『鬼綱(キヅナ)』
注意・この話の中には猟奇的表現が含まれます。話の終盤に始まりますのでご注意下さい。
ーー閉じ込められた二人の女が、初めて夜空を見上げた。
一人は『星』を見ていて、一人は『闇』を見ていた。
二人の違いは、たったこれだけだったーー。
アイは目をパチクリさせ、辺りを見渡していた。
そこは知らない施設の中だった。
まるでどこかの研究施設に一室のような壁も天井も白い、無機質な部屋の隅にアイは立っていた。
自分の周りには誰もいない。
部屋の中心に、巨大なニバリが居座っていて、その傍には白衣を来た痩せた男性が立っていた。
二人は何かを会話しているようだ。
ニバリ「〜〜〜〜」
白衣の男「〜〜〜〜」
アイ(なんだ、これは。
今、自分はユーと一緒に手紙を読もうとしていた筈だ。
すぐ傍にはゴブリンズの皆がいた筈だ。
俺は、つい数秒前まであいつらと行動を共にしていた筈なんだ!)
だが、傍には誰もいない。
ススも、シティも、ダンクも、端で転がってるライも、すぐ前にいた筈のユーも見つからない。
遠くで聞こえた果心コールも、皆の声も、何もかも聞こえない。
何処にも、いない。
まるで今まで起きた事が全てほんの一瞬の夢だったかのように、消え失せている。
アイ(なんだ、何なんだこれは、一体何が起きている・・!?
いや、待て。落ち着けアイ。
確かこの状況は前にも感じた・・なら)
ニバリ「〜〜〜〜」
白衣の男「〜〜〜〜」
アイは一度目を閉じて心の中で5秒数えた後に目を開き、改めて二人に視線を送る。部屋の中心で、ニバリと白衣の男がなにかを話している。ここからではその内容が分からない。
アイ(ニバリの、記憶の世界に飛び込んだ時と同じか・・なら、あいつはこの記憶映像を手紙の中に隠していたというのか・・どうやってそんな事が・・?
いや、今はそんな事どうでもいい)
ニバリ「〜〜〜〜」
白衣の男「〜〜〜〜」
アイ(今は、奴等の話を聞かなければいけないという事だ。
何だ、何を話している・・?
ここからじゃよく聞こえない、少し近づいて・・)
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
スス(・・近付かないと、話しは聞こえないわね)
突然、周囲の状況が一辺した事に気付いたススは驚きつつも中心で話している二人の会話を聞こうと近付いた。
一応、相手に気付かれないよう忍び足で近づき、二人の声が聞こえてくる範囲まで近付いた。
ニバリ「この研究施設を廃棄するって、本当?」
白衣の男「ああ。
今しがた伝えた事実を反復しなくても良いだろう。
戦争は終結が近づいている。我等『天才側』の敗北で決まりだろう」
ニバリ「でもドリーム、それが本当なら君はこれからムショクになるじゃないか。
ムショクになると大変だって、この前読んだ本に書いてあったよ」
スス(ドリーム!?
まさか、ドリーム・メロディ・ゴート!!)
ドリーム「確かに私は無職になるね。
戦争が終わる事も腹立たしい。私が作りたい兵器のアイデアはまだまだあったのだ。それがある限り戦争をあと五年は引き延ばせる自信はあるのに、
たった半世紀でこの遊びが終わるなんてあまりにもつまらない幕切れだとも。
あ、あと一つ訂正しろ、私は二世と呼べ」
ススにとって、その名前は忌み名であった。ドリーム・メロディ・ゴート。
能力者を大量虐殺する兵器を開発し、戦争を十年以上引き伸ばした最悪の戦犯にして、
ススが所属していた第8888番隊、通称『拍手部隊』を壊滅させる兵器を作った男だ。
ススの脳裏に浮かぶのは、自身の部隊がドリームの作った兵器のせいで次々に殺されていく姿と、それを嘆き続ける一人の男の姿だった。
それを思い浮かべたススが取る行動は、一つしかなかった。
スス(・・・・許さない)
ススはナイフを取り出し、ドリームの首目掛けてナイフを振るう。
大動脈を確実に切り裂く一閃は、ドリームの体に触れる事なく透き通ってしまった。
スス(く、そうか、これは記憶映像・・!
