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2018年12月14日14:48

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長編小説　角が有る者達　第197話

　第197話　『A・D・S』

　この話には流血表現がございます。
　ルトーと怪物が対立するシーンから有りますので、読む際はご注意下さい。

　A(アップル)・D(ドリーム)・S(システム)。
　それは、ニバリ・フランケンが発動した自動呪術の一つであった。元々このフリークスサーカスはニバリの過去を追体験する為に作り上げられた空間で、この中でニバリからの攻撃を受ける度に彼女の記憶を強制的に追体験させるというものだったが、
　ナンテ・メンドールが彼女にかけた呪術、『食物怨鎖』が与える力と怨みはその術者にすら制御できない程にニバリを強化させていった。
　強化したニバリが、その心の奥底で望んでいた願いの一つは『自分の事をもっと知ってもらいたい』。
　人並外れた辛い過去を生き延び、皆に愛されるよう切に願い続けたニバリの小さく純粋な願いだったそれは、沢山の怨みにより酷くねじ曲がり『他人を自分に変化させる呪術』を作り上げる程になってしまった。
　その呪術を発動させる為のスイッチは観客達が叫び続ける『ゴミ箱』を呟くか、読み上げる事。
　その瞬間、スイッチを押した者はニバリ・フランケンの力と沢山の怨みに操られる怪物に強制的に変化させられてしまう。
　ノリは抵抗する暇すらなくニバリに姿を変えられてしまった。
　怪物と成り果てたそれの願いは二つ。
　自身と過去に感じた感情を理解してもらう事。
　そして自身以外の全てに自身の感情をた叩きつける事だけだった・・。

△　▼　△　▼　△　▼　△　▼　△

　初めてその腕を見た時、最初に生まれた感情は歓喜だった。
　おおよそ人とは思えぬ紫の腕。触れる物は全て切り裂くであろう、長く鋭い爪。
　感触を確かめるように頭から手を動かすよう指令を送ると、今はじめて見たその手は、長年連れ添った本物の手より素早く思い通りに動いてくれた。
　麻薬の香りがなければ思い通りに動けない腕なんかじゃない。
　自分の考えの通りに手が動く。
　それはここしばらくの間無かった事だった。体が勝手に震えない。　

「君の体は全て入れ替えさせて貰った。
　麻薬に呑まれ、脳も精神も犯された君を治すには、こうするしかなかったのでな」

　誰かの声が聞こえる。
　顔を向けると、白衣を着た男性が立っていた。男は痩せ細った顔で顔色も悪かったが、四角い眼鏡の奥にある青い瞳がギラギラと輝いているのが見えた。
　男が無感情に訊ねてくる。

「調子はどうだ、No.5392」
「・・・・」
「ああ、声を出したければまずスピーカーのスイッチを入れろ。
　下顎の先にあるから簡単にできる筈だ」
「・・・・」
「『下顎』が何か分からない、か。色々勉強する必要がありそうだな。
　今回は俺が押してやる、口を開けろ」

　言われた通り口を開けると男がかがみ、細い腕を口の中に伸ばして何か操作をするとブツン、と音を出した。男が手を引っ込ませて、もう一度訊ねる。

「もう一度訊ねるぞ。
　調子はどうだ、No.5392」
「あ・・う・・う？
　ああ、あー、わー、うう」
「・・『元気』とか、『大丈夫』とかぐらいすら知らないのか」
「う、うう、ち、ち『か』、う・・ちが、う・・な、なんばーって、なに・・？ニバリ、は、ニバリ、だよ？」

　その声を聞いて、男が一瞬だけ息を呑んだのをニバリは見逃さなかったが、かといって続けて話ができる程口をうまく使えなかった。
　そのために、結局は男の反撃を許してしまうことになる。

「・・お前は、ここでは、No.5392なんだ。人は呼ばれたい名前と呼ばれなきゃいけない名前がある。
　めいめい、気をつけておけ。お前はここではNo.5392だ」
「うう、でも、ニバリはニバリだよ。
　ほ、かの名前で、呼ばれたくない・・」
「ならそれを訴え続ければいい。
　誰も聞かないだろうが、頭の片隅には残る。いずれ誰かがつい間違えてその名前で呼ぶ事だってあるだろう」
「き、みはだれ？」
「ああ、私か？
　私はメロディ・ゴート二世だ。
　それより聞きたい事がある。
　今のお前の姿を見て、どう思うか正直に聞かせろ。ああ、正直、というのは思った事をそのまま話せって意味だからな」
「う・・うん」

