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2021年03月08日01:35

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長編小説 角が有る者達 第231話

注意 この物語にはかなり残酷な表現があります。ある少年の『うん、今いくよ』という言葉から始まりますので、注意してお読みください。
 それでは、始まります。


『氷鬼の角』

 人は生きている上で何度も人生の分岐点に立つ事がある。
 その度に人は悩み、迷い、自分にあった道を探していくのだろう。
 だが一度鬼に落ちれば、人生の分岐点は無くなってしまう。不成者として、落伍者として、あるいはけだものとしてしか生きられなくなってしまう。
 普通の人はそうならないよう気をつけて人生を歩くが、気をつける間もなく堕ちなければいけない道も、存在するのだ。

 アイ、そしてユウキの過去の始まりは、酒のつまみ程度に語れるものでなく名前を交換したユウキにさえ一度か二度軽く語っただけだった。
 生まれつき右腕が無かったユウキは施設で暮らしていた。
 そこは身体、或(あるい)は精神の何処かに障害を背負った子ども達が暮らす施設で、ユウキはその中で明るい心と悪戯心を詰め込んだ普通の少年として生活していた。
 ユウキはある日、仲間と共に施設の外れに植えられている桜の木の前に集まっていた。

子ども「ユウキ、お前今日はどれぐらいの速さで登れるか見せてくれよー!」
ユウキ「よ!は!や!」

 ユウキは片腕と足の指を器用に使い、大きな枯れた木を登っていく。
 そして細い枝の上まで簡単に登ったあと、まるで王様のように嬉しそうに手を振った。

ユウキ「やっほー!
 今日も俺は誰よりも速く木を登れたぜ」
子ども「いいなー。
 よーし僕も登ってやる!」
子ども「フェニも登るの!
 気をつけてね!」 
 
 右足が義足の子・・フェニが手を震わせながら木に登ろうとするが、握力が足りないのかすぐに離してしまう。
 一度目は諦めたフェニだったが、すぐに気合いを入れ直して登ろうとする。
 一つ一つ、足場になりそうな部分や掴めそうな部分を探り当てて慎重に登っていき、息をふうふう吐きながら木をゆっくりと登る。
 あまりに必死に登るのでユウキも、下の子ども達もフェニの行動を黙って見ていたが、あと少しでユウキのいる枝まで辿り着ける、という所で手を滑らせてしまう。

フェニ「あっ!」

 フェニが短く悲鳴を上げて地面に落下しそうになったが、ユウキが体勢を崩しながら素早く手を伸ばしてフェニの服を掴み、ギリギリで落ちなかった。

フェニ「あれ?え、落ちてない?」
ユウキ「フェニ、はやく・・上がれ!
 すぐ落ちるぞ!」
フェニ「う、うん・・!」

 フェニは急いで幹を掴み、登り上げていく。ユウキもホッと一息つきながらうまく体勢を直し枝に戻っていく。
 程なくして、二人は同じ枝で出会えた。

ユウキ「よお、ユウキ王国へようこそ。
 お客さんは歓迎するぜ」
フェニ「ふ、ふふん!
 僕だって頑張ってここまで来たんだ!
 凄い歓迎を見たいなあ!」
ユウキ「なら、前を向けよ。
 とびきりのものが見れるぜ」

 そう言ってユウキは前、景色を見せるようにフェニに促す。
 フェニが顔を上げると、施設の外の景色が遠くまで見えた。
 田舎も田舎の施設では建物などなく、森の木々と岩と細い道しか見えなかったが、
 それはまだ幼い少年達にとって確かに『絶景』なのだ。

フェニ「わぁ・・」
ユウキ「どうだ、凄いだろう!
 今ならガミガミ先生のハゲ頭を上から眺められるんだぜ!」
フェニ「凄い凄い!
 あんなに世界って広かったんだ!遠くまで見えるよ!」
ユウキ「おいおい、そんなにはしゃいだらまた落ちるぜ」
フェニ「あ、ごめん。
 でも、本当に凄いや・・見てよ、あんな遠くで岩が動いてる」
ユウキ「岩?」

 ユウキが振り返ると、確かに遠い森の前で岩が動いていた。 
 岩はゆらゆらとその硬い体を揺らしながら森に近づき、木々の間にするりと入ると、その姿を消してしまった。
 それを見たフェニとユウキは同じ顔をしていた。