攻撃なんて、出来ない!)
スス「このっ・・!」
ドリーム「No.5392、君に搭載した数々の兵器も結局使われる事が無かったな、ハァ・・」
ニバリ「人殺しは良くない事だって本に書いてあったし、いい事だと思うんだけどなあ」
ドリーム「あーはいはい、君は賢くなった事は喜ぶべきだな。全く・・私はもっと殺したかったがな」
スス「望み通り何度でも殺してやるわよ・・!」
ススは何度も何度もドリームの幻にナイフを突き立てようとするが、幻であるが故に全て通りすぎてしまう。しかしススは諦めない。
何度も何度も幻のドリームを切り裂こうとナイフを振り回し続けていた。
▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
ダンク「忌々しい男め、戦争を楽しんでやがる。やはり科学者なんか信用出来ないな」
ダンクもまた、魔術師としての視点からドリームを見下していた。ドリームはニバリと楽しそうに話しているが、ニバリこそドリームにとって最高の科学兵器である事は疑いようもない事実だった。
ダンク「人間を兵器に変える奴がまともな
訳がない。ニバリめ、こんな忌まわしい記録を俺達に見せてなんのつもりなんだ?」
ドリーム「さて、今日No.5392に会った理由はこんな会話をするわけではない。
最後のパーツが完成したから、君にそれを付ける為に手術をするのだよ」
ニバリ「ん?
戦争はもう終わるし、ニバリは兵器にならないんだよね。ならニバリに新兵器を作る必要は無いような・・?」
ドリーム「いや、私が君に付けるのは兵器じゃない、これだ」
ドリームが白衣をはためかせると、いつの間に足元に箱が置かれていた。ドリームがその箱を持ち上げ、中身を見せると・・そこには人体パーツが入っていた。
明るい青色で、丸みを帯びた肢体は間違いなく女性のものだと分かる。
ニバリ「わ、これは・・」
ドリーム「君に最後に付けるパーツ、それは人体パーツだ。
君の純度な生身は今、頭部と臓器だけで、残りは全て機械なのだが・・その怪物の中に人体パーツを設置させる。
それでNo.5392・・いや、ニバリ・フランケンは完全に完成するのさ」
ニバリ「ドリーム・・君は今、ニバリをニバリって呼んでくれたの・・?」
ドリーム「・・二世と呼べ。
まあいい。この人体パーツは君が緊急避難用に使え。そうすればそのデカブツから君が人体パーツに即座に切り替え、脱出できるようになるわけだ。
君は兵器で怪物だ。だから俺は君を生かす装置も作らなければいけない」
ニバリ「・・ニバリは、人間に、戻れるの・・?」
ドリーム「そうだ。
お前がそう願えば、いつでもお前は人間に戻れる。
お前の機械の身体は様々な新型兵器を開発する為の実験サンプルとして非常に重宝された。世間一般から見ればお前は世界を混沌に巻き込ませた極悪非道な機械仕掛けの化物だろう。
しかし、だ・・」
ドリームは細い腕で、ニバリの硬い腕に触り、優しく撫でていく。
目に深いクマができていて眠そうな顔つきをしているのに、その口元は優しく微笑んでいた。
ドリーム「戦争の技術はやがて様々な科学技術の発展に繋がり、世界を平和に導くだろう。だから我々から見ればお前は、
『世界平和の為に誰よりも献身的に協力してくれた、科学世紀の母』なのだよ。
故に、お前には今回の実験の報酬として人体パーツをお前に献上するのさ」
ニバリ「ドリーム・・」
ドリーム「ニバリ。
私は思うんだ。科学に、いや技術というものに善悪はないとね。
かつて人類は『火』を扱う技術から草食から肉食へと進化した。
木を削る技術が家を作り、家を守り、家族を守るようになった。
ならば科学者は、技術を扱う者達は更なる発展の為に生きたいと頑張り続けるだけなのだよ」
ダンク「戦争技術を、平和技術に転用する、か・・。
ドリーム、火は獣や人を殺せるし、削った木は境界や武器に変わる。
善悪は技術に無くても、人間は善悪の中でしか生きられないんだぞ・・?」
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
ユー「ニバリちゃん・・これが、隠していた事だったの・・?」
ユーは状況を飲み込み、二人の話を聞いて、答えが来ないと分かってても言わずにはいられなかった。
目の前のニバリは、「ドリームはまた変な事言ってるねー」と笑っている。
ユー「ニバリちゃんは、
あの大きな身体をいつでも捨てる事が出来た、だから怪物のニバリがいくら嫌われてもよかった・・そういう、事なの・・?
