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2021年05月25日14:29

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長編小説 角が有る者達 第236話

『鬼達の帰還』

リッド(おはようございます、リッドです。
 突然ですが私は非常に困惑しています。
 昨日、私とマルグはWGPでメルと別れた後、『コキョウ・イナカ』さんに車で新しい施設まで案内されました。
 二時間ぐらい車で移動して、そして辿り着いた新しい施設はとても綺麗でした。
 マルグが『ハサミ持った殺人鬼とかいねえよな』とか良く分からない事言ってました。あれ施設から出た場所に出る奴です。
 そこでは夜も遅いのに先生達が皆起きて待っていてくれました。私達は凄く嬉しかった・・)

 そこまで考えて、リッドは少し頭を横に振ってからまた意識を内側に向けていく。

リッド(すいません、話が長いと何が言いたいかよく分かりませんよね。つまり私が言いたいのは『昨日、メルと別れて』『長い時間かけてこの場所に訪れた』ただその二点を確認したかっただけなのです。
 そして、今の現実を見てみると・・)

 リッドは意識を外側へ、すなわち自室の外に向ける。そこには簡易ベッドが敷かれていて、その上にはメルがぐっすり眠っている。

メル「ぐぅぐぅ・・すぅすぅ・・」
リッド(・・・・。
 はて?何だこれ?何でいるのメル。
 君、確かWGP号で別れたよね。確かにあそこでさよならしたよね。
 何でいるの?
 何で寝てるの?
 何でついてきてるの?
 ちょっと待って本当に理解が追い付かない。いや本当にどうしよう・・)
マルグ「リッちゃーーん!」

 いきなりマルグの声が聞こえてリッドが振り返ると、とても元気な顔をしたマルグが立っていた。
 彼は彼で育ての親同然のナンテが逮捕されて、凄く落ち込んでいた筈なのにその暗さを見せないのは本当に凄いとリッドは感心したが、マルグの関心はリッドだけだった。

マルグ「おはようリッちゃん・・いやリッド!
 俺達、本当にあのヤバイ城から抜け出せたんだな!あの危険な街から脱出出来たんだな!朝イチでお前がここにいる事が出来て安心したぜ!」
リッド「あ、うん・・そだね」
マルグ「今よ、食堂のテレビですごいモン出てるんだよ!早く見に・・こ・・」

 そこまで一方的にまくし立てた所で、
 マルグはようやくリッドの背後で寝ているメルに気付く。
 すやすやと眠るメルを見て、マルグの最高の笑顔は真っ青に青ざめていった。

マルグ「うっわああああああっ!!?
 め、メメメメルウウウウ!!??
 な、なななななんでこここここにイイイイイ!!??」
メル「むにゃむにゃ、良かったね・・アイさん・・むにゃむにゃ・・」

 メルが嬉しそうに寝言を言ったのが彼の琴線に触れたのか、メルの肩を強く揺する。

マルグ「お、起きろメル!?
 早く起きろよ!お前昨日から十時間寝てるだろ羨ましいぞ早く起きろバカやろう!」
リッド「ま、マル・・!
 そんなに強くやらなくても」
マルグ「いいや必要だ!
 お前まだテレビ見てねえから分からねえだろうがアタゴリアンじゃ今大変な事が・・」
メル「う・・ぅぅん・・?
 マル、グ・・?」
マルグ「メル!目が覚めたのか!
 早く食堂に来い!お前は早く知らなきゃいけないんだ!
 早く!」
メル「え、う、うわああああ!?
 何!い、一体何がどうなッてるの・・!?」
マルグ「ま・ず・は!
 テ・レ・ビ・・だああ!」
リッド「マル!メル!一体全体何がどうなってんのよ、もう!」

 目が覚めたばかりで何も状況が掴めてないメルを、マルグは無理やり引っ張る。
 リッドも訳が分からず怒鳴り散らしながら彼等の後をついていく。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △

 少し歩いた後、僕達の視界に大きくて綺麗な食堂が映る。
 既に何人かのマルグと同年代の子ども達が集まり楽しそうに談笑していたが、マルグが指差したのは彼等の頭上にあるテレビだった。僕がテレビを見ると大きなテレビに映っているのは、アタゴリアンの映像だった。
 真面目な顔をしたニュースキャスターが、資料をすらすらと読み上げる。

