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2017年09月30日19:18

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長編小説 角が有る者達

注意 この話にはショックな内容が含まれています。『ガァン』という文章の後にはショックな内容が入りますので読書する際はご注意下さい。
 それでは、本編をはじめます。

第160話または第21話 『悲しい一撃』

 僕達が向かった場所は、男性用トイレだった。中は非常に清潔な雰囲気を醸し出しており、綺麗に磨かれた大理石の壁と床が更に清潔感を出している。
 更に室内も非常に広く、僕の前住んでいた家の寝室より広い事を感じずにはいられなかった。
 マルグ君はトイレの全ての扉を開けて、誰もいないのを確認してからトイレ掃除入れに入ってある『清掃中』の看板を取り出し、そっと入口前に置いた。
 僕達の右横には鏡と洗面台がある。左横には誰もいないトイレがある。
 僕達の邪魔をするものは誰もいなくなった。
 僕はマルグ君に目線を向け、マルグ君は当然のように僕の横にいるリッドに向けられる。

マルグ「リッド、お前は外を見張ってろ」
リッド「嫌。私は貴方達の戦いを見届けるわ。
 これから皆の人生が決まるってのに、たかが男性トイレだからって理由でのけものにしないでよ」

 リッドは真っ直ぐマルグ君を見る。
 マルグ君は尚も言葉を言おうとして、すぐに頭を振って僕を睨み付けた。どうやらリッドを退けさせる事を諦めたらしい。

マルグ「・・・分かった。
 だが俺はてめえに手を出さない代わりに、口を挟むんじゃねえぞ」
リッド「初めから、私に意見は無いわ。私はただ二人の戦いを見守るだけよ」

 そう言うリッドの表情は不安と淋しさが混じりあっているのが分かる。当たり前だ、本当は自分も沢山意見を言いたくて仕方ないんだ。
 だけど今口を出しても、横やりにしかならない事も悟っている。彼女のもどかしさが分かる僕は、彼女にこれ以上辛い気持ちを背負わせたくなくて、僕が二人の間に割って入る。

メル「それじゃあ最後に確認させて貰うよ。君は、ナンテから離れたくないんだね」
マルグ「ああ、俺はここから出ない。
 お前達も出す気はない。
 何故ならここが、ここだけが俺達が安全でいられる場所だからだ」
メル「いいや、もうここは安全じゃない」

 僕はマルグ君の話を真正面から否定する。マルグ君と僕の視線が交差し、空気が冷え始めるのを肌で感じた。

マルグ「なんだと?」
メル「君だって知っているよね。
 知らないふりなんて出来ない筈だ。
 ここは沢山の命が消えた、地獄だってことを」

 地獄。何度この城に来てこの名前を呼んだだろうか?人が不条理に死に、不条理に歪められていくこの世界を何度『地獄』と感じた事か。
 マルグ君は僕から僅かに目を逸らしながらも、静かに応えてくれた。

マルグ「ああ、知っているさ。
 だが、ここは俺にとっての天国なんだよ」
メル「天国、だって?」

 静かな答えに、僕の心が震え上がる。
 マルグの目線は僕から、トイレの鏡に向けられていく。

マルグ「天国ってさ。
 色んな苦しみや辛い事から解放されて、自由に暮らせる世界の事を言うんだろ?
 なら、ここは正に『天国』と呼称するに相応しいじゃないか」
リッド「マル・・・?」
マルグ「俺は狂ってるわけじゃないぞ、リッド。周りの状況がどれ程酷いのか分からないわけじゃない。
 むしろ知っているからこそ、おれはここを天国と呼ぶんだ。
 ここで奴等の言う通りに動く限り、俺達は生きていられるんだからな」

 鏡の方を見ながら、マルグは嘲笑する。
 その笑みを見ると無性に腹が立った。

メル「ふざけるなよ?
 ここまで来るのはこの地獄から君達を助ける為だ。僕がなんでさっき『皆を助ける』と宣言したと思う?ナンテ先生もこの地獄から抜け出させる為だ。
 あの人は外の世界を何も知らないんだ」

