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2017年11月07日10:52

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長編小説 角が有る者達 第169話

『人形と蜘蛛の糸』

 アイがユーと出会う少し前のパーティー会場。
 アイ達の前に現れたのは、ダンクだった。袖口に金の刺繍が入った紫のローブを着た、今まで何度もピンチの時に限って現れた仲間。
 ダンクは包帯でできた顔をアイに向けはしたが、その顔色は僅かに複雑な気持ちを感じているように見えた。
 僅か数秒の睨みあいの後、最初に喋ったのはアイだ。

アイ「・・ダンク、か。
 もうダーク(偽りの名前)を使う気は無いんだな?」
ダンク「ああ。もう闇(ダーク)の中から覗くのは止めた。
 何度でも奈落の底から跳ね上がる俺(ダンク)として、お前に協力するさ」
アイ「協力、か。
 本音言えばぶん殴ってぶっ飛ばして蹴り飛ばしてその包帯をぐっしゃぐしゃにしてやった後、説教百時間かましてやりたいが、我慢する。
 シティが全部やったみたいだしな」
ダンク「・・・・」

 アイは笑みを浮かべ、ダンクは何も言わずに右手をアイの前に見せる。その手には地図がにぎられていた。
 
ダンク「これはこの城内の地図だ。
 こいつを上手く使えば、向こうで何をしているのかすぐに分かるし、行きたい場所にすぐに行く事ができる」
アイ「!」
ダンク「お前たちの状況はこの地図を通して見ていた。
 だから妹、ユーを助ける為にもお前達全員で向かうんだ。
 その間に、俺はシティを助けに行く」

 地図が輝き始め、それと同じようにダンクとチホ以外の全員の姿が輝き始める。
 
ルトー「な、なんだこれ!?
 体が輝き始めた!」
スス「ダンク、あんた私達まで向かわせる気!?シティを、シティを一緒に助けるんじゃなかったの!?」
ノリ「止めるッス!
 ダンクも、早くこっちに来るッスよ!」

 三人が騒ぐが、ダンクは顔を向けようとしない。アイもまた真っ直ぐダンクを睨んでいたが、すぐに笑みを浮かべた。

アイ「・・へぇ。ダンク、お前良い顔してるじゃないか。驚いたぜ」
ダンク「リー・・アイには、俺の感情が分かるのか?」
アイ「ゴブリンズの皆は分かるぞ。お前がシティを本気で助けたい事も、まだ何か隠している事も」
ダンク「・・・・!」

 輝きの中で、アイは楽しそうに笑っていた。輝きの奥で、中身の無い筈の顔がぽかんとした表情で見つめていた。

アイ「この戦いが終わったら、必ず俺達の元に戻ってこいよ」

 ダンクは呆けた表情のまま、僅かに手をアイに伸ばそうとしたが、その姿がすぐに消えてしまい、手が止まってしまう。
 アイが立っていた場所を見ていたが、すぐに表情を切り替え残っていたチホの方に向ける。

チホ「ダンク様、なぜ私は残したのですか?」
ダンク「・・あそこには、あいつらだけで充分だ。俺達はシティを助けに向かうぞ」
チホ「畏まりました。
 お姉様はどこにいるのでしょうか」
ダンク「それが、あいつの姿がどこにもいないんだ。この城には様々な魔力の結界が張ってあるから、見える場所と見えない場所があるんだよ」

 ダンクがチホに地図を見せると、城内の絵が鮮明に見えていたり、逆にぼやけている部屋が映し出されていた。
 チホは右手を顎に添えて少し考える素振りをした後、ダンクにたずねる。

チホ「これからこのぼやけている部屋一つ一つを調べなきゃいけないのですか?
 少々時間がかかりそうですが・・」
ダンク「今のところこの地図が俺にできる最高の探知魔法なんだ。
 あとはしらみ潰しに探すしかないな」
チホ「承知しました。
 私にはお姉様の匂いがわかりますので、どの部屋にいるかすぐに探し当ててみせますわ」
ダンク「・・・・。
 よろしく、頼む」