『・・先日の世界怪物化事件から一夜明け、事態はだいぶ沈静化されました。
 新たな怪物の存在は報告を受けてはいませんが、依然として油断ならない状況には変わりありません。
 そして、その事件の発端となったアタゴリアンでは、新たに女王となった果心氏からこの異常事態を解決するために各国と協力したいというコメントをいただきました。
 また偉大なアイドル、ルトー氏は今日の午前10時に仲間達と一緒にアタゴリアンを出発する事となってるようです』

 その言葉を聞いて、僕は寝ぼけ眼の頭が驚愕で一気に目が覚めてしまった。

メル「・・・・え!!?
 ちょ、ちょっと待って、今何時!?」
マルグ「八時半だ!!
 お前、こんな所にいちゃダメだ!
 早くしないとゴブリンズの皆がこの国から離れてしまうんだぞ!」
リッド「ルトーの存在にツッコミ入れたら負けになる気がする・・。
 もうあれは頭が宇宙になりそうな話だから関わらない方が良いわよね・・偉大なアイドルって何よ」
メル「ご、ゴブリンズの皆が僕を置いて、何処かに行く・・?
 そんな、そんな訳ない!
 きっと皆も僕を待ってる筈だ!急がなきゃ、急がなきゃ!」

 僕は急いで走り出そうとするけど、ここが何処か、そしてこの施設の出口さえも分からない事に気付いて足が止まりそうになり、無理やりマルグの肩を掴んだ。

マルグ「うわっ!?」
メル「マルグ、出口を教えて!窓でも良いんだ、早く皆の元に帰らないと行けないんだ!」
マルグ「え、そ、それは、でも・・」
リッド「メル!こっちよ!ついてきて!」

 リッドが走り出し、メルもそれについていく。マルグは一瞬、本当に一瞬だけメルもここに残って欲しいと思った自分を振り払い、走る二人についていく。
 三人はまた、一緒に走る。
 今度は出口に、そして帰るべき場所に向かって。

▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼

〜アタゴリアン・港・WGP号内〜

 昨日の戦いでイシキは全身を強く打ち、包帯巻きのまま数ヶ月はベッドの上で過ごさなければいけない程の重体であったが、
 彼はWGP号の船長であり、また意識もはっきりしていたので船内状況を部下と共に確認していた。

イシキ「ふむ、これで船の中にはアタゴリアンを離れる者しか残ってないな?昨夜のあの子どもはどうした?」
船員「はい!
 メルヘン・メロディ・ゴートなら昨夜、我々が責任を持って山向こうの児童施設まで送り届けました!」
イシキ「良くやった、この港からかなり遠い施設の子だから誰かが付き添わないと大変な事になっていたぞ。
 早く気付けて良かったな」
船員「全くです。
 それとゴブリンズのメンバーも全員、船内に入りました。
 船に補給物資を載せたら、すぐに出発出来ると思います」
イシキ「良し、後は副船長に引き継がせるから君は戻っていいぞ」
船員「ありがとうございます!
 それでは」

 船員が部屋を離れた瞬間、イシキは包帯だらけの体を勢い良くじたばたと動かし始めた。

イシキ「いてぇーーっ!ちくしょーーっ!ゴブリンズめゴブリンズめゴブリンズめエエエエ!!いでええええ!!
 あいつら俺の戦争を台無しにしやがってーー!!もっともっと赤い紅い世界が見たかったのにーー!
 焔ぼうぼう煙もくもくの赤黒い宝(ジゴク)を見たかったのにイイイイイ!!
 いぃぃだあああいいいい!!」

 だがイシキの心を苦しめたのは身を守る為の激痛よりも、自分の考えを理解出来ない者達がいる悔しさだった。
 怒りと悔しさだけが、イシキという人型の怪物の中で渦巻いている。

イシキ「ちくしょーちくしょーちくしょうちくしょう畜生畜生ドクソ畜生があああ!
 ゴブリンズもそう、大罪計画もそう、だが最もイカれてるのは世界だ!
 ふざけるな、ふざけるなああああ!
 ジャン・グール・・あのバナナザルがあああ!!」

 イシキが怒り狂う先にいるのはゴブリンズだけではない。 
 話は昨日、アイ達と別れた後まで遡る。

△ ▼ △ ▼ △ ▼

 大怪我を負った状態で一足先にWGP号に帰還したイシキは、怪我を治療するより前に世界中の支部に伝令を出していた。
 映像に映し出された彼は、鬼すら逃げ出すような怪物の形相をしている。

