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2017年07月26日14:50

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第155話または第16話

第155話 『ストロンポリの嘲笑』

ー『不思議の国のアリス』計画は最終段階まで来ました。
 長年続いた我々の計画も、後少しで終結するでしょうー

〜それは良かった。
 思えば本当に長く、面倒だった計画だったからな。これでようやく、一息つけるだろう〜

ーふむ、『一息』ですか。貴方がそれを言うとは、とんだ皮肉ですなー

〜老いていく者の嗜みだよ。君。年をとれば一言一言に沢山の意味を持たせたくなるんだ。なにせ全てを語れる程元気じゃないんでね〜

ー老いていく者の嗜み、ですか。
 俺も、老いる事が出来れば老いたいものです。それでは通信を切ります。
 御武運を、卿(サー)ー

〜そちらこそ宜しくな、卿(サー)〜

ガチャン。

▲     ▽     ▲

マルグ(何をするんだ!
 あそこにいる人に声をかけなきゃダメだろ!)
メル(だ、ダメだよ!
 今出てきたらバレちゃう!)
リッド(落ち着いてマルグ!
 いくらあの人が目の前に来てるからって!)

 僕ことメルヘン・メロディ・ゴートとマルグ君、リッドさんの三人は資料室の凄く大きな洋服棚に隠れながら敵が去るのを待っていた。
 敵は強大で、僕が出した拍手部隊の一人ズパルをあっさり倒した程だ。
 僕達の力じゃかないっこない。
 だからこの棚に隠れていたけど、『敵』の姿が見えた瞬間マルグは声を上げて飛び出そうとしたのを、二人がかりで必死に止めているんだ。
 でもマルグ君が出てこようとするのも無理はないかもしれない。だってようやく姿を見せた相手は、
 彼の憧れの人であるナンテ・メンドールなんだから。
 初老の男性で少し腕が細く、左肘に小さな傷が付いている。
 髪も白髪混じりと僕が知っている『ナンテ・メンドール』とは違う姿だけど、二人にとっては彼がナンテ・メンドールなんだ。

ナンテ「マルグーっ!リッドーっ!
 いるなら返事をしてくれー!」
マルグ(ナンテ先生っ!
 俺はここムググ!)
メル(止めてよ!
 あの人はズパルを一瞬で倒した人だよ!
 こんな、最低の実験を繰り返していたような場所にいる人なんだよ!
 あれは偽者だ、絶対に君達の知っている彼じゃない!)
マルグ(ふざけんな、あの白髪、痩せた腕、間違いない!俺達の知っているナンテ先生だ!)
リッド(マルグ、落ち着いて!
 私達は今非常に危険な立場にいるのを忘れたの!?)

 僕がマルグ君の口を両手で塞ぎ、
 長い金髪をポニーテールで結わいた女の子、リッドさんがマルグ君の体を抱き止めて飛び出そうとするのを必死で止める。
 それでもマルグ君は逃げ出そうとするのをやめなかった。

マルグ(嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
 早く離せ、この!)

 マルグ君はがむしゃらに僕の指に噛みつく。指を千切りそうな程強く噛んだ筈だが、僕は手を離さない。僕の手はセキタさんの硬化能力であらかじめ固めていたからだ。
 マルグ君が必死に暴れるが僕も手を離さない。ここでバレたら皆死ぬかもしれないんだから。
 僕は昨日の船の時を思い出す。
 世界中の犯罪組織やスパイ達がこぞって船に侵入し、軍隊がいるなかでユーちゃんを助けにいった時の苦しみと怒りは忘れたくても忘れられない。
 そうしている間にも、ナンテが呼ぶ声が僕達の耳に入り込んでくる。

ナンテ「マルグ!リッド!ここにいるんだろう!出てきなさい!早く出てこないと危ないぞ!マルグ!リッド!
 私は君達を助けに来たんだ!早く出てきなさい!じゃないともっと大変な、非常に大変な事になる!
 マルグーっ!リッドーっ!」

リッド(ナンテ先生・・)
メル(静かに!君達のナンテ先生がこんな危ない所にいるわけない!
 さっき出会ったケシゴさんやペンシさんと一緒だ、悪い奴が変装してるだけなんだ!)
マルグ(むぐ、むぐ、むぐー!)