 ダンクは地図の中にあるぼやけた部屋を見ながら、少しだけ小さく呟く。

ダンク「すまない、皆・・。
 俺は、もう・・」


△   ▼   △   ▼   △


ーーーそして、現在。

 ワイドハンドの人形部屋の中で、アイはワイドハンド(娘を傷付ける者)と対峙している。

アイ「・・貴様、よくも俺の娘に手ぇ出そうとしてくれたな。覚悟、できてるよな?」
ワイドハンド「ぐ・・!赤鬼がああ!!」

 対峙する赤鬼の背後では、ススがユーの容態を確認している。ユウキはユーに寄り添い、声をかけていた。

ユウキ「ユー、ユー、大丈夫!?」
スス「だ、大丈夫よぬいぐるみさん!
 ススは少し疲れているだけ。今鎮静剤を打って落ち着かせたから大丈夫よ」
ルトー「ぬ、ぬいぐるみがしゃべってる・・いや、もう幽霊にも変な奴にも沢山出会ったんだ。
 今更何か気にしてたら負けだ・・」

 ルトーが混乱しかけた頭に自分で言い聞かせて少し落ち着かせた後、胸元から取り出した小さな機械を手に取り、スイッチを押す。

ルトー「起動せよ、『煉瓦家(レンガハウス)』」

 ルトーがそう叫ぶと同時に、機械の中から大量のレンガが出現しユーの周囲にレンガの壁を作り上げた。
 いきなりレンガが現れ、ススがまじまじとレンガを見ながらたずねる。

スス「な、なんなのこのレンガ・・」
ルトー「特殊な瞬間接着剤を大量に詰め込んだ機械を爆発させたんだ。
 このレンガ自体は偽物だけど、本物より硬度は高いぜ」(その分、熱とか風とかに弱いから使い道は少ないけど)
スス「私、いま初めてあなたが天才なんだなって実感したわ・・」
ルトー「へ、これからもーっと考えを改める事になるさ。なんせ僕の本当の才能は・・」

 ルトーは素早く走りだし、小さなダクトの中に隠れる。そしてレンガ近くに置いてある小さなスピーカーからルトーの声が聞こえてきた。

ルトー「隠れてから発揮されるんだからな!」
スス「ルトー・・!」(割と女装が似合ってる事に触れるのは止めとこう!)
ユー「あ、ありがとう・・」(あの人・・なんで女装してるのかな?パパの真似?)
ノリ(あの女の子、確かグールさん家のいとこだって聞いていたけど・・なるほど、さすがグールさん家のいとことあって割とタフッス。
 ボクも負けてはいられないッスね)

 飄々と笑いながらダクトの中に入るドレス姿のルトーを見て、三者三様の考えが出た事に、誰も気付いていない。
 その間に、アイは右腕を金棒代わりに振り回し、次々に人形達を叩き潰していく。

アイ「あああああああ!」

 アイの腹の内には怒りしかなかった。
 娘を傷付けようと笑って言った者に対し、それ以外の感情を向ける気にはなかった。
 人形達は巨体から次々に出てくる。
 大きな人形の足には大きな花弁が絡まり動けないから、この群れを出すしかないのだろう。アイにとってはそれは非常に都合が良かった。大量の人形達を崩していけば、あの蜘蛛も対抗できる武器が無くなる筈だ。
 そしてアイは刀を振りかざしてくる人形に向けて金棒を振り下ろそうとした瞬間ーーー。

 全く突然に、全てが止まってしまった。

アイ(なんだ!?急に動きが止まったぞ!?)

