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2021年08月28日14:27

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中編小説 石鹸怪獣へドラ 結3


 今から半世紀前。
 日本は自由にゴミを捨てられた。
 野に、山に、海に、川に。
 空にさえ、科学物質という名前のゴミを捨てて捨てて捨て続けていた。
 海も山も汚しちまって、暮らす事も出来なくなった時に、ソイツは現れた。
 公害怪獣ヘドラ。
 ドロドロの姿で赤い目をギョロつかせながら海から現れたそれは、瞬く間にこの国に恐怖と絶望、そして死を振り撒いたんだ。
 我々が捨ててきた物をばら蒔かせ、我々が見ないフリをしていた自然への苦しみを我々にぶつけ続けていく様は、正に「返せ、返せ」と自然が訴えているかのようだった。
 その時はゴジラと人間が一緒に戦い、どちらも酷い代償を払いつつも何とか撃退する事が出来た。
『ゴジラと人間が一緒に戦った事があるなんて、知らなかった。そんな怖い怪獣がいた事も知らなかった』
いたんだよ、マサル君。そしてその恐ろしい怪物を産み出したのは間違いなく人間なんだ。
 人間が戦争で落とした一発の爆弾から、ゴジラは誕生した。
 そして人間が無作為に壊し続けた自然の凶器からヘドラは産まれたんだ。
 世界を壊す怪物を作り出すのは、いつだって人間なんだ。
 その頃ワシはまだ子どもだったが、ゴミやヘドロへの恐怖は今でもよく覚えている。
 それからワシは大人になり、父の跡を継いで銭湯の仕事を続けていた。
 やがて息子が産まれ、息子は大きくなり石鹸を作る工場で働き始めた。
 そして、ハザマと結の二人が産まれたんだよ、あの時は本当に嬉しかったなあ。まだ小さな手でワシの指に触ろうとした時など本当に、
『おじいちゃん、話が逸れてる』
 すまんのう、孫よ。だが少しだけ話したかったんじゃよ、君やハザマが産まれた事はとても嬉しかった、そしてワシら家族にとって本当に嬉しかった事を、話したかったんじゃ。息子夫婦は頑張って色んな石鹸を作っていたんだがな。ある日客の一人から言われたんだ。『オタクで一番売れてる石鹸を使ってから体調が悪くなっていく』とな。
 息子が調べた所、最初は分からなかったがそういった連絡が後を立たず何度も来た。それで偉い研究所にその石鹸を調べて貰って、ようやくその石鹸には人体に害ある成分が含まれていた事が分かったんだ。
 だが分かった頃にはもう遅かった。
 その石鹸を最も愛用していたのは、息子夫婦だったからな。二人とも石鹸に含まれる毒で病気になってしまった。
 そして石鹸が全て返され、自分達でこの石鹸を処分しなきゃいけない、という時に驚かされた。
 その処分の為には高いお金と時間と手続きが必要なのだよ。
 ヘドラという怪物が出た後、政府はゴミを完璧に処理する為に非常に金をかけるようになったんだ。
 ただしその料金は恐ろしく高い上に、不法投棄がバレると重罪になるから、どうしてもお金が必要になってしまう。
 二人はぼろぼろの体で工場を売り、別の仕事を始めたが、もう限界だった・・。
『おじいちゃん、話を続けて』
すまないのう、孫よ。ワシらはこの大量の石鹸を捨てる為に高いお金を払い続けなければいけなくなった。
 何度も捨てようと思ったさ、何度も半世紀前のように海に、川に、山に捨てようと思ったさ。だが駄目なんだ。
 あの赤目の怪獣がまた蠢き出すんじゃないかと思うと、怖くて出せなかった。
 それから、最近はまたゴジラが現れて生活すら出来なくなっていく。
 このまま終わるしかないのかと思った時、君達に出会った訳だ。
『僕と、トモの事?』
 ああそうさ。ワシは君達に助けられた。そしてトモ君の正体が小さなヘドラだと気づいた時は、不思議な事に驚きはしなかった。何か安堵のようなものを感じたんだ。
『ちょっと待って。
 じゃあ、今あなた達がしてるのは、トモにあなた達のゴミを処理させているって事なの?』
 そうじゃ。だがあれはただのゴミじゃない。ワシの子が子どもの為に、未来の為に汗を流して一生懸命頑張って作り上げた石鹸だ。
 その石鹸をあの子に食べさせているんだ。
 ワシはな、君がトモと呼ぶあの子が、半世紀前に暴れたヘドラや、今も全てを壊し続けているゴジラとはまるで違う存在だと思うんだ。あの小さな生き物には、半世紀前の怪獣達が手に入らなかったものを持っていると思うんだ。
 だからワシはあの子に賭けたんだよ。
 あの子なら、もしかしたらゴジラとさえ戦えるかもしれないと思うから。
 ワシらの家族を守ってくれるかもしれないのだから。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

