Back Grand Music〜色欲(ツナガルモノ)と憤怒(コワスモノ)〜
諦めたい、諦められない、諦めたい、諦められない。
果心林檎の長すぎる人生を簡単かつ簡潔に説明するならば、まるで花占いの先を見つめる少女のように、その2つの言葉を願いながらふらふらと歩み、そしてどちらにも触れられない人生だった。
今より数百年前、果心林檎の父はその国では珍しい『魔法使い』だった。
魔法使いとはいえ知識に溺れず権力に頼らず、普通の町人のように生活し自身の信じる宗教を皆に話ながら生活していた。
性格も明るくて気さくなので、近所の子ども達がよく魔法を見るために集まっていた。
子ども「おじちゃーん、魔法見せてー!」
父「ん、ああいいぞ。
何が見たい?」
子ども「くも!でっかいでっかいでーっかいくもー!」
父「いいぞ、ちょちょいのちょいっとな」
父が呪文を詠唱すると(実は呪文は適当で毎回違うかけごえを出していた)父の背中から大きな雲がもくもくと出現し、子ども達のそばに降り立つ。
子どもがその雲を踏むと、足が持ち上がり子ども達の体が衝撃でポンポンと跳ねていく。
子ども達はみんな笑いながら、魔法の雲の上で遊んでいた。
父の魔法はいつも奇抜で、それでいて妙な魅力があるので誰も父を奇特な目でみなかったし、父も誰にも黒い感情を見せた事は無かった。
魔法を使うのも知識や権力の為ではなくその悪戯心を満たすためで、人を驚かす為に自身の顔を大きくしたり刀を持った侍十人に『俺の方が強い』と豪語しつつ姿を隠して見つけられないようにしたりと、
その生き様は本当に自由そのものだった。
果心林檎は、そんな父の背中を見て育ちながら魔法を学んだ。
父「りん(父はよく果心林檎を『りん』と呼んだ)、お前も魔法を使いたければ好きに使えばいい。だが人様に迷惑をかけたり、怪我をさせちゃあダメだ。
畑を耕すクワだって、誰かを殴る為に作られてないだろ?
百両の価値で買った屏風は百両の価値しかないように、勝手にものの使い方を決めたらそのものはそれしか価値がなくなってしまうんだ。魔法を武器にしたら、武器だけの存在になってしまう。魔法には色んな使い方が有ることを、お前はこれからの人生で見つけてみるんだぞ」
林檎「はい、お父さん!」
父が何処から魔法を学んだか聞くと、遠い国から学んだ、いつかお前もそこに連れていきたいなと笑って夢を語ってくれた。
このまま順風満帆に生きたなら、彼女と父は平和な人生を過ごしていっただろう。
しかし運命は彼女に残酷な悪戯をしかけたのだ。
ある日の事である、父が仕事から帰ると林檎は熱を出して倒れていた。
酷い高熱で、顔は青ざめ震えが止まらなかった。魔法には詳しい父にも、医学は学んだ事がなく、その病が何なのかさえ分からないまま苦しむ娘を見る事しか出来なかった。しかしそんな時に、県を三から四越えた崎の山奥に『血染め桜』という病を治す桜がある事を思い出した。
父はすがる思いで娘を背負い、県を二つ越し、四つ越してその中に件の桜は見当たらなかった。
林檎「お父・・さん、もう、いい・・よ。
わたし、の事はもう、あきらめ・・て」
父「・・」
父はこの時、生まれて初めて林檎の頭をぶった。それもとても強くぶった。
林檎の頭に痛みが広がり、泣きそうな顔をしたのを見て父はいった。
林檎「・・!」
父「痛いだろう。
とても痛いだろう。殴った俺だって痛いから、お前相当な石頭だろうな。
だが痛いのは体がまだ生きたいから痛いと叫んでるんだ。痛みがあるなら、まだ生きるのを諦めるな」
林檎「・・・・うん」
そうして、父は更に五つ越えた先に、ようやく血染め桜の元に辿り着いたのだ。
息も絶え絶えになり、足をがくがくと震わせながらも父は果心を治す一心で願った。
父『娘の病気が治り、いつまでも健康で長生き出来ますように』
その願いを叶える為に、父は教えられた通り桜の枝を折り、今にも命が尽きそうな娘に血染め桜の花を入れた食事を食べさせた。
その次の瞬間、林檎の体から病の苦しみが消え失せ、父が亡くなるその時まで一切の病にかかる事はなかった。
しかし、彼女の苦しみはここから始まったのだ。
彼女はいつまで経っても歳をとらない。病にかからず、傷はすぐに癒えた。
彼女と仲の良かった者は皆、老いて白髪まみれになって死ぬのに、林檎の髪は百年経っても一本の白髪さえ存在しなかった。
原因は血染め桜に叶えた願いだった。
