mixiユーザー(id:10063995)

2021年04月16日06:44

60 view

長編小説 角が有る者達 第233話

『夜の中で』

 二人が精魂尽き果てるまで戦い続け、そして終わった・・その夜。
 沢山の人々が泥のように眠りこけている夜の街の中を、一人の少女が人目がないか気にしながら歩いていた。
 その少女の姿は奇妙だった。服はボロボロで至る所に煤や汚れが付いている。片目は包帯で隠されて見えず、もう片目は隈がひどく、その目には怪しい色の光が宿っている。
 靴は履いておらず石畳の地面を歩く度に少しずつ足が傷ついていく。
 そして最も奇妙なのは、少女の左手がまるで成人男性のように太く筋肉が発達していて、それを隠すように大きな腹話術人形を持っている事だった。
 その腹話術人形は少女よりもっと奇妙な姿で、一見すると美しい桜色のドレスを着飾った黒髪の少女のようだったが、
 その腹部に黒い文字で『my sister you(我が妹ユー)』と書かれているのに、それを消すかのように血文字で『my name A・G(我が名はA・G)』と書き直されていた。
 人形を持った少女は人気が無い裏路地で誰もいない事に安堵して笑みを浮かべる。

「あひ、あひひひひひ!
 やった、やったやった!あの果心が大切にしているユウキの腕を奪えたぞ!
 あひひ、あひひひひひひ!
 これでアタシは果心に復讐できる、あなた様の復讐にも手をお貸しできますよ!
 エイジィ様!」

 少女・・カスキュアがそう言うと、
 カスキュアの手にしていた人形がくるりと振り返り、カスキュアの頬を人形の手ではたく。

カスキュア「ばかが、何をしているカスキュア!こんな場所で大声を出したらまだ誰かに聞こえちまうだろ!
 確認しろ!もう一度誰もいないか確認するんだ!
 は、はいぃ!」

 はたかれたカスキュアは辺りを伺い、そして誰も見ていない事を確認すると人形に話しかける。

カスキュア「エイジィ様、何処にもいませんよエイジィ様!
 アタシ達が逃げてる事に気付く馬鹿達はだれもいません!
 ぐはははははは、そうかそうか!
 それは世界中の馬鹿がお前より頭が悪い証明になったぞ!良かったなあカスキュア、お前の頭は他の奴等より優れてるんだぞ!
 ありがとうございます、ありがとうございますエイジィ様!貴方の下僕でカスキュアはとても嬉しいですううう!」

 カスキュアは人形、『エイジィ』に向かって膝をつき、心の底から安堵したかのように嬉しそうに人形に向かい笑いかける。
 それを見た人形はカスキュアにふんと息を鳴らし、パカパカと口を動かす。

フォト



カスキュア「『よし、それじゃあ安心した所で一旦、俺達の状況について整理しようじゃねえか』。
 分かりましたエイジィ様。
 まず、アタクシ、カスキュアが無事にユウキの腕を使い体を手に入れた所から始まりますか?
『いや、その辺は下らないからいい。俺がこの身を手にした所から話を始めよう』。
 分かりました、それでは・・。
 エイジィ様が馬鹿でマヌケで不細工なアタシを蘇らされてくれた後に、あなた様こそが素晴らしい存在だと色々教えてくれたんですよね。目玉を切ったり心臓裂いたり、あの汚い虫を・・うええ。
 『いちいち思い出して気持ち悪がってんじゃねえクソカスが。
 その次だ次、俺の方が偉いと分かったお前は次にどうしたんだっけか?』
 え。あああ、あの虫、虫がアタシの喉を、腹を、今、今も今も今もああアアアアやアアアア!!ゴキ、ゴキ、ゴキブリイイイイ!!」

 そこまでカスキュアが叫んだ所で、右手が勝手に人形の足を持ち、カスキュアの顎を蹴り上げる。
 カスキュアは倒れてしまい、起き上がろうとした所に人形の顔がグイッと近づく。

