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2018年02月26日20:46

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長編小説 角が有る者達 特別話

特別話〜全人類均一化計画(ミンナヒテイデキナクナルセカイ)〜

 数十年前、アタゴリアン〜

 その部屋には大量の漫画や本やゲームが置いていた。
 その部屋の奥に、机に向かい蝋燭のゆれる灯りを頼りに本を読む金髪の男性の姿があった。
 その後ろにいる人物が棚にある本を適当に手に取った後ランプをわざと男のそばに置き、本を読み始める。
 男は急に出てきたその人物に驚き、目を丸くする。

男「な、なんだ貴様は!?
 何故ここにいる!」
「貴様ァ!この部屋の何処にも『不思議の国のアリス』が無いぞ!
 これだけの蔵書量でなぜ不思議の国のアリスを取り入れないんだ?」

 だが、その人物は部屋の主である男を初対面であるにも関わらず叱りつける。本来怒りを出す筈の男がその意気に呑まれ、侵入者は怒りを撒き散らす。

侵入者「良いか、不思議の国のアリスは名作中の名作だ!本食い虫の癖にこれを読まないとは貴様、さてはバカだな!大バカ者中のバカ者だ!」
男「ば、バカとはなんだ!
 俺を誰だと思っている!」
侵入者「このアタゴリアン城の主、『怪人』『生きたアタゴリアンの古文書』『最古にして最後の魔法使い』ダンス・ベルガード。
 そして人体実験を繰り返す危険人物だって地元の人から聞いたな。
 だが不思議の国のアリスを読まないようでは知識の底が知れるというものだ」
ダンス「そこまで分かって俺をばかに・・貴様、何者だ・・」
侵入者「それで・・怪人、何人犠牲にしたんだ?」

 侵入者は本を漁りはじめ、部屋の主、ダンスは一瞬キョトンとしてしまう。さっきからこの侵入者は頑なに自分が何者か教えようとしない。

侵入者「人体実験だ。何人犠牲にした?
 いやいや、私は正義の番人として聞いてるのではない。学者として知識欲を満たす為に聞いているんだよ」
ダンス「学者だと?
 何の学者なんだ?いい加減答えてもらおうか?」

 ダンスは小さく訊ねる。だがその拳はぶるぶると震え、質問を間違えればその瞬間、事を起こす程の殺意を侵入者に見せていた。
 侵入者はその殺意に気付きつつそんなの知らんと言わんばかり本を漁りながら、「・・考古学者だよ」と答える。
 男は眉をひそめた。

「考古、学者だと?神話学者(ミストロジー・スカーラー)か?マレルヤの奴等か?」
ナンテ「違う違う、星読みじゃない歴史大好き歴史マニアさ。あと不思議の国のアリスマニアでもある」

 マレルヤは、アタゴリアンの古い言葉で星読学者という意味である。今では現地の人さえほとんど知らない筈の言葉を、この侵入者はこともなげに理解してしまった。
 眉をひそめるナンテをよそに、侵入者は話を続ける。

侵入者「私は歴史マニアとして、君に興味が湧いているのだよ。そろそろ早く犠牲者の数を教えろ、さもないと今度はバ怪人と呼んでやる」
ダンス「・・ち、分かったよ。
 正確な数ではないが、人体実験は500辺りはやっている。人一人に対し四、五度の実験に使っているから、大体200人前後と言った所だ」
侵入者「200?たったそれだけかね?
 きみはこの数百年で、たったその程度しか実験をしていないのか?
 全く、予想以上に大バカ者ではないか。貴様、これから怪人バカバカバーカと名乗るがいい」
ダンス「な、貴様何を・・」「1940年代のアウスビッシュ収容所で何万の人間が勝手な言い分で殺されたと思ってる?
 日に3000人は下らないぞ?日だ、月ではなく日に三千!
 貴様がのんびりまったり勉強している間にそれだけの民が死んでいるのだ。いやそれだけじゃない!
 それだけ残虐な事をしておきながらナチスは敗北した!世界中に大量に血を流し、その禍根は百年後でも消える事は無いな!
 18世紀のサン・バルテルミ虐殺、1世紀のサマダ要塞における集団自決!
 おい、お前アボリジニの虐殺を知ってるか?100万人近くいた先住民が僅か7万人にまで減らされているんだ!
 死(ダイ)、死(ダイ)、死(ダイ)、死(ダイ)、死(ダイ)!
 三千年以上生きている癖に、人間の本質は全く変わらず憤怒と傲慢の奴隷なのだよ!分かったか怪人バカバカバーカ!」
 
 先ほどまで本を睨み付けていた男の言葉は早口でありながらダンスの心に強く、恐ろしく響いていく。その分最後に自身に付けられた名前に怒りを覚え、跳ね返るように叫んだ。

ダンス「貴様、一体何をしに来たんだ!
 アリスだがなんだか知らないがくだらん知識を垂れ流したいなら相応の場所に行け!
 俺はまだ研究の途中で忙しいんだ」
侵入者「Lame(ダッセェ)!ここまで話してもまだ分からないのかダンス・ベルガード?
 それとももう一度怪人バカバカバーカと呼ばれたいか?」

