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mixiユーザー(id:10857363)

2016年06月11日22:39

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彼らの声を聞け(34)

江藤―私はね、人間の好みがあるとすれば、その人がどれくらい柔らかい心を持っているかということ。たとえば吉本さんは、非常にこわい論争家ということになっている。世間でも僕も論争家のはしくれのように考えているらしい。しかし僕は自分を論争家だと思ったこともないし、あなたを論争家だという理由で尊敬したこともない。あなたのお書きになったものには、しばしば共感するけれども、それはつまり、いがを一つむくとクリがあって、クリをもう一つむいてみると、ホクホクした実がある。そういう柔らかさがあなたの核心にあることを感じるからです。そういうものがほの見えるから信頼できる。小田切秀雄さんも僕は好きです。小田切さんは正直な方のような気がする。小田切さんは、いわゆる進歩派のなかでは、まだずいぶん柔らかいものを大切にしている人のような気がする。ところが議論をするとそのよさが出ないので残念なのです。大江君も僕はとても好きなところがある。たまに会う機会があって、話しているときの大江君は、いろいろなことをとても柔らかくとらえている人です。だから大江君の作家としての資質、あるいはあの人の文学の源泉を依然として信じることができるような気がする。ところがあなたのおっしゃるように、「厳粛な綱渡り」になったり「ヒロシマ・ノート」になったりすると、どうしてああ他人のための言い方をするのかよくわからない。他人のために生きていけないということはないけれども、どうしてそれだけのような言い方をしなければならないのか。何故こんな付き合い方をしなければならないのか。見ていて、気の毒のような気がする。
 論語にはいろいろむずかしい教えがあって、よくわからないけれども、あのなかに孔子様がお弟子と話しているいい文章がある。曾燭箸いδ鏤劼力辰任后9子様が弟子たちにお前なにがやりたいかというようなことをだんだん聞いてみると、みんな自分はこういう国の政治がやりたいとか、自分は宮殿の式部官のようなことをやりたいとか固いことを言っている。曾燭呂發ο蚕修阿蕕い砲覆辰討い訖佑世韻譴匹癲∈埜紊剖廚鮹討手をやめて「暮春には、春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん」と言った。そうすると孔子様が「同感だ」と言ったというのですね。つまり儒学などというのは、非常に現実的な学問で、修身の道であると同時に政治理論ですから、いつもみんなどういう政治がよいかというようなことばかり言っている。ところがそういうことを言っている当の孔子が、「暮春には、春服既に成り…」というような、まるで関係のないようなことを言う弟子に対して、お前に賛成だということを言ったというのはとてもおもしろい。古典には必ずそういうおもしろいところがあって、ああこれだなと思わせてくれますね。そういうものを信じたい気がする。(後略)

(吉本隆明・江藤淳「文学と思想」)
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