血染め桜は『強くなりたい』と願えば『強くする為の稽古係を生み出す』ように『金が欲しい』と願えば、『金が儲かる発想が思い付く』ように、あくまでその人自身で願いを叶えるように力を授ける、しかしそこに一切の容赦はなく、必ず叶えてしまうのだ。
今回、もしも『病気を治して欲しい』だけなら林檎の病が消えるだけで終わっただろう。
しかし『いつまでも健康で長生きしたい』と願ってしまった為に、果心林檎は永遠に老いる事が出来ず、死ぬ事が許されない存在になってしまったのだ。
そして林檎は自分が死なない事に、歳をとらない事に恐怖を抱かない訳がない。しかしそれ以上に恐ろしかったのは『死別』だった。自分が愛した人が、親しい人が、大切な物が、全て全て歳を重ねる度に消えていく。老いない自分を残し、健康な自分を残して消えていく。
果心はその恐怖から逃げるように国から離れ、世界を放浪するようになる。
そこからの彼女の人生は、絶望と希望にのめり込むような人生だった。
死ぬ為に砂漠の中を水無しでさまよったり、死ねない自分を殺す為に父から学んだ魔術や、国を出てから様々な技術を学んだ。
そして自分を殺す方法を幾度も試した後、自分のように長生きしすぎている人はいないか探す為に世界中を渡り歩いた。
しかしこの時ダンスは自分の実験に没頭して、ダンクは世界を見る為に人から隠れて生活していた為に、果心は長生きしすぎている人と出会う事は無かった。
やがて果心はこう思うようになる。
『自分だけしか長生きできない世界だ。
いつか世界が滅んでも自分は生き続けるのだろう。
ならば、世界中の人間が寿命や病気で簡単に死なないようにすれば、もう誰とも『死別』しなくてすむようになれば、そうすれば私はもう、絶望しなくてすむのではないのか、希望を抱いて世界を歩く事が出来るのではないか』
そして、果心は長生きの研究を始めるようになり、彼等に出会う事になる。
後に『大罪計画』という同盟を組む、果心にとって大切な存在に。
△ ▼ △ ▼ △ ▼
そして時は過ぎ、現在。
場所はアタゴリアン城ーーー『天国』と呼ばれた部屋。
部屋の隅々から大量の管が中心に向かって伸び、その中心にはベッドが一つ置かれていて、棚のような機械『ページワン』が並んでいた。
ベッドの上には年老いたナンテ・メンドールが横たわり、かけられた布団の中心には日本刀が深々と突き刺さり、白い布団を赤く染めていく。
刀が体を貫通しているせいで血がベッド下に滴り落ち、それはゆっくりと広がっていった。
それを恐々とした表情で見ているのは、果心林檎。
自分の愛刀がナンテの体に刺さっている事実に驚愕し思考が追い付かない。
果心「何故、私の刀があなたに・・!?
た、確か私の刀はダンクの手元にある筈・・!」
『違いますよ、果心様』
不意に声が聞こえてきた。
ナンテ・メンドールと同じ声が、機械『ページワン』から響いてくる。
少し遅れて『ページワン』の画面に声と同じ事が書かれた文字が出てきた。その直後、また声が響いてくる。
ナンテ?『失礼、驚いた貴女には文字だけじゃ気付かれないと思い音声を付けさせてみました。
果心様。私は貴女と話がしたいのですよ。
話の内容はとてもとても簡単です。
『貴女に私を殺せるか?』ただそれだけを問いたいのですよ』
果心「・・な、なんですって・・?」
ナンテ『いやね、果心様。
私はずっと不思議だったのですよ。
不老不死で、強い力と魅力を持ち、それでいて凡人とは比べ物にならない程賢い貴女。
そんな貴女が何故、権力に興味を持たないのか・・と』
機械から聞こえてくる声には感情がこもっているように調整されていて、それが余計に果心に不安感を煽らせていた。果心はそれを隠すように答える。
果心「・・えらくなる事に興味がないだけよ、そんなのが話したい事なの?」
ナンテ『はい。それで合点が行きました。
果心様、貴女は『死別』を恐れていますね?』
果心「・・!!」
ナンテ『それも他の人と同じようにただ恐れているのではない。
それを考えるだけで恐怖に呑まれてしまう程に強く恐ろしく怯えているのです。
だから貴女は偉くならなかった。いいや、正確には人と深く関わらなかったと言うべきでしょう。
偉くなれば、関われば、必ず『死別』に直面してしまう。誰かの死を受け入れなければいけなくなってしまう。
それが、それがとても怖かった、だから貴女は偉くなりたくなかった!』
果心「・・私の内側を妄想したければ、好きにすればいいわ」
