『人間である証明』2/2
不意に、アイの声が聞こえてくる。
聞こえてきたからどうだというのだ、とダンクは小さく思う。
魔法の基礎すら知らないアイツには、もう何も出来ないだろう。魂の抜けたボロ切れの包帯を手に戻るしか奴には出来ない。
そこまでダンクが考えた時、不意に軽くなった意識が重くなった感じがした。
散り散りになった魂が、包帯が少しずつ自分の体に戻っていくのを感じた。
不思議な事に、だんだんと何かを感じる力が増えていく。
自分の体が構成されていくのを感じた。
自分の傷が治療されていくのを感じた。
無い筈の感情に暖かい何かが流れ込んでいくのを感じた。
ダンクの消え行く視界が鮮明になり、最初に映ったのはニヤリと笑うアイの姿だった。
アイ「お、蘇ったな。
よし、殴るか」
その言葉の意味に気付く前にダンクの視界が揺れ、体が吹き飛ぶ。
自分が殴られたんだなと気づいた時には床に地面が叩きつけられた。全身の包帯が少し歪んだのを感じ、ダンクは思わず叫ぶ。
ダンク「がはぁ!
な、なんだ!?何が起きた!
あれ、俺、生きてる!?何で!?」
アイ「うん?そんなの俺が蘇らせたに決まってるだろ?コイツの力を使ってな」
アイがダンクの前に見せたのは、桜の木の枝だった。ダンクは一瞬でその正体に気付く。
ダンク「それは・・血染め桜の枝、か。
枝に籠る魔力を代償に、力を得るという・・」
アイ「当たりだ。
今回、お前を助けに行く前に俺はゴブリンズメンバー全員にこの木の枝を一本ずつ渡した。
ルトーはこの木の枝に『強くなりたい』と願い自分を強くしてくれるコーチを作った。
ススは『助かりたい』と願い自身の死を無かった事にした。
俺はユウキの願いを叶えて、皆を密室から脱出する事に成功した。
じゃあ、頭の良いお前になぞなぞだ。
この木の枝は誰の願いだと思う?
あ、お前の分は持ってきてないぜ」
ダンク「・・・・」
言葉が出なかった。
血染め桜に非常に強い魔力が籠められている事は知っていたが、そんな使い道があったなんて知らなかった。
血染め桜の魔力で死にそうになったのに、今は血染め桜の魔力で生かされているという事実に僅かに驚愕し、少し複雑な心境になりつつも、先ほどの問いに答える事にした。
ダンク「・・単純に考えて、残されたのはシティかメル、と言った所か?
だが、シティなら自分の力を強くしたいとすぐ願うだろうし残されたのはメル。
メルがお前に託した木の枝が、俺を助けた訳か」
アイ「ブブー、外れですー。
やーいあほーアホー」
ダンク「さっさと答えろこの野郎」
アイのバカな口調に僅かに怒りを覚え、ふと違和感を感じる。怒る?
今まで、自分が怒りを感じたのはダンスとアタゴリアンの所業についてのみだった。
その自分が、こんな下らない言葉に、怒りを覚えるなんてあり得なかった。中身の無い自分が感情を持つなんてあり得ない、そう思った矢先に、アイが答えを話した。
アイ「・・答えはシティだ。
アイツ、最初からこの枝にずっと願っていたんだよ。『ダンクが元気な姿でゴブリンズに戻りますように』ってな。
その枝を俺が受け取って、今お前にその力を発揮した。
だから今、お前はシティの願いによって蘇ったんだよ。
良かったな、蘇れて」
ダンク「シティ、あいつがそんな事を考えていたのか・・」
ダンクの心が懐かしい暖かさで満たされていく。こんな感情を知らない筈なのに、
その感情に包まれたい気持ちになりたくなり、そしてそんな自分に対して違和感が強くなる。
ダンク(この気持ちは、一体なんなんだ。
分からないけど、懐かしい・・)
アイ「それじゃあ、後はコイツらを始末すれば良いんだな?」
気づけば、アイの手にはマッチ箱が握られていた。それを見てダンクの暖かさが消える。
ダンク「アイ、何を・・」
アイ「お前がやりたかった事をやる。
祭壇に火を投げ入れればコイツら死ぬんだろ?ならパーティーで拾ったマッチの火で終わらせてやるよ」
アイがダンクの前でマッチを取り出し、火をつける。小さな炎がダンクの目の前を通り、祭壇に向かっていく。
それを見たダンクは思わず叫んだ。
ダンク「やめろ!
