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2019年10月06日23:02

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ワル友と!

 昨日は久しぶりで京都市内でノンビリ、ホッコリと過ごした。午前中は寺町二条の珈琲屋でダべり、昼食は河原町三条のトルコ料理店で楽しみ、午後は四条烏丸近くのウィングス京都で京北山国の歴史話に耳を傾けた。

 一週間ほど前にワル友のひとりであるアメリカ人からメールが入った、「トルコ料理の美味しい店を見つけたよ」と。「5日の午後に講演会に出向く予定があるが、午前中1時半までならフリー」と返事をし、久しぶりに顔を会わせトルコ料理店で昼食を共にすることになった。

 11時にこのところスッカリご無沙汰している寺町二条の珈琲屋でワル友と落ち合って、積もる雑談(?)に花を咲かせた。「午後の講演会って?」と訊くので午後に出向く講演会の説明をすると、昼食後も同行したいと言う。
別に同行は一向にかまわないけど、明治維新期のマイナーな歴史話だしいくら日本語ができるとは言え退屈な話だと思って、お誘いは止めていたのだが。まあ、
本人が聴きたいというのなら、敢えて同行を断るまでもないと思い、OKすることにした。

 昼のトルコ料理店のランチ(なすび・挽肉の煮物)は、実に美味しかった。その昔、イスタンブルのユスキダル(ウシュクダラ)にあるトルコ人オバサンの家で食べたのとソックリな味だった。世界の三大料理といえば中国料理・フランス料理・日本料理だと思っている人が多いと思うが、私奴の独断では日本料理に変えてトルコ料理が入るだろうと思っている。しかも中国料理のダントツNO.1は変わらぬとして二番目はトルコ料理だと思っている(フランス料理や京料理の職人のスノッブさには我慢ならん!のです)。

 ウィングス京都へは三条通りを西へブラブラと歩き、東洞院通りを南下、ここでは「京都山国展」が開催されており、京北山国村(今日では右京区だが)の古文書類の展示と山国隊にまつわる講演会が行われていたのだ。山國隊とは、京の時代祭パレードの先頭をかざるあのピーヒャラドンドンドンの鼓笛隊のこと。そうあの「維新勤王隊列」です。
戊辰戦争期、山國村では手弁当で農兵隊を結成し官軍の一翼を担い各地を転戦、江戸で上野の戦争にも従事し凱旋するも、多額の借金が残っただけの結果に終わった。

 新政府下の明治になって勤王の魁としての栄誉は与えられたとは言え、多額の借金問題にはその後の村民も苦しんだには違いない。何故、京北の一村が自腹を切ってまで戊申の戦に参戦したのか?その顛末はすでに50年ほど前に、社会経済史的な側面から同志社大の中村研教授によって研究され報告されている。
今回の講演会では、歴史学としてのその後の文献学的な研究の成果の報告がなされ、山国隊の出征経緯について興味深い指摘がなされて、大変興味深いものであった。従来は西園寺公望の檄文に呼応して出陣したとされていたが、詳細な史料批判結果ではそうではなさそうだとの視点が浮かび上がってきたとか。

 中村研『山国隊』昭和43年発行を読んで以来、山国隊の顛末については大変興味を持っていたので、大変面白く有意義な時間が持てた時間だった。ただ、アメリカ人の悪ワル友からの矢継ぎ早の質問が飛び出し、今更ながらに私奴の語学力のレベルの低さを痛感させられ少し焦ったが(「チョット、マッテ、モメント!」なんて変な言葉を多用したりで)。

 で、「今日は夕刻から大事なラクビーの試合があるから早く帰らねばならんの」などという口実を設けて、彼の質問を振り切って逃げて帰った(勿論、事実早々に帰宅し、対サモア戦に酔いしれたことは言うまでもないが)。

写真左:トルコ料理店イスタンブル・サライ
写真右:京都山国展ちらし
 
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