イシキ「アタゴリアンを許すな!
 奴等は史上最悪のテロ国家だ!奴等の国民全てを全て絶滅する事こそ我等の義務だと思え!
 現時点を持って、WGP(ワールド・ゴブリン・ポリス)はアタゴリアンを殲滅対象とみなす!
 異論は邪魔だ!さっさと武器を構えろグズ共!!」
『・・む、無理です。イシキ様』
イシキ「ああん!?」
『我々は確かにアタゴリアンに被害を受けました。ですが今、アタゴリアンと連携している大企業、『グール・カンパニー』の奴等が被害修理と、また傷ついた者達を蘇生・回復させているからです!』
イシキ「何、傷ついた者達を回復だけじゃなく蘇生、だと・・バカな!
 そんなバカげた事が出来るわけが・・」
『出来るんだよなあ、これが』

 突如、イシキの回線に誰かの声が入り込んでくる。イシキはその声の正体に一足早く気づいた。

イシキ「貴様、ジャン・グールか!」
ジャン『そうだ。
 大罪計画『強欲』を担当する男、ジャン・グール。果心様の部下にして最強の大富豪様さ。
 イシキ、お前達が最初から俺達を襲おうと考えてる事なんて、その船に乗った時に気付いていたよ。幾ら精巧に隠そうが、あれだけ武器を載せていちゃあなあ・・』
イシキ「き、貴様ァ・・!」

 映像に映るイシキは、ニヤリと楽しそうに笑いながら憤怒に満ちた男に話しかける。

ジャン『ナンテは俺の親友だ。
 そいつはな、人体蘇生法をダンスとずっと研究し続け、そして最後の最後に遂に発見したのさ。人体の完全蘇生法をな』
イシキ「なんだと!?
 そ、そんな事不可能な筈だ・・!
 貴様等の仲間がそれを証明した筈だ!」
ジャン『ナンテとダンスが証明したのは、ごく限られた状況下であれば人を蘇生する事は可能という事だ。
 アイの腕の細胞と、血染め桜を使う事で人体の完全蘇生に成功している。
 アイの娘、ユーがそうであるようにな。
 まあもう腕の細胞は無いし、血染め桜の枝も今回ので在庫が切れたから、本当の本当に一度きりの手段だったがな・・』
イシキ「な、に・・!?」
ジャン『確かに奴等には俺達を憎む理由があるが、それを放置する気はないぞ。
 俺達は誠心誠意、全力で奴等のフォローに回る。
 果心様が心を痛めぬように、世界が果心様の敵にならないように、全力でな!
 他人の恨み辛みにたかる虫けら共に、あのお方を傷つけさせる者か。
 このワシ、『強欲』があの貧しい頃に願った『世界中で誰も貧しい者がいなくなるように』と叫んだ願いは誰にも否定させんように、一切の区別なく奴等を救ってやる!誰一人貧する者がいないようにな!
 さあ、ワシは言いたい事を終えた。次はやるべき事をやるだけだ。
 イシキ、お前は虫けらの如く悔しく地を這いつくばるがいい!』

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

イシキ(クソックソックソックソックソオオオオっ!!!
 ジャン・グールウゥゥ!果心林檎オォォォ!ゴブリンズウゥゥ!
 どいつもこいつも、戦争を忌み嫌いやがってエエエエ!!)

 あの後、世界中の被害報告を受けたイシキはその被害者、被害額の少なさに愕然とするしか無かった。
 更に、その被害者宅にもグールカンパニーが訪れているらしい。
 世界中の被害者数がゼロになる可能性さえ見えてきた。
 もはや、イシキの願った『世界中が戦争の地獄で満たされる』景色を見る事は叶わない。
 その悔しさの方が、全身の痛みをかき消す程に悔しくて仕方なかった。
 
イシキ「クソウ、くそう、平和なんて大嫌いだ・・!
 ハァ、これからは博物館の経営をしながら世界中で安い組織を相手にドンパチする事ぐらいしか楽しめないつまらないジジイに成り果てるのか・・」

 半世紀以上もの長い間、戦争を続け勝利した男、イシキ。
 彼の内側にあるのは、悔しさと虚しさ・・ただそれだけだった。
 あまりにも哀れな老人の嘆きを、聞き届けられる者は船内にいない。

「しかし、先ほど話した『メルヘン・メロディ・ゴート』。
 あれは前に何処かで聞いたような気がするが・・いや、どうでもいいか。
 あんなガキが一体全体、戦争の何に役立つというんだ・・」

▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼

〜アタゴリアン、児童福祉施設入口〜

メル「ハァ、ハァ、ここだね・・!」
マルグ「ああ、ここだ・・ハァ!」
リッド「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ・・」

 三人は走り回り、ようやく児童福祉施設の入口にたどり着いた。
 しかしそこは広い山の中で、周囲は森しか見えない。
 メルが能力『軟体化』と『硬質化』を併用させて翼を作り、木の上まで空を飛ぶ・・が、アタゴリアンにあった港の姿は見えない。

メル「く、何処だ・・何処に港はあるんだ!
 誰か、誰か分からない!?」
リッド「さ、さっき、走る途中で先生に聞いたけど、アタゴリアンの港町は西の方に行かなきゃいけないそうよ!
 でも、車で二時間かかったのに今からじゃどうやっても・・」
メル「西の方だね、分かった!」

 メルが木から降りると、素早く木の枝を拾い、別の能力を発動させる。

メル「能力発動、『宵闇時の羊飼い(トワイライト・ボー・ピープ)』!!」

 拾った木を投げるとその姿が変化していき、スミーの姿に変化した。

スミー「またアタシタクシー扱いなの?」
メル「ご、ごめんスミーさん・・でも今は時間が無いんだ!早くしなきゃ・・!」
スミー「なら、私がはしるよりもっと良い手があるよ。
 少しばかり覚悟はいるけど、やる価値はある。どうする?」
メル「やる!どうすれば・・」

 いい、と言う前にメルの体がスミーにむんずと掴まれる。そして西の方に向かって狙いを定める。

メル「え"」
スミー「投げると同時に私の状態を解除すれば、あんたは能力が使えるようになる。
 それでさっきの軟体化&硬化で弾丸の姿に変わればある程度距離は稼げる。
 さあ、鳥になってこい!」
メル「ちょ、ちょっと待って、まだあの二人にお別」

 れ、と言葉が紡がれる前にスミーはメルを吹き飛ばした。メルの渾身の叫びがあっという間に聞こえなくなった後、スミーはマルグとリッドに親指をビシッと立てた後にその姿が塵になって消えてしまった。

マルグ「メル、あいつ・・最後まで迷惑ばかりかけやがって・・」
リッド「でも・・彼等(ゴブリンズ)らしくて良いじゃない」
マルグ「そう、だな・・」

 マルグとリッドはしばらく無言で空を眺めていたが、やがてくるりと踵を返し、彼等の新しい日常に戻っていった。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

メル「ぎゃあああっ!
 こーわーいー!しーぬー!だーれーかー!」

 メルはとても早い勢いで空を飛ばされていたが、その体は少しずつ軟化&硬化を繰り返して弾丸のように変化していった

メル「くうう!体を少しずつ変化させながら飛ぶってきつい・・!
 というか、本当にこっちであってるんだよね!?なんか港が見えないけど・・!」

 しばらくメルは辺りを見渡していると、アタゴリアン城の姿がうっすらと見え始めて来た。

メル「や、やった!あの城は、僕達が戦ったアタゴリアン城そのものだ!
 あと少しで皆の所、に・・?」

 メルが喜ぶのもつかの間、ガクンと速度が落ちてくる。どうやらスミーのパワーではここまでが限度らしい。

メル「ま、まずい・・!今は着地する事を考えなきゃ!軟化、軟化してダメージを軽減!」

 メルが軟化した直後、更に速度と高度が落ちたからだが一気に地面に落ちていく。
 下には、小さな町があり、その中の店の天井に彼は落下していく。
 天井を突き破り、幾つもの固い素材を破壊しながら、メルは店の中に落下した。店の中に埃が舞い上がり、メルの全身が強く打ち付けられてしまう。
 その衝撃は軟化だけで防げるものではなく、メルの体があちこち悲鳴をあげていく。

メル「ぎゃあああっ!ぐ、ぐぅぅぅっ!!
 ま、まさかこんなに痛い、なんて・・!なんか、骨が、折れたかも・・!
 いたたた!」
?「お、おいあんた・・大丈夫か!生きているのか!」
メル「み、店の人・・!?
 ご、ごめんなさい、後で必ず弁償しますから、今は・・あれ?」
?「なんだ、こいつ・・少年(ガキ)か!?
 おいおい空から少年が降るとかどんな話だよ!
 ま、待ってよ、この子・・何処かで見覚えがあるわ・・キミ、大丈夫・・?」
メル(なんだ?誰か二人しゃべってるのに、声は1つしか聞こえない・・?)

