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2017年11月30日22:34

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「たつき監督降板問題」の本質としての、KADOKAWA的なプラットホームシステム

大塚英志の新刊『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書)を書店頭で見かけ、これは「『けものフレンズ』たつき監督降板問題」を考える上でヒントになるかも知れないと、当たりをつけて読んでみたところ、そのまんまの内容でした。

『けものフレンズ』への言及はまったく無いし、ほぼ間違いなく大塚英志は『けものフレンズ』を視ていませんが、それでも角川の四代(角川源義・春樹・歴彦・川上量生)にわたる「教養」というものへの考え方の変遷を追うことで、現在のKADOKAWAの企業としての考え方が浮き彫りにされています。

詳しく、本書を読んでもらうとして、本当に大雑把に言えば、今のKADOKAWAは、コンテンツそのものを育ててそれを提供する企業ではなく、コンテンツを産み出すシステムとしてのプラットホームを構築する会社であり、そのプラットホームの構築こそが、ネット革命以降の教養の本体だ、という考え方です。

つまり、中身や個人に依拠する作家性ではなく、作品をどんどんと産み出していくシステムが大切であり、そこに基本「無償提供される投稿」を管理運営することが、現代の教養システムだ、というような考え方ですね。

だから、このKADOKAWAの考え方からすれば、『けものフレンズ』という作品は、設定や世界観という形でプラットホームとして完結しており、あとは、たつき監督だろうと一般の素人だろうと、そのシステムの上に、自分の作品を投稿する存在に過ぎない、ということです。

大塚英志は、こうした考え方を、従来の「作家性」や「内面」を重んじる「人文知」に対して、「効率性」や「実用性」を重視する「工学的知」だと名付けています。
しかも「人文知」を吸収せずに排除することしか考えていない、ある意味で、極めて傲慢でレベルの低い「工学的知」であると、厳しく注文をつけています。

例えば、本書では、川上量生が宮崎駿を怒らせた事件などに言及して、「人文知」と「工学的知」の断絶具合をわかりやすく描いて見せたりして、この安易な「効率よく面白いものを産出できれば良し」とする、KADOKAWA的な「工学的知」の薄っぺらさを描いていますが、このような今のKADOKAWAの性格が、金儲けしか考えていない輩を必然的に招き入れることになっている、と指摘しています。
粗雑な「工学的知」は、効率のいい金儲けをしたがる人間を招き寄せやすいというのは、わかりやすいところでしょう。


『かつて(※角川歴彦)本人とその取り巻きもこう言っています。
「角川グループのような日本のコンテンツ企業が、ファンコミュニティーのようなものを、しっかりとしたコンテンツとして出版することが突破口になるのではないでしょうか。先程のアニメの話もそうなんですけど、日本のコンテンツ企業の方が、目線が現場に近いですよね。米国は成果物を「どんなもんだ」と一方的に押し付ける感じです」という相手の発言を受け、(※歴彦は)「YouTubeで世界に広がった日本のサブカルチャーをいかに収益化するか、それが私の腕の見せどころです」と答えているのです。
(角川歴彦×伊藤譲一 対談「日本のコンテンツ産業は、ソーシャルとの融合で世界に挑む。」)アスキー総合研究所編『新IT時代への提言2011 ソーシャル社会が日本を変えるか』

まあ、取り巻きが悪いのかも知れませんが、角川はこれから、webを介したファンコミュニティ(要するにオタク活動)という「ソーシャル社会」の産み出す「コンテンツ」を「収益化」していくってどうも言ってるわけです。別にオタクは角川の収益のために(※各種SNSなどのプラットホームに)「投稿」しているわけじゃないのに、しかし、この発言を本人は多分、「正しい」と思っているわけです。
これは労働者から「搾取」するぞって資本家が言っているようなもので明らかに失言です。
でも、オタクの方もピンと来ないでしょ。
マルクス主義以前に、労働者にあなたは搾取されている、と言っても、意味わかんねーよ、っていうのと同じです。
だから、プラットホーム企業という資本のあり方に対して、webに於ける労働問題を可視化していく、新しい「マルクス主義」(無論、社会主義を目指す思想という意味ではないですよ)がweb上に現れてくるのが、ぼくは必要なことのように思います。
まあ、搾取されてもいいっていうのならこれ以上、余計なことは言わないけど。』(P247〜249)


