愛し方の多様性を否定するものであり,性的少数者に対する差別であって,許されない(憲法13条,14条1項)。
したがって,本件ツイートは,原告の社会的評価を低下させるものではない。
なお,原告は,被告が虚偽を流布させたことをもって名誉毀損と主張するのであるから,本件ツイートが虚偽でなければ名誉毀損は成立しないのであって,違法性阻却の要件として公共性及び公益目的は不要である。
イ プライバシー侵害
(ア) 原告の主張
本件ツイートは本件事実を公開するものであるが,本件事実は原告の私生活上の事実であり,特定の異性と特定の態様で性交渉を持ったという事実は,一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合,公開を欲しない事実である。
本件事実は未だ一般人に知られていない事柄であり,仮に本件事実がインターネット上で公開されていたとしても,本件ツイートがされた当時,これを知る者はごく一部に限られており,一般人に知られていたわけではない。インターネットにおける情報拡散による被害は,当初は一部のみに知られていた事実が情報拡散が繰り返されることによって一般人に知られるに至り,最終的にプライバシーが侵害される点に本質があるから,その事実がインターネット上で公開されていたことを理由に不法行為の成立を否定すべきではない。
そして,原告は,本件事実の公開によって,実際に不快,不安の念を覚えている。
したがって,本件ツイートは,原告のプライバシーを侵害するものである。
(イ) 被告の認否・反論
否認する。
前記のとおり,本件事実についてツイッターで言及し注目を集めたのは,ほかならぬ原告自身である。
また,原告は,「飴」という女性について,「C」のライン・グループ上で「俺の女だ。」と自慢していたのであるから,自己のプライバシーを放棄したものである。
ウ 名誉感情侵害
(ア) 原告の主張
本件事実の摘示は,原告が異常な性的嗜好の持ち主であるとの印象を社会に与えるものであり,性的嗜好が人間の根源に関わる部分であることからしても,これにより原告が社会から偏見の目で見られるのは必至であって,本件ツイートは,原告の人格の核心部分に関する事項を揶揄するものであるから,社会通念上許される限度を超える侮辱行為であって原告の人格的利益を侵害するものである。
したがって,本件ツイートは,原告の名誉感情を侵害するものである。
(イ) 被告の認否・反論
否認する。
原告は,性的少数者に対する差別を含むあらゆる差別に反対する「C」に所属しているのであるから,性的少数者の有する性的嗜好を自身が有することを公表されたからといって,原告の名誉感情が侵害されることはあり得ない。
(3) 争点(3)(損害)について
ア 原告の主張
被告のアカウントのフォロワーは2000人を超えているし,本件ツイートを含む原告に対する一連の誹謗中傷ツイートは,インターネット上で「まとめ」が作成され拡散されて,その閲覧者は1万9270人に及んでおり,多数の人間が本件ツイートを閲覧している。
そうすると,本件ツイートによって原告の名誉,プライバシー及び名誉感情が侵害されたことによる原告の精神的苦痛は甚大であるから,これを慰謝するために必要な金額は500万円を下回ることはなく,弁護士費用は50万円が相当である。
また,本件ツイートによる原告の社会的評価の低下が著しいことからすれば,原告の名誉を回復するためには,被告に対し謝罪文の掲載を命じる必要がある。
イ 被告の認否・反論
争う。
なお,本件訴訟の提起は,被告に対する嫌がらせ目的によるものであって,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,それ自体不法行為に当たるから,棄却ないし却下されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告のアカウントには1500人以上の,被告のアカウントには2000人以上のフォロワーがそれぞれいる(甲1,4)。
(2) 原告のアカウントの画面には本件顔写真が貼付されているが,大きな帽子と大きなサングラスを着用し,マフラーで首の形も隠された状態で撮影されたものであり,それだけでは被写体である人物を特定することはできない(甲8)。
(3) 「C」とは,「D」等が行うヘイトスピーチデモに抗議し反レイシズム運動を行うとして,E’ことEによって平成25年に結成された団体である(甲11,35,乙6,10,47)。
原告は「C」に参加しており,「C」のホームページには,その構成員として,「栃木支部長 X1’やん @□□」という記載がある(甲11)。
(4) 平成26年7月17日付け下野新聞の2面(社会面)には,同月16日,「C」のメンバーである原告が大阪府警に逮捕された旨の記事(原告の住所を含む。)が掲載された(甲12)。
(5)ア 平成27年12月16日,「○×」において,下記の記事が掲載された(甲20)。
記
□毎日新聞記事より
X1 1970年生まれ現在45歳。1990年□△学2年時(20歳)にオートバイで転倒自損事故を起こし同乗の△□大学2年生の女性(19歳)が死亡
□ツイッター情報より
X1’やん:関西方面に住んでいた事があり(中略)
芸術大学で教育を受けている(中略)
F加入(中略)
宇都宮市(以下略)在住が判明(中略)
F特定班リーダー,C所属(中略)
□G公式ホームページ及びグーグルキャッシュより
X1(中略)
略称は「X1’」を名乗っている
それぞれ全てバラバラの情報です。ヒモ付け出来るかどうかの判断はそれぞれお願いします。
イ 同年12月29日,平成28年1月17日及び同月28日,「○×」において,下記と同内容の記事が掲載された(甲20,21,23)。
記
X1(X1’やん @□□)
〒○○○−○○○○宇都宮市(以下略)1−13−10(実家)
〒○○○−○○○○栃木県宇都宮市(以下略) 株式会社G(職場)
ウ 同年1月27日,「○×」において,下記の記事が掲載された(甲22)。
記
X1’やんことX1は,交通事故で19歳の女性殺してるからな
エ 同年1月28日,「○×」において,下記の記事が掲載された(甲24)。
記
■X1’やん(X1)のブーメラン
X1’やん @□□(以下省略)
(6)ア 原告は,平成28年3月22日,ツイッターにおいて,下記の記事を投稿した(乙13)。
記
マジでア○ルやってねえわボケが。
ログインしてコメントを確認・投稿する