 自分の体が、全く動かせない。指も腕も、何一つピクリとも動かなくなっていた。いや自分だけではなく、人形達も止まってしまっている。
 ただひとつ、動いているのは思考だけだ。

アイ(なんだ!?何が起きている!?
 なんで体が動かないんだ!?)
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!
 まさか、貴様が現れるとは思わなかったが、それならそれでいいさ」

 何もかもが静止した世界で、声が響いてくる。アイはその声の正体を知っていた。

アイ「ワイドハンド!」
ワイドハンド「ヒヒヒヒ!
 久しぶりだなあアイ!あの時てめえが潰さなかったお陰でここまで強くなれたぜ!」

 アイの金棒からカサカサと蠢く、黒と赤の斑模様が背中に浮かび上がった蜘蛛、ワイドハンドが8つの目をギョロリとアイを睨み付けていた。

アイ(ワイドハンド!貴様、何をしやがった!)
ワイドハンド「ヒハハハハ!あの時助けてくれた御礼に教えてやるよ!
 俺達カスキュアペットの絆の力、『食物怨鎖』には五人以上死ぬとな、その力が一段階強くなるのさ!」
アイ(何!?)

 蜘蛛の八本足がカチカチと動かせ、アイの腕の上を進んでいく。本来なら腕から払いたいが、体を全く動かす事ができない。

ワイドハンド「食物怨鎖の更なる力、それは俺の為に死んだ奴等の力を一度だけ使う事ができるようになるんだ。
 今のは鶏の双子の『時を止める力』を使ったんだ。
 今やお前達は俺が『動いていい』と許可するまで動く事はできなくなった、木偶人形さ」
アイ(と、時を止める力だと!?
 そんなチートありかよ!)
ワイドハンド「ヒヒヒ、木偶の坊になった貴様には、特大の攻撃を食らわしてやるぜ」
アイ「この卑怯者が、早く時を動かしやがれ!」

 ワイドハンドはアイの首筋まで辿り着くと、その肌に自分の牙を突き立てる。
 本来なら痛みが襲う筈だが、時が止まっているからか何も感じる事ができない。
 ワイドハンドは牙を通して大量の毒を流し込んだ後、素早く離れて人形の中に入り込む。

ワイドハンド(即死の毒を大量に流し込んでやったぜ。これだけやれば時が動いた瞬間、全身に激痛が走りこいつは死ぬ・・。
 さあて、望みどおり時を動かしてやるか)

 それと同時に、時間が動きだしアイの振り下ろされた腕が人形を破壊したが、その瞬間体中に激痛が走る。

アイ「がぁっは!?」
スス「リーダー!?」
ノリ「どうしたッスか!?」

 口から大量の血を吐き出し、首筋から肌が紫色に染まっていく。アイは視界がかすみ始め、立つ事すらままならず倒れそうになりーーー。

アイ「く、くそ!
 毒蜘蛛、がああ!」

 足に力を込め、立ち上がる。
 そしてアイは一度咆哮した後、人形達めがけて金棒を振り下ろし、破壊していく。

ワイドハンド「何!?
 貴様、即死級の毒を大量にぶちこんだのに何故生きてる!」
アイ「は・・がはっ!」

 アイがもう一度声をあらげようとしたが、言葉の代わりに出てきたのは血だった。
 自分の血でできた血溜まりを踏みつけて、アイは多数湧き続ける人形を、その奥で怯えた目をしているワイドハンドに殺気を込めて睨み付けていく。

ワイドハンド「ぎ、ギギギ!
 なんだ、なんであいつはしなない!」

 アイは血溜まりを踏み抜き、人形達を破壊していく。
 一撃で一体、次の一撃で二体、その次の一撃で五体の人形を破壊する。
 口から血を吐き出し、顔からみるみる内に血の気と生気を失いながら、その度に殺気が研ぎすまされ、一撃に力が込められていく。
 ワイドハンドは一瞬、自分の小さな体が人形ごと粉々に砕け散る未来が脳裏によぎる。そしてそれを現実に変える怪物が、すぐそこまで肉薄していく。

ワイドハンド(やられる。このままではやられてしまう!死にかけの怪物に殺されてしまう!
 嫌だ、そんな死に方、絶対嫌だ!)