 僕の声に少しずつ怒りが混ざりこんでいくのが分かる。マルグは相変わらず、鏡の方を見ていて僕を見ようとしない。

メル「今、こうしてる間にも外じゃ皆が大変な目にあってるんだ、それなのに僕達だけここにいられる訳にはいかないんだ!」
マルグ「それはお前達の事情だろ!?
 俺達はお前等ゴブリンズとは違う、角が無い俺達は誰かに従う事でしか生きていけないんだ」
 
 マルグ君は拳を振り上げる。殴るつもりなら迎え撃つつもりだったが、拳の振り下ろした先は僕ではなく、鏡だった。
 鏡は簡単に割れ、破片がマルグ君の周りを飛んでいく。彼は慌てる事なく、破片の中で一番鋭い破片を拾い上げ、その尖った先を僕に向ける。

マルグ「お前達は、俺達の天国を壊す侵入者だ。侵入者は排除しなきゃいけない。
 拾え、メル。
 お前も俺と戦うつもりで来たなら、それを拾って戦えよ」

 そう言いながら振り返るマルグ君に、一切の感情は無かった。
 だが真っ直ぐ僕の目を見るその輝きには、『この天国(地獄)を守る為に戦う』意思が強く伝わってくる。
 分かっていた事だ。こうなる事は。だけど僕は、刃物(こんなもの)に頼る気はない。僕は鏡の破片の一つを踏み潰し、自分の気持ちを宣誓する為に両手を前に出し、拳を強く握りしめた。

メル「分かった、マルグ君。
 それなら僕は角が有る者として、君の覚悟を叩き潰す」
マルグ「臆病者が、後悔するぜ」

フォト



 マルグ君は素手で破片を握りしめている。それは確実に自分の手を傷つけている筈なのに彼は気にも止めなかった。
 鏡の破片では耐久力が無さすぎて突きには使えない。力一杯横に切れば肌を傷付ける事は出来ても、凹凸のある刃物じゃ肉まで切る事は出来ない。
 だから僕は硬化能力を発動させ、体中を硬くしてから走り出す。
 マルグ君は笑みを浮かべたまま刃物を持った手を僕に向ける。それで僕を切りつけても意味はない。それよりあの刃物で自分を傷付ける方が危険だ。
 だから僕は破片を奪うように手を伸ばしたが、
 その瞬間マルグ君は破片を投げ捨て、僕の拳、いや手首を掴む。
 そしてそのまま足を上手く動かし僕のすぐ横に体を移動させた。
 この動きを僕は知っている。
 ナンテ・メンドールが使ったアイキドーだ。まさか、彼もアイキドーが使えたなんて知らなかった。

マルグ「はぁっ!」

 マルグ君が掴んだ腕が体を動かした事で移動させられ、僕の体もそれにつられて引っ張られていく。
 完全に体勢を崩した所で胸にもう片方の手を乗せられ、立つ事が出来ずに倒れてしまう。
 あの時は硬化能力を外さない事で大ダメージを受けてしまった。
 だから僕は急いで能力を解除しようとしてーーー。

メル「ーーーっ!」

 解除するのを、止めた。
 結果、僕は鏡の破片だらけの床に叩き付けられても破片が刺さる事なく、大理石の硬さと自分の体重による衝撃のダメージが酷く自分の体中にのしかかってしまう事になってしまった。

メル「ぐああああ!」
マルグ「ち、解除しなかったか。
 上手くいきゃあ背面を串刺しに出来たものを」

 マルグ君は僕を睨み付けたまま呟いた後、手首を掴んで膝をついたまま体と腕を密着させる。

メル「!」
マルグ「ナンテ先生はすぐに外したから、ここから先の痛みは知らねえだろ。
 アイキドーは護身術だが、その真価は『動かせない事』にあるんだ・・・よ!」

 そう言って、マルグ君は僕の手首を無理やり反対の方向に動かそうとする。
 神経と肉の筋が引きちぎれそうな痛みが僕を襲った。

メル「ぐあああああっ!」

あまりの痛さに僕は我を忘れて引き剥がそうとする。
 しかし体を密着しているせいか力が全く入らず、動かす事が出来ない。
 それどころか暴れたせいで手首の痛みが余計に強くなる。
 痛い、痛い、痛くて何も出来ない。
 なんだこの痛みは、スパイダー伯爵に腕を折られたのと同じぐらい痛い!
 早く、早く逃げなきゃ!僕に出来る事、能力・・・あれだ!