フェニ「うわあ!な、なんだろうあれ!」
ユウキ「スゲー!
 岩が、岩がぐらぐらと動いたぞ!UMAか!?宇宙人が変身したのか!?
 こうしちゃいられねえ!フェニ、冒険を始めるぞ!」

 ユウキは足を振り子のようにふって勢いを着けて枝から飛び降り、上手く着地する。
 ユウキの心の中には冒険が始まる楽しさで一杯だった。
 そして左手を広げて枝の上にいるフェニに向かって声をかける。

ユウキ「おーい、フェニー!
 お前も降りてこいよ!受け止めてやるぜ!」
フェニ「うん、今いくよ!」

 ユウキが誰かと木に登った時、いつも先に降りて誰かを同じように受け止めていたのをフェニは知っていた。だからフェニは何の疑いも心配もなく立ち上がった。
 その瞬間、ぱん、ぱん、と二回何かが破裂したような音が響いた。
 それと同時にフェニの胸と喉に穴が開き、頸動脈と心臓を撃たれて即死し、血が大量に噴き出した。
 真下に立っていたユウキはその血を全身に浴び、その時顔まで浴びた為に周りが見えなくなった。
 一瞬で絶命したフェニは力を失い、細い枝を折りながら血まみれのユウキの上に落ちていく。
 ユウキは体勢を取る事さえ出来ず、のしかかってきたフェニの死体に潰されてしまった。
 その間にもぱん、ぱん、と音は鳴り続け、子ども達は皆頭や胸から血や肉を噴き出しながら倒れていく。
 皆が遊んでいた遊具や枯れた桜に次々と血がかかり、その全てが赤く染まっていく。
 やがて、誰も動かなくなった頃に二人の屈強な体格の男が倒れた子ども達の前に現れた。 

兵士1「何処だ、奴は!
 確実にこの近くに隠れている事は分かってるんだ!」
兵士2「気を付けろ、あいつは『変身』系能力者だ!
 あいつら、傷がつかないと変身がとけないから厄介なんだよ!糞が!」

 兵士の一人が死体に唾を吐き、銃を構えて周囲を警戒する。兵士の服装は緑と黒の迷彩服で、腰にはナイフや銃がしまったホルダーが備えられていた。
 彼等はしばらくだが動ける存在は現れず、ただ死体から血が流れるだけだった。

兵士1「・・いない、のか。
 この施設には奴は逃げてないのか!」
兵士2「な、なら俺達は・・ただの子どもを撃ってしまったのか!?
 敵を倒す筈の銃で!?
 守る筈の子ども達を!?」

 兵士の体がわなわなと震えるが、もう一人の兵士が肩を軽く叩いて止めた。

兵士1「落ち着け、今は仕方ないさ。
 たまたま逃げた奴が変身系能力者で、たまたま逃げた先にこいつらがいただけだ。
 ハッキリ言って運が無かったんだ、こいつらは」
兵士2「そ、そうだよな。うん、うん、運が悪かっただけだ、こいつらは。
 戦争、戦争が無ければこいつらだって平和に生きられたんだ・・全部、全部戦争のせいだ」
兵士1「そうさ、俺達が銃を持つのも人を殺さなきゃいけないのも、この子達が死んだのも戦争のせいなんだ。
 ・・死体を確認してから、埋めてやろうぜ・・」
兵士2「ああ・・」

 そう言って、兵士の一人が死体の山に近づく。もしかしたら変身系能力者が隠れてる可能性を考慮し、銃先を死体に向けて触ろうとする。
 彼が触ろうとした死体は、フェニと呼ばれた子の体だった。
 兵士が銃先でフェニの死体を軽くつつこうとした瞬間、
 死体の下からユウキが跳ね起き、手に持っていた木の枝を兵士の右手首に刺し貫いた。

兵士2「ぎゃああああああっ!!」
兵士1「な、何っ!?
 子どもが生きて・・!?」

 驚愕する兵士の側で、ユウキの頭は冷静に次の行動を身体に命令していた。
 兵士の腰からナイフを取り出し、木に登る時のように跳躍し男の背中に飛び乗って、兵士の首筋に左手で握りしめたナイフを勢いよく突き立てる。
 