 ワイドハンドの入った人形は背を向けて逃げ出す。その先にあるのは人形達を詰め込んで作り上げた巨大な人形だ。
 背後から人形を草原の草を踏み潰すように次々と破壊する怪物が猛進していく。
 ワイドハンドが蜘蛛糸を操り、人形達を巨大な人形の中から大量に沸きだすが、それすら二、三撃で完全に破壊していく。
 その間に、ワイドハンドは巨大人形の中に入り込み、蜘蛛糸を手繰り巨大人形を動きだす。

アイ「ち、気持ち悪い人形の中に逃げやがったか」
ワイドハンド(アイツが次々と人形を破壊したせいで人形が上手く動かせない。このままだとこの人形も潰される可能性がある。
 ちぃ、それなら・・)

 ワイドハンドの8つの目から光が失われていき、人形の動きが止まっていく。
 アイは一瞬眉をひそめたが、すぐに人形を破壊しようと金棒を振り上げ、

スス「待って、アイ!」

 すぐ背後で聞こえてきたススの声に静止させられる。アイは素早く背後に跳躍し、ススの横まで戻った。

アイ「スス、どうした!?
 ユーになにかあったのか!?」
スス「アイ・・逃げて・・!」

 そう言い出すが否や、ススは太ももに隠してあったナイフを取り出しアイを切り裂こうとする。
 アイは間一髪でかわし、少し距離を取りススに目を向ける。
 対峙した部下の体は、がくがくと震えていた。
 体中が震え、ナイフはカチャカチャ鳴りつつも、その切っ先はアイに向けられている。

アイ「スス?お前、なんで俺に武器を構えて・・がはっ、げほっ、げほっ!」

 血を吐きながら、アイはススから視線を逸らし辺りを見渡す。
 するとノリも銃をガチャガチャ震わせながらこちらに向けていた。
 
ノリ「ア、イ・・、逃げ、る・・ス・・」
アイ(ノリまでおかしくなってやがる!
 ち、あの蜘蛛は俺の仲間を操り人形にしやがったのか!)

 アイは一歩ごとに重くなる体と少しずつぼやけていく意識に、体中に力を入れて立つ。

アイ(ちくしょう、こっちは喋るのもキツいのにアイツは次から次へと新しいわざを使ってきやがる!
 おまけに、部下を洗脳とかふざけた事をしやがって!)

 アイは蜘蛛に殴りかかりたいのを我慢し、ススとノリを見つめる。今すぐあの蜘蛛野郎を潰したいが、そんな事をすればスス達が自殺させられるかもしれない。
 カチカチと震えながらも自分の方に向けられている銃とナイフを見つめ、アイは口の端に笑みを浮かべる。
 
アイ(あーくそ、あの変な毒を食らわなきゃ、一気にぶっとばせるのにな・・。
 ここまで、か・・)
ノリ「や、だ・・い、や、だ・・」

 ノリの銃が少しずつアイに向けられ、引き金に力を込められていく。アイは心の中で毒づいた。

アイ(くそったれが・・)
「くそったれが」

 その瞬間、アイの眼前に淡い緑色の服を着た少女が躍り出る。アイは眉をひそめ、少女ーーユーが銃を構えたノリに向け、背を低くして走り出す。
 ノリは走りながら小さく跳躍し地を両手で掴んだ後、自由になった足を伸ばしてノリの右頬に容赦なく蹴りを入れる。
 
 元々背の低いノリは簡単に吹き飛ばされ、その際に銃を簡単に放り投げてしまった。
 そしてユーは両手だけで再度跳躍し、空中で一回転して着地した後、今度はススに向かい走り出す。