それは、結局私達を騙してたという事なの・・?」
『それは少し、違うよ・・ユーちゃん』
不意に、背後から声が聞こえてくる。
素早く振り替えるとそこには、ニバリの姿があった。部屋の中心にいるのとは違い、体のあちこちに傷が出来ている。
ユー「ニバリちゃん・・」
ニバリ『ニバリには、記憶の一部を映像に変えて他人に見せる武器がある。
だけど、今キミが見ているのはニバリの心、そのものだ・・。
この声と姿は、他の誰かには見せていない』
ユー「ニバリちゃん・・あなたは、今どこにいるの?」
ニバリ『分からない。
ニバリの目は今、見えなくなっているからね。本物の目を傷つけられた訳じゃないから一時的な視覚遮断(ブラック・アウト)なんだろうけど・・それより、話したい事はね。
ニバリの人間化、完全に出来てないんだよ』
ユー「え・・?」
ニバリは見えない目で部屋の中心に立つ、痩せた男をみる。
ニバリ『最後の実験、人体化パーツに変化して脱出は完成出来なかったんだ』
ユー「え・・?」
ニバリ『このあとドリームが何度か手術して、最終段階まで行けたんだけど・・。
最後の最後になって、彼女が来たんだ』
ユー「彼女・・?」
ザザッ、ザーーーーっ!!
瞬間、世界がノイズに変化する。
灰と白と黒が入り雑じった世界が数秒、ユーとニバリの周囲を包み込み、すぐにそれは消えて、
見えたのは破壊されている部屋と、倒れている博士の姿だった。
ユー「え・・?」
ニバリ『場面が飛んだ。
マンガ風に言えばそうなるんだろうけど、実際は時間が経過してこうなってしまったんだ。
彼女・・カスキュアが来てしまったから』
ユー「カス・・キュア・・?」
『キャーーハハハハハハ!』
部屋の壁が破壊され、自立して動く大量の人形が流れ込んでくる。
最後に出てきたのは小さな女の子だった。首に黒いチョーカーを着けた、黒いドレスを着た女・・カスキュアが、特別大きな人形達の肩に乗って部屋に侵入し、取り囲まれた博士を見下している。
カスキュア「ハロー、ドリーム博士。
仕事は完璧かな☆」
ドリーム「・・私の事は二世と呼べ。
この人気達、動力がないな。糸か何かで操ってるのか」
カスキュア「早速アタシの武器の仕組みを理解しようとしてるのは、やっぱ科学者よねー。
さて、まあ、仕組みを理解したぐらいじゃ・・」
カスキュアが手を軽く動かすと、人形達が一斉に博士に殴りかかる。博士は逃げる事が出来ずもろに攻撃を受けてしまい、倒れてしまう。
カスキュア「・・なんの意味もないけどね。ドリーム博士、あんたが作ってた数々の兵器はアタシ達で預からせてもらう。
それに、ニバリ・フランケンもね」
ドリーム「ニバリ、だと・・!?
やめろ、奴は我々の戦いに何の関係もないだろう!」
倒れたドリーム博士は、すぐに起き上がり反撃しようとするが、人形達に手足を抑えられてしまう。カスキュアは大きな人形の手に乗り、ゆっくりとドリーム博士の所まで降りてくる。
カスキュア「ドリーム博士。
アレは果心に対して絶大な威力を持つ最大最悪の兵器の筈。
まさか中身に対して情が移った、訳じゃないでしょう。戦争を長引かせる兵器を大量開発した、世界最悪のマッドサイエンティストたるあんたに、そんなモノがあるわけないだろう?
