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mixiユーザー(id:10160825)

2019年09月15日03:12

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パパとお爺さんの思い出

私が生まれてすぐは母の実家が住まいから近くて、祖父母の家でかなり育てられた。
その時はまだオジ(はい、あの独裁者社長のオジ)とオバ(そのオジを調停に引っ張り出した人)がまだ独身で祖父母宅に住んでいた。

その為、私は小さな頃から祖父母をお母ちゃん、お父ちゃん、と呼ぶようになった。
そうすると自分の親は何と呼ぶのか?となったらしくて、母がママ・パパと呼ばせるようにしたらしい。

パパは今生きていたら80代の昭和世代。
高度成長期、親のお爺さんの成功のお陰で縁故で入社。当時お爺さんはまだ役員だったし当然のことみたいに勤め始めたと思う。

そんなパパだから苦労知らずで、すぐに親に相談に行くし、親の言う事は全て聞く。
ファザコンの極みでした。
親も苦労させたくないから、何も苦労させていないような感じ。

そんなパパが車の免許を取得して、友人の車を借りて運転したらすぐその日に電柱にぶつけて車は絶対運転しないとなった。よって車を買う計画も頓挫。
その為せっかく建てたガレージはずっと空のままという・・・お恥ずかしい話です。
母も免許は取得していましたが周りがそんなだから買う事もできませんでした。

そんな家庭だったのですが30年くらい前お父ちゃん(母の父)が闘病の為入院していて、夏の初めだったけど危篤状態になった。
ママは私に、あんたらはお留守番をしなさい。パパとママはお父ちゃんが危ないからこれから病院に行くと告げました。
もう夜中だったので電車は終わっていたような時間でした。
ここから先はお葬式の後にママから聞いたのですが、
なんとパパは駅前の交番に入ってパトカーで送って欲しいとお願いしたというのです。
ママは恥ずかしくて止めましたが、それでも交番の中に入っていったという。
結局たまたまタクシーが通りかかったのを捕まえて病院に行ったそうです。

ママはそんなパパが大人になれないヤツだとずっと思っており何十年も離婚したくて
我慢していたようです。
後から色々発覚して(株でかなりお金を溶かしてしまったよう)それも追い打ちになって
よく家の隅で二人で静かに話していたのを覚えています。
怒鳴り合いなんて聞いたこともなく、もの凄く静かな喧嘩でした。

車とガレージについては、
パパが亡くなった翌月にすぐ中古車だったけどファミリアを買って運転するようになりました。お陰でパパのお墓参りにも行きやすくなったし、1人で住んでいるお母ちゃんに大きな買い物をして届けるとかができるようになりました。
パパはかなりお爺さんに可愛がられていたので(たった一人の息子で長男だから)
お葬式は盛大でした。お墓も新しく一番良い石を使ってお爺さんが建ててくれました。
お爺さんはお墓だとかそういう事にはお金を惜しまない人だったので、
同時に先祖のお墓も直してくれました。
静かな人で口数は少なかったけど、御大というか長老というかそんな雰囲気の人でした。
多分私が一番孫の中で話をした回数が多かったので、
95歳で亡くなる前に最後に会ったとき
あんたに最後に会いたかったんや、と言ってくれたのが嬉しかったです。





適正利用を「救急車もう限界」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5788471
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月15日 03:18
    言いも悪いとこも含めていい爺さんでしたね。
    ジジババがいる家族っていいと思う!!
    いまは核家族だしね。
    車も乗れるようになって良かったね
    大きな買い物も届けたら嬉しいでしょうね〜
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月15日 03:49
    > mixiユーザー お爺さんは皆に奢ってくれたりする事も多くて、字も達筆でなんか絶対歯向かえないような雰囲気ぷんぷんの人でした。だけど兄弟の面倒見も良くて、早く亡くなった弟の一家も助けてあげていました。凄い人だと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月15日 03:49
    お母ちゃん(母の母)はこれまたキャラクター強い人で・・・・色々ありました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月15日 03:54
    > mixiユーザー 

    お婆さんがかなりうなだれていました。子供の頃からお腹が弱い子だったからなあ、とか色々話してくれました。
    パパが亡くなった当時既にお婆さんは米寿、お爺さんは90くらいでしたが寂しそうな顔をずっとしていました。
    そのお爺さんも三年後に亡くなり、お婆さんはワシも早くあの世に行って一緒になりたいとよくこぼしてていました。
    でもそんなお婆さんも年齢を重ねて100歳が見えてきたときには、絶対100になってみせると言っていました。
    小さなバターロールと紅茶が好きな小さなお婆さんでした。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月15日 16:52
    > mixiユーザー 

    2人とも口数が減り、あまり喋らなくなりましたね。悲しかったんだと思います。
    特にお爺さんが亡くなった後のお婆さんの落ち込みはかなりでした。2年くらいは生きている意味がない、死にたいといつも言っていました。これは私も配偶者を亡くしたので分かります。
    数年して初めてお爺さんの思い出を笑顔で話せるようになりました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年09月16日 00:17
    > mixiユーザー 

    アメリカで統計が出ているんですが交通事故の1割は悲しくて突然泣いてしまったりした結果なんですって。
    私は幸運にも良いカウンセリングを見つけて脱却しましたけど、もしあれがなかったら今でも落ち込んでいると思います。

mixiユーザー

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