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2020年07月10日09:22

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第84話

 そのとき島内放送が入った。各戸にスピーカーが設置されていて、屋久島町の放送なので−口永良部は屋久島町の大字だ−、屋久島でも全戸に流れるのだと言う。内容にはみんなが驚いた。それは口永良部島のW商店に不審者が侵入した形跡があるのでと、注意を促す放送だったのだ。
 この島の住民にとっても、事件が起こった現場宅や住人と僅かにだが関りを持った彼らにとっても、生々しい内容だった。また離島が好きで、その状況も理解している彼や青年には、気の重い報せでもあった。
 ずいぶん以前になるが八重山のひとつの島で殺人事件が起こったことがあった。公衆トイレで若い女性が殺害されていたのだ。小さな島でそんな事件が起こったら島民同士は疑心暗鬼に陥らざるを得ない。
 この島でも同じことだろうと心配になり、彼がそのことを言うと、こういう言い方はよくないかもしれないがと前置きし、この島には工事関係者が常に出入りしていて、その人たちがときどき問題を起こすのだとおばあが言った。おばあも留守中に五百円玉を貯めていた貯金箱を盗まれたことがあって、工事関係者がつかまったそうだ。
          フォト
 確かに決めつけはよくないのだろうが、犯人が島の人ではなく、外部の人間であった方が救われるのも確かだ。八重山の殺人事件が外部の犯行だったとわかったときには、島民たちも彼らのような島のファンたちも、胸をなでおろしたものだ。
 外からやってくる人間にとって島の人たちはあまりにも無防備で、そのおおらかさが時に出来心を刺激してしまうこともあるのかもしれない。
 幸いW商店被害はなかったようだし、彼は重くなった空気を払うために軽い調子で言う。
「島の人が島の人のおうちに侵入するなんてあり得ないし、外部から今日入った人間ってぼくたち3人だけですよね。今頃きっと屋久島でみんな言ってますよ。今日は可愛い娘を連れた父親と人相の悪い若造が口永良部に渡ったから、犯人はきっと人相の悪い若造の方だって」
 実は人相など悪くない青年が「やめてくださいよー」と情けない声を作って嘆く。ハリも、「私がついてるんだからお父さんにそんなことさせるわけないですもん」と彼に加担する。おばあが大きく笑ってとどめを刺す。
「さっきお酒を買いに行ったのは下見だったわけか」
 因みにW商店の奥さんは毎日西ノ浦温泉までウォーキングをしている、島でも有名な健脚なのだとおばあは言った。船の中で、西ノ浦まで歩くのに問題はないと言われたが、どうやら訊く人を間違っていたようだ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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