じゃあアタシの邪魔をすんなよ。
果心を殺して、絶望の底に叩き落として底を壊して更なる絶望の底の底の底に叩きつけてやるんだから。もう一度、もう一度あの戦争を始めさせて全人類を殺してやるんだから。
それはあんたの、そして一世『オーケストラ・メロディ・ゴート』の悲願だったよねぇ?」
ドリーム「ぐ、く・・!
ああ、そうだ!悪いか、情を持って!
アイツはただのばかでまぬけで下らない奴なんだ!殺人どころか何かを傷つける事さえ出来ない。
俺は今まで、そんな女に出会った事がない。初めて見た人間なんだ。
そんな貴重な存在に情を抱いて何が悪い!何を恥じる!
カスキュア、お前にニバリは渡さない!渡すぐらいなら・・!」
ドリームが人形の拘束を無理やり引き剥がし、白衣をカスキュアめがけて投げつける。
白衣の背後には、大量の手榴弾が仕込まれていた。安全ピンには全て糸が絡まれており、博士の左手に延びている。
カスキュア「げっ!」
ドリーム「お前も道連れだ!」
『やめて!』
ドリームが糸を引こうとした瞬間、不意に奥から声が聞こえてくる。
カスキュアの背後から、少年の声が聞こえてきた。その声を聞いた鬼の如く必死な表情のドリーム博士の顔が、一瞬で驚愕の表情に変わり、手榴弾の詰まった白衣が床に落ちる。
ドリーム「め・・・・メ、ル・・!?」
メル『やめて、お父さん。
彼女に手を出すのはやめて』
ドリーム「お、お前・・なぜ、なぜここに・・」
カスキュア「あーははは、実はね。
この子が父親に会いたがってたから連れてきたんだよ。旧友に再会するのに手ぶらってのも悪いしねえ。
イカしたサプライズだろう?」
ドリーム「き、貴様・・息子まで連れてきたのか・・!なんて、卑怯な・・!」
メル『お父さん』
メルは博士に向かい、ゆっくり歩いていく。そして手榴弾の詰まった白衣を拾い上げ、大切に抱えた。
メル『僕は悲しいよ。カスキュアは僕の大切な友達なのに、傷つけようとするなんて。そんな事したら僕、悲しくて・・』
メルは手榴弾に繋がる糸を手に持った。その顔に一切の表情が無いまま、メルは語る。
メル(カスキュア)『・・悲しくて自殺しちゃうかも・・』
ドリーム「き、貴様あああああ!!
ぐっ!」
叫ぶドリームの鳩尾に、人形の拳がのめり込む。身体を震わせながら倒れるドリームに、メルの姿をしたカスキュアは優しく囁いた。
メル(カスキュア)『ねえ父さん。
カスキュアに協力しようよ。そうすればきっと皆、楽しい生活ができるようになるよ』
ドリーム「この、悪魔、め・・!」
カスキュア「それは違うね。
アタシは天使(キューピット)さ。
空から君達が笑って生きられるよう、矢をつがえながら何時でも見守る、優しい優しい天使だよ。
だから、ほら、今だってアタシのおかげで君達は久しぶりに再会できたんじゃあないか」
ドリームの手が震え、ガクリと肩を落とす。それが降参の意図だと分かるや否や、カスキュアという名前の少女は楽しく嗤う。
カスキュア「キャーハハハっ!!
友情、愛情、心情、根性!
ぜんっっぶ下らない!全部バカバカしい!そんなモノあるから人間は下らないんだ!そんなモノにすがるしかないから人間は愚かなんだ!
イーッヒヒヒヒヒヒヒ!全てが全てこの魔法美少女、カスキュアのオモチャに過ぎないんだよおおお・・!
ドリーム博士!ニバリ・フランケンや他の研究データ、全てよこしな!
おっと、二世と呼んであげた方が君は喜ぶんだっけなあ!?
ヒヒヒ、ヒーッヒヒヒヒヒヒ!