カスキュア「ひいっ!?
 『バカが、いちいち騒ぐんじゃねえよ。奴等に気付かれたらどうする』。
 す、すすすすいませんエイジィ様・・!
 で、でででもアタ、アタシ、アタシ、とてもとても心配で怖くて怖くて心配で・・!
 『慌てなくても、あいつ等ならさっき俺が全部お前のハラワタから出してやったから心配すんな。
 それより話の続きだ、お前は俺が偉いと分かった後にどうした?』
 あ、ああ、ああああ・・すいません、今、話します。
 アタシ、アタシは・・一旦、地下倉庫に大量に置いてある人形を手にして、貴方様の為に必要なガワを見つけたのです。
 『そうだ、そのおかげで俺とお前は会話出来るようになった。お手柄じゃあないか。女の子人形とドレスは気にくわないがな』。
 そ、その人形は昔ダンスってバカが作った人形なんです。
 その人形には魂封印の呪符が仕込まれていて、いつかここにユーの魂が入り込んだ時の為に用意してたんです。
 気持ち悪い考えですよね、全く・・。
 『俺はおかげで口と手足を手に入れたから文句はねえけどな。
 そして俺達はようやく対話し、お前が俺のペットになった。
 それから俺はユウキ・・いや、今はアイに復讐する為に、お前は果心林檎に復讐する為に手を組む事になったわけだ。
 分かったな、カスキュア。分かったら黙って先へ進むんだ』。
 あ、あうう・・すいません。すいませんんん。アタシ、物分かりが悪くてホント、ダメダメで・・折角、部下達を使ってゴブリンズと果心、両方を殺す算段をしてたのにニバリの大バカがしくじっちゃってぇ、アタシ一人じゃもう何も出来ないから、どうすれば良いか分からないから・・辛かったんですよぉぉ!
 『だが、俺がいれば安心だ。
 任せておけ、カスキュア。お前の野望、俺と一緒なら必ず上手くいくぜ!だからお前は安心して、このアタゴリアンから離れるんだ』。
 分かりました、分かりましたあああ!
 果心林檎、あんたはアタシが殺す。必ず必ず殺してやる!
 『アイ、お前は俺が殺す。
 お前が俺を切り捨てたせいで、俺は何年も人殺しが出来てねえんだからな!
 もっと、もっともっと暴れてやるぜえええ!!』」

 アーッハッハッハッハッハッハッハッ!
 ヒーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!

 薄暗い路地に、一人の少女の影が月明かりに照らされて伸びていく。
 しかし裏路地に響き渡る笑い声は、確かに二人分だった・・。


△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼

 三日月の月明かりは夜の世界に平等に注がれていく。狂気に堕ちた少女にも、瓦礫だらけの街の中にも。
 そして、あらゆる戦いの舞台となったアタゴリアン城、その中の『天国』と呼ばれる部屋にも。
 その部屋の外にあるバルコニーに設置された椅子に赤い寝間着を着た果心林檎は水をグラスに注ぎながら、部屋の中にいる人物に話しかけていた。

果心「今日のお月様は一段と綺麗だわ。
 そうだと思わないかしら・・?
 ユー」

 果心が声をかけた人物、ユーはバルコニーに姿を晒す。洋服は先程まで着ていた服ではなく可愛らしい兎のキャラクターがプリントされたパジャマを着ていた。
 ダンスが用意していたユー専用のパジャマ箪笥の中から、ユーが適当なパジャマを引っ張り着ていた。
 果心はユーのパジャマを見た時、少しだけ笑みを浮かべた。

果心「あら、ずいぶん可愛らしい服を選んできたのね」
ユー「なんでダンスは私のパジャマサイズ知ってるの・・?全部の服が同じサイズなのが凄く怖いんだけど・・」
果心「まああの人は一途過ぎるから・・もし彼が復活したらまた貴方の事を追いかけ回すかもしれないから、その時はごめんね」
ユー「え、ダンスが復活する算段あるんですか?私的には凄い嫌なんですけど・・」
果心「そう、結構彼はシャイなんだけどね?
 とりあえず、座って話をしない?」

 ユーは少し躊躇したが、やがて自身を落ち着かせるように「失礼します」と呟いた後、ゆっくりバルコニーに足を踏み入れる。
 昼間、アイが外から侵入してきた小さな世界に、ユーは部屋の中から招かれたのだ。
 椅子に座ったユーに差し出されたのは、薄緑色のお湯だった。
 ユーが驚いて見ると、果心の手に持っている物はグラスから陶器の湯呑茶碗に変わり、真ん中の水差しは急須に変化している。
 そしてユーの湯呑茶碗に注がれた水もまた薄緑色に変わっていた。

ユー「あれ・・?え・・!
 こ、これは一体・・!!」
果心「ちょっとした魔法よ。
 貴方が手に持つまで本当の種類は分からないって、魔法。
 中身はただの緑茶だから、気にしなくて良いわ」
ユー「リョクチャ・・?」
果心「私の故郷ではよく飲まれているお茶よ。
 毒は入ってないし味は保障するわ」

 そう言いながら果心はリョクチャを美味しそうに飲んでいく。ユーは暫く緑茶を眺めていたが、やがて意を決したように緑茶を口に付け、少しずつ飲んでいく。
 暖かい液体が口から喉に入り、夜風で冷えてきた体を少しだけ暖めてくれた。

