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2007年04月22日12:03

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「ピストル」、「ガン」 の語源──チェコと女。

  ▲笛のピーシュチャラ。 ▲鉄砲のピーシュチャラ。 ▲ヤン・フスの火刑。



〓先日、「ピストル」 と 「ガン」 は、どうちがうのか、を探ってみました。まとめるとこうでした。

  【 米国 】
   gun  = リボルバー
   pistol = それ以外の拳銃。オートマチック、
        セミオートマチックなど。

  【 英国連邦 】
   pistol = すべての拳銃

〓要は、「拳銃を指す gun 」 は米語である、ということです。



  【 「ピストル」 の語源 】

〓調査の副産物として、それぞれの語源がわかりました。ちょいと 「へえぇ」 という語源でした。先に手のウチをあかしてしまいますと、

   「ピストル」 はチェコ語起源

なんです。チェコ語由来の外来語といえば、他には 「ロボット」 くらいしか見当たりませんね。とても珍しい例です。
〓鉄砲の発明がいつだったのか、ということをネットで調べてみると、どうも、各人各様で、ものすごい開きがあります。しかし、鉄砲が実戦で初めて使用されたのは、

   15世紀初頭のフス戦争

である、とされています。「フス戦争」 というのは、ボヘミア──プラハを中心とした地方の歴史的名称。現在のチェコの主要部──の宗教改革者 ヤン・フスの思想を基にした 「改革派のキリスト教徒──フス派」 と、それを異端とし、改革勢力を討伐しようとする 「正統のカトリック教徒+神聖ローマ帝国勢力」 とのあいだで起こった戦争です。
〓ボヘミアの小貴族出身のヤン・ジシュカ Jan Žižka 率いるフス派は、ジシュカの発案になる、さまざまな戦術・兵器を駆使し、無敵を誇りました。
〓そうしたフス派の 「新兵器」 のひとつに、「携帯できる手持ちの火器」──すなわち、鉄砲がありました。その武器をば、ボヘミアでは

   píšťala [ ' ピーシュチャら ]

と呼んでいました。「ピーシュチャラ」 というのは、そもそも、「ピーヒャラ、ピーヒャラ」 という──日本語にとてもよく似ているのが愉快です──笛の擬声語らしく、チェコ語では、現在、次のような語義があります。

  【 píšťala 】 「ピーシュチャラ」
   (ボヘミアの民族楽器としての)たて笛
   (スポーツなどで使う)ホイッスル
   (管楽器の)リード
   (一般に “管” という意味での)パイプ

〓 píšťala 「ピーシュチャラ」 という単語には、形態素として、pisk- 「ピーピーという声・音」 があり、その派生語という考え方もできますが、スラヴ語には -jala という接尾辞が見当たらないので、「ピーシュチャラ」 は、独立した擬音と考えてよいように思います。
〓「ピーピー」 という音を pisk- で表すのは、スラヴ語のもともとの性質らしく、

   pištět [ ' ピシュチェット ] <チェコ語・動詞> 金切り声をあげる
   писк pisk [ ' ピースク ] <ロシア語・名詞> ピーピーいう声
   pisk [ ' ピスク ] <ポーランド語・名詞> 金切り声

などが見えます。
〓「フス戦争」 における戦闘は、ヤン・フスが火刑に処された 1415年の4年後、1419年 (室町時代) に始まり、1434年まで断続的に続きました。つまり、

   1419〜1434年

のあいだに、píšťala 「ピーシュチャラ」 という兵器とコトバとが生まれたことになります。
〓「ピーシュチャラ」 というのは、のちの銃に似ず、細長い 「笛のような」 形をしていました。“ほぼ真っ直ぐな” 木製の細長い銃把 (じゅうは) の先に鉄製の銃身がついていて、弾は筒先からこめるようになっています。小型の火器で、ふだんは、脇の下に携帯したそうです。
〓その形が、「ボヘミアの縦笛=ピーシュチャラ」 に似ていることから、

   「縦笛」 「ピーシュチャラ」


と呼び習わされたようです。

〓ヨーロッパで、最初に、このコトバを採り入れたのはフランス語と思われます。

   pistole [ ピス ' トる ] 1544年
   pistolet [ ピスト ' れ ] 1534年

〓 pistolet のほうが初出が早いですが、これは、pistole に指小辞 -et が付いたもので、おそらく、この火器の 「小ささ」 が衝撃的であったことを示すのでしょう。現代フランス語の pistole には、「銃」 の意味がありませんが、1544年に初めて現れたときには、「銃」 の意味で使われています。
〓このフランス語が、のちに、ドイツ語に Pistole [ ピス ' トーれ ] として入りました。しばしば、この順番は、

   チェコ語 → ドイツ語 → フランス語

のように言われます。確かに、地理的にはこのほうが近いです。しかし、チェコ語の発音は、西欧人からしてみれば、

   [ ' p i : ∫ t∫ a l a ]