 マルグがまた暴れだし、僕達は必死に抑えようとする。だけどマルグの暴れる力があまりに強かったのかリッドが手を離してしまう。その一瞬、自由になった腕で僕の襟首を掴んだ。

メル(ぐ!)
マルグ(ムググ!むぐ、むぐー!) 
リッド(マルグ、止めて!
 今暴れたらバレるわ!)

 リッドさんがマルグ君の体を締め付け、マルグは僕から手を離す。しかしあまりにリッドさんが強く締め付けるのに夢中になってしまい、マルグ君と一緒に洋服棚からころげ落ちてしまった。

メル(あ!)
マルグ「ナンテ先生ーっ!
 俺達はここです!ここにいます!」

 リッドさんの手から再び離れた瞬間、マルグ君が大声で叫ぶ。ドタドタと走り出す声が聞こえてきた。
 僕も洋服棚から急いで飛び出し、二人を扉に向かわせようとする。
 しかしこんどはマルグ君に手を引っ張られ、壁に叩きつけられてしまった。

メル「ぐ!」
マルグ「いいから動くな!あれは間違いなく本物なんだよ!本物の、俺達のナンテ先生だ!」
メル「違う、あれは偽者だ!
 早く逃げなきゃ・・!」

ナンテ「マルグ、何をしてるんだ!
 その子から離れなさい!」

 いつの間にか後ろに立っていたナンテ先生が、僕とマルグ君を無理矢理引き剥がす。
 僕の顔が青くなり、マルグ君の顔が笑顔になる。
 対極的な僕達の顔を見比べて、ナンテ先生は不思議そうに首を傾げた。

ナンテ「マルグ・・この少年は、誰だい?」
マルグ「ああ、それは」「メルトリス・メリープだ!」

 マルグ君が答える前に咄嗟に僕は偽名で答えた。今、『ゴブリンズのメルヘン・メロディ・ゴート』を名乗るのは危険すぎる。
 ナンテ先生は少し頬をかいた後、僕に手を伸ばそうとして来た。
 危ない、咄嗟に僕は離れ、警戒態勢を構える。

メル「僕に触れるな・・!」
ナンテ「あ、ああ・・すまないな、握手しようと手を伸ばしただけなんだが・・すまないな」
メル「・・・・・・」

 僕は怒りと、心配を混じりあった目で三人を見る。リッドさんはばつが悪そうに顔を俯かせ、マルグ君は偉そうに笑顔になっている。
 そしてナンテ先生は、まるで心の底から心配するかのように僕を見つめていた。

ナンテ「君・・お父さんやお母さんが何処にいるか・・知っているかな?」
メル「誰がお前なんかに教えるか!
 マルグ君も何を考えてるんだよ!早く逃げるか戦うかしなきゃ!」
マルグ「ははは、大丈夫だよメル。
 この人は正真正銘、本物のナンテ先生だ」
メル「何を証拠に・・!」
マルグ「この傷だよ。
 ほら、腕の古傷」

 マルグ君がナンテ先生の左腕を引っ張り、肘にある小さな古傷を見せる。
 ナンテ先生が困惑する中、マルグ君は嬉しそうに話をしはじめる。

マルグ「この傷はな、俺が木から落ちた時にナンテ先生が俺を庇って出来た傷なんだ。
 いくら偽者が変装上手でも、古傷までは再現できないだろ?」
メル「それだけで、そんな小さな傷だけで分かるものか!こんな危険極まりない場所でうろうろしてる奴全員危険人物なんだよ!」

 僕は叫び、ナンテに向けて拳を構える。
 リーダーみたいに戦い慣れしてないけど、それでもやれるだけの事はやってやる!