メル「『だらしない男(ルーズマン)』!」

 宣言と共に僕は硬質化を解除し、体が10センチサイズまでバラバラになり、マルグ君の拘束から外れる。
 そして彼から離れた所で僕は元の姿になりながら、マルグ君に訊ねる。

メル「君、アイキドーが使えたのか・・・」
マルグ「俺の能力は『湿気が分かる能力』だからな。
 弱い奴は弱い奴なりに戦える力を持たなきゃいけない。その点なら、アイキドーはぴったりの力だからな。
 お前の強い力になんか負けてやるもんか」

 メルは右手と右足を前に出し、その先を僕に向けていく。
 相手が反射系の技が使えるとなると、一気に攻めるのが難しくなってきた。
 僕の戦い方は『能力を使って相手を撹乱させてから殴る』という戦い方しか知らない。
 どう撹乱しようが最終的には殴るしかない僕では、その瞬間を狙われてアイキドーを決められてしまう。
 まるで要塞の壁を相手にするような気分だけど、かといって退くわけにはいかない。それ以前に先程決められた右腕がずきずき痛んで攻撃はしばらくできそうにない。だからここは、搦め手でいく。
 
マルグ「あ?」

 マルグ君の目の前で僕はドロドロに溶けていく。液体化まですれば移動こそ緩慢だろうと次の動きを予測するには難しい。
 何よりここはトイレだ。
 隠れる場所は沢山ある。

僕は液体化した後、トイレの個室に潜り込み、壁を張って天井にへばりついた。
 これで向こうから僕の場所を見つける事は出来ない筈。そこから一気に奇襲をかければ・・・。

マルグ「てめ、天井にへばりついてんじゃねえよ!降りてこい、モップぶつけんぞ!」

 しかし、速攻で気づかれてしまった。
 考えてみれば『液体化』は彼の能力の対象内ではある為、液体状態なら探知される可能性はあった。
 このまま降りてもまたやられるだけ。
 なら、同じ方法でやり返すだけだ。

メル「仕方ない、降りるとするよ」

 僕は液体化を解き、空中で一回転して着地する。再び破片を持ったマルグ君が近付いた瞬間、僕は『だらしない男』を発動させ、彼から見えない左足だけを腹部めがけて勢いよく飛ばした。
 まさか足が飛んでくるとはマルグ君も思わなかったらしく、全く無防備な腹部に僕の蹴りが入ってしまう。
 あまりに衝撃的だったのかマルグ君は一、二歩後ずさり腹部を抑える。
 良いぞ、今ならアイキドーも使えない筈だ。左足を戻した僕は立ち上がり、マルグ君に向かい走り出す。
 マルグ君も急いで体勢をなおそうとするが、もう遅い。
 僕は思い切り拳を振り上げ、マルグ君の肩めがけて振り下ろした。
 ドスッという鈍い音が響き、マルグ君がよろける。その下には割れた鏡の破片が煌めいていた。
 だけど僕が『危ない』と思う前に、マルグ君は体勢を無理やり立て直し、左手で延びきった僕の右手を掴む。
 そして右手で思いきり、僕の顔面を殴りつけてきた。硬質化が間に合わず、もろに鼻に拳がめりこみ、衝撃と共に僕の体がのけぞる。
 