 侵入者の声色が一瞬で変わる。ダンスの跳ね返した怒りを吹き飛ばすような冷たさが、ダンスの背筋に伝わっていく。
 そして薄々感じていた嫌な予感をここで口にする。

ダンス「・・まさか、俺と合同研究がしたいというわけじゃないだろうな?」
侵入者「ようやく俺の言葉を理解する気になったな。良いだろうバカ怪人ダンス。
 俺と共に完全蘇生法を研究しろ。そうすれば向こう百年は研究を早める事ができる。いや、半世紀以内に研究を終わらせる事が出来るぞ」
ダンス「・・なんだと?
 貴様、考古学者だろう?蘇生法の研究からは程遠い気がするが・・」
侵入者「だが考古学者故に別の側面から研究を進める事が出来るからな。これを見ろ」

 そう言って侵入者がダンスに見せたのは可愛らしい少女が服を着たウサギと一緒に歩いている絵が書かれた本だった。題名は何故かアタゴリアンの言葉で『不思議の国のアリス』と書かれていた。ダンスの顔が強張る。

ダンス「・・ふざけているのか?」
侵入者「中身も読まずに悟った気になるのは頭が固いバカの悪い癖だ。俺が知る限り貴様は頭が固いのでなく心が固いタイプのバカだと思ってるがな。
 まず・読め・分かったか」

 ダンスは渋々手に取り、仕方なく本を開く。中身は見た通りの内容だが全てアタゴリアンの古い文字で書かれていて、中にはダンスが数百年ぶりに目にする単語さえ書かれてある。読んでいく内にダンスの目の色が変わっていく。

ダンス「ミルド・サッマーニャ(なんだこれは)。エストレワーレパルタリーナ(お前、何処でこれを調べた!?)」
侵入者「ナルドマ(すまない)、ミイラナニヤナタマラミストロガーナ(文字は得意でも発音は苦手でな)ハッパフミフミ(はっぱふみふみ)」
ダンス「・・貴様、本当は俺の母国語も喋れるじゃないか。本当にどこまで俺たちの事を知っているんだ?」
侵入者「文面と資料から読み取れる事はほぼ全てこの脳内に入っている。
 だが・・」

 侵入者は本棚から適当に本を取り、パラパラと読み漁る。顔を本で隠したまま、男は呟く。

フォト



侵入者「所詮、本は歴史を仕舞うだけのものだからな。歴史の中身も誰がどう調べたのかわからない。それだけを信じて生きるのは賢者のフリした愚者だ。
 後で他人から間違いを指摘されて何一つ言い返せない悲しい創作小説となにも変わりはない。面白ければそれで良いだろうが原作マニアどもめ!違う解釈の話だという事すら理解できないのか!」
ダンス「おい、また話が脱線してるぞ」
侵入者「創作にはその人の思い、願い、祈り、知識が端から端まで丁寧に描かれている。いわば創作とは自分の分身を作る事に他ならない。だから不思議の国のアリスは世界中の児童に読まれ愛され理解されていくのだよ!」

 侵入者の耳にダンスの言葉は全く入ってこなかった。未だ話を続けていく侵入者の頭に、ダンスは小さく小突く。

侵入者「ぐはっ!」
ダンス「だから・お前は・何を話したいんだよ」
侵入者「うう、いけない・・ジャンにも良く言われてた発作がまた出てしまった。
 つまり、あー、結果から話すとだな。
 私は君の歴史を完全に蘇らせる方法を知っているのだよ」
ダンス「何・・?」

 侵入者の顔が本から少しだけでてくる。覗いた口は薄い笑みを浮かべていた。

侵入者「全人類均一化計画。
 私が現在、君と同じように人生をかけて研究している計画だ。
 これが上手く行けば一人の女性を救えるが、同時に・・」

 本の下から覗く笑みが深くなっていく。
 そして見えてくるのは狂気だけだ。

侵入者「確実に世界そのものを救う事も出来る。
 その計画にお前も賛同すれば、この古錆びた街を世界中の都市に負けない素晴らしい世界に変えられる。
 不思議の国のアリスだけじゃない、世界中の教科書に貴様の国の歴史が書かれる。文化が書かれる。価値観が書かれる。歓喜が書かれる。悲劇が書かれる。人生が書かれる。道徳が書かれる。芸術が書かれる。勝利が書かれる。敗北が書かれる。
 貴様等の国の全てが!世界中に!均一に浸透していくのだ!!全て!全てがな!」
ダンス「そうか。
 そんな事が、お前はできるというのか。
 なら俺は騙された気持ちでお前と協力しようじゃないか」
侵入者「本当か!フハハハハハハハ!
 やったー!初の就職先が決まったぞー!フゥーハハハハハハハ!」
ダンス(・・選択を間違えたか?
 まあいい。所詮こいつはただの人間。くだらん理由で傷つき、くだらん理由で死ぬ。いざとなりゃあ殺せばいいだけだ)

 ダンスは心の中で小さく笑った後、目線をアリスの物語に向けていく。
 物語の中では、アリスが白兎を追いかけて穴の中に飛び込むシーンが描かれていた。


 『再会』から数十年前。
 ナンテ・メンドールとダンス・ベルガード。そして二人の怪物が互いを認めた瞬間だ。





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