mixiユーザー(id:809109)
2011年05月05日02:28
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「戦火のナージャ」 を見て、グッタリした。でも、これだけのことを書かずにいられなかった。
たいした映画を見てきた。
『戦火のナージャ』
である。ミ〜ハ〜ミハルコフの新作。
…………………………
映像作品としては、さほどオモシロクはない。どうスゴイかと言えば、
ジャンボ・チョコパフェとか、
100辛ハバネロ・カレー
みたいなスゴサである。
「もう１回見たいか？」 と訊かれたら、
「冗談じゃない」 と答える
…………………………
体育会系のミハルコフは、インテリみたいにもったいぶらない。インタビューであっさり、
『プライベート・ライアン』 を見て思いついた
と答えちゃってる。
アッシは、『プライベート・ライアン』 を見ていないし、これからも見る気も、見る元気もないが、冒頭の20分について、淀川長治さんが ── どんな映画でも、良いところを見つけて誉める淀川長治さんが、「ものほしげ」 と言ってキッパリ否定したのは知っている。
ミハルコフの、ミリタリー的な考証が正確なのかどうか、アッシは判断する能力がないのだが、その筋のヒトが書いたとおぼしきブログでは、
独軍の爆撃機はシュトゥーカ
独軍の戦車は �弦羸鐚�D型
と書いている。ドイツ兵はドイツ語をしゃべっているし、ムスリムの兵士の祈りのコトバはロシア語ではなかった。何語だかわからぬが。ジプシーも彼らのコトバをしゃべっていたようだ。
まあ、そういう考証がどうかは別として、アッシの知る映画では、
サム・ペキンパーの 『戦争のはらわた』
にもっとも近い。
…………………………
映像ウンヌンより、
独ソ戦が開戦した当時のソ連軍のポンコツぶり
が、よく描かれているのだ。
最前線で、塹壕を掘って、守備についているのは、武器といえばスコップしか持っていない 「懲罰部隊」 である。「懲罰部隊」 ってのは、政治犯など、本来ならラーゲリに送られて土木工事といった苦役につかされる連中である。だから、銃など、いっさいの武器を持っていないわけだ。持っていないのに最前線なのである。
ドイツが独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻したとき、ソ連軍は、古参の将校がスターリンによって粛清されて、組織がガタガタだったらしい。たとえば、プロ野球のスタメンを全員解雇して、二軍の選手でペナントシーズンを戦うようなもんだった。
収容所に押し込められていた、ミハルコフ演じるところのコートフ Kotov （ネコという姓） は、独ソ開戦の報を訊いて 「戦争だあ」 と言って、むしろ喜んでいる場面がある。これは、おそらく日本人には意味がわからないし、若いロシア人にも意味がわからないだろう。
スターリンの大粛清時代というのは、
戦争なんぞ比べものにならないくらいの恐怖だった
のであるよ。
…………………………
予告編を見て、ミハルコフは、ボンダルチュークになった、と思ったのだが、それは、
予告編が、残酷なシーンをカットしていたから
なのであるよ。むしろ、ペキンパーになったのである。
この映画、
邦題は 『戦火のナージャ』
英題は “Burnt by the Sun 2”
というが、原題は、
«Утомлённые солнцем 2: Предстояние»
である。16年前の 『太陽に灼かれて』 の続編だという。というか、あれから16年も経っていたことに驚く。4〜5年前にしか感じない。
前作は、それでも、昔のミハルコフの映像に対するこだわりみたいのが、まだ、あった。
今回は、そういうものが一切ない。というか、
戦争をリアルに描写したら、誰でもこうなっちまう
という感じだ。
たとえば、アレクセイ・ゲルマンの 『戦争のない10日間』 の冒頭、美しい浜辺の景色で、あっさり人が死ぬのと比べると、やっていることが180度ちがう。
原題は 『太陽に灼かれて2 ── 切迫』 である。「プリェトスタヤーニイェ」 “切迫” という抽象名詞は、「差し迫る」 という動詞から規則的に派生した単語だが、何を指すのかよくわからない。映画全編 「切迫しっぱなし」 だからだ。
以前も申し上げたが、「太陽」 はスターリンの謂いであり、
「灼かれて」 と訳されている単語は、
“疲弊させる” という動詞の過去分詞
である。ムズカシイことではなく、「スターリンの大粛清」 のことを言っている。
…………………………
ソ連邦という国が、どういう国だったかを知るのはムズカシイ。
日本人の想像を超えているからである。
夜中に、アパートの隣の家のドアがノックされ、その住人が朝には銃殺されている、なんて、そんな国が想像できるかいな？ ヨソの星の話ではない。たかだか、70年ほど前の隣国の話である。
ソ連邦という国では、日本人の常識は、ほとんど通用しない。たとえば、海で溺れている人を見かけても助けないのは、
役人根性を批判しているものではない
と知るべきだ。
国家の重要文書を運んでいる途中で、
見ず知らずの海難者を助けたことがわかったら、
自分が命を落としかねないから
である。そんな考え方が常識だった国が、スターリン時代のソ連だ。
10代の女の子が、父親のことを 「パパではなく、生物学的な親です」 と答えるあたり、何も知らないと、冗談か何かと思うかもしれない。
физиологические родители
fiziologicheskije roditjeli
「フィジアラギーチェスキイェ・ラヂーチェリ」
※直訳すると、生理学的両親
これは冗談でもなんでもないし、グレた女学生が、親を罵っているわけでもない。
…………………………
この映画は、実は、ミステリー要素も含んでいて、この映画 “2” では謎解きされないのだ。現在、“3” を制作中だそうで、そちらで謎解きされるんだろうが、
