「ああ、あっけないね」
まったく。こんなに早く片付くとは思っていなかった。
あたしは自分の足元にうずくまる武装隊に向かって思わずため息が出た。
もう少し手ごたえがあるやつはいないのか。こんなレベルでお城を守っているだなんて、どこまで危機感のない人たちなのだと言葉にならない。
この後、どうしたらいいかもわからず、あたしはそこに立ち尽くす。
風船のように膨れ上がったフリルのドレスはいつの間にか消え、もとより着ていたシャツとパンツ姿になっている。もとに戻っただけかと少しだけ安堵した。
「お、おい、こんな所でまでそんなの飲んでんのかよ」
「いいじゃん、これが一番好きなんだからさ♪」
階下の方で声が聞こえた。
「てかそんなの飲み物の所に置いてあったっけ・・・って、うわっ!!!!」
なんだこれっ!
そんな声が響き渡って、海のように深い色の瞳と目があった。
どこかで見たことがある輝きだとふと思った。
「え、ちょっ・・・」
そして、隣に並ぶように立つ風になびくような美しい黒髪を持つ少年も。
ポカンとして、ただ立ち尽くすあたしを、その二人は眺めていた。
二人とも、どこかの坊ちゃんなのだろう。しっかりした正装に身を包み、見るからにとても誠実な様子が伝わってくる。
「悪いが、通してもらおう」
どうしたらいいのかさっぱりわからないが、ここにいても仕方がない。
もう少し骨のある人間と闘うのも悪くないが、何か違うような気がした。
あたしが一歩進むと、彼らはびくっと飛び上がる。
まぁいい。かかってくるのならこればいい。
まだひよっこのような少年たちだがあたしの前に立ちふさがる人間は容赦はしない。
一歩、また一歩とあたしが階段を下るたび、二人は顔をひきつらせたが、動かない。いや、動けないのだろうか?
どうでもいい。
そう思った時、脳内で声が響いた。
『早くっ!』
「え?」
頭の奥の方がずきんと痛む。
『早くお戻りください、アベマリア様!!!』
この声は聞き覚えがあった。
「お、おやゆび姫の・・・乙女・・・」
『早く。 早くお屋敷にお戻りください、アベマリア様!』
頭が痛い。視界がぼやけ、思わず手すりに寄りかかってしまうが、彼女の声は鮮明に聞こえた。
『でないと、物語が・・・』
彼女の声は震えていた。
『物語が、変わってしまいます・・・』
物語が、変わる・・・?
ズキズキと痛む頭ではうまく物事が考えられない。
しかし、だんだん細く弱くなっていく彼女の言葉がまた脳内をぐるぐる回る。
「もの・・・がたりが・・・変わる・・・」
この状態でもまだ、変わっていなかったというのか?
王子と名乗るあの男に、靴を投げつけなかったこの状況で、まだ物語を完結に向かわせることができる可能性があるというのか?
屋敷に戻れば、まだ間に合うというのか・・・
乱れる息を整え、静かに目を閉じる。
まだ間に合うというのなら、帰らずにはいられない。
それに、あたしは美海とだって12時になったら帰ると約束をした。
あまり待たせてしまうときっと彼女は心配するだろう。なぜそんなことに気付かなかったんだろう。
頭の中で、とても深い霧が晴れたような気がした。
立ち上がろう。そうした時、後ろからものすごい勢いで肩をつかまれたのがわかった。
「に、逃がさない!」
そして、振り上げられる刀が目に入る。
まだ元気だったのか?武装隊の君・・・こりないね。
あきれて言葉にならなかったが、こんなスローモーションな動きをよけられないあたしじゃない。仕方ないからまた教えてやろう、そう思った、そんな時、
「うわっ!」
甘い香りがした。
あたしが動く少し前に、目の前の男の顔がピンク色に染まっていて、よくわからなかったが、おかげで本日で一番最高の一発を彼にくらわすことに成功した。
ぐはっ!!!っと大げさに武装隊の彼は宙を舞った。
すごい跳躍力だな、と感心してみていると、後ろの方で、おいっ!と叫ぶ声がして、あたしはそっちに目を向けた。
「な、何してんだよ!」
瞳の色と同じ海色の髪の毛を揺らし、ブルーハワイの少年は、自分が何をしたかわかっていないようにぽかんと立ち尽くすもう一人の少年のもとに駆け寄る。
彼の手に握られていたのは、空になったグラスだった。
「い、いや、だって女性に暴力はどうかと思って・・・」
「じょ、女性・・・?」