　男はそう言うと壁に設置された鏡を取り出し、鏡をニバリに見せる。
　とても元がただの人間だったとは思えない程に変わり果てた姿を見たニバリはーーーー。

△　▼　△　▼　△　▼　△　▼　△

～フリークス・サーカス～

ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！

　ルトーが目を覚ましたのは、皮肉にも喧しい観客の声のおかげであった。
　目を覚ました彼は血だらけの自分の腕を見て、痛みより先ほど見た光景への疑問の方が先に出てくる。

ルトー(なんだ)(今のは)(痛い)(僕は)(僕じゃなかった)

　目が、左腕を見る。傷ついた自分の腕は生まれた時から同じ、人の腕だった。

ルトー(僕の腕だ)(生まれた時から一緒にいる)(痛い痛い)(僕だけの腕)(ならあれは何？)(あの腕はニバリの腕)(ドリーム・ゴート二世ってだれ？)(血がいっぱい)

　頭の中でぐるぐると思考が回転していく。しかし今の幻想に答えがないと気付いた時、彼の思考が一気に現実に収束される。目の前の怪物に向けられていく。

ルトー(いいや、今は)(痛い痛い痛い)(目の前を気にしなくちゃダメだ、この怪物を、ノリ？ニバリ？ダメだ、怖い。現実の方が訳が分からない、恐い、怖い、恐い、怖い)

　怨みによって形作られたニバリ・フランケンがルトーの前にいる。
　その爪に血を滴らせ、その赤い目の前に左腕からおびただしい血を流しているルトーが怯えきった表情で怪物を睨んでいた。

怪物「グルルルルルル・・」
ルトー「わ、あ、わ、あ・・」

　ルトーのまん丸に開いた目が傷付いた左腕に向けられる。
　咄嗟によけたおかげで爪はかすった程度だったが、それでも左腕に付いた四つの傷からは血が止まらず、激しい痛みがただてさえ混乱しているルトーの思考をかき乱していく。

ルトー(いたい、痛い！痛い！
　なに、なんだ、なんで？何でだ？何でノリが！？ニバリに？殺される、早く何かしないと・・)
怪物「グアアアアアアアア！！」
ルトー(この恐ろしい怪物に殺される！)

　怪物の口が開く。人食いの口が開く。飲み込まれるのは間違いなく自分の体だ。
　そう思ったルトーは素早く右手でマントに隠されていた銃を取り出し、がむしゃらに撃ち込んだ。

バン！

　という音が響き、怪物の体が一瞬跳ねて動きを止める。
　そしてルトーは、右手で咄嗟に銃を撃った反動で銃を落としてしまう。じんじんと右腕が痛み、手を震わせながらルトーが怪物を睨み付けると、怪物は傷らしい傷は一つも負ってなかった。

ルトー「は、外した！相手が目の前に、いるのに・・！」

　その事実に怪物も気付いたのか、再度口を開きながらルトーの顔に近付く。ルトーは左腕も右腕も満足に動かせない状態だ。だが今の行動は意味ないものでは無かった。
　観客達の声に負けない大きな音が仲間の耳に入ったのだ。そして今、仲間が動き出す。

アーサー「おおおおおおっ！」
　
　最初に動いたのはアーサー王。
　主たるルトーを護るため剣を取り怪物に向かい走り出していく。怪物は突然背後から走り出してきた騎士に驚き動きを止めてしまう。
　その隙をアーサー王が見逃す筈が無い。
　高速で剣を震い、怪物の首、肩、膝に剣撃を入れつつ、両手が使えないルトーの前に躍り出た。

アーサー「ルトー殿！大丈夫か！」
ルトー「た、助かった・・ありがとう！」
アーサー「・・いや、安心はまだ早い・・」

　アーサー王が構えた自分の剣に目を向ける。瞬間で何十撃も与えた強靭な剣のあちこちに、ヒビが入っていた。

ルトー「え！？」
アーサー「鉄さえ容易く両断する我が剣がここまで傷つくとはな・・なんと硬い鱗に覆われた邪竜よ・・」
ニバリ「グルルル・・」

　怪物はアーサー王を睨み付ける。
　体に白い傷跡こそ残っているものの、決定的な一撃は与えられてないようだ。
　アーサーは剣を鞘にしまい、そのまま怪物に向ける。

アーサー「だが、斬れぬからと言って不安がる事もない。我が剣術は、斬るだけが華ではないのでな」
ルトー(・・凄い・・この人、武器が壊れたのに少しも怯んでない・・。
　僕は恐かったのに・・何も、出来なかったのに・・)
「慌てるな、少年」