そいつらをお前が殺しちゃダメだ!」
アイ「・・・・それが、お前の本音か?」
ダンク「!」
アイは火を軽く振って消した後、ダンクに向き直る。
ダンクの中で何かがざわざわと蠢いていたが、それに反応するより早くダンクは話し始めていた。
ダンク「お、俺がここまで頑張ったのはお前達に殺人の罪をかぶせない為だ。
ここまで頑張ったのは、ニバリやユーといった仲間を助ける為、故郷の仲間を殺す為じゃないとアイツらに思わせる為だ。
なのに、ここでお前がそれをしたら意味が無いじゃないか」
自分でも驚く程、すらすらと自分の気持ちが出てくる。なぜこんなに気持ちを言えるのか、ダンクも分からない。
しかしアイはいつもと変わらない口調で、静かに答えた。
アイ「ああ、そうなんだろうなとは思ってたよ」
ダンク「!?」
アイ「だってお前、優しいじゃん。
他の誰かが傷つくのが見てられなくて、てを伸ばさずには居られない奴だ。
理屈や事情は知らんが、絶対に俺らの事を考えた上での行動だってのは分かってた。
そして、優しいお前が故郷の全員を皆殺しにしたら二度と元に戻れない事もな・・」
アイが話した声に、まるで癒しの魔力が籠められてるんじゃないかと錯覚してしまいそうな程に、ダンクの中からざわつきが消えていく。それが何か分からないが、ダンクは口を閉じなかった。閉じるわけにはいかなかった。
ダンク「だ、ダメだ・・お前、ユーの父親だろう!
そんな人殺しをして、ユーの側に居られるわけがない!」
アイ。「・・ダンク、実を言うと俺はな」
昔、何百人も殺した事があるからな。
ダンク「アイ?
お前、いまなんて・・」
ダンクはアイが言った言葉が信じられなかった。
アイは話しは終わったと言わんばかりにダンクに背を向け、もう一度マッチに火を付けて、それを祭壇に放つ。
ダンクが止める間も無く、祭壇の中の火が燃え上がり、炎となった。
アイ「・・・・」
ダンク「あ、アイ、そんな・・」
ウオオオオオオオオオ!!
ウワアアアアアアアア!!
無数の石像が叫び、その体にヒビが入ってくる。どんどんヒビが入る石像を見て、ダンクは呟かずにはいられなかった。
ダンク「終わりだ、魔法王国アタゴリアンは、今、終わったんだ・・」
だが、二人の目の前で石像が砕けると同時に、中から人が出てきた。紫のローブを着た青年は息をして、不思議な顔をしながら辺りを見渡している。
アイ「・・・・」
ダンク「・・・・」
男性「・・・・メリ・テナサシラ」
アイ「今なんて言ったんだ?」
ダンク「あれは、アタゴリアンの古い言葉で『生き返った』という意味だ。
あいつ生き返ったんだ」
ダンクの言葉を聞いて、アイは無表情で納得し、無表情で訊ねる。
アイ「なんで?」
ダンク「・・まさかとは思うが、
祭壇に書かれていた『水を入れれば甦り、火を入れれば死ぬ』と書かれた文章、あれ、実は逆に書かれていたのかも・・」
ダンクが冷静に、推理する。
それを聞いたアイは「あー、そっかー」と納得し・・爆発した。
アイ「つまりあれか!?
俺達が散々、さっんざん悩んだり戦った結果コイツらに騙されて利用されて復活の手伝いしちまった訳か!?
こっちは死にかけの二人、あっちは復活ほやほやの魔術師軍団!!
こ、こんなの勝てるかああああ!!」
ダンク「ち、まさか、こんな罠に引っ掛かるなんて思わなかった!
アタゴリアンの古頭どもめ!」
「すまない・・すまない・・」
不意に、背後からアタゴリアンの言葉が響いてくる。
そこにはまだ復活してない石像が全身にヒビが入りながら謝罪しているのだ。
石像『すまない、ダンス・ベルガード。
我等は死にたくなかった。死ぬのが怖かった。我等はヒトガタの化物になりたくない、人間として生きたかった。
人間として魔術を行使し、人間として世界に関わりたかった。もう一度甦り大好きな魔術を世界に教える事で自分達が人間である証明をしたかったんだ。
死にたくない。死にたくなかった。だから、私達は人間だった君を騙した。
すまない。人を辞めてまで頑張る君を信じる事が出来なくてすまない・・』
石像から聞こえたのは、数百年前からずっと吐き続けた謝罪だった。
ダンクは振り返らない。振り返らないまま、アタゴリアンの言葉で、『ダンス・ベルガード』としてその謝罪に応えた。
ダンス『もう謝らなくていい。
俺もお前に、謝りたいんだ。
・・お前達を最後まで信じられなくて、すまなかった』
石像からの返事は無い。蘇ったか、その声が届いたのか分からないが、もう二度と石像は謝る事は無く、ダンクは彼等に怒りを見せないと誓った。
ダンクは慌てふためくアイに話しかける。
ダンク「アイ。
ここから脱出しよう」
アイ「当たり前じゃああ!