ユー「あれ、甘い・・のかな?ちょっと違うような・・」
果心「それは『旨味』と言うの。
 果物水(ジュース)でこの味を出すのは難しいけど、私達の国ではこっちの方が馴染みがあるわ」

 果心は緑茶を飲んだ後、バルコニーの外に目を向ける。ユーも目を向けると、そこには瓦礫でいっぱいの街が広がっていた。

果心「明日からジャン・グールの部下達が総勢で街を復興してくれるし、アタゴリアン人も街を甦らせる魔術を行使してくれるそうだからすぐに街並みは元に戻ると思うわ。でも私が貴方に見せたいのは、その上よ」

 果心の誘導のままユーが目線を上に上げると、そこには美しい海岸とその海を照らす、無数の星々。
 そして、その上には半分だけ輝いている月が見えた。月なんてユーはいつも見ている筈なのに、ここから見る月は海の輝きからか、それとも町の灯りが邪魔しないからかとても美しく見えてしまい、ユーは思わず感嘆の声を上げてしまった。

ユー「うわぁ・・」
果心「あれは上弦の月・・お月様はたとえ半分に欠けても、夜を優しく照らしてくれている。三日月でも二日月(フタヅキ)でも変わらない。月が眠る新月の時ですら、夜の星が私達の足元を照らしてくれた。
 限りある命を力一杯生きる他の人達には太陽こそ美しいと主張するのでしょうけど、
 人と交われなくなった私にとっては、月と星が輝く夜こそ、美しいと主張するわ」

 果心の言葉に、ユーは無言で賛同する。
 何百年も長い間生き続けた果心林檎にとって、人と交わる事が出来なかった彼女にとって、この柔らかくも優しい星空に一体何度救われたか想像も出来ないが、
 今、自分が抱いた感情と同じ心持ちになった事は容易に想像出来た。 
 そして、それ以上の地獄を何千回何万回も体験し続けている事も。
 きっと、果心はこの先もその地獄から抜け出せない事も気付いていたが、ユーはそれを言おうとはせず、黙って湯呑みを傾けた。
 その僅かな空気を読んだのか、果心が「そうそう」と話を切り出してくる。

果心「そう言えば、カスキュアって女の子を貴方は知っているかしら?」
ユー「・・知ってるわ。
 あいつ、ニバリをあんな怪物に変えた元凶なんでしょ。他にも色々ひどい目にあったって、パパが言ってた。
 私はあいつを許さない・・」
果心「彼女はね、亡霊だったのよ。
 それも哀れな悪霊でね。人を傷つける事でしか自身の存在を維持できない。
 そんな亡霊が、つい先程蘇ったわ」
ユー「え・・!?」

 驚くユーの前で果心が呪文を唱えながら机を軽く叩くと、そこには金髪で汚い服装を着た少女が、何故かユーに似た姿の人形を手にしたまま街を走り抜けていく姿が見えていた。

ユー「な、なに、これ・・!?」
果心「ナンテが遺した魔術の一つでね。この机を呪文を唱えながら軽く叩くとこの国で一番危険な人物が何をしてるか分かるようになってるのよ。
 そして今、カスキュアは私への復讐を叫びながらこの国を出ようとしている・・」
ユー「そ、そんな・・!
 今のうちに早く殺さなきゃ・・!」
果心「今、彼女に手出しする事は私が許さないわ」

 驚愕のまま立ち上がろうとするユーを、果心は声一つで制止させる。
 ユーは感情のまま果心を睨み付けた。

ユー「だ、だってそいつは今までさんざん悪い事をしてきたのよ!?
 あいつが死んでなきゃ安心出来ないわ!」
果心「それでもダメよ。
 彼女はね、今まさに生まれたばかりの存在。まだ、世界の広さも厳しさも自分の価値観でしか知らない存在なのよ。
 これから彼女は、嫌でも世界の大きさ残酷さに向き合う事になる。
 それら全てに耐えた上で、まだ私に立ち向かう気があるなら・・その時は、全力でもてなしてあげるわ」
ユー「果心・・」

 ユーの視線は、自然とカスキュアに向いていく。生まれたばかりで世界を知らない存在。これからたった一人で生きなければいけない存在。
 それはまるで、数年前の自分自身と同じような気がしてきて何とも言えない妙な気持ちが怒りや驚愕を包み込んでいく。
 そうして少し落ち着いた頃に果心は話を続けていく。