何言ってんだよおまえ!逃げるぞ!そう言わんばかりの金切り声をあげ、ブルーハワイは隣の少年の手を引く。そして、ちらっとあたしに目を向け、足を止める。
「・・・ほんとだ」
ぽかんとしたその海色にあたしが映る。
「す、すみません!」
そして、丁寧に頭を下げる。
まるで逃げることなんてすっかり忘れてしまったように。
どこまでもお人よしで、誠実な少年だなと笑えてくる。
「君たちには、あたしが女に見えるのかな?」
彼らを見ていたら、荒れていた気持ちが嘘のように軽くなった。
あたしが笑うと、彼らはますます困惑した顔でこちらを見つめてくる。
返答してくる様子が感じられなかったから、答えを待つのはやめた。
「脅かして悪かったね。 急いでいてね」
甘い香りの漂う地面からあたしは再び足を進める。
「助かったよ、ストロベリーボーイ」
人に助けられたのは初めてだよと笑うと、彼ははっとしたように反応し、いえ・・・とだけ呟いた。
「その勇気で、いつか大切な者を守ってやるといい」
あと二・三年すれば、きっと同じ舞台で戦うことになりそうな、そんな未来明るい少年たちを背に、あたしは出口へと向かった。
彼らは逃げた様子はなく、また、あたしを追っかけてくる様子もなかった。
『早く・・・早くお戻りください・・・』
同じ声が脳内で響きわたり、気付いたら息を切らせ元来た道を走っていた。
裾が膨らんでいない分、とても走りやすくて感動した。
足が、目の前で封鎖されようとしている門の前で止まるまでは・・・
「え・・・」
中にはまだ、舞踏会を楽しむ人が大勢いるはずだ。
それなのに閉じられようとする門。そして、後ろから迫るけたたましい馬の足音。
またしても武装隊だ。今にも閉まりそうな門めがけて全力で駆けている姿が見えた。
まだあんなにいたのかと驚いたくらいだが、戦っている時間はなさそうで、あたしは木陰に姿を隠した。
彼らは狭くなった門をそのまま通過していく。
あたしも同じように外に出るべきだったと思うが、そうできなかったのは、あまりの武装隊の数を見送っているうちにいつの間にか門も閉じられてしまったからだ。
「・・・困ったね」
今の武装隊たちは、逃げたあたしをおっかけて走って行ったのだろうか。
どこまで追っかけてきても彼らが地を這いずり回ることに変わりはないと思うが、門が閉められてしまっては帰るに帰れない。
『早く・・・早く・・・』
頭を回る声に、少し落ち着かない気持ちになる。
目の前にそびえたつ壁を重々しい気持ちで眺める。
「壁をよじ登るなんて・・・とても美しい姿とは思えないね」
ため息が出る。
美しいメロディーを奏でる王宮は、いまだに失うことのない輝きに満たされキラキラ光っていた。
風がやんで、音が澄んで聞こえた。
「ああ、俺もそんな姿はちょっと見たくないかな^^」
だから、いつの間にか後ろに立っていた男の声もはっきり聞こえた。
聞くからに好ましくない軽快な口調に思わず嫌悪感が隠せない。
「ほ〜んと、みんな空気が読めなくて困るね♪ せっかううちの門番が美しい想い人とお取込み中って時に馬でかけっこなんて行われてもねぇ・・・」
振り返ると、あの優男と同じくらい・・・いや、もっと軽薄そうな雰囲気を漂わせ、その男は静かに笑っていた。
「だから、門は絞めさせてもらったよ」
邪魔してほしくないんでね、親友としては♪と一瞬感じた殺意を押し殺した笑みを浮かべて。
どう見てもさっきの武装隊たちとは雰囲気が全く違ったが、全身に防具をつけ、腰元に剣を収めているであろうその姿は、この男もあたしにとって好都合な相手ではないことは直感で分かった。
「・・・君は?」
聞いておいて後悔する。
「いや、やっぱりいい。 聞いても無駄だ。 興味が一向にわかない」
邪魔をするならまたお休みしてもらえばいいだけの話だ。少し他の武装隊と雰囲気が違うこと以外、相違はないのだからいちいち名乗られても迷惑なだけだ。
ああ、嫌だね。 お城って所には、吐き気がするほどに見てられない男が多すぎる。
思わず脳内の言葉がそのまま音となって漏れる。
驚くほど限界を感じるこの状況に、再び頭痛を感じる。
「ええ!!!ww そんな・・・これでも一応、結構モテるんですけど? 俺、一応、近衛隊の隊長だしwwwwww」
聞いてもいないのに、そいつはペラペラ話し出す。耳に響く声が厄介だ。