ここで大塚英志が説明しているのは、KADOKAWAの今のビジネススタイルの基本です。
プラットホームを構築し、それを提供して解放し、オタクに自主的にコンテンツを提供させ、懐手にして作品が集まるのを待って、それを商品化する。

例えば、これはKADOKAWAではないけれど、わかりやすい同様のプラットホームサービスとしては、pixivなんかがある。
アマチュアに、コンテンツを「投稿」させて、それを公開することで広告収入を稼ぎ、さらに商品価値がありそうな作品や作家を囲い込んで商品化する。
これまでの出版社のように、集めて育てるという過程が無く、非常に効率的な商品開拓システムだと言えるでしょう。

もちろん、こうした場合、コンテンツを「投稿」するアマチュアたちは、自分の作品を広く公開してもらえるというメリットがあるから、多少の搾取は気にしません。ギブアンドテイクだということです。
しかし、ここでの関係は、投稿者の方が圧倒的に不利だという事実を見落としてはならない。特に才能のあるアマチュアであればあるほど、そうです。

才能のないアマチュアの投稿は「その他」として放置しておけばいいだけ。
特殊詐欺と同じで、100人に声をかけて1人が引っかかれば、それで大儲けできるシステムだからです。

このような考え方に立ったプラットホーム企業にとっては、昔のように「作家性を持つ個人の価値」というものは、当然のことながら軽視されます。
ゴミの中から掬い出した砂金は、掬い出した者の所有物であって、砂金に自己主張は認められないのは当然、という感覚だからです。

そして、このように見てくれば「『けものフレンズ』たつき監督降板問題」も、決して例外的なものではないということがハッキリしますし、KADOKAWA側に「悪意」などは特に無く、ただその「工学的知」に由来する「収益化システム」にしたがって、『けものフレンズ』というプラットホームで、たつき監督についても二次創作を許し、コンテンツを提供させただけ、くらいの感覚なのでしょう。

ここに、たつき監督の際立った「作家性」と、基本的に「作家性」の価値を認めない、KADOKAWA的なプラットホームシステムの対立があります。

KADOKAWAにしてみれば、プラットホームシステムの障害にしかならない「個性=作家性」などはいらない、と言うか、積極的に迷惑なだけなんですね。非効率極まりないものだから。

だから、たつき監督の排除は、『けものフレンズ』というプラットホームシステムから、凶悪なバクを排除したも同然なんだ、ということです。
彼らは、当たり前のことをしただけなのだから、そこに罪悪感などカケラもなく、反省などしないのは当然なのです。

では、KADOKAWAが実質的な「作者=原作者」である『けものフレンズ』というプラットホームシステムにおいて、たつき監督が生き残る道はあるでしょうか?

残念ながら、私は無いと思います。
プラットホームシステムというのは、効率よく商品を産出するシステムであり、そのためには「作家性」を消費し、時に、手に余れば排除することも辞さない、冷たいシステムです。
そんな感性を、宮崎駿や高畑勲は、川上量生の中に見て説教をしたのです。その「人文知」において。

ともあれ、この先も当分、こうした流れは変わらないでしょう。
人間を収奪するシステムは、完成しつつあるからです。

しかし、こうしたシステムが産み出す「教養」というものは、きっと「非人間的」なものに相違ないと思います。
だから、システムが人間性を収奪し、作家性を縊り殺す前に「人文知」は、こうした「冷たい方程式」に抵抗し、人間的にバージョンアップされたシステムの構築を目指すしかありません。

具体的な抵抗方法は、私にもはっきり見えてはいませんが、ただ私に言えることは、私たち自身が「システムに飼い慣らされた、養豚場の豚」になってはならない、ということだと思います。