果心「私も、一人で生きてきた。
 一人で森も山も砂漠も乗り越えてきた。
 貴方も、そうでしょう?
 なら私達は、彼女がまたここに来れるよう待つのが一番なのよ」
ユー「・・・・そう・・・・」

 果心の言葉には優しさと、決意が入っていた。アイとの戦いで叫んだ、『あらゆる恨みに立ち向かう』という決意が、今の決断に至らせたのだとユーは理解し、そして怒りが完全に消えてしまった。
 ユーはゆっくり腰を下ろし、椅子に座り込む。それと同時に、机の映像が消えてしまう。ユーは無意識に髪飾りの花飾りに触れていた。

果心「あら、その花飾りは・・」
ユー「あ、これはニバリに渡した花と一緒の花です。
 手術後に果心さんと別れた後、花畑に探しに行った時に花を探して・・もう1つのイワツメクサを持ってたんです。
 二人で同じ花を持ってた方が良いかなって思って・・」

 言ってて少し恥ずかしくなってきたのか、ユーは頬を赤く染めてしまう。しかしそれと同時に、ニバリの最後の会話も思い出し、ユーはその事をアイより先に果心に話す事にした。

ユー「・・実は私、ニバリの最後の声を聞いたんです」
果心「最後の声?」
ユー「ニバリが手紙を書いてて、そこには自分を怪物に変えたドリームって博士がニバリを人間に戻す改造を施してたようなんです。
 でもその最終段階まで来たところで、カスキュアが邪魔しに来たせいでニバリの改造は中断せざるを得なかった・・やっぱり私、カスキュアの事は大嫌いです」
果心「そうね。
 ニバリは、人間に戻れたのかしら・・?」
ユー「自分の体がボロボロになった最後の最後に、ダメ元でその機能を使うって言ってました。
 それで、もし人間に戻れたら、また手紙を書くからね、花飾りを着けて生活するからまた会おうねって言って・・そこで手紙は終わりました。
 ニバリ、まだ目が見えないのに・・彼女も一人で生きていくんですね・・」
果心「そうね・・。
 彼女には、逞しさより誰かの優しさが必要よ。
 優しい人に出会えたら、いいんだけど・・そればかりは、願うしかないわね」
ユー「・・私、毎日ニバリに会えるよう願います。
 絶対、絶対に出会えるようにって・・!」

 ユーは、血染め桜の力である願いを叶える力を受け継いでいて『自分の願いを叶える力』がある事は知っている。
 しかしそれで遠くへ去っていったニバリにどこまで力が作用するかは、ニバリに出会うまで分からない。
 ユーはたとえそんな力が無くても、友人の無事を毎日願い続けようと心に決めていた。
 それを見た果心は少しだけ笑みを浮かべ、茶碗を傾けながらユーに問いかけていく。

果心「ユー、私との話はこれで終わりかしら?」
ユー「あ・・い、いえ、まだです!
 実は私、果心さんにどうしても聞きたい事があって・・!」
果心「さて、他に何かあったかしら?」
ユー「パ・・父の事です」

 果心の飲もうとした湯呑が、止まる。
 そしてユーの方に視線を向けていく。

ユー「私は父の戦いを、最後まで見ていません。父に『知るな』と言われたからです。
 でも、これだけは知りたいんです。
 二人の勝負は、あの最後の戦いはどちらが勝ったのか・・私は、それだけはどうしても知りたいんです。
 父と真剣に向き合ってくれた果心さん、貴方の口から、聞きたいんです」

 ユーの言葉を最後まで聞いた果心は少し眉をひそめた後、いつもの柔和な笑みではなく真剣な表情を見せた。

果心「・・私は、あの人と戦ったわ。
 私の長い人生でも、あんなに激しい戦いはほとんどなかった。
 それはきっと、彼自身も同じなんだと思う。
 互いに出せる全力を出して、背負った物全部吐き出して、最後は共倒れした。
 でも、私は負けたとも勝ったとも思ってないわ」
ユー「それじゃあ・・この勝負は引き分け、何ですか?」

 ユーの問いかけに、果心は静かに首を振る。

果心「引き分けではないわ。
 かと言って、延長戦に突入したわけじゃない。
 ちょっと貴方達がだれも知らない話をするけど、私とアイは戦いの最中に花を植えたの」
ユー「花?」

