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2020年07月11日09:42

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第85話

 食事を終えた3人はおばあに礼を言い、母屋と宿泊棟との間に置かれたテーブルに氷や焼酎を持って移動し、二次会に移る。
「この島を見た瞬間、八重山の島と同じで、何かが起こる島だって感じたんですよ。ちょっと喜べない話もあったけど、あなたとの出会いもそうだし、いっぱい何かが起こりましたね」と彼が言うと、
「それだけ島を回っておられるから感覚も研ぎ澄まされてるんですね」と青年は感心した。
 青年は陽気でやさしく礼儀正しくもあり、心配りもできて、彼の直感通り正しく好青年だった。ハリに積極的に話しかけ、ハリも楽し気に言葉を返していた。
 好青年の持ち込んだ焼酎が空き、彼が部屋からとってきた酒も空き、ようやく宴は終了したが、青年は薄い壁を隔てた隣室に入った瞬間にすべての音を消した。彼も二つ折りの布団を延べることさえ面倒で、それにもたれて落ちた。ハリが腕の中に来たのかどうかも憶えていない。ハリは彼を上掛けでそっと覆う。彼の寝顔を見つめて微笑む。ここでもクジャクは鳴かないが、エラブオオコウモリはキイキイと笑ったかもしれない。

 次の日はきれいに晴れ渡った。昨夜は夜中に風の音に起こされたので、この風で欠航になってほしいような旅程を進めたいような、曖昧な思いが混濁した頭に浮かんだけれど、こうして晴天の下の島を見るとまた、ここに留まりたいような屋久島が待っているような、複雑な気持ちなった。
 ハリが目を覚まし、「もうお父さん、昨日のいびきすごかったんだから!」と彼をにらんだ。
「寝不足だよぉ」
「面目ない」と彼は首をすくめた。
          フォト
 食事の時間になったのでノックして好青年を起こし、心づくしの朝食を終えたあと、宿の周りを散策してからふたりはW商店に向かった。この島にあと2泊する青年の酒を昨夜飲みつくしてしまったので、お返しに差し入れをしようと思ったのだ。
 残念ながら船で会った健脚の老女と再会することはできなかったが、店主がふたりに対応した。
「さっきYさんとこのお客さんが、美味しかったと言ってまたこれを買っていかれましたよ」
 先を越されていた。好青年はすることも早い。それなら他の酒をと思ったが、同等以上の酒が他になかったので、原酒を買い、店主と立ち話をした。昨日は大変でしたねと彼が言うと、大したことでもなかったのに大事ごとになってしまったと頭をかいた。
 宿に戻ったら青年も部屋にいるようだったので、彼は一計を案じ、ハリに酒の差し入れを持って行ってもらった。青年もそれなら受け取ってくれるかもしれないと思ったのだ。
 けれども差し入れをそのまま手にしたハリと一緒に、青年が部屋を訪れた。
「昨日あれだけ楽しく過ごさせてもらったんですから、お気持ちだけありがたくいただいておきます。お酒は屋久島で他の方と楽しんでください」
 ハリにご執心だった様子の彼もその魅力に踊らされて思いを曲げることはなかったようだ。ハリでダメなら自分では無理だと思い、
「またどこかで会いましょう。きっと会いますよね。そのときには必ずおごりますから憶えておいてください」と言った。
「楽しみにしています」
 偶然にせよ必然にせよ、この青年とはまたきっとどこかで会うことになるのだろうと彼は思った。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

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