ナンテの話を聞くうちに冷静になってきた果心はゆっくりとナンテに、正確には果心の日本刀に目を向けて歩み始めようとする。
果心「私はただ、この刀を抜くだけ。
それだけで貴女がニバリにかけた呪いは消えて、世界中のナンテ達も元通りになる。
みんなが幸せになる、ハッピーエンドを迎えられるのよ。
それを躊躇するわけないじゃない」
『ハハハハハ、そうですね。その通りです。
今の貴女には責任がある。
ゴブリンズから任された、ユーから託された責任がある。あの哀れなニバリの呪いを解放する為に、世界中が悲鳴に包まれる前に呪いを止める権利がある。
ハハ、ハハハハハハハハ』
ナンテは笑っていた。
自分に刀が深々と突き刺さり、体を少しも動かせない。いまにも出血多量で死ぬかもしれないのに、その恐怖を微塵も感じていない。
ナンテ『なら、早く刀を抜いてみてくださいよ』
果心「・・え?」
ナンテ『私が知りたかった話は終わりました。どうぞこの刀を抜いて、私を殺してみなさい。刀に触れるのが嫌なら魔法で溶岩を出すなり岩で押し潰すなりすればいい。
貴女は私が知る限り間違いなく世界最強の存在だ。
小指一本動かせないジジイが何の抵抗も出来るわけがない。
さあ、私を早く殺して世界にハッピーエンドを振り撒いてみなさい』
果心「ふざけた事を言わなくても・・!」
果心は刀に手をかける。
数百年そうしてきたように、刀の柄をしっかり掴む。硬い感触が手に染み渡り、その手に力が入る。
後はこの刀を上に上げればいい。
ただそれだけでみんなみんな救われる。
果心はそれだけを考え、左手に力を込めていこうとする。
果心「簡単に、簡単に抜けるわ・・。
まるで道端の雑草を抜くように、簡単に抜いてしまえ・・」
果心は刀を持つ手に力を込めていく。
刀を何時ものように持ち上げて、この男から抜こうとする。
力を込めて、込めて、込めて、込めようとして、込めたいと強く願って、
それでも、どうしても果心の体に力が入らなかった。
果心「・・く、く!
ナンテ、貴女はまさか私に何か呪縛をかけたわね!?力が、力が入らない・・!」
ナンテ『・・ええそうです、果心様。
私は貴女がどうやっても私を殺せないように呪いをかけました。
貴女がどんなに力を込めても、刀を抜けないように刀に呪いをかけたのです』
機械から声が聞こえ、果心は少しだけ口に笑みをこぼす。
果心「やはり、やはりそうなのね!
ナンテ、あなたなんて卑怯な事を・・!」
ナンテ『・・・・・・・・とでも言えば、
満足ですか、果心様』
果心「え・・?」
果心の緩んだ口元が、開いたまま強張っていく。機械から、死にかけの老人から無機質な声が響いてくる。
ナンテ『先ほどの話は、半分嘘です。
私はこの刀に呪いなどかけていない。
殺したければ好きにすればいい。
ですが貴女は私を殺せなかった。そして殺せない言い訳を考えた。
果心様、無敵の果心様。不死身の果心様。最強の果心様。
貴女はやはり『死別』を恐れてる。
殺さなければいけない理由がある私の死でさえ拒否するほど、死を恐れている!
果心様、それでは世界にハッピーエンドは訪れない。訪れるのはバッドエンド・・悲劇だけです。
世界も、ニバリも、ユーも、そして・・。
貴女も、例外ではありません。
果心様、貴女の左手の小指をご覧ください』
果心「小指・・?」
果心は目線を自分の左手に向ける。柄を掴んだまま力が入らない左手。その細い指が急に少しだけ膨らんだ。
果心「え!?」
ナンテ『先ほど半分嘘、と申したでしょう。
私がどうやって『私』を増やしたかご存知ですか。それは魔術『不思議の部屋(ワンダールーム)』の呪いのおかげなのです』
機械の画面に写真が映し出される。
そこには部屋に入った人が別人に変わっていく凄惨な光景が映し出されていた。
果心「こ、これは何・・!?
人が、別人に変えられていく・・!?」
ナンテ『私の魔術は『記憶』を与える力。
この『不思議な部屋』では『私』自身の記憶を彼等に取り込ませ新たな『私』を作り上げていく。そして新たな『私』は私の思い通りに動いてくれるのですよ。
そしてその為に作られた魔術部屋こそ、この『天国』という部屋なのです』
果心は刀から手を放し、もう一度自分の手を見つめる。自分の細く美しい指の小指だけが、男性の太い指に変化していた。
そして小指だけでなく、足が突然痛くなる。みると足が男性の足になっているせいでハイヒールが嵌まらず、圧迫されて痛くなったのだ。
果心「あ、足が・・指が・・!