たつき監督が今後目指すであろう方向も、そっちしかないんじゃないか。
たつき監督の才能は、養豚場の枠には収まりきらないものだからです。

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年11月30日 23:29
    『けものフレンズ』の問題が起きた時、大塚英志がどう発言するか、一時期、相当読んでいた論者で、かつKADOKAWAとも接点がある人なので、気になったのですが、『けものフレンズ』への言及はないものの、この時期にこういう本を出して来ましたか。KADOKAWAのようなコンテンツ産業の発想法が行きつく、ビジネスとしてのシステムは、大塚のような論者の言説を介すると、仕組みがよく見えてきますね。大塚と笙野頼子との論争が昔あったようですが、笙野の純文学の立ち位置と、今度のたつき監督の立ち位置は似ているように思えます。笙野は、業界の仕組みを解説する大塚を純文学の敵と見做したようですが、大塚は大江健三郎等の読み手でもあり、俯瞰的に見ている気がします。大塚が解説するようなシステムへの具体的な抵抗策は、私も見えていません。システムの外部が見えている論者は、いないんじゃないでしょうか。大塚も「新しい「マルクス主義」」みたいな比喩的表現で、それを見ようとしている、が、ちっとも具体的な像には至っていないということなのでしょう。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年11月30日 23:43
    コンテンツ産業が造り出す「工学的知」のシステムの問題は、街の監視カメラだらけのセキュリティ・システムの問題と似ていますね。防犯等を考えると、監視カメラやコンピータを使った追尾システム、さらにはマイナンバーカードの写真等の情報などとの連動が必要である。しかし、人間の精神の自由という観点からすると、これは酷い管理社会化を意味するのではないか。一方には、精神的自由権、笙野の言っている純文学、更にはたつき監督の立場があり、他方にはコンテンツ産業の「工学的知」に基づくシステムや、最先端テクノロジーを用いた監視による管理社会のシステムがある。類似した問題ですね。しかも、この完成に近づいたシステムの外部への出口を、誰も知らない。どんな論者も、思想家も。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月01日 00:01
    > mixiユーザー 

    『大塚と笙野頼子との論争が昔あったようですが、笙野の純文学の立ち位置と、今度のたつき監督の立ち位置は似ているように思えます。笙野は、業界の仕組みを解説する大塚を純文学の敵と見做したようですが、大塚は大江健三郎等の読み手でもあり、俯瞰的に見ている気がします。』

    というのは、まったくその通りだと思います。

    私はそのあたりについては、笙野頼子の文章をいくつか読んだだけで、大塚の方の議論がどういうもので、それの何が笙野の逆鱗に触れたのかは詳らかではありません。

    しかし、大塚自身、個人的には「システム的に作品を作る」ということに惹かれる部分がある、と本書でも書いていますし、そのあたりが、私も大塚の評論は読んでも、小説を読む気にならない部分なんだと思います。

    つまり、私はポストモダン的な「作者の死」なんて全然信じていませんし、何より大切なのが「個人」であり「作家性=交換不可能性」だと思っているので、笙野頼子はちょっと極端だけど、彼女の気分はわかるんです。
    システムなんてものは、芸術への無理解に発して、芸術の本質を攻撃破壊する ものでしかない、という、アナログな「印象」です。

    だから、今回のたつき監督の降板は、まさにシステムからの攻撃だったんだと思います。
    デジタル化できない要素は、迷惑なのだ、ということですね。

    本物の作家性というのは、二進法に解体できるようなものじゃないということを、システムの側が認めた結果の排除だと、私は考えます。

    ともあれ、大塚英志は「システム的に作品を作る」ということ自体は否定していませんが、だからといって、今のKADOKAWA的なプラットホームシステムを、そのまま肯定しているのでもありません。
    KADOKAWAの今のシステムを支える「工学的知」は、それとしてあまりにも幼稚であるとする批判は、だからこそなされているのです。

    「工学的知」は取り入れられるべきでしょう。しかし、それは長い歴史を持つ「人文知」の力をしっかりと吸収して、それを乗り越えていくものでなくては、道を誤ってしまう。
    しかし、今の幼稚な「工学的知」は、それに気づいていないので、「人文知」は、今の「工学的知」の暴虐に抵抗して、これを高めるものでなければならない。

    大塚英志は、大筋こういうことを語っているのだと理解しました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月01日 00:14

    > 原田忠男:はらぴょんさん 

    『コンテンツ産業が造り出す「工学的知」のシステムの問題は、街の監視カメラだらけのセキュリティ・システムの問題と似ていますね。防犯等を考えると、監視カメラやコンピータを使った追尾システム、さらにはマイナンバーカードの写真等の情報などとの連動が必要である。しかし、人間の精神の自由という観点からすると、これは酷い管理社会化を意味するのではないか。』

    これも、まったく同感です。
    「便利な機械的システム」は、人間をデータに解体して管理するシステムですから、たしかに効率は良くて便利ですが、不合理な生き物としての人間性を、やんわりと扼殺するものでもあると思います。