メル「がぁっ!」
マルグ「くたばれ、侵入者。
 僕達の天国に入ってくるな」

 マルグ君は僕の右手を離し、軽く押す。
 それだけで、それだけで、僕の体が簡単に倒れそうになる。
 床下には、煌めく鏡の刃達が待っている。体が斜めになり、いっそ倒れそうになる。
 ああ、ここで終わるかな。僕はここでたった一人、倒れるんだろうか。
 衝撃のまま殴られたせいで僕の顔は斜め後ろに向けられてしまう。
 揺らいだ視界の向こうにリッドが心配そうに見ている。
 彼女が、見ている。

リッド「嫌、嫌、嫌なの!大人を信じたくない!
 私達を傷付けるだけの大人なんか、誰も信じたくない!お父さんもお母さんもナンテも信じられない!
 私、あいつらの人形になんてなりたくない!助けて、メル!私もリッドも助けて!」

 あんなに僕に強く叫んだ彼女が、僕を見ている。それなのに、こんな所で倒れてしまうなんて・・・嫌だ。

 僕の足が勝手に動き、鏡の刃を革靴で踏み潰して倒れそうな体を支える。
 そして、僕は倒れた体を無理矢理立ち上がらせ、目を丸くするマルグ君の眼前に立ちはだかった。

マルグ「な!?」
メル「くたばる訳には、いかないよ。
 マルグ君」

 僕はマルグ君を強く睨み付ける。彼が動けないように、力強く睨み付ける。
 そうすると、マルグ君が次に何をするのかすぐに分かった。
 次に彼は落ちた刃物を拾ってくるだろう。
 その為に一度屈まなきゃいけない。

マルグ「この、くたばりぞこないが!」

 思ったとおり、彼は一度屈み混んで破片を拾った。そして立ち上がり様に僕に襲いかかるだろう。だからそれに合わせて僕は体をずらせば良い。

マルグ「喰らえっ!」

 マルグ君が立ち上がり様に襲いかかってくる。僕は慌てずに体を横にずらすと、面白いように彼は僕の横を突っ走り、避けられた事に気づいて慌ててつんのめり、鏡の破片が無い所で倒れ込んでしまう。破片は何処かに飛んだらしく、彼の体が傷ついて
はいなかった。
 不思議な事に、今の僕には彼の動きがすぐに読めてしまう。彼の動きが大振りで分かりやすいからかもしれない。

マルグ「くそ、まだまだ・・・」
メル「もう君の負けだよ、マルグ君」

 僕はマルグ君に向かいゆっくり歩いていく。彼も言葉の意味に気付いたようでハッと顔を青ざめていく。
 今マルグ君が立っている場所には、鏡の破片が無い。何の能力もない彼が僕に驚異を与えられたのは、鏡の破片が落ちている場所で戦っていたからだ。
 それが無い場所では、僕にダメージを与える事はそう簡単には出来ない。

メル「もう君が立っているそこは、君の天国じゃないからだ。
 力の無い君じゃ、僕には勝てない」
マルグ「うるせぇよ、侵入者風情が。
 俺は絶対負けない、負ける訳にはいかないんだ。ナンテ先生と一緒にいられるのはここだけなんだ。ここを守らなきゃ、俺達は惨めに死ぬんだ!
 そんなの、そんなの嫌だ!」
メル「だがあそこにいれば、君は必ず殺される。ナンテ先生に裏切られて、叫びすら聞かれずに哀れに死ぬんだ」

 僕は言葉をぶつけながら、ゆっくりマルグ君に向かい歩いていく。
 マルグ君は子どものように頭を横に振り、僕の言葉を否定する。

マルグ「違う、絶対そんな事しない!
 ナンテ先生は俺の憧れなんだ、俺の親みたいな人なんだ!
 俺が親を失って辛い時も、木から落ちた時も必死になって守ってくれたんだ!
 その人が俺達を裏切る訳がない!
 傷付けようとする訳がないだろ!
 嘘を言うんじゃない!あの人が、あの人が俺を裏切るわけ」
メル「マルグ君!」

