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2007年07月06日19:10

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なぜ、「達磨」 を 「だるま」 と読むのか?

  ▲ Dharma 「法」 を象徴化した 「法輪」。
                 ▲クチャの遺跡。キジル千仏洞。
                                 ▲鳩摩羅什像。



〓こんな仏教用語を知っていますか?

   「達磨」 (だるま)
   「羯磨」 (かつま、こんま)

〓用あって、ウィキペディアで 「達磨」 を引いてみたんですね。用事はソッチノケで、冒頭に書いてある文句に、勢いよくケッつまづきました。

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達磨 (だるま、ボーディダルマ 382年? −532年)。達磨は禅宗の開祖とされ、菩提達磨 (ぼだいだるま、梵語: bōdhidharma、ピンイン Pútídámó)、達磨祖師、達磨大師ともいう。「ダルマ」 というのは、サンスクリット語で 「法」 を表す言葉。達摩との表記もあるが、いわゆる中国禅の典籍には達磨、古い写本は達摩と表記する。「達 (ダチ)」 を 「ダル」 と読むのは、中古漢語の入声 [t] が朝鮮語漢字音で流音 [l] に変化したため、達 [dat] は朝鮮半島で [dal] に変わり、その音が日本に伝わったためとされる。
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〓許容しがたいのは、

   「達 (ダチ)」 を 「ダル」 と読むのは、
   中古漢語の入声 [t] が朝鮮語漢字音で流音 [l] に
   変化したため、達 [dat] は朝鮮半島で [dal] に変わり、
   その音が日本に伝わったためとされる


という部分です。この説明は、

   「火事の原因は、消防車が
     駆けつけたからですよ」


と言うのと、なんら変わりません。



  【 朝鮮語の漢字音 】

〓朝鮮語 (韓国語) の漢字音は、日本語の漢字音のような ‘カオス状態’ を示していません。比較的、統一が取れていて、例外や 「複数の読み方のある字」 が少ない。
〓言語学者、河野六郎 (こうの ろくろう) 氏によれば、朝鮮漢字音の体系は、

   唐代 中期〜末期の長安 (現在の西安) の発音
         (8〜9世紀)

を移入したものである、と言います。新羅 (しらぎ) による朝鮮半島統一が7世紀の中ごろですから、政治情勢から言っても蓋然性が高いでしょう。日本による遣唐使 (けんとうし) の派遣が、

   遣唐使 (7世紀前半〜9世紀前半)

であり、この当時の留学生が学んできた中国語音が 「漢音」 です。「漢音」 というのは、おそらく 「中国正統音」 というような ‘格付け’ の意味合いであって、「漢代の音」 という意味ではありません。

   漢音 = 唐代の長安の発音

です。
〓だとすると、「朝鮮の漢字音」 と 「日本の漢音」 は、同じ時代の同じ地域の発音、ということになります。そして、中国語史で、「中古音」 (ちゅうこおん) と呼ばれる ‘過去の中国語の復元音’ も、ほぼ、この 「唐代の長安の発音」 と言っていいでしょう。

〓ところで、「朝鮮漢字音」 と 「日本の漢音」 とのいちじるしい違いのひとつに、入声 (にっしょう=入破音、内破音) -t の受け入れ方のちがいがあります。

   【 達 】
    現代中国語音  [ ター ]
    中国語中古音 t [ タッ(ト) ]
    現代朝鮮語音 달 tal [ タる ]
    現代日本語音 tatsu [ タツ ]

〓「入声」 というのは、“音節末に現れる、破裂させない閉鎖音” のことです。「入声」 というのは ‘中国語学’ での用語で、言語学では 「内破音、入破音 implosive」 と言います。
〓韓国語を学習しているヒトなら、「p, t, k のパッチム」 だと理解してください。あるいは、タイ語学習者なら、タイ語の -p, -t, -k も 「入声」 (にっしょう) です。英語の partner の -t- なども、実は、「入声」 です。
〓上の 「達」 の字音の違いが示しているものは、

   唐代の長安音 -t [ ッ(ト) ]
      ↓
   朝鮮語 -l [ る ]
   日本語 -tsu [ ツ ]

ということです。朝鮮語 (韓国語) では、音節の頭の r- と音節末の -l は別の子音ではありません。r- は日本語やスペイン語と同じ ‘たたき音の R’ です。そして、音節末に来た場合は、「R音の舌を弾かずに、口蓋 (うわあご) に付けたまま停止する」 ので、実質的に [ l ] になっているだけです。

〓朝鮮語は、一貫して、「入声の -t 」 を -l (すなわち -r ) で受け入れています。ここで、唐の時代の長安を思い浮かべてください。同じ中国人の発音する dat を、朝鮮人と日本人が聴いています。

   中国人の発音 dat¬ (‘¬’ は内破音をあらわす)
     ↓
   朝鮮人の聴いた音 dar
   日本人の聴いた音 tatsu

〓フシギですね。



  【 「達磨」 と 「羯磨」 】

〓仏教用語には、ときおり、サンスクリットの 「音節末の -r 」 を ‘-t の入声’ で写したものがあります。意外ですね。これは、ちょうど、朝鮮人が 「-t の入声を -r で聴いた」 のと逆の現象が起きているのです。