そもそも、ミステリー要素を含んでいる
ということが、日本の観客には理解されないかもしれない。
スターリンの粛清の対象になった将校が、記録上は銃殺されているのに、実は生きている、なんてのは、それだけでありえないオトギバナシである。
KGB （カーゲーベー） の大佐が、その調査を命じられて、鍵のかかった秘密のカバンをわたされる。“2” では、カバンの中味は呈示されない。
しかし、“1” を見たヒトでも、何がミステリーだかピント来ないだろう。
むしろ、それより、
コトフと娘のナージャが会えないまま映画が終わった
ということに、たいていの観客はボーゼンとするにちがいない。
…………………………
この映画には、相当の年輩のロシア人なら、「ああ」 と気づくことが、隅々にちりばめられている。日本人、あるいは、若いロシア人は、それを目の前にしても、何も気づかないだろう。
たとえば、冒頭で、コートフの罪状が変更される場面がある。51条だかナンダカの違反から、129条だかナンダカに変更される。いったい何に変更されたのか。周囲の政治犯たちが、メガネをかけた一人の男にたずねる。その男は、空中の書物のページを繰る動作をする。
要は、この政治犯は、もと、裁判官とか、弁護士とか、なんだ。単なる、そういうエピソードなのではない。
社会的エリートたちが、ラーゲリ送りになっていることを暗示している
のである。これは、ソ連軍の将校たちが粛清の対象になったのと、軌を一にする現象である。
あるいは、霧の中を進んでくる独軍の戦車を、友軍とカン違いして、塹壕を飛び出す兵士は、自分の姓名を名乗るが、それはグルジア人の名前であった。
塹壕の中で、アッラーに最後の祈りを捧げるムスリムの兵士がいる。
馬を徴発されそうになって、抵抗したために殺されるのはジプシーである。
ソ連というのはそういう国で、ソ連軍というのは、そういう兵士の集まりだった、ということを暗示しているのだ。
最後のシークエンスで、瀕死の兵士が名前を訊かれて、
ドルミ…… Дорми...
と答えかける。ナージャは、「ロシア人じゃないのね」 と言う。
すると、兵士は 「ドルミドント」 Дормидонт で、ジイサンの名前で、マヌケな名前だ、と、自分の名前を罵る。
これは、単なる名前のエピソードではない。ナージャの胸元に光っていた十字架と関係がある。
映画の中には、たびたび、宗教が顔を出す。若い世代は、無神論者として育っているので、宗教と出会うとたじろぐ。海で漂流するナージャが、アレクサンドル司教 отец Александр にお祈りのコトバを教わり、十字架を与えられるシーンがあるね。
ソ連初期の時代、帝政と結びついて封建制の片棒をかついでいた教会は断罪された。
一般的な洗礼名は、ソ連時代に入っても用いられたが、古色蒼然たる、古い時代のギリシャ正教に由来する洗礼名は一掃されていた。そういう名前が歓迎されない時代だった。だから、「マヌケな名前」 なのだ。ドルミドントは、古代のギリシャの殉教者の名である。ソ連時代に育ったナージャは、そんな名前を聞いたことがなかったのだ。だから、「ロシア人じゃないのね」 というのだ。ソ連軍には、ロシア人の聞いたことのない名前の兵士がたくさんいたのだ。
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おそらく、『太陽に灼かれて 3』 は、近いうちに完成するんだろう。
映画は、1943年のどこかの解放地区からの回想の形をとる。そして、そこで終わってしまうので、一般の日本人の観客はアッケにとられて帰るわけだ。
まだ、終戦まで2年もある。するってえと、“3” も、まだまだ、“イタイ映画” になるんだろう……
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苦言を言うなら、字幕のロシア語固有名詞の表記だ。
おそらく、ダイアローグは英訳のものを翻訳したのにちがいない。ロシア語の字幕翻訳家がいないのだろうか？
英語の翻訳とは言え、映画の字幕を訳すほどの職責なれば、
ロシア語の固有名詞の表記ぐらいネットで調べろよ
と思うわけだ。
Арсентьев Arsjent'jev
ミーチャこと、KGB の大佐、ドミートリイ・アルセンチエフの名前が、字幕では、
アーセンティエフ
と来たもんだ。いったいドコの誰？
それとか、塹壕の中で新兵がつぶやく、
улица Горького ulitsa Gor'kovo
「ウーリッツァ・ゴーリカヴァ」
は、
ゴーリキイ通り
とすべきだろう。字幕は、
ゴーキー
となっていた。これはヒドすぎる。プロの翻訳家の仕事じゃない。
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ヒロインの 「ナージャ」 という名前は、
Надежда Nadjezhda 「ナジェージダ」
の愛称だ。「希望、望み」 というロシア語の普通名詞である。
だからといって、この名前にテーマが込められている、というような読みをする必要はないだろう。ソ連時代の女子名では、「ナジェージダ」 はゴマンと使われたからだ。
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しかし、音楽の使い方は、相変わらず、安っぽい。エドゥアルド・アルチェーミエフ、とあり、これは、タルコーフスキイの 『ソラリス』、『鏡』、『ストーカー』 の音楽を担当した作曲家だ。はて、タルコーフスキイでは、こんな俗な音楽は入ってなかったぞ、と思うのだ。
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「ソ連邦とは何であったのか」
を、観念ではなく、肌で感じて理解したい、というヒトでなければ、お勧めしない。
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