　不意に声をかけられ、ハッと意識を取り戻すルトー。声をかけたのが目の前に立つアーサーだと気付き、顔をあげる。
　騎士は顔を怪物に向けたまま話を続ける。

アーサー「ルトー、君は今『恐怖』を知った。自分に不得手な相手に挑む事の恐ろしさを知った。
　ならば次は、それをどう克服するか考えればいい。君に足りないものは自分を見つめ直す力、それだけだ」
ルトー「う、え・・じ、自分を見つめ直す・・？」
アーサー「今言った事は忘れていい。
　ただ、君は君を見つめ直した時、本当の強さに気付ける。
　私は、それだけは信じているよ」
怪物「グアアアアアアッ！！」

　怪物が飛びかかってくる。鋭い爪を構え、敵を引き裂く為に襲いかかる。
アーサーは待っていたと言わんばかりに鞘のついた剣を右手で構え、怪物の腹部に一撃を与える。剣が怪物の腹部にのめり込み、怪物は動きを止めてしまう。

怪物「がっ！？」
アーサー「我が剣で斬れぬ硬さ、賞賛に値する。だがその程度では我を倒すには程遠いぞ？」
　
　アーサーは両手で剣を持ち、怪物を思い切り持ち上げていく。
　更に体を素早く真下に移動させ、振り回す爪が当たらないよう細心の注意を払う。

怪物「が、ガアッ！？」
アーサー「怪物よ、我が剣を避けられなかった時点で負けていたのだ・・むうん！」

　アーサーが剣を勢いよく振り上げる。怪物の巨体が持ち上がり、宙に浮く。
　目を丸くするルトーを脇目に、騎士は鞘で何度も怪物を叩きつける。
　怪物は吹き飛ばされ、バリアの天井に叩きつけられる。騎士は重い鎧をつけたまま飛び上がり、重力に従い落ちていく怪物の背にもう一度剣を叩きつける。
　騎士の一撃に、怪物は抵抗する術なく地面に叩きつけられ、床にヒビが入るほどの衝撃を襲う。

「がああああああっ！！」
アーサー「・・ま、ざっとこんなものか。
　斬るだけが我が剣撃ではないのだよ」
ルトー「す、凄い・・」
「メエエエエ！みんな、大丈夫！？」
ルトー「その声は、黒山羊・・？」

　不意に声が聞こえ、黒山羊が近付いてくる。黒山羊は辺りを確認して、自分なりに状況を確認する。

黒山羊「・・・・メ！
　怪物、退治、成功？」
アーサー「いや、まだだ。
　奴はまだ立ち上がれる。黒山羊殿、あの怪物だけを塲離亞(ばりあ)で囲む事は出来るか？」
黒山羊「メエエ、楽勝！
　二重バリア、限定発動！」

　黒山羊がそう言うが早いか、怪物の回りにバリアが張られる。怪物は素早く爪を突き出すが、バリアを壊す事が出来ない。

ルトー「や、やった、閉じ込めた・・」
黒山羊「バリア出力、最大。
　脱出、当分、無理。
　ルトー、状況説明、請う」
ルトー「あ、う、うん。
　そうだ、まずこれだけは注意して！
　今聞こえてくる観客が言ってる言葉、あれだけは言っちゃダメだ」
黒山羊「メ？観客の、台詞？」
ルトー「ノリはそれを言って、怪物になったんだ！ぜったい、絶対あの言葉を言っちゃダメだ！」
　
ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！

アーサー「むう、奴等の声が段々大きくなってくるぞ・・」
黒山羊「騒音、危険？」
ルトー「あれは怪物に変化する呪文なんだ、ノリはあれを言ってしまったが為に怪物に・・」

　アーサーと黒山羊の視線がもう一度怪物に向けられていく。怪物は怒りのまま何度も何度もバリアに攻撃をしかけていた。

アーサー「・・この世界は、危険だ。
　早く皆に知らせなければ、大変なことになるぞ」
ルトー「うん、早くリーダーに教えなきゃ。
　あの怪物は危険だ、早く殺さなきゃ」

　血だらけの腕を布で巻きながら、ルトーは呟く。
　ノリが怪物にさせられた今、その言葉に反論する者も否定する者も現れなかった。
　だが、彼等は知らなかった。
　この観客の叫びが、あるいは怪物の呪いが、世界中に響き渡っている事に。