早くあの扉から逃げるぞ!」
アイが指差したのは大きな古い扉だ。走り出そうとするアイをダンクが制止する。
ダンク「ダメだ、あそこは使えない」
アイ「何でだよ!」
ダンク「ダンスが逃げないよう、俺が封印したからだ。もうあの扉は二度と開かない」
アイ「何やってんだこのおバカさん!
俺達このまま奴等にリンチされて死ぬのか!?そんなの嫌だ俺はまだユーにちゃんと謝ってないんだぞ死んでたまるかあああ!」
ダンク「・・まだ脱出手段はある。
こいつをつかうんだ」
そう言ってダンクが見せたのは、小さな古い木箱だった。それを見たアイは変なテンションで応える。
アイ「はあ?そんな木箱で何が出来るんだよ!」
ダンク「これは『故郷色の木箱(ブラウン・ボックス)』と呼ばれる魔道具だ。
こいつに魔力を籠めればもうひとつの木箱のある場所にワープできる」
アイ「な、何だよ・・そんなのあるなら早く使えよ!」
ダンク「ただ、この箱のもう一人の所持者がちゃんと持っていればいいが、もし海にでも捨ててたら深海にワープする事になる。かなりリスキーな脱出手だ・・」
アイ「そんな心配、ワープした後で考えろよ!いいから逃げるぞ!」
ダンク「・・なら、いくぞ。『故郷色の木箱(ブラウン・ボックス)』起動。
我が心の郷へ、帰らせたまえ・・」
ダンクがアイの手を掴み、呪文を唱えるとその姿は瞬く間に消えてなくなった。
そうしている間にもアタゴリアン人は次々に復活していく。
そして復活したアタゴリアン人が祭壇に呪文を唱えると、祭壇が形を変え、扉に変化した。扉は開いていて、その奥には青空と街が見えた。
復活したアタゴリアン人は次々にその扉を潜り抜けていく。
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〜広場〜
ユー「え・・?」
ライ「な、なんだあいつら、新手か!?」
ユーは目を丸くした。何故なら突然、ローブを着た集団がこちらに向かい歩いて来たからだ。
だが、彼女の驚きは突然現れたローブの集団だけでなく、誰も使ってない建物から白人、黒人、アジア人、男性、女性、老人、子ども、様々な人種が皆こちらに向かい歩いて来たからだ。しかも気味が悪い事に全員が笑顔を見せている。
それも全ての建物から大量に現れた為に逃げる事が出来ない。
ユーが何かを考えるより早くススが手を掴んだ。
ライ「な、何だよおい・・こいつら何処から湧いてきたんだよちくしょおお!」
スス「ユーちゃん、シティ、皆!
私から離れないで!このままじゃ人波に飲まれる!」
ユー「う、うん・・ススちゃん、この人達は一体、何?」
スス「私も分からないわよ!
ほらシティも手を繋いで!」
シティ「あ・・」
ライ「ヒギャアアアア!」
三人の女性が手を繋ぎ、その声と姿は一万人以上の集団が歩く足音と一万の数に呑まれて見えなくなった。ライの悲鳴も、その姿も・・。
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〜アタゴリアン城・バルコニー〜
果心が窓を開け、バルコニーに身を乗り出すと、
そこには一万を越える大群衆がひしめきあっていた。様々な人種が、同じように笑顔を果心に向けている。
果心「何、これ・・!
ナンテ・メンドール、あなた一体、何をしたの・・!?」
目を丸くして驚愕し、思わず呟く果心を見て彼等は一様に叫んだ。
「果心様万歳!果心様万歳!」「女王様万歳!女王様万歳!」「果心陛下万歳!果心陛下万歳!」「果心様万歳!女王様万歳!果心陛下万歳!」「万歳!万歳!バンザーイ!」
続く
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