   【 達磨 】
    サンスクリット dharma [ だルマ ]
    中国語中古音 dat-muα [ タッ(ト)ムヮ ]
    現代朝鮮語音 달마 dal-ma [ タるマ ]
    現代日本語音 daruma [ ダルマ ]

   【 羯磨 】
    サンスクリット karman [ カルマン ]
    中国語中古音 giαt-muα [ キャッ(ト)ムヮ ]
    現代朝鮮語音 갈마 kal-ma [ カるマ ]
    現代日本語音 katsuma [ カツマ、コンマ ]

   【 勃律 】 国名
    サンスクリット bolor [ ボーろール ] (?)
    中国語中古音 but-liuet [ ブヮッ(ト)りュエッ(ト) ]
    現代朝鮮語音 발률 pal-lyul [ パッりュる ]
    現代日本語音 botsuritsu [ ボツリツ ]

   【 密、蜜 】 宗教名 (ミトラ教)
    ソグド語 r [ ミール ]
    中国語中古音 miet [ ミエッ(ト) ]

〓最後にあげた 「密」 には混乱してしまいます。たとえば、

   【 波羅蜜 】
    サンスクリット pāramitā [ パーラミター ]
    中国語中古音 buα-lα-miet [ プヮらミェッ(ト) ]
    現代朝鮮語音 바라밀 pa-ra-mil [ パラミる ]
    現代日本語音 haramitsu [ ハラミツ ]
     ※玄奘 (げんじょう) 以降の “新訳” の仏典では、
      「波羅蜜多」 と書き、日本では 「ハラミタ」 と読む。

のように、通常の仏教用語では、「密」 は -t の転写に使われるのに、ミトラ教を意味する場合には、-r の転写に用いられています。

〓仏教用語の漢訳に、最初に貢献したのは、4世紀半ばに生まれ、5世紀初頭まで仏教を広めるために心血を注いだ、

   鳩摩羅什 (くまらじゅう)
     サンスクリット名 Kumārajīva [ クマーラヂーヴァ ]

という僧です。
〓「鳩摩羅什」 は中国人ではなく、父はインドの出身者でした。シルクロードの天山南路の要衝として栄えたオアシス国家、クチャ国 (亀茲国)。(現在の中国語の地名は “庫車”) その王家に生まれたのが 「鳩摩羅什」 でした。幼くして出家し、仏教を学び、西域の名高い僧となります。
〓30代のときに、クチャ国は、現在の甘粛省 (かんしゅく/カンスーしょう) の中国人国家、後涼 (こうりょう) に攻められ、国は滅びます。その身は涼州に送られます。
〓後涼が、勢力を拡大した後秦 (こうしん) に滅ぼされると、鳩摩羅什は、長安に送られました。彼は、一生、故郷に帰ることができず、軟禁状態に置かれ、そうした境遇の中で、インドの重要な経典の数々を中国語に翻訳しました。

〓そうした鳩摩羅什が中国語に写した単語に、

   達磨、羯磨、波羅蜜

があるわけです。ですから、これらの音は、

   4〜5世紀の長安の発音

であると言えます。中国語史では、ちょうど、「上古音」 (じょうこおん) という古い発音から、「中古音」 に移る時代で、鳩摩羅什の音転写は、「中古音とさほど変わらない」 のではないでしょうか。

〓そこで、結論が出てくるわけです。

   上古音〜中古音にかけての長安の -t の発音は、
   単なる [ -t¬ ] ([ t ] の内破音) ではなく、
   [ r ] にも聞こえるような子音だったのではないか?


〓普通のヒトは [ t ] にも [ r ] にも聞こえる子音なんてあるか? と思うかもしれません。しかし、たとえば、英語の

   water [ ウォータァ、ウォーラァ ]

を思い出してください。これは、英語の語中の “母音に挟まれた [ t ]” が、弾き音 [ r ] の性格を帯びたものなのです。
〓具体的には、[ -t ] が “反り舌化” すると [ -r ] の響きを帯びます。中国語の中古音 (5世紀〜) の入声 [ -t¬ ] は、近代音 (12世紀) で入声が消失するまでに、

   [ -t¬ ] → [ -? ] → [ 消失 ]
      ※ [ ? ] は声門閉鎖音

という段階を踏んだとされていますが、ごく初期から、「内破音」 の閉鎖がゆるんだ 「 t の反り舌」 のような子音が、現実には使われていたんではないでしょうか。おそらく、先行する母音により有声化し [ d ] の反り舌のような音だったかもしれません。実際、未知の語彙を耳にしたとき、通常のニンゲンにとって [ d ] と [ r ] を聞き分けるのは至難のワザです。


〓今日は、むずかしいハナシになっちゃった。要は、

  「達磨」 (たつま) を、
  なぜ 「ダルマ」 と読むか


って、ことなんですけどね……
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