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2020年07月08日12:34

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連載ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第82話

 口永良部情報を検索しているとき、そんな記事を目にしたような憶えがあった。
「元島民だったんですけどね」
 長い間島を離れていた島民が、自宅の様子を見に行ってから懐かしい海に潜り、水死したというのである。素潜りだがウェットスーツも着ており、元自衛官で屈強な人だったらしい。ダイビングにも慣れている人で、潜っていることを船に知らせるためのブイも入念に浮かべていたと言う。流れが速いわけでもなく、深い場所でもなかったのに、その人は水底で発見された。
「よく見つけられましたね」
「そのブイを港を出る漁船が見てたんですよ。ところが漁から戻ってもブイがそのままだったんで、近くを探したらすぐに。本当に浅いところだったんです。何かが起こったんでしょうね」
 変死体の扱いになるので警察が飛んできて遺体に触れることもままならず、大変な騒ぎになったようだった。
 それにしても、海に潜ろうとしていたあの好青年にならともかく、温泉を目指す「子連れ」の観光客に何故この話題だったのだろうと彼は不思議に思う。
 タイミングを合わせるように管理人が言った。
「そんなことがあったもんで、あんまり観光のお客さんをひとりで歩かせたくなかったんですよ。おひとりではないですけど」
 そういうことだったのか。
「何かあったら島の方に迷惑がかかりますもんね。気をつけます」
 彼が言うと、
「迷惑はともかく、自分の島で事故や事件が起こるのはいやですから」
 この若い管理人も島を愛しているのだ。
          フォト
 車は本村温泉に戻り、ハリは宿に戻った。管理人は車を戻しに行き、彼は浴場に入って行ったが、受付のカウンターには「ちょっと外出中 先に入っていてください」という札が立ててあった。
 洗い場に入っていくと湯船にあの好青年が浸かっていたので顛末を報告し、四方山話になる。
「娘さん、無茶苦茶きれいですねぇ」
 実の娘なら父親は嬉しいのだろうかと彼は思った。彼もハリをほめられて悪い気はしないが、これだけ決まり文句のように並べられれば食傷気味にならないこともない。逆に言えば彼はハリの美しさにようやく慣れてきたのかもしれなかった。
 彼が話題を変えて旅の話になり、長い間八重山の小さな島に通っていると言うと、
「えっ? ぼくもまだ3年くらいですけどそこに通ってます。いつもMさんのところにお世話になってます」
 その島の話で盛り上がり、長話になった。青年が先に上がり、入れ替わりに1人の老人が入ってきたが、今は屋久島在住で再々故郷の口永良部を訪ねているという老人は、かつて本土にいた頃は、彼が今暮らしている住居のすぐ近くに住んでいたと言うのでまた盛り上がった。
 老人に挨拶をして先に脱衣場に戻ると、中学生と小学生が何人か入ってきて、里子なのかと訊いてみたら、少年たちも皆、彼と同じ市に実家があると言い、また盛り上がることになった。
 口永良部島はやっぱり何かが起こる島だったようだ。ハリのいないところでも。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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