キャァァァハハハハハハ!!」
ユー「ひどい、酷すぎる・・!
カスキュア、なんて奴なの・・」
ニバリ『カスキュアは、果心を殺す事に固執していた。その為に大罪計画のメンバーから欲しい材料を大量に盗んでいったんだ。でも盗むだけで作り方を知ってる訳じゃないから、ニバリは最終調整が終わらないままカスキュアの配下になってしまった。
・・ユーちゃん。
君は皆の希望の星だ。だからカスキュアに気をつけて。彼女は、この世全ての悪を凝縮したような存在だ。
そして、仲間であった筈のカスキュアに傷つけられた博士はある場所に避難し、研究を続ける事にしたんだ』
ユー「え!?
博士は、まだ生きてるの!」
ニバリ『カスキュアの憎しみを糧に、彼は最後の秘密研究所へ向かったんだ。『月の宮殿(チャンドラ・マハド)計画』の本場たる、月に・・!』
▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「アハハハハハ、アーッハハハハハハハハハ!!」
シティ「・・・・」
シティはじっとげらげら笑うカスキュアを見ていたが、やがてゆっくり首をかしげる。
シティ「・・なんか、変よねー。
あいつ、こんな性格だっけ?
いや、クズさではこれくらいやりそうだけど・・何かしらね、この違和感。
とりつかれたから、かしら?
うーーーーん・・」
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
〜アタゴリアン城・地下施設〜
ナンテ?「僕はナンテじゃない僕はナンテじゃない僕はナンテじゃない僕はナンテじゃ」
虫や鼠が蠢く地下施設の奥で、ナンテ・メンドールだった誰かが倒れてながらぶつぶつと同じ言葉を呟いている。
その奥では、機械仕掛けの水槽から何かが姿を現した。
「キャハ、キャハハハハ!
キャァァァハハハハハハハハ!!
遂についについにツイニ手に入れたあああああ!!
数十年ぶりの、アタシの身体アアアア!!」
フリルの付いたドレスを着た少女、カスキュアが嬉しそうに笑いながら水槽から倒れた男に向かって歩いていく。
カスキュア「おっとと、久しぶりの自分自身の足は歩きにくいナア。ナンテの偽物を操って作業したけど、本当に疲れた疲れた。
でもどうでも良いか。アタシはやっと、やっとやっとやっとやあああっと!
アタシ自身の身体を手に入れたんだからああぁぁぁ!アハハ、アーハハハハハハハ!!」
カスキュアは笑いながら、右手の人差し指で肌や舌にゆっくり触っていく。一つ一つの身体の部位の感触を、彼女は狂喜の中で感じていく。
カスキュア「すべすべ肌、最高っ!!
ざらざら舌っ!素敵っ!
ピカピカ爪、綺麗っ!
フワフワ髪、キュウゥゥティクル!!」
カスキュアは笑いながら、右手、腹、足、髪をいじり、最後にそれら全てに触れていた左腕をみる。
ーーーそれは正に、別々の人形を無理やり繋ぎ合わせてしまったかのような異様さを放っていた。だがそれは人形ではない。命で動く生物の一部。もはやそれには血が通い脳の命ずるままに動く、角(カイブツ)だ。
細い体の彼女の左腕は、肩までは女性のそれだが肩から先は筋肉隆々の男性の左腕に成っていたのだ。しかも腕のあちこちに傷が付いており、生半可な生き方をしたわけではない事は誰の目からも明らかだ。付け根には痛々しい手術痕が見え、比喩でもなく無理やりくっ付けたのは明らかだった。
カスキュア「あー、この不細工な腕が無ければアタシの美は完成されてたんだけどねー。
まあ良いか。この『ユウキの腕』のおかげでアタシは甦られたんだしぃ。しかもただ甦った訳じゃない」
カスキュアは近くにある机の上に無造作に置かれたナイフを左手で取り出し、右手の甲にナイフを突き刺す。
ナイフは皮膚や神経を貫通し、細い骨に当たって止まる。血が吹き出してカスキュアの顔に少しかかるが、そろを気にする様子は見られない。
カスキュアはナイフを抜いて机に置き、血が吹き出る手の甲を見て、まるで欲しいオモチャを見つけた子どものような無邪気な笑顔を見せる。
そして左手で傷に少し触れる。
すると、傷はみるみる内に消えていき、傷痕さえ残らず、元の綺麗な手の甲に戻った。
カスキュア「・・・・う、ウフフフフフフ。アーッハハハハハハハハハ!!
