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2015年05月12日18:56

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角が有る者達 第98話

第98話 アイ ラブ ユー


私はユー(貴方)。
私は誰かに愛されている、そんな幻想欲しくて沢山の家族に入り偽物演じ続けた。
何百、何千、何万の家族を見てきた。その2倍の数の暖かさを感じてきた。
その内半分以上は子どもからの温もりを感じた。

寒い、全然暖まらない。
これならマッチの火の方が夢を見れる分暖まる。
私の目には悪魔の鏡が刺さったのだろうか?
もしかしたら私は喋る木から生まれた人形なのかもしれない。
いずれにしても、私はお伽噺の主人公のように滑稽な存在で有る事に代わりはないのだ。

そして私は本物の家族と再開する。
温もりを欲し続けたのに、なんて皮肉だろうか彼の名前は『氷鬼』。
寒い、寒い寒い。なんで私だけこんな寒い思いをしなければいけないんだろうか。
全て氷鬼のせいだ。この冷たさが、私の人生の熱を奪ったのだ。
しかも、こいつは事もあろうに『父親になる』とほざいた。
認めない。私は絶対認めない。こいつは絶対、消さないといけないんだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

〜WGP号・1Fダンスホール



アイ「こんなのに殺され……っかよ!」

アイは白い鎌を握り潰し、ユーに一気に近付く。
ユーは急いで距離を取ろうとして、直ぐ後ろにある壁にぶつかる。

ユー「!?」

ここはダンスホールの中心、壁など無い筈……ユーは思わず振り返ると、そこには氷の壁が立ちはだかっていた。

アイ「あらかじめ壁を作って置いたのさ。
お前さんが何処かへ行かないように、な」
ユー「この……氷鬼め!」

ユーはシロツメクサの花や葉を無数の鎌に変形させ、矛のようにアイの体を貫こうとする。

アイは両手に持ったアイスボムを砕き、自分の両腕を凍り付かせる。
普通ならば凍傷を心配する所だが、アイの腕は機械の義手でできている為その心配が無い。
そして作られた氷は盾となり、矛を全て弾き返した!

ユー「また氷が邪魔をした!」
アイ「どうした?その程度なのか?」

氷の盾の奥でアイは笑みを浮かべる。ユーは半透明の壁の向こうのアイを睨み付けた。

ユウキ《アイ?》
アイ「お前の憎しみはこんなものじゃないだろう?
まだまだやれるだろう?この氷鬼、百戦錬磨の怪物なんだぞ?」

アイは氷の盾をずい、と前に押していき、後ろに下がれないユーは思わず壁にへばりつきそうになる。

ユー(このままじゃ、氷の壁に押し潰される!)
アイ「お前は怪物なんだろう、ユー。
沢山沢山戦ってきたんだろう?
俺への憎しみを糧に生きてきたんだろう?
それなのになにもできずに終わるのか?」

アイはゆっくりとユーに向かって歩いていく。
すぐ横に逃げればいい筈なのに、ユーはそれをしようとしなかった。
逃げるのを諦めた訳ではない。
ユーは頭から幾重にも鎌を作り出し、目前でぐるぐると重ね合わせる。それはまるで緑と白にペイントされたドリルのようだ。

アイは一瞬笑みを浮かべた後、ユーを押し潰そうと走り出した。

アイ「行くぞ!!」
ユー「この……邪魔な氷め!」

アイの盾が床を傷付けながらユーに向かって走り出す。
ユーもまたドリルのように変化した鎌を高速回転させて走り出していく。
再び衝突する盾と矛。
だが今度の矛は鋭く、回転していた。

ギャキキギギギギギギギ!!!

花のドリルが高速回転しながら盾を少しずつ抉り、氷の盾は砕けていく。
アイはユーのドリルを見つめながら立ち止まり、ユーはアイを睨みながら進んでいく。

ユー「邪魔だ!邪魔だ!
邪魔だああああああああ!!!」

ビシビシと氷が音を立てて壊れていき、遂に氷の盾が砕け散った。
そしてドリルは回転を続けながらアイの眼前まで迫り……止まる。
ユーの意思で止めたのではない。
アイの銀色の両腕が、ユーのドリルを掴んだのだ。
銀色の義手は火花を散らしながらドリルを抑えようと力を込めていく。

ユー「義手でドリルを止めた!?」
アイ「まだまだだ、ユー!
鬼を倒すには、その程度じゃ無理だ!俺を越える事は出来ない!」
ユー「ふざけるな……ふざけるな!」

ユーの目がどんどん怒りで燃え上がっていく。
そしてドリルの回転数を上げ始めた。

アイ「う、お、おお!?」
ユー「私は!ずっとあなたが憎かった!ずっとあなたを殺したかった!
何故か分かる!?」
アイ「……俺は、お前がどんな生活をしていたのか知らなかったからな」
ユー「貴方が私を捨てたからだ!
ずっと偽物の家族の中で生き続けた苦しみが分かる!?
ずっと本物の家族を求め続ける辛さが分かる!?
ずっと、ずっとずっと私は!一人だったんだ!」