これは私がナンテ・メンドールに変化させられていくというの・・!?」
ナンテ『天国には正義以外の存在は認められない。私が決めた正義以外は全て消滅する。
それは、私が心の底から敬愛している果心様でさえ、例外ではありません。
いや、それは逆ですね』
その瞬間、横たわる老人が皺だらけの顔をニヤリと笑みを浮かべる。
それだけで、果心の心に深い恐怖を与えた。
果心「・・!」
ナンテ『私が敬愛し、崇拝し、信仰する果心様が!!
誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも求めた貴女が、文字通り私のものになるのだ!
ダンス・ベルガードに渡すものか!
大罪計画の奴等に触れさせるものか!
果心様は私のものだ。私だけのものだ!私だけが彼女を愛する権利を持っているのだ!』
ナンテの機械からおぞましい欲望が噴き出され、それは果心の弱った心にどんどん押し寄せていく。そしてそれに呼応するように彼女の左足が太く変化していく。
果心「これは、これは私の足じゃない・・!このままじゃ、私は」
ナンテ『貴女の魅力的な美しい体も内蔵から髪の毛一本、汗一滴、匂いさえ残さず私のものになる!これほど素晴らしい事はあるか!?私は今、世界中のどの夫婦よりも深く深く深く深ぁぁぁく愛する事が出来るのだ!フハハハハハハハ!!』
果心「く、私とした事がこんな失態を・・(素晴らしい、素晴らしいぞ!)」
不意に声が、聞こえてきた。
機械からではなく、果心の内側から恐怖の声が聞こえてきた。
果心林檎の内側から、心の中からまるでBGMのようにあの男の愉悦に満ちた声が聞こえてくる。
ナンテ(果心様の生足だ、体の一部だ!
あの、あの素晴らしい果心様の一部が今、私と一体化していくのだ!
素晴らしい、素晴らしすぎる!)
『果心様の足は美しい。
彼女の体温は太陽よりも私に活力を与えてくれる!滾る!もうとっくに枯れ果てていた全てが貴女のおかげでみなぎってくる!』
中から聞こえてくるおぞましい声と、外から聞こえてくる気持ち悪い声がどんどん共鳴していく。
『(素敵だ、素晴らしい!
果心様、あああの美しい果心様が私の、私だけのものになるんだ!
半世紀待った甲斐があった!果心様の全て・・心地いい!感動する!ああああ、天国っ!)』
果心「つ・・!は、早く、早・・く刀を、ぬ、抜かなきゃ・・!」
果心はナンテの体に刺さる刀の柄を握り、抜こうと力を入れようとする。
その時、またも背後から声が聞こえてきた。それは恐怖の声ではなく、絶望の声。
幼き林檎からの、問いかけだ。
林檎(いいの?本当に殺して、いいの?)
果心「っ・・!」
林檎(誰かが死ぬのはいや、だよ。もう話が出来ないんだよ?何も反応できなくなるんだよ?
ずっと、ずっとそれが嫌だったんじゃない・・殺す以外に、方法があるかもしれないよ?)
果心「や、やめて・・!
私は・・」
ナンテ『ハハハハハハ、見ろ!
果心様が、私の一物を大切に握りしめてくださってるぞ!
このまま果心様の全てが私になれば、私は果心様の全てを味わえるのだ!』
果心「つっ・・・!」
ナンテ(もう少しだ、もう少しで果心様が私になる!胸も尻も内臓も!
早く、早く早く早くううう!)
外からのナンテは嘲笑い、中からのナンテは急かしてくる。
そして2つの驚異に抵抗する果心の様子を、背後の林檎がじっとみつめている。
林檎(果心・・貴女は、本当に殺してしまうの?アイは探したじゃない。
殺す以外の方法を、倒す以外の手段を、必死になって探したじゃない。
貴女はそうしないの?ナンテが気持ち悪くて、世界にとって危険な存在だから、他の方法を模索せずに、簡単に殺してしまっていいの?)
ナンテ『(いけ、いけ、こすれこすれ!
私のものは私のもの、果心様のものは全て私のもの!私が果心様を永遠に永久にお守りするのだ!私だけが果心様の魅力を堪能するのだ!
今からヨダレが止まらない!)』
あちこちから主張(ビー・ジー・エム)が響いてくる。その主張を聞いて、果心林檎は動かなければいけない。
止まれば、自身は消滅するのだ。
今現在、果心林檎が支配されているのは左手の小指から中指。
そして、左足がふくらはぎまでが、ナンテ・メンドールに変化させられ、それは止まらない・・。
続く
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