ユー「ススちゃん!ごめん!」
スス「ユ、う、ちゃん・・」

 ススはナイフをアイからユーに向けるが、今度はもう片方の手がナイフを持った手首を掴んだ。そしてユーに向けたナイフを無理やり下に向けていく。
 それを見たユーは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに意図を読み手に力を込めていく。
 そして、左のこめかみに固く握りしめた握りこぶしで殴り飛ばした。ススは抵抗もせずにナイフを投げながら吹き飛ばされたが、その際に小さく呟いた。

スス「・・・・と、う・・」
ユー「・・ごめん、ススちゃん。
 私、またあなたを傷つけた・・」

 壁際まで吹き飛ばされたススは顔を上げ、僅かに笑みを見せた後、静かに倒れた。
 それを見届けたユーは一息ついた後、アイに向き直る。

ユー「パ、パ・・」
アイ「ユー・・!」

 ユーは笑みを浮かべ、そのまま倒れてしまった。彼女もまた最後の力を振り絞ってここまで動いてくれたのだろう。 
 アイは急いでユーに近づき立ち上がらせようと手を伸ばそうとするが、手が震えて上手く動かせない。
 
アイ(ち、毒がかなりまわってきやがった。
 また、最悪な状況になってきたな)
「ユウキ・・いる、か・・?」
ユウキ「いる、いるよ!」

 アイが声をかけると、鬼のぬいぐるみが近付いてきた。どうしてぬいぐるみがユウキなのか不思議だが、今のアイにはそれを気にする余裕はなかった。

アイ「ユウキ、悪い。
 なんとか、できねぇか?体が、重いんだ・・」
ユウキ「あ、アイ・・治すよう願ったね?    よしわかった!今なら、回復を・・ふぎゃ!」
アイ「ユウキ!」

 ユウキの体が、巨大な人形の腕に呑み込まれ消えていく。アイが見上げると、体が壊れながらも動き出す巨大人形の姿が眼前に広がる。

ワイドハンド「ぐ、う、う・・!
 き、さ、ま、よくもよくもよくもよくも!よくもよくもよくもよくもよくも俺の人形たちをぶち壊し、技をつきやぶってくれたなぁ!
 即死級の毒が蝕んでるのに、よくまあそれだけ動けたもんだ!」
アイ「ワイドハンド・・!」
ワイドハンド「だがてめえはここで終わりだ!終わらせてやる!この一撃でなぁ!」

 巨大人形の左腕に、大量の人形が集まりどんどん巨大化していく。その中にユウキの姿が一瞬だけ見えて、人形の腕の中に消えていった。

アイ「ユウキ!」
ワイドハンド「ヒヒヒヒヒ!
 これで終わりだ!これで終わりだぁ!
 俺は大影鬼のワイドハンドとして、この世界を蹂躙し尽くす!
 その暴虐の最初の犠牲者は、お前だああああああ!!」

 まるでビルが落ちてきたのかと見間違うような巨大な拳が、アイにめがけて振り下ろされる。
 このでかさではアイだけではなく全員が一撃で潰されてしまう程の大きさだ。
 更にアイは毒がまわり、自由に体を動かす事さえ出来なくなっていた。
 先程は素早く動けたユーも、ふらふらと立ち上がるのが限界だった。

アイ「ユー・・」

 アイはユーに向かい、走り出そうとする。毒のせいで体が動かず少しも足が動かないが、ユーを少しでも遠くに離そうと手を伸ばし、
 ユーは走りだし、アイの体にしがみついた。

アイ「!」
ユー「パパ・・やっと、会えた・・」

 ユーはアイの体を強く抱きしめ、離れようとしなかった。アイは一瞬、上を見た。
 巨大な拳が迫ってくる。その中には、自分の大切なユウキが入っている。もし避けたり反撃すれば、布地でできたぬいぐるみは簡単に壊れてしまうだろう。
 ユーは力強く抱きしめて、離れてくれない。この手に力を入れて、突き飛ばして良いのか、一瞬迷った。

アイ(俺を探すために何百の家を渡り歩いたこいつを、また一人にさせるのか・・?
 いや、いや、そんな事、迷うな。
 迷う、くらいなら・・)

