「氷河鼠の毛皮」 宮澤賢治 筑摩書房
＜新＞校本 宮澤賢治全集
第十二巻 童話［��］・劇・その他 本文篇
筑摩書房
「氷河鼠の毛皮」 宮澤賢治
「このおはなしは、ずいぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹き飛ばされて来たのです。氷がひとでや海月(くらげ)やさまざまのお菓子の形をしている位寒い北の方から飛ばされてやつて来たのです。
十二月の二十六日の夜八時ベーリング行きの列車に乗つてイーハトヴを発つた人たちが、どんな眼にあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。」
というミステリアスな書き出しから始まる物語。
ベーリング行きの列車という架空の鉄道線に、大いに想像が掻き立てられる。
束の間の旅の仲間は全部で十五人ほど。
目立つのは、毛皮を一杯に着込んで二人前の席を取り、アラスカ金の指輪をはめた、顔の赤い肥った紳士と、北極狐のようにきょとんとすまして腰掛けている痩せた赤ひげの人、かたい帆布の上着を着て愉快そうに自分にだけ聞こえるような微かな口笛を吹いている若い船乗りらしい男ぐらいで、後は、赤い肥った紳士ほどではないが、同じように立派ななりをした紳士たちに、三、四人の商人風の人ばかり。
列車が出発して皆も落ち着いた頃、赤い顔の肥った紳士が、近くの者をつかまえて自慢話を始める。
極寒の寒さに備えて、自分がどれだけ上等の外套を持っているか。
「イーハトヴの冬の着物の上に、ラッコ裏の内外套ね、海狸(びばあ)の中外套ね、黒狐表裏の外外套ね、それから北極兄弟商会パテントの緩慢燃焼外套ね・・それから氷河鼠の頸のとこの毛皮だけでこさへた上着ね。」
「しかし氷河鼠の頸のとこの毛皮はぜい沢ですな。」
「四百五十疋分だ・・。」
この紳士は、北極近くまで猟に出かけて、黒狐の毛皮を九百枚も取って来るという。
ウイスキーを取り出して飲み始め、酔っ払ってくだを巻き始めたこの紳士は、他の紳士の毛皮の外套に難くせをつけて怒らせたりした後、窓際に座って外を眺めている船乗り風の若者に声をかける。
帆布一枚じゃとても寒い、外套を一枚貸してやろうと傲岸な態度で物を言うが、若者は黙って窓の外を見ている。
「君、君、おいなぜ返事せんか。無礼なやつだ君は我輩を知らんか。
わしはね、イーハトヴのタイチだよ。イーハトヴのタイチを知らんか。
こんな汽車へなんか乗るんぢやなかつたな。わしの持ち船で出かけたらだまつて殿様で通るんだ。」
もうこんな大きな子どものような酔いどれを誰も相手にしない。
そうやって夜が過ぎ朝になったとき、俄かに汽車が止まった。
どうしたんだろうと皆が顔を見合わせると、外ががやがやとして扉が開き、一緒に乗っていたはずの赤ひげの人が先頭に立って、毛皮を着て白熊のようになったすさまじい顔つきの者ども二十人ばかりを引き連れて入って来、ピカピカするピストルをつきつけて・・・。
ずいぶんタッチが違う。
ミステリアスな出だしで始まって、北上する車中の情景から列車強盗の登場! 緊迫のサスペンスシーンが、船乗りの若者が活躍するアクションシーンへ!! なんとまあ、終わりはハードボイルドなタッチで終わること!!! まるで映画を見ているようだ。
賢治氏はストイックなだけの性格では無い様子。自らの旺盛な欲望を感じるからこそのストイックな志向だったのかな。こういう娯楽志向の強い作品を書きたい願望も密かにあったのかもしれない。
ここにもSF的ガジェットが出でくる。
北極兄弟商会パテントの「緩慢燃焼外套」って・・(微笑)。ユニクロのヒートテックを連想してしまった(笑)。
すごいなあ、ずっとずっと昔の時代なのに、どんだけ自由な発想ができていたんだろう。
究めたるはセンスオブワンダー、限りない発想力に敬服します。
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