兵士2「ぎゃああああああっ!!」
兵士1「野郎っ!
 良くも・・!」

 兵士が首から血を噴き出しながら倒れ、兵士が銃を構えるが、それより早くユウキは死んだ兵士が持っていた銃を投げつけていた。
 投げた銃が男の顔面に当たり、思わず怯んでしまった所に今度はユウキ自身が突撃し、屈強な体格の兵士が転んでしまう。
倒れた兵士が目に飛び込んだのは、自分の身体にまたがり投げた銃・・AKー47と呼ばれる銃の真ん中を握りしめたユウキの姿だった。
 先ほどまで職員や子どもを冷酷に殺し続けた銃口は熱せられており、それをユウキは何の躊躇いもなく兵士の目玉に突き刺した。

兵士「ぐあああああっ!」

 悲鳴を上げる兵士の顔からユウキは銃を引き抜き、血が噴き出る。
 そしてまた突き刺す。もう一度突き刺す。
 何度も何度も顔面に突き刺し、彼の元の顔が分からなくなる程に、その銃の元の形がなんだったか分からなくなる程に突き刺し続けていく。
 血やそれ以外の液体が大量に自分にかかってもユウキは何も感じなかった。
 もう一度強く突き刺そうとした瞬間、兵士の腰に持つ通信機から声が響いてくる。

『ビィラ!マルド!
 報告せよ!奴はどうした!見つけたか!』

 ユウキの体がピタリと止まり、目がゆっくりと通信機に向けられていく。
 通信機からは誰かの怒鳴り声が響きつづける。

『殺せ、奴を必ず殺せ!
 奴は重要な機密情報を手に入れた!
 我々に出会った者は全員殺しても構わん!奴を必ず殺』

 せ、と言い切る前にユウキは通信機に銃を突き立て、破壊する。
 そして誰も動けるものがいなくなった世界で、ユウキはフェニにゆっくり歩み、血塗れの身体を優しく撫でる。自分の手が真っ赤に染まってももう気にしなかった。
 ユウキはもう動かなくなった友達に優しく声をかける。

ユウキ「フェニ、悪いな。
 ちゃんと受け止められなくてよ・・。
 みんなも・・ごめんよ。
 せめて、せめてだけど・・もうくそったれなあいつらにお前達を二度と触らせないからさ・・。
 冒険は、死んだ後で一緒にやろうよ・・」

 そう言って、桜の根元に素手で穴を堀り始める。片腕だけの子どもが、何十人もの人が入る穴を掘るには相当の体力と集中力が必要だが、
 ユウキは一度も休憩せずに穴を掘り続けていく。彼は一度も喋らなかったが、その心の中にはあらゆる感情が渦巻いていた。
 その感情に名前を付ける事は彼本人にさえ不可能だが、そのおぞましさは瞬く間に彼の少年の心を容赦なく殺し彼の中に人間を捨ててしまった。
 それでもユウキ少年は無事に全員を土の下に眠らせてあげた。
 奴等を全員殺すという、誓いと共に・・。

 やがてユウキは能力者となり、自らの力が『手で触れた物を治し癒す能力』だと知った時、どれほど絶望しどんな希望に縋ったか・・それは、ここに書き記すだけでは短すぎるので、別の機会にかたられる事になる。

▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

 時は戻り、現在。
 アイと果心は互いに息を切らせながら、それでも構えを解かなかった。
 もう二時間近く戦い続け、互いに血も流し服もあちこちが刷りきれ、汚れている。
 アイにかけた麻酔魔術はとっくに切れ、果心の再生能力が傷を治し続けた反動で、果心の体力が更に奪われていく。
 それでも互いに諦める気は一切なかった。

アイ「ハァ、ハァ、はは・・。
 お前、まだ諦めねえのかよ!
 偉い奴なんだからさっさと諦めろよ!」
果心「り、理屈が分かりませんね。
 あなたこそなぜ、諦めないんですか・・!」
アイ「てめえは、敵だからだ・・!ハァ、もう一回いくぞぉ!」

 アイが金棒を振り上げ、果心の頭めがけて振り下ろす。
 果心はアイの喉元めがけて刀を突き刺そうとする。
 刀は長く、果心の頭を潰すより先にアイの首に届く方が早いと思ったが、不意にアイが倒れてしまった為に刀は空を突き、金棒は手からすっぽぬけて飛んでしまった。

果心「え?」

 アイが掴みかかってくるかと思ったら、それもしない。
 果心が素早く跳躍し距離を取った後に確認すると、アイが倒れているのに気付いた。どうやらただ単純に石につまづいて倒れただけらしい。
 