メル「マルグ君から離れろ!
 僕が相手になってやる!」
マルグ「メル、お前・・」
ナンテ「やれやれ、どうやら君達はあの日記を読んだようだね?
 ならば、こうなるのも仕方ないか」
マルグ「先生・・?」
メル「うわああああぁぁあああ!!」

 僕は思いきり叫びながらナンテ先生に走りだし、同時に『腕力強化』の能力を発揮させる。僕の細い腕が瞬間的に強化され、ナンテに殴りかかる。
 しかしナンテは慌てる事なく右手で僕の手首を掴んだ後、急に姿が消えてしまう。
 そして僕があっと驚く間もなく腕力強化された筈の腕が引っ張られ体勢を崩されてしまう。
 その次の瞬間、突然ナンテの顔が現れたかと思うと体が浮き上がり、気づけば僕は宙に浮いていた。

メル「な!?」

 次の瞬間、腕から床に叩きつけられ、背面に強烈な衝撃が走った。息が無理矢理吐き出され、腕に痛みが走る。よく見ると、僕の強化された腕をナンテが両腕でしっかり抑えられていた。ちょうど筋肉の無い手首と肩を掴まれ、上手く力が入れられない。
 無理矢理立ち上がろうとするが、肩が千切れるような痛みが走り動けない。

メル「な、なんだこれ、動けない・・!?
 一体、僕に何をした!」
ナンテ「やれやれ、私を恐れる気持ちは分かるが少し落ち着きたまえ。
 でないと君の腕が千切れてしまうよ?」
メル「それがどうした!
 腕が千切れても僕は戦えるぞ!」

 僕は『腕力強化』を解除し『バラバラ』能力を発動しようとする。だが、もう片方の手を誰かが掴んだ。
 僕が睨み付けたのは、リッドだった。
 悲しそうな顔で、僕に話しかけてくる。

リッド「止めて、メル・・」
メル「リッドさん、離れて!
 貴女までこの男を信じるのか!」
リッド「今、貴方が抵抗しても誰も得しないわ・・。マルグも、ナンテ先生も、落ち着いてください」
マルグ「リッド・・」
ナンテ「・・すまないな。
 助けに来たのに、怖い目にあわせてしまって・・」

 ナンテはリッドさんに頭を下げ、リッドさんもまた悲しそうに首を横にふる。

リッド「知り合いの姿に出会えて、本当に嬉しかった。
 私も・・・・マルグと同じように信じます」
メル「く、くぅ・・!」

 自分の中に、物凄い怒りと悔しさがこみあげてくるのが分かった。それを、この場にいる全員にぶつけたかった。
 だけど、そんな事できない。
 そしたら僕は何の為に今まで彼等と一緒にいたのか分からなくなってしまう。
 僕は何度か腕を動かした後、言いたくない言葉を呟くしかなかった。

メル「・・・・いきなり襲ってしまって、ごめん、なさい・・・・」
ナンテ「いや、大丈夫さ。
 むしろ君みたいに慎重に動くのが懸命だからね。今まで怖い思いを沢山したんだろう」

 ふっと腕から力が抜ける。そして大きな手が僕の前に向けられる。

ナンテ「辛かっただろう?
 手を貸すよ」
メル「・・・・結構です。自分で立てます」

 僕はその手を握らず、自分で立ち上がる。肩に強烈な痛みが走ったが、無理矢理無視した。少し重くなった空気を吹き飛ばすようにマルグがわざと明るい口調で話しかけてくる。

マルグ「す、すげーだろ!
 ナンテ先生は『アイキドー』の達人でもあるんだぜ!お前なんか幾ら頑張ったってナンテ先生にゃ敵わねえよ!」
メル「・・・・・・」
リッド「・・・・ナンテ先生、どうしてここにいるんですか?
 貴方は、アタゴリアン城で合流する予定だって先生から渡された旅のしおりに書いてあった筈ですが?」
マルグ「あ、あれ?俺いま不味い事言った?」
ナンテ「・・マルグ君はもう少し、他人の気持ちを考えた方がいい。
 リッド君の問いに答えるなら、ここは既にアタゴリアン城内だからだと答えよう。
 ここはアタゴリアン城地下三階の迷宮の一角だ」
リッド「迷宮・・?」