 真夜中。
 食事を食べ、布団にもぐりながらもマサルは眠る事が出来なかった。
 暖かい布団も湯気のある食事も初めてで気持ち悪ささえ感じるが、今彼が気にしてるのはそこではない。
 トモがゴジラと戦う。そんな恐ろしい事を小さなトモにさせようとするなんて許せなかった。
 だがそれと同時に、ゴヘイの家族の話を聞いてしまい、そうしたくなる気持ちも理解出来てしまっていた。
 ふと、トモに石鹸を渡した時にユイが呟いた言葉を思い出す。

『私、石鹸は嫌いなんだ』

 あの時、小さな一言にどれ程の感情が混ざっていたのかと思うと、マサルは彼等を責める気になれなかった。
 布団から飛び出し、マサルは畳の上に寝る。普段から布団なんて使用した事のない彼には、こちらの方が固くて冷たくて寝やすかったからだ。
 倉庫ではまだトモが食べているのだろうか、トモが大きくなったらゴジラと戦うのだろうか。そしてその時、自分はトモを見守るしか出来ないのだろうか。
 自分はトモの家族なのに、ユイのお父さんやおじいちゃんのように何かを頑張る事も出来ないのだろうか。

『それは、嫌だな。何も出来ないなんて、嫌だ・・』

 そう思いながら、マサルの意識はゆっくりと闇に沈んでいく。
 その時、家の外には大量のオタマジャクシが倉庫に集まっていたのを気づかないまま、マサルは眠ってしまった。
 オタマジャクシは全て倉庫の扉の隙間に入っていき、一匹も外には出なかった。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

〜早朝〜

『はぁ、はぁ、ユイ!ゴヘイじいさん!
 ま、待ってろ!今俺が・・!』

 工場から抜け出したハザマは電車にも乗らず走って自宅に向かって走り続けていた。
 着の身着のままで出てきた為に電話もかけられず、
 彼には助けたい家族がいた。その家族の為に、必死に走り続け、ようやくたどり着いたのだ。

『ゆ、ユイ、おじいさん、おばあさん・・今、助けに、来たぞ・・!
 ヘドラを、あいつらが飼って、育ててたんだ・・!早く、逃げ・・!』

ズルリ。

 不意に、嫌に湿った音が響いた。
 振り返ると、そこには鍵のない古い倉庫の扉が開いている。あそこは普段、ユイが悲しまないよう厳重に鍵をかけていた筈なのに、今はその扉が開いている。
 一瞬、誰かがいるのかと考えたが直ぐにその考えを捨てる。
 なぜだかその音には、聞き覚えがあったからだ。
 鉄製の扉が軋みながら開いていく。
 中から出てきたのは、人じゃなかった。
 小型トラックより一回り大きな鈍い銀色の不定形の体は、昨日彼が目撃した怪物に非常に酷似している。更に体のあちこちに管が付いていて、それは僅かにではあるが収縮したり大きくなったりしていた。

『へ、ヘドラアアアアっ!!?』

 ハザマが恐怖で絶叫し震え上がる中、ヘドラの背中にある無数の管の内、外側の管から薄い液体が噴出され始める。ハザマは素早く口を両手で塞ぐが、液体は直ぐに半透明の球体に姿を変えていく。どんどん大きく膨らむ泡を見て、ハザマは言葉が出なくなる。
 そうしてる間にも泡の内側の管から気体が噴出し、更に泡が大きく膨れ上がる。
 やがてヘドラの倍の大きさまで泡が膨れ上がった時、ヘドラの体がふわりと浮かび上がる。十トン以上ありそうな巨体が、ふわりふわりと浮かんでいくのだ。
 
『フルルルルルルルルっ!』

 ヘドラは青い瞳を輝かせて咆哮しながら、ゆっくりゆっくりと朝日が昇る空へと吸い込まれていった。
 


結(ユイ)4へ続く



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