果心(石につまづいて倒れたけど、
 私の突きをかわす事ができた・・運が良いのか悪いのか分からないわ。
 でも、まだ奴の攻撃は続く筈!)
アイ「げほ、げほ・・く、そがあああ!」

 アイがガクガクと体を奮わせながら立ち上がり、果心を睨み付ける。その姿はあまりに弱々しそうで、いつ倒れてもおかしくない。

ダンク「り、リーダー・・まだ立てるのか!?
 あいつ、俺との戦いで疲れてる筈だぞ!」
スス「・・疲れてるって言うなら、ダンクとの戦いだけじゃないわよ。
 ニバリやユーちゃんと、そして沢山の自分自身とも戦ってるのよ」
ユー「・・・・!」
ユウキ「アイ、あなたは皆を助ける為に・・ずっと頑張ってたのね」

 その海輪は果心にも聞こえていた。
 アイが果心と対峙する前まで、ずっとずっと戦い続けていた事を知った果心は、刀を鞘にしまいアイに向き直る。

果心「・・・・アイ。
 一度『水入り』しませんか。今のあなたは見ていて辛い。
 あなただってもっと万全の状態で戦いたい筈です」

シティ「ダンク、『水入り』って?」
ダンク「『相撲』というジャポネのスポーツで長い戦いの途中、互いに疲労した時に一度休戦を申し込む時に使う言葉だ。
 水を飲み、渇きや疲れを癒した後に戦いを再開するんだよ」
アイ「・・・・」
果心「あなたの気持ちはこの戦いで分かりました。
 私はアタゴリアンを素晴らしい国に変え、この先何十・・いや何百年かけてでも貴方達のような被害者に償うつもりでいます。
 だから・・だから、一度だけで良いんです。僅か数分だけで良いんです。
 休みましょう。このままでは貴方が死んでしまいます」
アイ「・・・・げほっ、げほっ。
 ふぅ、ふぅ・・・・いや、だ・・・・」
果心「アイ!」
アイ「ゴブリ・・・・いや、誰でも良い!ユーの耳を塞げぇ!」
ユー「え・・?」

 アイの命令を聞いて一番に飛んだのはイシキだ。
 背後から近づいてきたライを蹴飛ばし、腹を殴り、吹き飛ばした後に静かにユーの両耳を抑えた。

ユー「な、何で・・」
イシキ「静かにな、嬢ちゃん。
 こっちは良いぞ!」
ライ「げほ、今の流れで俺をボコボコにする必要はないんだと思うんだけどなあ・・」
アイ「ハァ、ハァ・・!
 ありがとよ、元上司・・。
 果心!」

 アイは果心を睨み付ける。しかし先程のように必死な表情ではなく、何かを決意した青年の顔を見せていた。

アイ「・・俺は昔、大切な人達を守れなかった。そしてその時から俺は全てを憎み続けていたんだ」

 アイの言葉をまっすぐ受けとめようと、果心は黙って聞く事にし、ユーもまた耳が解放される時を目を閉じて黙っていた。

アイ「敵も味方も世界も自分も何もかも憎んで、恨んで、それで俺は広い世界の小さな爆弾として果てても良かったんだ。
 それが俺のあるべき人生だと受け入れていたのに、手にした力は癒しの力だった。
 シティのように強力でもない、ススのように一撃の力もない。
 ダンクのように多彩でも、ルトーのように様々な応用がきく力でもない。
 俺の力は、俺を爆弾に変える事を許してくれない忌むべき力だったんだ!
 わかるか、『万能』の果心!
 俺は爆弾にさえ成れない愚か者さ!」
果心「・・・・・・」

 アイは叫ぶ。今まで溜めていた嘆きを、怒りを、憎悪を。
 果心は今まで自分が戦っていた相手の、本当の底を見た気がしていた。
 アイは感情の儘に話を続けていく。

アイ「果心、知ってるか!
 俺が何人も敵を殺しながら、何人も憎い奴等を『癒し』たかを!
 血塗れの奴、病気の奴、傷だらけの奴!どいつもこいつも憎いド畜生ばかり!殺したい程大嫌いな奴等を医者でもないのに『癒し続けなきゃいけない』状況を!!」
果心「・・・・・・!」
アイ「お前は前を見つけたなら前を向けば良い!勝手に救われてしまえば良い!
 だが、俺は!俺達は救われない!
 お前達がどんなに救われ、世界を良くしようと・・・・!
 この命に刻まれた罪も苦しみも絶対に消えないんだ!」