 僕はマルグ君の両肩を掴み強く叫ぶ。
 そうまでして、ようやく僕の姿を再認識したようにマルグはゆっくり僕を見る。

マルグ「メル・・・」
メル「僕は、君達を裏切るつもりのナンテ先生もここから出すつもりだと言ったよ。
 何でか分かるか?」
マルグ「・・・知らねぇ」
メル「僕は、いや僕以外にもここで戦っている人達を知っているからだ。
 君も知っている人だ、分かるだろう?」
マルグ「・・・ルトー、か?」

 目を少し揺らした後、マルグ君は小さく僕の仲間の名前を答えてくれた。
 僕はポケットから、彼から貰ったメモを取り出す。

メル「ルトー君だけじゃない。
 ルトー君は、別れ際に僕にこれを渡してくれた」

 僕はルトー君のメモを彼に見せる。
 マルグ君はぼんやりした顔でメモの内容を読んだ。
 
『あれはケシゴの偽者。
 馬鹿リーダーが助けに来るから二人を逃がせ』

メル「今ここにはルトー君だけじゃない、僕のリーダーもここに向かってるんだ。
 そしてリーダーならこの状況をみれば必ずこういうだろう。『こいつら全員逃がそう』って。それにここにはもう一人僕の仲間がいる。
 僕は決して一人じゃない。だから全員逃がすなんてでかい話を出せるんだ。
 マルグ君、君にとってここは天国かもしれない。だけど天国の外側が地獄だなんて、誰にも決められないんだよ」
マルグ「なん、だと・・・?」

 僕は彼から少し離れ、マルグを真っ直ぐ見る。マルグは僕を真っ直ぐ見た後、少しずつ後退していく。
 そして、裾の中に隠していた破片を手に持ち、僕に向けて構えた。

マルグ「仲間が来るだと?
 それで助けが来ても、俺達は結局奴等の足元に戻らなきゃいけないんだぞ?
 お前達の行為なんか、何の意味も無い」
メル「いいや、意味はある。
 リーダーは絶対最後まで見捨てないからだ。絶対君達を助ける場所はある!」
マルグ「無いさ。あるわけ無いんだ。
 だから俺はここを守るんだ、絶対に!」

 マルグは勢いよく破片を振り回し、僕の目の前を掠める。僕は一歩後退し拳を作る。そして勢い良く殴りかかった。

メル「この、分からず屋が!」

▲    △    ▲

 メルが殴りかかって来たのを見た俺は、破片をポイと捨てる。そうさ、言葉が効かない相手には殴って止めるしか無いんだ。

メル「この、分からず屋が!」

 ああ、こいつ珍しく逆上してやがる。
 お前の言葉なんかに誰が頷くかっての。
 メルは拳を振り上げる。狙いは俺の頭だ。そうだ、しっかり狙え。外すんじゃないぞ。
 俺がお前を逆上させる為にわざと振り回した事も気付かないでやんの。
 俺は破片を捨て、手を上げる。
 アイキドーは武術ではなく護身術。
 その真価は『守る時』のみ発揮される。
 あいつは俺が手を上げたのに気づく。また守ると思い込んでるんだな。
 あいつが急いで振り下ろした拳は俺の手をすり抜け、頭に降りてくる。
 バカが、俺の大切な人を守ってくれる奴を、傷つけられるかよ。
 間抜け面のあいつから目を逸らし、隣で見ているリッドの顔を見た。
 あいつ、なんて酷い顔してんじゃねえか。普段階段から転げ落ちても笑ってる癖に、涙いっぱいためちゃってさ。
 はじめから分かってたんだ、メルに勝てない事くらい。
 だけど俺の代わりにこいつを守ってくれる奴じゃなきゃ、安心出来ないだろ?
 拳がすぐそこまで来ている。
 さあ俺を倒して、先へ進んでくれ・・・。

ガァン!!

