映画「ハドソン川の奇跡」（ネタバレあり）

原題は「サリー」、ハドソン川に着水した機長の名前。

この事件は知ってる人も多いと思う。
ニューヨークラガーディアを離陸したジャンボ機がバードストライクで両エンジン停止になり、
飛行場に引き返すことができずハドソン川に緊急着水した。
昼間のことで飛行機が低空で川に向かうのを目撃した人間も多く、
たくさんのフェリーや警備隊や警察がただちに現場にかけつけて、
乗客乗員１５５名はけが人はあったけど全員生還した。
真冬で外気温マイナス６度、夜だったり救助が遅れたりしたら
おそらく助かる人間はずっと少なかっただろう。
もっと言えば、ジャンボ機の着水は生還率がとても低い。
飛行場の管制官は「着水する」と機長が言うのを聞いたとたん
「全員死亡」ととっさに考えていた。

この事件は１１５名を救った名バイロットの機長の英雄談として日本には報道された。
映画ではその裏面を描く。
さすがクリント・イーストウッドですねー。人生は表側だけじゃないのよね。
飛行機が着水したってことはその飛行機はもう飛べない。
莫大な金額がぱぁになった、しかも飛行機引き上げたり漏れた燃料のおそうじしたり。
けが人とかこの着水で何かの重大な用事ができなくなった人が補償金を求めるかもしれないし、
「機長の責任」をはっきりさせることがどうしても必要なわけだ。
本当は飛行場まで引き返せたのではないか？
安易は判断でハドソンに着水し、飛行機を失い乗客の命を危険にさらしたのではないか？

４０年以上の経験のある機長はもちろん「そんなことはない」と言い切る。
だが相手（会社）は公聴会を開いて責任の所在を明らかにする、という。
まあアメリカだしなー。
映画では「アンタッチャブル」と「ゴッドファーザーパート２」と「アビエイター」で
公聴会の場面あったけどかなり厳しく追及されるんだよね。
アメリカ人は裁判と裁判劇が好きなんだな。

機長は、自分のやったことに間違いはない正しい判断だった、と思っていても
夢にはニューヨークのビルにつっこんで火を噴くジャンボ機を見る。
そりゃそうだよ怖かっただろう。
機長だって人間だし、バードストライクで両側エンジン停止なんて訓練を
実際に受けているわけない。一生に何度もないアクシデントだ。
コンピューターのシミュレイションとシミュレイター（飛行訓練場）での実験では
どちらも「空港まで無事に引き返すことができた」という結論が出る。

なんだそりゃ…あの場にいない人間にはわかんないじゃん。

とかいう言い方は公聴会では通じない。
そこでこの機長は言う。
「シミュレイターの乗員はこのシミュレイションを何度行いましたか？」
壇上の委員が答える。「１７回です」。
つまり画面に出たのは何度も練習して最終的にうまくいったときの画像だった。
しかも「バードストライク、エンジン停止」となった時点ですぐに「空港引き返し」を開始している。

機長が言う。
「人的要素、つまりわたしの責任をはっきりさせたいなら人的要素を入れてください」。
バードストライクの瞬間から状況判断して次善策を講じるまで、人間なら考える時間が必要。
その時間がまるで考慮されていない、というのだ。
委員たちは頭をよせて相談し「では３５秒」という。
バードストライクからハドソン着水まで２０８秒、そのうち３５秒を考えた時間と仮定したのだ。
シミュレイションがはじまる。
「バードストライク、両側エンジン停止」から３５秒待って、空港引き返しがはじまる。
現場に近いふたつの空港へ向かうシミュレイションはふたつとも失敗した。
ひとつは空港近くに墜落、もうひとつは住宅街につっこんだ。

機長の判断が正しかった。
これが証明されるまでの長いこと。

委員のひとりが言う。
「自分の個人的意見だが、今回１５５人全員生還できた要素のうち一番重要なのは、
機長、あなたです。」
さっきまでの冷たい態度は何なのよ？！と少し怒ったけど、
この人も自分の職務をできるだけきちんと果たしたに過ぎない。
だって機長がこう答えるから。
「自分だけが重要ではない。乗員の適格な誘導、救助にあたった方々の迅速さ、
乗客のみなさんが指示通りに避難したこと、この件にかかわったすべてが奇跡を生んだ。」

泣けますな。

この世界をすこしでもいい場所にするための唯一の方法は、
各人が各人の役割をまじめに一生懸命果たすことだ、という
クリント・イーストウッドが繰り返して映画で描いてきた主題がここでも繰り返されている。
そして本当にその通りだと思う。

エンドタイトルで、本当の機長が本当の乗客と再会してハグしあうシーンがある。
これもけっこう泣ける。