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2017年09月08日11:20

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第159話または第20話

『子ども二人のダンスタイム』
 
〜特区〜
 
 指揮者がタクトをふるい、演奏者達はそれに合わせて音楽を奏で始める。
 その音を聞いて観客達は躍りを始め、僕達もまた躍りを始める。両手を握り1、2、3と小さくリズムを合わせながら、少しずつ足を動かしていく。他の人達は滑らかに踊る中で、僕達は本当にぎこちなく足を進めさせていた。
 僕は少し社交ダンスを踊った事があるから何とかなりそうだけど、リッドさんを上手くリードさせる事が出来ず何度かつまづきそうになる。
 その度に申し訳なさそうにリッドに目を向けると、何故か彼女は少し嬉しそうな顔をしていた。
 
リッド「へぇ、メルって躍りが下手だと思ってたけど、案外よく動くのね。
 何処かで習ってたの?」
メル「ま、まあ。僕は白山羊から教わってたから、少しは出来るかな・・」
リッド「白山羊?ヤギさんが教えてくれたの?」
メル「あ、違うよ。僕はアンドロイドに育てられたんだ。
 アンドロイドの名前が白山羊なんだよ」
リッド「アンドロイドに育てられた?
 ふーん、世界って広いのね」

 そう話しながらも、互いの足はもつれる事なく緩やかに会場の真ん中に進み、僕達は互いの呼吸を合わせながら少しずつ躍りを激しくしていった。

 私は上手くメルの動きに合わせながら笑顔を見せていく。だけど内心は冷や汗ばかりが出ていた。
 マルともよく躍りの練習をした事があるけど、いつもマルがこけてあまり踊りらしい踊りをした事が無い。
 だけど今私の目の前にいる相手は、私があまり躍りが上手くないのを見越して動きを合わせてくれる。
 いつもならもう2、3回は止まりそうなのに、今日は最後まで踊れそうな気がする。彼に社交ダンスを教えてくれたシロヤギさんは凄い人なんだなと思う。
 アンドロイドって何なのか気になるけど、今はただ感謝だけ覚えておこう。
 私はメルに笑顔を見せ、話しかけてみる。

リッド「メル、本当に上手な踊りだわ。
 出来ればいつまでも一緒に踊り続けてみたいくらい」
メル「え、本当?嬉しいな」

 そう言って少しはにかんだ笑顔を見せてくれるメルの笑顔はまぶしくて私も嬉しい筈なのに、マルグの作り笑顔を思い出すと胸が痛くて、結局メルから顔を逸らしてしまった。
 少し浮かれた自分を戒めるように、私は極めて冷ややかな声で「話をしましょう」とメルに話を切り出した。
 
リッド「先ずはこの部屋を調べて分かった事を報告しましょう。私の方は出口になりそうな場所は見つからなかったわ。
 外と繋がっていそうな場所なんて、女子トイレの水道くらいよ」
メル「僕の方も男子トイレを調べたら、小さな通気孔を見つけたよ。
 でも鉄格子がはめられていて、開けるには時間がかかりそうだし、音も響きそうだった」

 私とメルが見つける事が出来たのは結局トイレの通気孔ぐらいだった。それも穴が小さいから一人ずつくぐるのが精一杯で、それでも何処に通じてるか分からないから『出口』とは言い難い。
 もう少し探せば良かったのだろうか。しかしあまり深く探りすぎてドレスに汚れが付けば、そこから疑われる危険性もある。
 そもそも今はたらればを話している余裕はない。
 私の足は少しずつ慣れてきて、簡単なステップを踊れるようになっている。
 今度は私が踊りをリード出来るように一歩一歩足を踏みしめながら、本題を切り出した。

リッド「メル、マルの事なんだけど・・・」

 やはりというか案の定というか、メルの足取りが少し重くなった。周りに気付かれないよう私は足運びをゆっくりさせながら、懸命に笑顔を作りながら話を続ける。

リッド「彼はここに残りたいって言ってるわ。ナンテを、というか親を失いたくないからって・・・」
メル「うん、なんとなく、分かってたよ」

 メルの顔を見ると、ひどく落胆した表情をしていた。他の人の踊りにあわせてくるくると体が回しながら、しかしその声は重りを背負ったように辛そうな声をしている。

リッド「・・・分かってたの?」
メル「ナンテに凄い甘えてるのを見ちゃったから。僕に彼をナンテから無理矢理引き剥がす事なんて、出来ないよ」
リッド「そ、そう・・・気付いて、たんだ・・・」

 「出来ないよ」。その言葉は、簡単に口に出して欲しくなかったな・・・。



 僕は、先程見たマルグ君の姿を思い出す。まるで本物の親のように接する彼を見て、どう言えば良いのか分からなかった。
 目の前では笑顔を見せるリッドさんの顔が見える。だけどそれは心からの笑顔じゃない。親友と離れる辛さを見せたくないために仮面をかぶっているだなんて事は、僕にだって分かる。
 ただ、そうなるとどうしても聞かなければいけない事があった。