△　▼　△　▼　△　▼

～アタゴリアン・広場～

『ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！ゴーミ箱！』

　メル達一行はイシキ、ライ、ハサギと合流し、船の近くにあるテントの中で座り、互いに情報を交換していた。
　広場に流れているテレビからは観客達の歓声が流れている。

メル「それじゃあ、皆がダンクさんを見たのはシティに撃たれた後が最後だったんですね」
ハサギ「ああ、あいつ、あの時はかなり焦っていた。
　守りたかった奴が目の前で撃たれたのが、よほどこたえたんだろうな」
ライ「あの中身空っぽミイラにも心があった証拠さ。
　あそこで感情一つ動かなきゃ俺があいつ殺してたぜ」
メル「こ、殺す・・！？」

　あまりにさらっと物騒な発言をした為に、メルは目を丸くする。その隣で話を聞いていたエッグがライを睨む。

エッグ「おい、この場は子どもも聞いてるんだ、あまり物騒な発言はやめろ」
ライ「ああ？デッドコピー野郎が何をほざいてる。
　死人の分際で俺に口出ししてんじゃねえよ。死人に口なしって言葉を知らねえのか」

　ライは側に置いてあるバズーカをつかみ、エッグめがけて構える。
　それでもエッグは怯まない。

エッグ「悪いね、俺は口有る死人だからジョークもミュージックも出来るのさ。
　さて、互いに色々分かってきた事だしこれからの事を話そう。
　俺は攻めに回り時間を稼ぐから、その間に皆は船に逃げてくれ」
ライ「おい死人、何を勝手に決めてんだよ。
　俺は黙れって言ったんだ」

　ライがバズーカの銃口をエッグに向ける。だがエッグは冷や汗一つかこうとはしない。

エッグ「下らん脅しかただな。
　戦争が終わり銃の価値が上がった理由は、そう言うバカな使い方の為にしか使えなくなったからか」

　バリバリバリバリバリ！
　ライが持つバズーカに電撃が込められていく。ライは冷たい目でエッグを見つめた。

ライ「そういやてめえは戦争時代の死人だっけな。しかもあの忌々しい拍手部隊だと思うと虫酸が走るぜ。
　こいつは脅しじゃねえ。消えな」
エッグ「ほう？
　なんだ、拍手部隊を知ってるのか。出来れば聞きたいなあ、お前の思い出話」
ライ「くたばれ死人(デッドマン)！」

　ライがバズーカの引き金を引こうとした瞬間、その背後に二人目のエッグが現れワイヤーでライの首を絞める。

ライ「ぐぁっ！？」
エッグ「まあまあ落ち着いて聞けよ、ライの若旦那。
　俺はお前達を守るって言ってるんだ。
　楽しい冗談をこれからも言いたいだろ？好きな女をナンパしたいだろ？ならば好き嫌いはせず結託しようじゃないか」
ライ「がぁ、ああ・・」
　
　ライの前のエッグが冷たい微笑を浮かべながら話を続け、エッグが話を続ける。

エッグ「と言っても、俺に残された時間は少ない。もう『制限時間』は少ないんだ、な？」

　エッグはメルに軽く目配せする。
　メルは何も言わずこくこくとうなずく。だが背後のエッグはライの首を絞める力を緩めない。

エッグ「さて、ライ。
　もう一度言うぜ。お前達は全力でこいつらを護れ。俺達は攻めに回る。奴等をどこまでもいつまでも追いかけてぶち殺してやる。本当の死人になるまでな。
　作戦内容はこれが全てだ、分かったかい？分かったなら手を上げてくれ」

　ライが顔をひきつらせたまま手を上げたので、背後のエッグは絞める力を緩めた。
　ライはワイヤーを無理やり引き剥がし、大きく息を吸う。

ライ「がは、がはああっ！
　ち、ちくしょう！はぁっ、はぁっ！
　後で覚えてろ！」
エッグ「ん～、何をだ？
　お前のバカ面ならしっかり覚えたけどな」
ライ「てめえ・・」

　ライがわなわなと拳を震わせるが、舌打ちして立ち上がる。そしてバズーカを構え、メル達を睨み付ける。

ライ「船まで行くぞテメエラ！
　あそこは安全なんだ、俺から離れんじゃねえぜ！」
メル「う、うん・・行こう、マルグ、リッド」
マルグ「あ、ああ・・」

　メル、マルグ、リッドは立ち上がり、ライの後についていこうとするが、
　リッドだけはエッグにこっそり近寄り、小さく話しかける。

リッド「・・エッグさん」
エッグ「ん？」
リッド「その、こんな事、言えた義理じゃないかもしれないけど、本当に何から何までありがとう、ございます・・」
エッグ「ーーーーー」

