短編小説 『黄金の夕焼け』
日が落ちて仕事を終えて電車に乗っていると、ある川の上を必ず電車は進んでいく。
僕は必ず帰りには或る一方の座席に座り、川の景色を見ながら心の中で呟くのだ。
今日もまた、あの夕焼けを見ることが出来なかった、と。
あれは僕がまだ小学三年生の頃だった。
僕には二人の友達がいた。
一人はO、もう一人はMだ。
三人で良く遊んだ。家に帰るまでかけっこしたり泥遊びしたり川で泳ごうともした。
悪い事もした。これは少し話せないけど、大切な思い出であることは間違いなかった。
僕にとってOとMは大切な友達で、二人も同じように考えていると思っていた。
だけどそれはあっさり消えてしまった。
消したのは、新しいゲームだった。
手に持って遊ぶ事が出来て、通信ケーブルさえあればデータを交換できるオモチャだった。
クラス中の人がそれに夢中になった。三人ともそのゲームをやったけど、
僕は他の人より何かするのが下手だった。
O とMがすべてクリアした時、僕はまだ半分しか出来なかった。
だけど僕は諦めず必死にゲームをすすめた。
やっと僕がゲームをクリアした頃、彼等は別のゲームをしていた。
僕はそれが悔しくて、通信ケーブルを買った。当時ケーブルは高くて買う人があまりいなかったから、それはとても重宝された。
これでまた二人と遊べると思った。
僕が友達の家に行って、通信ケーブルをMに渡す。
MとOは他の友達と一緒にそのケーブルを渡して、他のゲームをしていた。
僕は一人それを眺めるしかなかった。そのゲームを持っていなかったからだ。
誰かが『適当なテレビゲーム遊んでろよ』と言った時、
ああ僕はこんな存在なんだと思った。
その時から僕は、友達というものを誰も信じる事が出来なくなった。
僕が中学生になった時、僕は誰も信じる事ができなくなって、おまけに根暗で無口なので誰も僕に話しかけなくなって、それが悔しくて悲しくて、仕返しがしたくなって三回位家出した。
そんな不良みたいな自分は、不良しか入らないような高校に入った。
でもそこにいたのは不良だけじゃなくて、僕のように傷ついて誰も信じる事が出来ない人がいた。
最初は付き合うのもバカらしかったが、気付けば本気で心配したり笑ったり出来る友達だった。
僕は人と仲良くなるのは素晴らしい事だと思い、思いきって進学してみようと思った。
もう1つ先の場所に行けば僕はきっと僕に戻れるんじゃないかと思ったから。
そして色々学校を調べて、友達と一緒に学校の見学会に行った帰りの事だ。
僕はMと再会した。
不思議と怖くなかった。
互いは互いに今までの事とこれからの事を話した。
Mは保育士になるのを目指していた。
僕は福祉系の仕事をしたいと思っていた。
僕はその時小説を書くことに憧れていた。始めて出来た好きな人に自分の書いた話を読ませたかったからだ。
黄金のように輝く夕焼けの中で未来を語りながら、僕とMは静かに別れた。
Mと別れてから初めて、自分の心臓がドキドキと高鳴っている事に気付いた。
もしかしたらもう1つ先の場所では、僕はM と昔のように友達に戻れてるからもしれない。Oとまた笑い会える日が来るかもしれない。
そう思うと嬉しくて楽しくて、つまりワクワクしてしまっていた。
それから少しして、Mが亡くなった話を親から聞いた。
交通事故だった。深夜にバイクに乗って、トラックと正面衝突して・・。
僕は悲しい事に小説を書いていたので、妄想が得意だった。だからそれがどれ程凄惨な景色だったのか直ぐに分かった。
分かって、涙が出そうになって、抑えて、訊ねた。
葬式はいつやるのかと。
もう葬式は終わった、と聞いて、僕の頭の中は真っ白になった。
気付けば僕は川に来ていた。
僕は家出するとき、川の端を歩いていた。川の先に何があるのか見たかったからだ。
もう日は落ちて、川に近づけば流されるのは知っていた。だから僕は川から少し離れた場所で、思い切り叫んだ。
叫んで、叫んで、僕の体の中の激情が小さくなった時、
他の人の声が聞こえた。
小学校、中学と遊んでいた僕のクラスメイトだった。
僕は近付いてなぜ集まっているのかと聞くと、Mが亡くなったのを聞いて皆とりあえず川に集まったのだという。
その中にOは居なかった。
彼等はあまりMの死を悲しんでいるようには見えなかった。
いや、今思えば彼等は彼等なりに悲しみを背負い辛さを感じていたのだろう。
だが当時の僕にはそう見えなかった。
彼等は昔の友と再会出来た事を喜んでいた。
その姿があまりにもあの時の僕と全く同じに見えて、僕は許せなくなって、気付けば家に帰っていた。
僕の携帯に彼等からのメールが来ていた。
『Mの思い出を語るホームページを作ったから良ければ見に来てく』そこまで読んで、僕はそのメールを削除した。
それから僕は大人になり、保育士になった。
仕事は楽では無かったが、諦める事はしなかった。
Oとも久しぶりに再会出来た。
Oは自分の事を語らなかったが、とても楽しそうに笑っていた。
その笑い声を聞いて、僕はようやく一息つく事が出来た。
了
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