メル「リッドさん。聞きたい事があります」
リッド「・・・ええ、私がどうしたいかよね。それを話す前に、一つ私の過去を話していい?」
メル「・・・うん」

 リッドさんは仮面の笑顔を外し、一息ついてから僕に顔を見せる。その顔に表情らしい表情は無く、まるで人形のような顔をした彼女が、そこにいた。
 他のダンスペアが盛大に転んだらしく、会場内に小さな悲鳴と笑い声が音楽に混じって聞こえてきたが、そんなの僕達は気にもしなかった。

リッド「私、マルグみたいに家族を失ったんじゃないの。私が家族を捨てたのよ」

 僕は、彼女から目が離せなくなった。
 彼女もまた僕を無表情に見たまま話を続ける。

リッド「私、家族に嫌われてた。
 『子は親を愛するのが普通』なんて、とんだ幻想だと思うぐらいに憎まれていたわ。
 父と再婚した新しい母は私の存在を疎ましく思っていたし、私も新しい母を好きになれなかった。
 父は新しい母の味方で、私から少しずつ離れていったわ。
 ある日下らない喧嘩を起こして、まだ七歳の私は着の身着のままで出ていったのよ」
メル「・・・・・・」

 七歳。七歳で家出なんて普通考えるだろうか?少なくとも、僕は考えた事がない。

リッド「私はすぐに警察に捕まっちゃったけど、家の人は受取拒否をしたみたい。
 そうでなけりゃ迎えにきたのはあの二人であって孤児院のスタッフの訳が無いもの。
 そこで私は新しい生活を始めたんだけど、やっぱり安寧は得られなかった。
 だって周りは皆『何かのせいで親を失った』子ども達ばかりだもの。私みたいに自分から親を捨てた子どもなんて、誰もいなかった。皆亡くなった親に祈りを捧げ、精一杯生きるから、見ていてねと何度も何度も呟いていたわ。
 それを見ているうちに私は『私』が怖くなってきたの」

 音楽と笑い声が響き、踊り続けるダンスパーティーの真ん中で、リッドさんの声は重く冷たく僕の耳に入り込んでくる。

リッド「もしかしたら新しい母と和解出来たんじゃないか、もう少し上手く付き合う事が出来たんじゃないかって。
 でもいくら後悔しても戻れなかった。
 親は何処かに引っ越して、私の家は更地になっていたんだもの。
 今でも聞こえるわ。土だけの思い出の場所で泣き叫んで、『お父さん、お母さん』とわめき続けたあの泣き声を。
 そしてこうも思っていた。
 『私は私の意思を出しちゃいけない』。
 ずっとそう思っていたわ」

 彼女の話を聞く間、僕は足を止めなかった。周りの踊りは何にも見えないし、今どんな音楽が鳴り響いてるか気にする余裕もない。
 だけど僕は、彼女の両手を離す事は出来なかったし、強く握る事も出来なかった。
 出来るだけ表情を出さないよう、真っ直ぐ彼女の顔を見る事しか出来なかった。

リッド「それで、私は孤児院で生きる事を決意し、マルグと一緒に今まで生きてきた。
 それが、私の過去よ。
 こんなものが、私の過去」
メル「・・・」
リッド「私の過去を話したわ。次は私の意見だけど・・・ごめんなさい。
 私、マルグを裏切る事は出来ない」

 なんとなく、その言葉が出てくるのは分かっていた。だって二人は幼馴染みで、僕は突然現れた他人だ。どっちに心が動くかなんて、すぐに分かる事じゃないか。
 ああ、ここまで来て僕は二人を助ける事なんか出来ないんだ。
 そう思った瞬間、リッドさんの両手が僕の手から離れていく。
 え、と思う間もなく、彼女は僕の胸に頭を押し付けてきた。それだけじゃなく両手で僕の体を抱きしめてくる。
 僕は突然の事に驚き、急いで周囲を確認する。周りから浮いてないか、どんな音楽が流れているか、マルグ君これ見ているんじゃないか、全部気になって仕方ない。
 焦る僕の胸に埋めたリッドが叫ぶ。

リッド「嫌、嫌、嫌なの!大人を信じたくない!
 私達を傷付けるだけの大人なんか、誰も信じたくない!お父さんもお母さんもナンテも信じられない!
 私、あいつらの人形になんてなりたくない!助けて、メル!私もリッドも助けて!」

 叫ぶ声は僕の体がクッションになり、周りには響かなかった。音楽はジャズが流れていて、トランペットのおかげで声は響かない。また、周りの人はいつの間にか派手な動きの踊りをしていて派手に動いてない僕達を気にはしていない。
 それでもマルグ君が何処で見ているか分からないから安心は出来なかった。
 このままにするのは非常にまずいので僕はリッドさんの両肩に優しく手を置いて、ゆっくり僕の胸から離していく。
 彼女は顔をあげ、少し泣いていたのか涙の跡が頬で煌めくのが見える。
 泣きながら叫んだ声は言葉は無茶苦茶で、だけどここに来て一番、正直で綺麗な言葉に思えた。
 僕はリッドさんの顔をじっと見る。リッドさんもまた僕をじっと、とろんとした甘く訴える瞳で見る。
 ダメだ、今この気持ちを出しちゃダメだ。それは皆を傷付けるだけだ。
 僕は必死に僕に言い聞かせる。ダメだ、ダメだ。ダメだメルヘン・メロディ・ゴート。
 何十回もダメだを繰り返し、それも周りから見れば僅かな時間だった。