ドリルが回転数を上げ、火花が更に激しくなっていく。
アイは叫ぶ。

アイ「だが、俺はお前の父親になると決めたんだ!
もうお前に寂しい思いはさせない!もうお前を傷付けたりはしない!俺は絶対お前を守るんだ!」
ユー「ふざけるな!信じられる訳無いだろ!
私を捨てた癖に!今さらそんな嘘ほざくな!」

ドリルの回転数が更に激しく、強くなっていく。
もしこれが生身の腕ならとっくにアイの両腕は砕け散っている。
そして、二人の話を聞いて衝撃を受けたのは野次馬達だ。

野次馬「なんだあいつ!?
ユーの実の父親だったのか!?」
野次馬「あいつがユーの父親!?
じゃ、じゃあグルなのか!」
野次馬「いや、グルならなんで戦ってるんだよ!?
訳わかんねぇよ!」

ユーの父親がアイ、という情報は野次馬達を混乱させるには十分すぎる内容だった。
それを、一階でずっと黙って見ていたハサギが見つめる。

ハサギ(……馬鹿野郎が)

他の皆は黙ってアイとユーの戦いを見つめていた。
メルは始め「◇◆」しか喋れない事に戸惑っていたが、やがて二人の戦いを黙して見つめていた。

ユーのドリルは留まる勢いを知らず、更に回転をあげる。
その回転はあまりに強力で、遂にアイの指が一本取れる。

アイ「!!」
ユー(いける!
アイを……殺せる!
アイを殺して、私は自由を手に入れるんだ!)
ユウキ《ユー……止めて》

ユーは花の鎧の奥で狂気染みた笑みを浮かべる。
ドリルを止めようと、アイの両腕も更に力が籠るが……余計に指が砕け散っていく。
野次馬の一人が叫んだ。

野次馬「見ろ!奴の義手が砕けるぞ!」
ハサギ(……アイ!)
ユウキ《止めて、止めるんだユー!
そんな事しちゃいけない!》
ユー「アイ!、これで終わりだ!」

バキイイイイ!!

アイの両方の義手が砕け散る。
ドリルはアイの顔目掛け真っ直ぐ進んでいく。

アイ(これが、ユーの憎しみ全部を込めた一撃……)

アイは高速回転してドリルを睨み付ける。

アイ(この一撃は、絶対ぶっ壊す!)

そしてアイは、自分の頭をドリルに向けて思い切り降り下ろす。

ユー「え」

グシャアア!!

何かが潰れる音がダンスホール中に響いた。
ユーの鎌でできたドリルは砕け散り、アイは額から血をシャワーのように吹き出す。
それを見てから、ようやくユーは理解した。
今目の前に立っている男は頭突きでドリルを破壊したのだ。
アイは額から血を吹き出し、顔を血で染めながら先程と同じ笑みを浮かべる。

アイ「へっ!
そんな角じゃあ、鬼の角はへし折れねえぞ!!」
ユー「う……そ……!?
高速回転するドリルに頭突きを喰らわせて……止めた!?」
野次馬「ヒイィィィィィ!?
何だあいつは!?」
野次馬「何だ今の無茶な止め方は!?馬鹿か、あいつは馬鹿なのか!?」
野次馬「正気の沙汰じゃない……あいつ、何なんだ!?」

野次馬達も、ユーも目を丸くしてアイを見つめる。
だが、アイは叫ぶのを止めない。

アイ「ユー!!
俺はお前の父親になると決めたんだ!! 俺は、何があってもお前を傷付けない!!
だから、お前も……俺を…信じ……」

どさり。
アイは仰向けに倒れた。
その顔からは血の気が失せ、青くなっていく。
ユーもまた、血の気がサーっと引いていく音を初めて聞いた。
それと同時にシロツメクサの鎧が消えていき、本来の自分に戻っていく。

ユウキ《アイ!!
馬鹿!あんな無茶な事をすればこうなるに決まってるだろ!?
立てよ、早く立ちあがれ!》
ユー「…………ぁ…………アイ……?」
アイ「ユー……俺は……」