 アイは右腕を元に戻し、その手でユーを抱きしめる。ユーが更に強く抱きしめてきたが、それはもう気にしなかった。
 そして残された左腕を、迫り来る巨腕に向かって振り上げる。

アイ「ユー・・覚えとけ」
ユー「え?」
アイ「鬼って生き物はな、世界で一番意地悪で、あきらめが悪い生き物なんだよ。
 不成者格闘術(ナラズモノコマンド)。
 鬼王権現。宝撃、天岩戸田力男金将(ゴールデン・アマノイワトノタヂカラオ)」

 アイが呟きながら息を吐く。
 本来この技は非常に長い時間、準備運動をした後でなければ本来の力は発揮されない。
 だが今はそんな面倒をかけなくても本来以上の力を発揮できそうだ。
 なにせ、守ると決めた二人がそばにいるのだから。
 殺意を込めた拳が振り下ろされる。アイはユーを抱きしめたまま跳躍した。
 あまり素早くない筈なのに、その体は力強く飛び上がった。

アイ「ワイドハンド、最後に鬼の宝を見せてやる。こいつを砕けるものなら砕いてみろ!」
ワイドハンド「ギギイイイイッ!!」
 
 ワイドハンドの巨大な拳が、アイの宝撃を受けて一瞬だけ静止する。
 ビリビリとアイの左腕が震え、肩から血が噴き出していく。抱き抱えられたユーはその血に気付き、アイに向かって叫ぶ。

ユー「ぱ、パパ!?血が、肩から血が出てる!」
アイ「あああああああああああ!!」

 アイは叫び、痛む肩に更に力を入れた。この拳が離れれば、一瞬で二人が潰れるのを知っているからだ。
 ビシリ、とアイの拳に亀裂が入る。ぐしゃり、と腕の中の機械が何か潰される音が響き渡る。
 それでもアイは拳を止めない。そしてユーもまた、抱きしめるのはやめなかった。
 そしてワイドハンドは笑みを浮かべる。

ワイドハンド(後少し、後少しだ!
 後少しだけこの手に力を込めれば、俺はようやく、奴等を潰せる!『大影鬼』の名を世界に轟かせられる!
 死ね、死ね死ね死ね!俺の名を言えぬバカは、皆死ね!)

 ワイドハンドは余裕があった。笑みを浮かべながら糸を操り、巨腕に力を込めていく。後少しで、あの忌まわしい鬼二匹をハエのように叩き潰せるのだ。

ワイドハンド(今まで奴等に手で潰された俺が、今度は奴等をこの手(ワイドハンド)で潰すんだ!死ね、死ね死ね死ねぇ!)

 ワイドハンドは拳に力を込めるのを止めなかった。二人を叩き潰す事に夢中になっていた。
 だから気付かなかった。
 第三者が、すぐそばまで来ていた事に。
 それは一切の遠慮も躊躇いもなく、ただ二人を助けたいという思いだけで、その蜘蛛が入り込んでいる人形に向かい突進し、手を伸ばした。
 バキリ、という何かが響く音と同時に、巨腕を支えた蜘蛛糸に力が入らなくなり、 
 拳が呆気なく分解されていく。
 アイはそれを好機と睨み、拳にさらに力を込めていく。
 支えを失った拳に、アイの宝撃を耐える頑丈さはなかった。
 今までの脅威が嘘だったかのように拳を破壊されていき、遂にアイが壊れた拳を振り下ろした時には、巨腕は全てがらくたになっていた。

アイ「どーーだーーー!
 見たかユー!これが鬼の宝撃!鬼の全力、鬼の・・」
ユー「ニバリ!」
アイ「へ?」

 ユーの声で、アイは正気を取り戻し辺りを見渡す。すると、崩れゆく人形瓦礫の向こうで、一体の人形の頭部を壁に押し付けている、変わり果てたニバリの姿があった。
 

 続

 




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