 メルは立ち上がろうとするが、足の骨が折れた痛みでまた倒れてしまう。
 小さく呻きながらも何とか立とうとした瞬間、先ほどの声の主が姿を少しずつ現していく。
 それを見たメルは思わず、自身の痛みも忘れて息を呑んでしまう。
 何故ならそこには、ユーにそっくりの人形と、カスキュアにそっくりの女の子が立っていたからだ。

メル「き、君は・・!?」
「アタシ?アタシの名前はカスキュアだよ。こっちはアタシの・・友達のユーキちゃん人形。
 おいおいてめえ何勝手にウソついてんだよ!俺とお前の関係はペットと主人だろうが!
 ま、待ってくださいユーキ様、そういう事は黙っておいた方が良いんですよ〜。
 ふざけるな、テメエなんかと一瞬でも同列に扱われたくねえぜ!」
メル「な、なん・・なんなんだ、キミ・・達は・・!?」

 メルは驚きながらも足を引きずり、逃げようとする。カスキュアは少し呆れた顔を見せた後、人形をメルに向ける。

カスキュア「慌ててる所悪いけど、もっかいビックリさせて貰うよ。
 ほら、この人形を触りな」
メル「な、なんでそんな事・・」
カスキュア「いいから早く。
 じゃないと君、全身骨折のままこの店から出る事すら出来ないよ」
メル「・・・・」

 メルはカスキュアの顔をじっと見る。
 埃だらけの顔には、メルがよく知る彼女から吹き出ていた悪意をまるで感じられなかった。
 年相応の幼い少女の顔に、メルは少しだけ心を開いてしまう。そして、人形に手が触れた瞬間、彼の全身の痛みがすうっとぬけていった。

メル「あ、あれ・・痛みがない?」
カスキュア「へっへー、凄いでしょ。
 アタシの人形サマはね、触れたモノを皆治す力があるんだよ。
 さて、君はどうしてここに来たんだ?キズを治してやったんだから、正直に答えてもらうよ。
 こういう交渉術は普通、治す前にやるんだがなぁ・・まあいいか」
メル「な、治してくれてありがとう・・。
 僕、ここに落ちたのは偶然なんだ。
 早くゴブリンズの元に帰らなくちゃ行けなくて、それで・・」
カスキュア「ちょっと待て」

 不意に、カスキュアの声色ががらりと変わった。あまりに突然に変化した為にメルは眉をひそめる。

メル(え、い、いま、僕は女の子に話しかけてるんだよね?なんだろう、急に声色が低く、邪悪な感じに染まったような・・)
カスキュア「おいてめえまさかゴブリンズの関係者かァ!?」

 左手の人形の小さな手がメルの首を掴み、そのままメルの体を持ち上げていく。

メル「え、ええええ!?
 何これ、なんで人形の手なんかで持ち上げられて・・ハッ!」

 足が床から離れるまで持ち上げられて、メルは始めて気付く。
 人形の後ろにある腕は少女のそれではなく、まるで戦場を駆けめぐった戦士のように太く、キズだらけである事に。

メル(な、なんだこの腕は!
 丸太のように太い腕じゃないか!見た目は10歳くらいの女の子なのに、なんでこんなパワーが・・!)
カスキュア「やはりゴブリンズの一人だな、テメエはよぉ!」

 カスキュアの人形が思い切りメルを投げ飛ばし、メルは壁に叩きつけられてしまう。
 頭がくらくらしながらも立ち上がろうとするメルのそばに、カスキュアが歩み寄りながら邪悪な笑みを浮かべていく。

カスキュア「おいおい、俺様はなんて強運なんだろうな!まさか、まさかあのにっくきゴブリンズの仲間に出会えるなんてよぉ最高じゃねえか!
 小僧、貴様を治してよかったぜ、これからもっと凄惨な痛みをお前に与えてやるからよおおお!!
 ゴブリンズの仲間である事を後悔しながら殺してやるぜええええ!!」

 メルはふらふらしながらも、カスキュアとその腕に潜む邪悪な人形を強く睨み付けた。

メル(まさか、まさか、あの腕が、ユーキなのか!?
 リーダーさんにひどい事をし続けた、あの最低最悪の怪物の正体が・・カスキュアの手に宿ってしまったのか!?)


 現在の時間は午前9時。
 船が出るまでーーーー後1時間。


続く
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