アイは尚も言葉を繋げようとするが、ユーは震えて動けず、その表情は無表情だ。
アイは言葉を止め、力なく笑った。

アイ「ユー、……俺は、お前の、父親、になる……」
ユー「アイ……死ぬの?」

ユーがアイの死の間際に震えながら訊ねた質問は、「死ぬの?」だった。
アイは笑みを浮かべたまま、「そう……かもな」と答える。

アイ「まだ……死ねない、さ。
お前に……聞きたい、事がある、からな」
ユー「聞きたい事…?」

気付けば、ユーは足を挫きアイの近くに座っていた。
間近で見るアイの力ない笑顔は、ユーの無表情を少しずつ破壊していく。

アイ「今からでも……俺の娘に……なって……くれるか……?」
ユー「……」

ユーは何も答えられない。
死の間際に聞く、その言葉の重みに今まで築き上げてきた憎しみも怒りも吹き飛ばされてしまった。

ユー「……」

ユーは改めてアイの身体を見る。
自分と全く同じ服を着たこの男は、ずっと身代わりを請け負っていたのだ。
ずっと憎しみ続けていたのに。
ずっと嫌い続けていたのに。
この男は、文句一つ言わず守り、怒り、手を伸ばそうとしていたのだ。

ユー「………」

両腕はぐしゃぐしゃに潰れ、体中から血を流し、周りからは馬鹿にされ続け、守りたいと思った者に嫌われても、
この男は信念を変えなかったのだ。

ユー「……っ!」

初めて憎しみ以外の目で目の前の男を見て、今まで築き上げてきたモノが小さくなって、
代わりに温かいモノが心の底から一気に溢れ出てきた。
溢れ出てきたモノは涙に変わり頬をつたい、衝動に変わる。
そして今まで築き上げてきたモノがバラバラに砕け散るのを感じながら、ユーは衝動そのままに叫んだ。

ユー「はいっ!!
私は!貴方の娘になります!」

ユーの叫びはダンスホール中に、そしてカメラを通して戦いを見る者全ての心に響き渡った。

ユー「私は!私はパパともっと沢山遊びたい!パパと沢山笑いたい!パパと一緒に……生きたい!」
アイ「……」

アイは笑みを浮かべたまま、全く動かなかった。
異変に気づいたユーがアイの体に抱きしめながら叫ぶ。

ユー「パパ!私は答えたよ!?
ちゃんと答えられたよ!」

ユーは涙を流しながら必死に叫ぶが、アイは全く動かない。

ユー「だから褒めてよ!動いてよ!お願い!また笑って!私と一緒に……生きて……お願い……」

ユーは涙を流す。
流れた涙はアイの頬に流れ落ち、頬から床に落ちていく。
すると、不思議な事が起こった。
涙が落ちた所から、四ツ葉のクローバーが生えたのだ。
クローバーは成長し、動かなくなったアイの体に巻き付いていく。
ユーはハッと気付きアイから離れていく。

ユー「パパ……?」

アイの体はくるくるとクローバーの蔦に包まれていく。
クローバーは成長していき、シロツメクサの花を咲かせる。
それを見たユーは考えるより早く大声で叫んだ。

ユー「助けて!
私のパパを助けて下さい!お願い!」

その瞬間、シロツメクサの白い花弁は赤く紅く染まっていく。
それを見たユウキは嬉しそうに喋る。

ユウキ《あれは…アカツメクサ…花言葉は、『善良で陽気』『素直で実直』……まるで、アイみたいじゃないか。『善良』はないけど》
ユー「お願い……助けて……!
パパが何故『氷鬼』と呼ばれているか、今分かった…。
パパが氷のように冷たいからじゃない!」

ユーはアカツメクサの蔦を抱き締める。
蔦の中身がどうなっているのが分からない。

ユー「パパは皆が凍えないよう、自分の暖かさを皆に分けていたんだ!
だからパパは氷を使って、皆を脅威から守っていたんだ!自分が冷たくなってでも私を助けてくれたんだ!
だから私もパパを助ける!私は、パパの娘だもの!」

本来なら蔦の中身のアイを取りだし、救命活動をするべきだろう。
だが、それをしようとする者は居なかった。
アカツメクサの側にいるユーを捕まえようとする者も、もはやいなかった。
そして、蔦がビリッと破ける。

ユー「!」

蔦から出てきたのはきらきらと輝く銀の腕。
しかし先程の戦いで砕けた跡はどこにもなかった。
ユーの表情が明るくなり、野次馬達が息を呑む声が聞こえてくる。

銀の腕の次に蔦の中から出てきたのは、アイの体だ。
ユーと全く同じ姿をした服は何処も破れておらず、脇腹から流れていた血の跡もない。

ユーの流れていた涙が更にぼろぼろと流れ、手を伸ばして走り出す。

そして娘は、元気になった父親の体を抱き締める。
それはこの船内での全ての争いが終了した合図であった。


アカツメクサの花言葉は3つある。
一つは『善良で陽気』。
一つは『素直で実直』。
最後の一つは、『豊かな愛』。




続く。

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