    しかし、かく言う私たち自身が、そういう便利に好んで隷属してしまっている。
    それでいて、どうシステムと対峙できるのか。果たして、人間的なシステムとは可能なのか。

    世の中が便利になっても、人はそれほど幸せになっているようには見えません。だから、便利なシステムをそのまま信じることは出来ませんが、かと言って、全否定したり、システムの外に出ることも出来ない。
    つまり、システムとの人間的な対決というのは、容易なことではないと思います。

    でも、嫌がらせは出来るし、しなければならない。レジスタンスとは、そういうものだと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月01日 20:11
    要点としては、「システムに飼い慣らされることなく自分の頭で考えること」だと解しました。
    たとえば、エコノミックアニマルとは、全てを合理的に処理できる能力が備わっている人間を前提とした理論。明らかに人為的に作られた制度設計ですから、人間の恣意性は問われません。完璧なるシステムに添って理論を展開出来たとすれば、正しい答えを導き出せるかも知れませんが、私は前提となるものが間違っていると解するので、そうしたシステム自体を疑ってかかるべきものだと思いました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月01日 20:30
    システム自体は、言わば「ある様にある」ものでしかなく、それ自体に罪はないのですが、システムの作者は人間ですから、自ずと作者の長所と短所を反映します。なので、完璧な作品が無いように、完璧なシステムも無いんだという、当たり前の感覚は持っていないと、新しさに幻惑されかねないと思います。人間はすぐに、自分の神を作りたがりますからね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月01日 23:30
    この論文を、そのままamazonのブックレビューとして投稿したんですが、これは「掲載できない」と返事が来ました。

    例によって、どこがどうマズイという具体的な説明は一切なく、「ガイドライン」に沿っていないという、どうとでも取れる説明だけ。

    こないだTwitter社が、アカウント停止の基準が怪しいとの批判を受けて、具体的な説明をする方に舵をきったそうだけど、amazonレビューなんて、まだまだマイナーだから、こんなことで誤魔化していられるんでしょうね。

    ま、天下のコンテンツ企業であるKADOKAWAへの批判は、似たような企業であるamazonへの批判ともなりうるので、好んで掲載したくはないし、有力な同業者の批判は表立って載せたくない、ということなんだろうと理解しました。

    本当に、amazonの器が知れる対応ですね。
    私のレビューの影響力なんか、ぜんぜん無いに等しいんだから、むしろ掲載が断られたという、興味深い事実を採取出来たことの方が、よほど価値があったとも思っています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年12月04日 11:31
    ダメ元でamazonレビューへのアップを再度試みたところ、うまくいきましたので、ご報告しておきます。

    タイトルを「KADOKAWA的なプラットホームシステムと『けものフレンズ』」と変えたことと、今回は画像を添付しなかったことだけ前回との違いで、本文はまったく同じでした。

    このことから、前回の投稿が拒否された原因は、たぶんこの添付画像だったのだろうと推測されます。

    その添付画像とは、たつき監督が『けものフレンズ』第2期から降板になったとツイートした、あのツイート画面の前画像です。

    私自身、これまでレビューの投稿に画像を添付したことはなかったのですが、今回の文章は「たつき監督降板騒動」を知らない人には不親切なものであり、かと言って、それを長々と説明するのも何なので、あの騒動を端的に象徴する、たつき監督のツイートの画像を添付することにしたのです。

    ただ、これは著作権的に、amazonのレビューへのアップは難しいかな、という意識は投稿時からありました。いわばダメ元で投稿し、その結果、やはりダメだったんですが、前回書きましたとおり、なにしろ不掲載の理由説明が無いものですから、この画像が問題であったとは特定できず、結果として、私もいろいろと勘ぐることになってしまいました。

    このようなワケで、今回は、画像の添付を止め、タイトルも「騒動」を前面に出さないかたちに変えて投稿してみたら、無事掲載されました。

    amazonの不掲載意図を、悪く勘ぐったのは申し訳なかったけど、最初から「添付画像は著作権に抵触しますので、このままではレビューともども、掲載してはいただけません」とか説明してくれていたら、私も画像の添付にはこだわらなかったし、amazonもその底意を無用に忖度されることもなかった。

    ですから、説明手続きが面倒なのはわかりますが、やはり説明って大切なのではと思います。

mixiユーザー

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