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2017年08月12日13:36

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長崎の天文地理学者・西川如見

「江戸時代のいわゆる「鎖国」は、壁でがっちりブロックされていた所ばかりでもなく、垣根の隙間からいろんなものが見える場所もあったんですね」
歴史学者・磯田道史が、あるTV番組の中で言った言葉だ。
近年、「鎖国」の実態についてはいろいろな議論がされているようだが、松尾龍之介の『鎖国の地球儀』も、垣根の隙間から昔の日本人が何をどこまで見通していたかを、実に興味深く教えてくれる書物だった。


本書の主人公は、長崎の西川如見(じょけん)という町人学者。
小説ではないから、主人公というのは語弊があるか。
彼の家は、数代前から朱印船貿易家として相当羽振りが良く、祖父は悪名高き島原藩主松倉家に同行してフィリピン遠征に行ったり、カンボジアと独自に貿易したりしていたらしい。
如見が生まれたのは1648年、家光の晩年の頃だ。
かつて我が家の読書会で取り上げた、長崎の朱印船貿易の終焉を描く飯嶋和一の『黄金旅風』の主人公・末次平左衛門と入れ替わるように生を受けているから、完全に「鎖国」時代の人、ということになる。

如見は、二十歳を過ぎてから儒学や天文学を学び始め、オランダ通詞を通してオランダ語やラテン語を学び、出島のオランダ人とも交流を持ったらしい。
 そして彼は、長崎に教えに来ていた京都の儒学者に依頼されて、長崎でしか得られない外国の知識をまとめ、それはやがて京都で『華夷通商考(かい・つうしょうこう)』として出版された。
この本はたちまち評判になったものの、間違いも多く、如見はその13年後に、版元の依頼に応えて大幅に修正した『増補華夷通商考』を出しなおす。
如見60歳の時だ。
これがかの貝原益軒にも絶賛され、如見は天文地理学者として立つことになった。

さらに、時の将軍徳川吉宗の目に留まり、吉宗はさっそく如見を江戸に呼び寄せ、御前で講義させた。
如見はその後もしばらく江戸に滞在し、華夷通商考に登場した国々の服装や風俗を図解した『四十二国人物図説』を発刊、江戸市民に大いにウケる。
(中身はこんな感じ→ http://urx.red/Ffng


当時の日本が世界をどう見ていたかが、『増補華夷通商考』をめくると、それが如実に見て取れて愉しい。
世界を4つのカテゴリー、中華、外国(朝鮮、琉球、台湾、コーチ、トンキン=漢字を用いる国)、外夷(東南アジア、インド〜アフリカ、ペルシャ、ヨーロッパなどのオランダとの貿易国)、夷狄戎蛮(いてきじゅうばん=モンゴル、ギリシャ、エジプト、南北アメリカ、小人国、アマゾネスなど=オランダと取引のない、あまり知られていない国々)に分け、それぞれにどんな名前の国があり、緯度はどのくらい、天竺からの距離、肌の色、言語、そして産物、風俗についてコメントを付している。

例えば、

占城(ヴェトナム北部のチャム族の国チャンパ)は:
「北極星を仰ぐこと11度半、海上日本から1700里。方角は交趾(コーチ)の南。この辺りから南天竺に入り、交趾から仕置きする。唐人が往来する港。この国の人が日本へ船を出すことはなく、日本へは唐人が物資を整えて来航する。人物はとても卑しく常に裸で往来する。言語は蛮語に似ていて通じない。産物は、沈香・鮫・檳榔子・籐・白檀・べっ甲・孔雀など。」
・・・いかにもエキゾチックで、読んでいてワクワクするではないか。

グルウンラント(グリーンランド)は:
「人の住まない島で、オランダの北にあってほど近い。オランダ人はここに出かけ鯨を捕って油を煎じる。この島大寒国で、冬は海中も凍って船の往来はない。春と夏の間だけ氷が解けて往来できる。」

トルケイン(トルコ)は:
「日本より海上11520里、四季寒国。人物はオランダ人に似ている。産物は、糸織物・毛織物・木綿織物・金入織物。」
・・・つまり絨毯の類だ。

そして、亜嗎作溺(あまさにい)として紹介されるのが、ご存知アマゾネス:
「韃靼の西、地中海に近く、陸海ともにそこに至る道はあきらかでない。この国の人は全員が女性で、勇強にして善く合戦をするという。国の定めによって春月の間に他国から男子を国に入れる。子が生まれ男子だったらただちに殺される、しかし今では隣国に奪われ、女子も男子も常のように生まれるという。産物はつまびらかにできない。」


1708年(宝永5年)に書かれた『増補華夷通商考』は、その後も日本人にとっての世界大百科事典としてその価値を損なうことなく、明治に入ってからも、岩波書店から復刻版が出版された。
1713年には、あの『和漢三才図会』にも多く引用され、100年後に、南方熊楠少年が丸暗記することになる。
岩波が昭和19年(!)に重版したものを古書店で手に入れた松尾龍之介氏は、この書物の面白さに目を奪われ、いわば現代語訳のような形で、イラスト入りで弦書房から今年出版したのが、本書『鎖国の地球儀』だ。
同時に、江戸時代にどんな情報が、どんなルートで、どんな書物に紹介されたか、それが誰にどう評価されたかなど、「鎖国」の隙間から諸外国の情報が細々と入ってきて広まるようすを、たくさんの例を引きながら紹介している。
新井白石、杉田玄白、大槻玄沢といった武士階級の蘭学者から見ると、町人である西川如見や長崎のオランダ通詞たちは取るに足らない存在で、特に大槻玄沢は、如見の著作を貶めるような発言もしているらしい。
しかし本書の著者・松尾龍之介は、情報の橋渡しに果たした通詞たちや、如見のような自由闊達な町人の思考や行動が、あの時代の情報流入に大きな役割を果たしたと強調する。


新聞の書評欄で『鎖国の地球儀』が紹介されていたのを見て読んでみたくなり、地元の図書館が所蔵していなかったため外部からの取り寄せを依頼したところ、ひと月して届いたが、見ると裏表紙に、地元図書館の蔵書シールが貼ってあった。
価値が認められて、購入に至ったのだろう。
嬉しいことだ。


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