スス「・・・・」
シティ「・・・・」
ルトー「・・・・」
ライ「・・・・」
ダンク「・・!
 みんな、どうして黙っているんだ・・?
 そんな恐ろしい顔をして、何を黙っているんだ・・?」

 ダンクはゴブリンズの過去を本人の口から聞いた事がある。しかしそれは本当の感情を忘れかけていたダンクに共感できるものではなく、彼等自身が体験した『知識』としてしか認識していなかった。
 そして、感情を失っていない果心は気付いていた。気付いた上で黙って話をきいていた。

アイ「俺達はな、『万能』な果心のように自分の罪と向き合えた訳じゃない。
 少なくとも俺は自らの腕を憎み、忌み嫌い、腕自身もまた俺を憎むようになり・・最後は切り捨てたんだ!そうでなきゃ俺はじ自分の命を捨てていた!」

 アイの過去の慟哭。
 それは半世紀も苦しみ続けた、異端者達の苦しみそのものだった。
 ススは能力者に目覚めなければサーカスを解体される事もなく、戦争に巻き込まれる事は無かった。
 シティが能力を持たなければ家を出ていく必要なんか無かった。
 ルトーに才能が無ければ、悪どい組織の駒として育てられる事も無かった。
 ライが能力に目覚めなければ、家族から虐待を受ける事は無かった。
 『Gチップ』なんか無ければ、戦争自体が起きる事が無かった。
 誰も苦しむ必要なんか無かった。
 ジャンはアイの銀の腕をまざまざと見ながら、思わず呟かずにはいられなかった。

ジャン「・・マジか、あいつ。
 昔、何処かの本に書いてあった。
 『五体満足のまま地獄に落ちるくらいなら罪を犯した部位を切り捨てて天国へ行く』・・!
 天国へ行く為の悪趣味な考察だなと思っていたが、それを実行するやつがこの世にいたなんてな・・」
アイ「それでも、俺は前へ進んだと思っていた!
 Gチップの秘密を探り、そいつを作った奴を全員ブッ潰せば、俺達は救われる・・この半世紀の苦しみにエンドロールが訪れると思っていた・・だが、このままではまだダメだ!
 そのためにも、俺はまだ倒れる訳にはいかないんだよ!」

 アイは目の前の女性を見て叫ぶ。
 子どものように単純な感情を乗せるのではなく、自分の中の様々な気持ちを凝縮した叫びを、果心にぶつける。

アイ「いいか、ただ償うだけじゃあダメだ!
 お前はこれから俺達の理不尽な怒りに、罪に、あらゆる不の感情に立ち向かわなければいけない!
 お前にその覚悟があるのかどうか、俺が試してやる!
 『不成者格闘術(ナラズモノコマンド)・・羅生桂馬(ラショウ・ナイト)』!」

 アイは怒りのままに、自らの右腕を金棒に変える。そして構えた右腕を上に放り投げた。

果心「!?」
アイ「『成者格闘術(セイジャコマンド)』!」

 上に放り投げた右腕に、左手にいつの間にか出したアイスボムを投げて、右腕に当てる。アイスボムは爆発し、右腕は凍りついていく。
 空中で金棒は凍りつき、巨大化した氷の棍棒を・・アイは左手の義手でがっちりと掴んだ。その金棒は姿が大きくなり、棒の先端には幾つものつららが鋭く尖っている。
 血肉が通った手なら寒さで凍傷を起こすが、機械の手には関係がない。
 自分の背丈と同じ位に大きく成った氷の棍棒を肩に乗せて、アイは果心に対峙した。

アイ「『氷鬼羅刹(ヒョウキ・ラクシャーサ)』。
 ハァ、ハァ・・果心、俺はまだ倒れない。休む訳には行かない。
 お前に、俺達の罪の重さを、受けとめるつもりがあるなら尚更な・・!
 ハァ、ゼェ・・!」

 果心は刀を構え、アイは棍棒を背負って対峙する。

 果心の休戦の受け入れを蹴った以上、どちらかが疲れ果てて倒れるまで終らない。

 かたや、数百年孤独だった苦しみから解放される為に。
 かたや、半世紀の沢山の溜まった怒りを解放する為に。

 二人はまた一度、対峙する。



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