のごとき音です。ドイツ語という言語は、

  [ ∫ ] 音、[ t∫ ] 音を持ち、
  通常、単語のアクセントは
  語頭に来る


ので、これを [ ピス ' トーれ ] で写すのは、かなり不自然です。そこへいくと、フランス語は、

  [ t∫ ] 音を持たず、
  アクセントは語末に固定


という特徴を持っているので、[ ピス ' トーれ ] というぐあいに 「口蓋化音の直音化」──「シュ」→「ス」 のような変化──が起こっているほうが自然なのです。
〓また、フランス語の pistole(t) の語源を、イタリアの地名 Pistoia 「ピストイア」 に比する説がありますが、Pistoia の本来の語形──つまり、ラテン語形は、

   Pistoria [ ピス ' トーリア ]
     古典ラテン語名 Pistorium [ ピース ' トーリウム ]

であり、まだまだラテン語に権威のあった 16世紀に、フランス人が、

   rl を取り違える

というのは、まず、ありえないことでしょう。コチラの説は、よくある 「地口による民間語源説」 と言えます。
〓英語に入ったのは、フランス語に登場してほどない 1570年ごろです。

   pistol [ ' ピストる ] 英語。1570年ごろ初出

〓つまりですね、英語の pistol の語源はですね、

   「ピストル」
        = チェコ語の 「ピ〜ヒャラ」


ということなんです。



  【 「ガン」 の語源 】

〓 gun は、先日書きましたように、「投石機」 というのが原義です。語源は未詳とされていますが、もっとも有力な説は、

   女性の名前である

というものです。「なんじゃ、そりゃ?」 と思うでしょ。ごもっともごもっとも。

〓1330年に書かれたウインザー城の軍備リストの中に、次の1項目があるそうです。

  Una magna balista de cornu
      quae vocatur Domina Gunilda.

   [ ' ウーナ ' マーグナ バー ' りスタ デー ' コルヌー
      クワイ ウォ ' カートゥル ' ドミナ グ ' ニるダ ]
   「レディー・グニルド」 と呼ばれるコーンウォル製の
   巨大投石機 1機


〓これはラテン語です。ヨーロッパにおいては、公式記録が 「ラテン語で書かれるものだった」 ということが、よくわかります。
〓「グニルド」 というのは、ゲルマン人の中のノルド系 (北欧系) の女子名です。当時の英語では、

   Gonnylde, Gonnilde 「ゴニルド」

などと言っていたようです。古ノルド語 (古期北欧語) では、

   Gunnhild-r [ グンヒるドル ] グンヒルドル

といい、Gunilda 「グニルダ」 は、それをラテン語化したものです。
〓 Gunnhild-r の由来は、およそ、女性の名前とは思えないものです。

   gunn-r, guð-r  [ グヌル、グずル ] 戦い
    +
   hild-r  [ ヒるドル ] 戦い
    ↓
   Gunnhildr  [ グンヒるドル ] 戦い+戦い

〓14世紀のイングランドでは、語末の変化語尾 -r は消滅し、語中の -h- は脱落して、

   ゴニルド ← グンヒルドル

となっていたわけです。語源は 「戦い+戦い」 ですが、当時のイングランド人や、支配階級の 「フランス語化したノルマン人」 が、「古ノルド語の原義を覚えていた」 とは考えづらく、むしろ、

  強大な兵器に
  「女性の名前を付ける」 という
  倒錯したコトバ遊び


と考えるほうがよいでしょう。
〓同じような例は、兵器の愛称にしばしば見られます。

   Brown Bess [ ブ ' ラウン ' ベス ] 英語 「茶色のベス」
     18〜19世紀に英軍が使用したマスケット銃
   Dicke Bertha [ 'ディッケ 'ベルタ ] 独語 「太っちょベルタ」
     第一次大戦でドイツ軍が使用した榴弾砲
   Катюша Katjusha [ カ ' チューしゃ ] 露語 「カチューシャ」
     第二次大戦でソ連軍が使用したロケット砲
     ※語源はコチラ↓
      http://mixi.jp/view_diary.pl?id=54312538&owner_id=809109

〓ところで、gun という単語は、中期英語では、

   gonne, gunne [ ' ゴン、' グン ]

で現れ、どうやら、これは Gonnilde, Gunilda の略である、と考えられています。
〓 Gunnhild の系統の女子名は、現在でも、北欧やドイツに見られますが、面白いことに、こうした名前の女性の愛称も、Gun に似た語形なんです。

   Gun [ ' グン ] スウェーデン、デンマーク
   Gunn [ ' グン ] スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
   Gunna [ ' グナ ] スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
   Gunne [ ' グネ ] デンマーク、ノルウェー

〓まあ、そんなことで、最初に 「巨大投石機」 に付けられた名前が 「グニルド」 で、その愛称 「グン」 が、そののち、「大砲」→「火縄銃」→「ピストル」 というぐあいに受け継がれていったことになります。
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