 リッドさんの呟きを聞いてナンテが笑顔のまま頷く。僕はその笑顔が怖かった。

ナンテ「私は君達がこの近くにいると知らせを聞いてね。急いでここまで探しに来たんだ。
 さあ、早く特区に行こう」
マルグ「特区?」
ナンテ「君達、カスキュアペットのメンバーから何も聞いてないのかい?」
リッド「いいえ」

 マルグ君とリッドさんが同時に首を振り、ナンテが頭をかく。そう言えば、ニバリも特区がどうとか言ってた気がする。

ナンテ「特区は本来、招待された人達が『宴』の準備が整うまで待機する場所なんだ。カスキュアペットは、彼等を特区まで案内するガイドを担当していたんだけどね」
マルグ「あれが・・?」

 思わず呟いたマルグ君の足をリッドさんが思いっきり踏んで黙らせた。ちょっと胸がすっきりした。

リッド「一つ確認して良いですか?」
ナンテ「なんだい?」
リッド「特区には危険は無いんですね?」 ナンテ「ああ、それは私が保証するよ。
 いや、仮に何か危険があっても私が必ず守ると約束しよう。
 それじゃあついてきたまえ」
マルグ「よっしゃ、二人とも急ごうぜ!
 きっと素敵な場所に違いない!」

 そう言うとナンテはさっさと扉に向かって歩き出す。マルグが嬉しそうについていった。僕はもっと追及したかったが、リッドさんが制止した。

リッド「・・先生がああ言うなら、信じましょう」
メル「でも、怪しすぎる。
 あの人についていっていい事なんて有るわけがない」
リッド「・・メル。お願い。
 今は黙ってついてきて。
 私達にとってはナンテ先生は親同然なの。
 逆らう事は出来ないわ」
メル「僕にとっては仇同然だ。
 彼を信用する事は出来ない」
リッド「・・・彼を信じなくてもいい。
 でも、私達を信じて・・お願い・・」

 リッドの声は小さく、そして重かった。
 僕は少し冷静になって考えてみる。
 今ここで騒いでも、マルグ達に嫌われる。
 そうすれば『助ける』どころじゃないし、リッドさんに迷惑をかける事になる。

メル「・・・・分かった」

 僕はただ黙って、従うしかなかった。

メル(どうして、どうして僕の言葉を信じてくれないんだ!マルグ君、リッドさん!
 その人は危険だ!危険人物なんだよ!)
 
▽   ▲   ▽


 資料室を出ると、水槽が幾つも並んでいる部屋に出る。その一つにはカスキュアらしき人が入っていた筈だが、今は全ての水槽がシャッターで隠れている。
 あれが本当にカスキュアなのか分からないからもう一度よく見たかったけれど・・。

メル「あれ、さっきは水槽が見えていた筈だけど・・」
ナンテ「ああ、あそこの実験は極秘裏に行われているから、触らないようシャッターをしたんだ。
 さ、早く行こうじゃないか」
メル「・・・・・・」

 僕は凄くシャッターを開けたかったが、何処にシャッター開閉スイッチがあるかわからないので諦めるしかなかった。
 何か非常に惜しいチャンスを逃した気がした。

 
▽   ▲   ▽


 ナンテの少し後ろを一同はついていく。
 マルグは一番前で嬉しそうな笑顔を浮かべながら歩き、
 メルは一番後ろで苦虫を噛んだような顔で歩きながらも辺りを警戒する。
 その真ん中で、リッドが非常に気まずそうな顔を俯かせながら、とぼとぼとマルグの後ろを歩いていく。

 目指すは特区。捕まった人達の行き着く場所。この先に待っているのはメルの想像通りの地獄か、マルグの想像通りの天国か・・。
 今はまだ、先頭を歩く老人だけが知っている。


続く



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