　それだけ言って、リッドはメル達の輪に入る。エッグはしばらく何も言えずにいたが、やがて笑みを浮かべた。

エッグ「ーーーーーーは。
　全く、メルが必死に守ろうと思うヒロインは、なかなかどうもいい女だったじゃねえか。
　ああくそ、俺が生きてたらナンパしていたのになあ」
イシキ「ふん。
　お主は昔からジョークが下手じゃのう」

　すぐそばで立っていたイシキが話しかける。今まで全く気配を感じなかったが、エッグは特に驚かなかった。

エッグ「イシキさん」
イシキ「知っとるぞ。お主の能力、『宵闇時の羊飼い(トワイライト・ボーピープ)』は時間制限で消えてしまう。
　そしてもうお主に残されている時間は少ない。
　だからライに無理やり護衛を頼んだんじゃろ。自分がいなくなった後も、少しでも彼等を護れる人間がいるように、な」
エッグ「・・そこまで気付いてましたか。
　ええ、そうです」

　エッグはイシキに笑みを見せる。
　少しだけ疲れたような、寂しいような複雑な笑みをイシキに見せた。

エッグ「『羊飼い(ボーピープ)』の能力は元々、俺の能力から変化したものなんです。
　だから俺は他の拍手部隊に比べて活動時間が長いんですが、それでももう限界でした」
イシキ「そうか」
エッグ「イシキさん。
　俺達は二人を残して全滅しました。
　その中で俺は特にひどい死に方をしました。時間稼ぎをするといいながら、ろくに時間を稼ぐ事が出来ずあっさり死んでしまった。心臓に弾丸を四発撃ち込まれ、死んでしまったのです」

　エッグは自分の胸を少しさすった後、後ろに目を向ける。そこには仲間の小さくなる背中が見えていた。

エッグ「だから今度は、必ず護ってみせる。安全な場所まで逃がしてみせる。
　この身がくだけても、必ず・・」
イシキ「お主、いやお主達は本当に敵に回したくないやつじゃなあ」
エッグ「死んだからもう何も怖くありませんからね。今なら鏡だってみれます」
イシキ「鏡、鏡か・・フフフ」

　イシキは頬をかきながらも笑みを崩さない。エッグも戦う気持ちは充分だった。
　それでも。
　それでも尚、これから起こる惨劇を止めるには不充分だった。

うわあああああああああああああ！！

　突然、悲鳴が広場の方から響き渡る。何事かと振り返れば一人の男～アンリⅣ(フォース)～の一員がこちらに向かって走ってくる。

男「た、助け、助けてくれえええ！」
イシキ「どうした！
　ナンテの反撃が始まったのか！？」
男「ち、違う、違ううう！
　ご、ゴミ箱だ、みんな広場の音声から流れるゴミ箱って言葉を言ったら・・・・」

　不意に、男の体が固まる。
　言葉が出なくなり、目がぐるぐる回転する。まるで独楽のように瞳が高速で回り始めた。
　イシキは嫌な予感を感じ、素早く男から距離を取る。すると男の口からおびただしい量の血が噴き出した。

「ご、ごばっ、ゴボボご、うえええっ！」

　男の口から出てくる血は大量で、まるで滝のように溢れ出てくる。
　その度に男が必死に何かを言おうとするが、結局何も言えないまま、自らが作り上げた血の海に倒れた。
　一瞬、静寂が訪れたが、イシキもエッグも近付こうとはしない。これで終わりじゃないと二人とも気付いているからだ。
　そして予想通り、男の体が変化する。
　黄色と紫の二単色の怪物に、変身していく。

　広場の方に目を向けると、同じような怪物が何体もそんざいし、広場の人間を襲っていた。敵味方の区別なく、爪や牙をたてておそっている。

イシキ「時間稼ぎ、出来るかの？」
エッグ「誰が相手だろうと、やってやるさ・・能力発動！」

　エッグが叫ぶと、大量のエッグが瞬時に現れる。エッグの一人がメル達に向かったのを確認してから男達は怪物に振り返る。

エッグ「さあ、拍手部隊の戦いを見せてやるぜ」
エッグ2「かかってこい、怪物！！」

　

続

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