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2011年04月23日17:01

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『処刑』〜「ようこそ地球さん」(星新一のショートショート作品集より)

今日は私の母の誕生日、78歳となったが、まあまあとりあえず元気な模様だ。

母は浜松の百姓家の生まれで特に教養がある人でもないし、配偶者にも恵まれなかった(バツ2・・・若い頃は結構もてたようだ)し、

息子もお世辞にも出来が宜しくないので(わはははは・・・!!)苦労の耐えない人だが、なかなか運の強い人ではあるらしい。

戦争中に浜松も空襲されたり艦砲射撃で随分やられたそうだが、

当時少女だった母は、米軍の爆撃編隊の護衛で飛来した「グラマン戦闘機」の低空機銃掃射を食らったが、とっさに木の幹に隠れて命拾いした・・・という生々しい体験の持ち主でもある。

母の話によると、学校の授業中に「警戒警報」が出たので下校することになったが、途中で「忘れ物」をしてきたことを思いだして、一人学校の方に戻る途中での出来事だったらしい。

まあ、パイロットにしてみれば「本気で狙ったのか、お遊びで脅かしたのか?」・・はわからないけれど、食らった側にしてみれば恐ろしい出来事ではあろう。

もちろん子供とはいえ戦時中であり、「いつ命を落とすかわからない。」ということは知ってはいただろうが、まさか自分がそういう状況に直面するとは思っていなかったことだろう。


そして数十年後、息子の方はインドやら東南アジアやらのいかにも治安の悪そうな地域をぶらぶらしていて親としては大変心配だったそうだが、

あにはからんや、その息子は「治安が遥かに良い」はずの日本で、住んでいるアパートの玄関先で「アル中にして被害妄想狂」のオヤジに包丁で襲撃され、あわや失血死・・の状況から生還した。

いやあ、私だってそんな「包丁で襲撃される」なんて今時珍しくも無い事件が「まさか自分の身の上に起きる」だなんて思っても見なかったからねえ(笑)

さてさてところで、

星新一の初期のショートショート集「ようこそ地球さん」の中に、「処刑」という一編があるのをご存知であろうか?


これは他の作品と違ってやや長めであるだけでなく、お馴染みのほのぼのとした作風とはまるで異なる「ハードボイルド」風の作品であるのだが、久々に読んでみたくなって図書館から借りてきた。


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未来の世界では開発され尽くしてゴーストタウン化した「火星(と思われる惑星)」が、重罪を犯した者の流刑地となっていて、主人公は新しく送り込まれた囚人である。

囚人には護送ロケットから放り出される際に、「空気中の水蒸気を集め液体化」する機能をもった「銀色の玉」を支給されるのだが、この星では「水」を得る手段が全く無く、生きていくためにはその「銀色の玉」の作り出す水が全てである。(食料は水に溶かす錠剤で必要栄養が賄える)


ところがその「銀色の玉」には超小型核爆弾が仕込まれていて、水を得るために何度かボタンを押すうちにそれが爆発することになっている・・・ただしそれが「いつやってくるのかわからない」。

生体反応センサーがあるので、直接ボタンを押さないと作動しないから何らかの道具を使って遠隔操作するのは不可能だし、爆弾は周囲30メートル以内のものを粉砕するので、

「他人を脅してボタンを押させるにしても、30メートル退避する必要があり、爆発しなかったにしてもその他人が水を飲んでしまうから無意味、爆発したら自分が水を得る手段を失うからやはり死ぬ事になる」

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・・・・という巧妙冷酷な設定なのだ。

主人公は焼け付くような喉の渇きから解放されるためには、今度は「爆発するかもしれない恐怖」に苛まれながら水を得るボタンを押さなくてはならない。

という設定で物語は進行していく・・・・・・。


ところで日本の死刑制度だが、法律上は刑が確定後半年以内に刑が執行される規定ながら最終的に法務大臣の印が必要であり、実際に執行されるまでに多年の歳月を要する・・・ことはよく知られた話であり、現在100人以上の死刑確定囚がいるとのこと。


まあその是非についてはさておき、つまり当の死刑囚たちにとっては「いつ自分が死刑執行されるか?」不明のまま毎日の生活を送るわけざんすね。

ということはこの物語の主人公と立場は全く変わらない・・ことになる。



さてさて、実際の死刑囚にしろこの物語の主人公にしろ、

「いつか確実にくるが、それがいつなのかわからない『死の恐怖』」に直面しながら生きているわけなのだが、

その「いつか確実に来るが、それがいつなのかわからない死」という状況は、


結局私たちも全く同じことなのである!!!


ただ死刑囚やこの主人公たちは、「その問題をリアルに突きつけられているだけ」という違いでしかない。

そして私達は、私達は出来るだけ「死を遠ざけ直面しない」生活様式を確立することで「安寧」を得ようとするのだが、それは迷妄なのである・・・「いつどのように死が訪れるか?」を絶対的に予測することは不可能なのだ。


さてネタバレしてしまうのが申し訳ないが、この物語の主人公も最後の方でそのことに気づいてしまうのだ、

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これは地球の生活と同じなのだった。いつ現れるかわからない死。自分で毎日、死の原因を作り出しながら、その瞬間をたぐり寄せている。ここの銀の玉は小さく、そして気になる。地球のは大掛かりで、だれも気にしない。それだけの、ちがいだった。なんでいままで、このことに気がつかなかったのだろう。

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それに気づいた主人公は、その気づきによって「恐怖」から解放されてしまうのだ!!

かくしてラストシーンでは、民家のバスタブの中で嬉々としてひたすら銀の玉のボタンを押し続け、バスタブになみなみと水を貯めていく・・・・


最後の一文は、

「彼は目の前が、不意に輝きで満ちたように思った」


・・・さあ、これは彼は死の恐怖を克服して悟りを得たが故の光明か?

あるいは、ついに時が来て銀の玉が爆発したが故の輝きなのか?




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