蝉の声

　隣の奥、初日記です。





さっきから、娘が、せみのこえがするの。と言ってて

え、気のせいじゃなーい？ママ聴こえないよ？

と言って、
ミクシィを見ていた母。

娘はYouTube。

そして、娘が奥の寝室へタブレットを持って行った。

ママ、なんかこわい！せみのこえがするの！と戻ってくる娘。


すると、じじじじじじ、と

蝉の鳴き声が本当に聞こえてきた。

それが、徐々に。

鳴き声が近づいてくる。

そして、暗い廊下に鳴き声が大きく響き渡る。


ま、まさか・・・！


息をのんで、廊下の電気を点けるとそこには

ベランダに落下したであろう、アブラゼミの

羽をくわえた我が家のねこがそこにいた。


ねこが、蝉を転がして楽しみ始める。


焦る私の頭の中には様々なシーンが浮かんでは消えていく。



掃除機で吸い込む、いや、それはちょっと！

ハエ叩き？ねえし！！なんでないんだ！

手づかみ？急に暴れる蝉がちょっと怖い！

早くしないと、むしゃむしゃ食べちゃうよ:(；ﾞﾟ''ωﾟ''):


ねこに向かって叫んだ。

やめなさい！！　やめなさい！！！どきなさい！！！


ねこは少し攻撃を止めた！

蝉、７ポイントのダメージ！

隣の奥のこうげき！

蝉に洗面器をかぶせた！

ねこのこうげき！

ざざざざっ

ねこは、逃げていった！


だけど、ドラクエ１１はまだやっていない。買ってもいない。





白い洗面器に、重りを載せて、私は、少し開いていたベランダの窓を閉めた。

大きい地震が続いてるせいでアパートが傾いたのか、その窓は以前からすごく閉めづらくなっている。



蝉の息が途絶えるのは、一体いつになるだろう

去年１００均で見つけた、マジックハンド。


ベランダの奥で息絶えた蝉を取り出すために買った、マジックハンド。


それだけじゃ、いけなかったんだ。


私は、考えが足りなかったのだ。


虫取り網もあるべきだった。



夏の終わり

蝉の

命の尽き行く前の叫びが、小さく聞こえる

洗面器の下から・・・



きみは、誰かと結ばれたの？


新しい命を　そのひとと


土の中に寝かせ終えたの？





千切れた羽の欠片を　ふるえる指でそっとつまみ


捨てた。



そして


私も


去年の恋を


会えなくなったあの子への思いを



今日、捨てたんだ。



その理由は、聞きたい人がいたら



隣の奥にそっと、お問い合わせを。




さよなら　愛しい君


終わらない　夏の終わり



切なく甘い香りが　静かな雨にさらわれて


まだ暑い日差しに灼かれたアスファルトの上で


涙のごとき雨の　雫は消えゆき

やがてまた


小さな私たちに


沢山の恋の祈りを運ぶのだろう



蝉の声が響く


新しい夏の日に