 トイレ中に響いたのは、金属音だった。
 メルも音に驚き、拳を止める。
 リッドも涙を拭いてから音の方を確認する。

リッド「何!何処から音が・・・」
メル「しっ!」

 メルの言葉に俺もリッドも動けなくなる。一瞬静寂がトイレを支配したかと思ったが、すぐにまたガァンという音が響いてきた。メルが指差したのは天井の排気口だ。改めて見ると、少し鉄板が歪んでいる。 
 またガァン、という音が響き、鉄板が歪む。後二、三回で鉄板が外れてしまうだろう。

メル「こっちに逃げるんだ」
 
 メルが小声で呟いた後俺達を引っ張り、トイレの個室に連れていく。部屋の中に入って扉を閉めてから、ハッと気付いた。

マルグ「外に逃げるんじゃねえのかよ」
メル「そしたら誰かが被害にあうかもしれないし・・・」
マルグ「ここの方が逃げ場ねえから危ないだろ。早く外に」

ガァン!ガシャン、ガラガラ・・・

 一際大きな音に後に聞こえたのは、間違いなく鉄板が外れた音だろう。
 俺達は無意識に呼吸を閉じ、扉越しに向こうの音を聞いた。

「・・・し!誰も・・・みた・・・」
「しん・・・おり・・・」

 二人分の声が聞こえるが、扉の防音性が高いのか良く聞こえない。
 俺と一緒に聞いてるメルも眉を潜めていた。

メル「誰だ?」
マルグ「開けるなよ、バレたら終わりだ」

 やがてドサッという音が聞こえてきた。
 誰かが着地したのだ。もう一度ドサッという音が聞こえてきたが、少し痛そうなうめき声も聞こえてきた。

「いた・・・」
「だいじょ・・・、なんだここ、・・・の破片がい・・・ある」

 誰かが着地に失敗したようだ。
 もう一人が安否を確認する声が聞こえてくる。これはもしかしたら、いけるか?

「おい・・・じょうぶか」
「少し・・・たみたい・・・」
「なに、みせてみろ・・・」
「え・・・だい・・・だよ。
 そんないたく・・・」
「破片がささ・・・かもしれないだろ?
 みせろ」

 もう一人の声が少し大きいおかげで状況が大分わかってきた。
 二人組で、一人が負傷し一人が傷の確認をしている。
 このまま上手く行けば奇襲をかけられる可能性がある。

マルグ「メル、チャンスだ。
 一気に攻めようぜ」
メル「え、マルグ君ちょっと待って。
 この声どこかで聞いた事がある・・・」 
マルグ「そんな事言って、敵だったらどうすんだ、まずは一発殴ってからだよ」
メル「わ、分かった・・・」

 こいつさっきの押しの強さは何処にいったんだ?まあいい、今なら確実にやれる。
 俺とメルはアイコンタクトで合図した後、メルは意を決したように扉を開けた。
 そしてその先にあるのは、ショックな出来事だった。

「ルトー、もう少しスカートを上げろよ。
 傷が見えないだろ?」
ルトー「こ、これで・・・どう?」

フォト



 ルトーが、知らないおっさんの前で、スカートをたくしあげている。
 ルトーは凄い恥ずかしそうに顔を赤らめていて、対しておっさんはしげしげとスカートの中をみようとしている。
 あまりに異質な光景に、メルは目を丸くしたまま固まっている。
 そして俺は、腹の底からふつふつと沸き上がってくる怒りを止めようとはしなかった。

マルグ「てめえええええ!!」
ルトー「!」
おっさん「な、なんだ!?
 え、メル!?」

 おっさんもルトーも突然の事に対処できず、驚きを隠せなかった。
 そんなおっさんに俺はずんずんと近づいてくる。

マルグ「俺達を助けてくれた恩人に、何してんだこのくそ侵入者」
くそ侵入者「ま、まて!誤解するな、話せばわか」
マルグ「くたばれ侵入者があああ!!」

 俺は目の前のくそ侵入者に、正確には侵入者の股関めがけて渾身の蹴りを入れた。
 ガァンという音が響き、くそ侵入者は白目を向いて倒れる。
 やった、俺はみんなを守ったぞ。
 その瞬間、メルとルトーが同時に叫んだ。

メル&ルトー「り、りいいだあああああ!!??」


 第第160話または第21話 『悲しい一撃』     終
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