 あまりに突拍子もない行動に、ユーは思わず聞き返してしまう。果心は真剣な表情のまま話を続けた。

果心「アイが貴方に聞かせなかった話は、自分の辛い体験だった。
 アイ・・いいえ、ユウキだった男はきっと私に伝えたかったのね。
 私の犯した罪の重さはどうやっても償う事が出来ないって。
 それでも、私は立ち向かうと決めていた。だから、彼に最後の最後まで向き合ったのよ。
 だからこの勝負の結末は勝利でも敗北でも引き分けでもなく、
 『和解』・・だと思うわ」
ユー「『和解』・・。
 父と果心さんは、互いに歩み寄る事が出来た、という事・・」
果心「ええ、そうよ。
 私達は和解した。もしかしたら彼はまた私に戦いを挑むかもしれないけど・・今度は簡単に私が勝てる自身があるわ」
ユー「そ、そんな事ないと思います!
 パ、パパの方がずっと強い筈です!」
 
 言ってから、ユーはハッと息を呑んだ。
 思わず何も考えずに果心に反論してしまったからだ。しかし果心は、優しい笑みを浮かべてくれた。

果心「・・・・そうかもね。
 でも、その時は互いに憎しみをぶつけ合う事はもうないと断言出来るわ。
 少なくとも、私達はあの戦いで互いに分かり会えたのだから・・あら?」

 果心が湯呑みを確認する。
 緑茶はすっかり冷えきり、気付けば急須の中身も空になっていた。

果心「・・少し、長話し過ぎたみたいね。
 ユー、もう自分の部屋に帰りなさい。寝不足は乙女の敵よ」
ユー「・・は、はい。
 色々話してくれて、ありがとうございます」
果心「もし、アイの場所が嫌になったら、私の所に来なさい」

 椅子から立ち上がって頭を下げ、背中を見せたユーに果心は声をかける。
 ユーは驚いたような表情で振り返った。

果心「私の部屋のバルコニーの鍵はいつも開けておくわ。
 もし彼の居場所が嫌になったら、そこから私の部屋に入りなさい。私は仕事で忙しいからいつ部屋に戻れるか分からないけど・・貴女の来訪はいつでも歓迎するわ」
ユー「あ、ありがとうございます。
 で、でも・・」
果心「でも?」
 
 ユーは少し気持ちを落ち着かせた後、意を決して宣言する。

ユー「でも、私は家族と一緒に果心さんの城に招待されたいです。
 パパや、仲間の皆と一緒に笑いながら食事をしたり他愛ない話をしたいと、思います。その為に私も色々頑張ってみたいです」

 その言葉は、果心の想像もしなかった言葉だった。果心は目を丸くしたまま訊ねる。

果心「・・きっと、難しいわよ」
ユー「それでも、私は諦めたくない」
果心「ゴブリンズには私を良く思わない人もいるわ」
ユー「説得してみせます。
 いや、説得できる筈です。だって、貴女とパパは分かり会えたんだから」
果心「貴女が否定されるだけで終わるかも・・」
ユー「否定されても、何度でも訴えてみせます。
 私は、凄い我が儘なんです。ワガママさでは誰にも負けない自身があるんです。
 だから、だからもし上手く行ったら、皆がアタゴリアンに来たら・・」

 ユーは果心の近くまで歩み寄り、頭を下げる。

ユー「お願いです。
 パパや皆を、どうか受け入れてあげてください」

 数百年以上生きた魔術剣士、悪魔の発明『Gチップ』の産みの親、大罪計画のリーダー、更に今はアタゴリアン女王の前で、
 ユーはただの友人として、彼女に頭を下げた。
 それを見た果心は笑みを浮かべず、しかし否定の表情を見せようともせず、
 少し考えた後に、こう答えた。

果心「分かったわ、ユー。
 今はまだ答えられないけど、考えておく。
 貴女が皆を連れてきた時に私が考えた答えを貴女達に見せましょう」
ユー「ありがとうございます!
 それともう1つ・・」

 ユーが顔を上げ、少しだけ恥ずかしそうな顔で果心を見つめる。果心が僅かに眉を上げると、ユーは今まで沢山喋った後だというのにも関わらず、小さな声で訊ねてくる。

ユー「わ、私・・お、お・・大人の、女性と一緒に寝た事が、無いんです・・。
 もし、良ければ・・・・今日、少しだけで良いから、一緒に寝てくれませんか・・?」

 それを聞いた果心は驚いた表情を隠せなかった。
 一度、月の方に目線を向けた後、静かにユーに向き直り、優しく答える。

果心「・・ええ、良いわよ。
 今日だけは、貴女と一緒に寝ましょう・・」
ユー「あ、ありがとうございます!」

 そうして、二人は月明かりから離れていき、寝室に向かう。
 月は半月、上弦の月。
 街明かりの無い街を、星と月だけが優しく見守っている。

続く。

2 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年04月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930