見た、見たわ!果心にも劣る事ない復元力!『ユウキ』の能力、『絶対復元力』は
持ち主の腕から離れても尚、フルパワーを発揮し続けている!
ステキ、ステキ過ぎるわ本当に!!
私は遂に、『死』から解放されたアアアア!!」
電球の灯りの下で、狂喜に堕ちた少女が笑いながら踊っている。誰も見る者はいなく、腕にまだ残っている血を振り撒きながら少女は踊る。
カスキュア「素敵!素敵だわ!
今日はなんて嬉しい誕生日(ハッピー・バースデー)!!
くそ真面目なナンテを闇に落として正解だった・・!」
踊りながら彼女は、思い出す。
果心を幸せにする方法が分からない彼に、世界を貶めるよう囁いたあの頃を。
『果心を許さない世界なんて、作り替えてしまえ』と一言囁いただけで、下に下に堕ちていく様を思いだし、カスキュアは心が跳ね上がった。
カスキュア「そう考えると、ニバリやドリームの兵器を奪ったのも悪い選択じゃなかったねえ。
スリーパーのバカ鼠が自爆スイッチを持ってたのは知らなかったけど、アタシは許すわ!アレを一度押せば間違いなくあの部屋全体が吹き飛ぶ。だが押さなきゃ世界が滅びる状況なら、押さずにはいられない・・。
不死身の果心以外の全邪魔者を消す最高に狂った策を見せてくれて、ありがとう!スリーパー、本当にありがとう!
そ・し・てぇ!」
カスキュアは横に目を向ける。
そこには自分の意思通りに動くユウキの左腕があった。
カスキュア「この腕が有れば果心と対等に戦える。
ウフフ、キャーハハハハハ!
皆の絆の力を合わせてあのクソ女を殺せると思うと、なんて素晴らしい感動話なんでしょう!全てが終わったらこの英雄譚を本にするのも面白いわね!
さあ、これから忙しいわよカスキュア!果心や残った大罪計画のジジイ共を絶望の底に突き落とす策を幾つも幾つも幾つも考えなきゃいけないんだから!!
絶望!絶望!
不死身の女に世界最悪の絶望を味合わせてやる!
キャハハハ、キャァァァハハゲホッ!
・・・・・・・・・・え?」
気づくと、左手がカスキュアの首を掴んでいた。爪が皮膚に食い込み、血が垂れ初めて尚ミチミチと音を立てながら左手は首を絞める力を弱めない。
首に痛みと息苦しさが襲いかかり、カスキュアは思わず倒れてしまう。
カスキュア「あ・・が・・!?」
右手で左手を止めようと懸命に動くが、女性の細い腕では筋肉で太くなった男性の腕を止める事が出来ない。カスキュアの
カスキュア(な、なんだ!?
何故、アタシはアタシに殺されるんだ!
この腕は、何でアタシの意思通りに動かないんだ!?)
カスキュアが身体を仰け反り拘束から離れようとするが、左腕は一切動かない。
首を絞める力を強くするだけだ。
カスキュアは息が出来なくなり、意識が遠退いていく。
カスキュア(ま、まて、なんだ・・何が起きてるんだ!?何でアタシはアタシに殺される・・!?
い、いや、違う・・!
アタ、
シはあいつ、あの腕に、
あの腕、に潜む、
悪意に、
ころ、
さ
れて)
カスキュアの意識は消えた。
首からゴキリという音が聞こえて、完全に力が入らなくなり、彼女の全ての望みは絶たれた。
そして、これから始まるのは。
絶望を愛する彼女が、闇を見ていた彼女が知りもしない程の、おぞましい地獄が、幕を開けたのだ。
続
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