メル「リッド」
リッド「はい」

 今、初めて僕はリッドをさん付けせずに呼んじゃった。しかも彼女はなんの抵抗もなく「はい」と言ってくれた。
ヤバい。ヤバい。違う違う。僕はその気持ちを伝えたいんじゃない。
 僕は、僕が君に伝えたいのはそれじゃないんだ。

メル「貴女が過去を話したなら、僕も話さなきゃいけない事があります。
 僕はここで君と踊るまでの間、二回夢を見ました」
リッド「・・・夢?」

 僕は自分の気持ちを落ち着かせる。
 昂る感情を必死に抑えながら、僕は彼女に夢の話を聞かせた。

メル「一回はスパイダー伯爵にやられた時に、二回目はペンシに殴られた時に僕は夢を見たんだ。
 僕の能力は『他者の一番刺激的な記憶を夢を通して見る』能力。
 そして、僕が最初に見た夢は、何処かの施設で男の子が女の子と一緒に遊ぶ夢。
 階段や、遊び場で、女の子と一緒に遊んでいる夢だ」
リッド「・・・」

 リッドは黙って話を聞いてくれる。
 先程の涙はまだ頬に残っているけど、まだ拭くわけにはいかない。

メル「次に見た夢は、何処かの施設で女の子が男の子と一緒に遊ぶ夢だ。
 階段や、遊び場でマルグ君と遊ぶ夢」

 それを聞いて、リッドはハッと気づく。
 先程カスキュアは僕に「お前はリッドに恋してる」と言った。多分それは間違ってないと思う。
 凄く彼女は素敵だ。気もきくし話しやすいし髪も肌も綺麗で、彼女を傷付けようとした人は間違いなく彼女の美しさに嫉妬したんだと叫ぶ事が出来る。
 だけど、カスキュアは知らない。
 それは僕が彼女達に出会って一番最初に知ったのは、二人が両想いだったという事さ。

メル「二人の夢を見た僕は、何が何でも君達を護りたいと思った。それが、影鬼の僕に相応しい初仕事だと信じたからさ。
 そして、初仕事はまだ終わっていない」

 僕は改めて彼女の顔を見る。
 彼女は虚をついたような顔で僕を見ていた。触れればすぐに抱きしめられる場所にいる女性(好きな人)に傷付(告白)けるなんて、僕には出来ないよ。
 僕は影鬼。自分の気持ちは影に隠して、他者を影の中から救い出す存在なんだ。
 だから僕は、優しく微笑むのではなく、強い意思を持って彼女の涙に応えるんだ。

メル「僕は決めたよ。
 君も助け、マルグも助けて・・・ここにいる人全員、この地獄から抜け出させる。
 ナンテが君達を責めたら、僕が守ってやる。ダンスが襲いかかったら、僕が助けてみせる。
 だから、君は何も心配しなくていい」
リッド「メル・・・!」

 リッドは嬉しそうな顔を見せる。その笑顔に僕は自分のハンカチをそっと渡し、彼女は涙をそっと拭わせる。
 気づけば僕達は足を止めていて、皆はまた別のダンスを踊っていた。
 改めて僕はこの周囲を確認する。
 ーーーすぐ近くに、彼は立っていた。

マルグ「話は終わったか、二人とも」
メル「マルグ君・・・」
マルグ「早速聞かせてもらおう。
 君達はどうするのさ?」

 マルグ君は真っ直ぐ僕を見て訊ねる。
 僕がそれを答えれば次にどうなるか、分かる。たとえそれでも今答える事が出来なければ、それこそ今手に入れた覚悟を捨てる事になってしまう。
 答えなければいけないんだ。僕は一息ついて、彼を見て静かに答えた。

メル「僕の答えは何も変わらない。いや少しだけ変わった。
 君達だけじゃない。ここにいる全員助ける。僕と、僕の仲間達が必ずその答えを実現させる」
マルグ「そうか。随分スケールがでかい話になったな。
 俺は出られない。ナンテ先生の邪魔をしたくない。だから俺は、ここでお前を倒す」

 マルグ君は拳を構える。分かっていた。彼が最初の敵になる事は、分かっていたんだ。
 それでも進まなければいけない。彼の気持ちを変えるためにも、たがいに戦わないといけないんだ。
 だけど、ここでは人の目につきすぎてしまう。

メル「分かった。
 僕は君と戦う。だけどここじゃダメだ。
 人目につく」
マルグ「じゃああそこで戦うか。ついてこい」

 マルグ君は僕達に背を向けて、一人さっさと歩いていく。僕はついていく事にした。
 その後ろにリッドの心配そうな視線を感じながら・・・。

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