「というか、君のおかげで愛しのシマコ嬢とここからが最高に微笑ましい展開もいいところだったのに、こ〜んな所に来ることになって、ほんと俺も迷惑してるんだけど〜 部隊のメンバーぶっ飛ばす男なんて・・・俺だって興味ねぇってのwwwwww」
ほんと、困るよね。とへらへらした笑い、その表情からは想像できない早さで腰元の剣が抜かれていた。
「俺も男には興味ない」
彼は笑う。
口元だけ緩めて。
目は、獲物のようにあたしをとらえたままで。
「・・・はは。 仕方ないね」
だから構えることにする。
「売られた喧嘩は買えって、あたしも教わっているしね」
相手が本気なら相手をしないのは失礼にあたる。
それにぶちのめすのには申し分のない相手にも思えるし・・・
そう思い、あたしが助走をつけかけた時、後ろから、何かがものすごい勢いであたしの隣を飛んでいくのが見えた。
風を切るそれが、あたしの真横を通過する。オレンジ色の物体。
はっとした時、目の前のチャラ男隊長の剣が、それに切りかかった所だった。
「おいおいガキども。 よい子はそろそろ寝んねする時間だぜ!」
聞き覚えのある声と懐かしい小柄の背丈・・・暗闇から静かに現れた男に見覚えがあった。
「あ〜あ、いきなり投げつけるとか、やめてほしいなぁ、まったくwwww」
剣に食い込むようにしてくっついているかぼちゃを見つめ、チャラ男隊長が楽しそうに笑う。
「陸奥・・・先生・・・」
予想もしていない人物の登場に、あたしは驚きを隠せなかった。
なぜ、彼がここに・・・
「相変わらずおめぇがちんたらしてたせいで、魔法が解けちまったぜ! あの堅物の門番から結局罰金取られたってのによ」
にやっと笑うその笑顔に変わりはない。
陸奥先生。ここでは使用人と呼ぶべきか。
「ずっと待っててくれたのかい? 踊る相手もいなかったというのに・・・」
「おめぇらいちいち一言余分なんだよっ!」
あの門番のやろーも、馬車のセンスが悪いからモテないんだとか何とかバカにしやがって・・・とぶつぶつ続けながら、彼はあたしの隣にやって来てぼそっと何かを呟いた。
「もしもーしwww 俺を無視しないでいただきたいんですけどwww」
もしかして、二人とも切っちゃうことになるのかな♪とチャラ男隊長は楽しそうに声を荒げる。
「おめぇの相手は俺がしてやる」
「えwww そうなんですか?www」
まぁ、確かにとチャラ男隊長はあたしに視線を向け、大げさに肩をすくめる。
「俺も男二人を真っ二つにするのは大歓迎だけど、血に汚れたレディを見るのは嫌ですしね♪」
「え・・・」
行け!と陸奥先生の低い声が響いた。
「とっととやっつけてやるからよ。 早く終わらせてあの堅物門番がいちゃついてるとこをからかいにいかねぇといけねぇしよ」
先生の瞳はまっすぐチャラ男隊長だけをとらえ、口元だけを不敵に緩ませる。
「ああ、同感ですよ。 残念だな。 こんな形で出会わなければ、あなたとはよき飲み友達にでもなれたでしょうに♪」
「違いねぇ!」
先生の声とともに地面を蹴る音が聞こえた。
同時にあたしも駆け出した。振り返ることなく。
先生が言っていた、裏門とやらに向かって。
あの後はなかなかのものだった。
とりあえず、どこにあるかもわからない裏門目がけて走ること数分。
ようやく見つけたそこには、なぜか桃子先生お母様や姉君たちが乗って行ったはずの馬車が止まっていた。
中には膝を抱え、小さくなった姉君と心配そうな面持ちのミス・クロコダイルが乗っていて、大丈夫だったかと優しくあたしを迎えてくれた。
桃子先生お母様は急用で帰れなくなったそうで、あたしが乗り込んだ途端、出発してくれとミス・クロコダイルが運転手に告げたところだった。
帰りの馬車は驚くほど静かで、風を切って走る音にただ黙って耳を傾けた。かぼちゃの馬車よりは乗り心地がいいと思った。
少ししたところで、ミス・クロコダイルに今日のことを聞かれ、すべてを話すことになった。あたしが話し終えた時、彼女はほんの少し驚いた表情をしたけど、そう・・・とだけ呟いて黙り込み、信じてくれたように見えた。そして静かに一言、追っかけてきてくれるかも?と震えあがるような動作をした姉君に会話を振って。
そ、そんなわけない!そのガラスの靴はシンマリアのものだし・・・とわけのわからないことを口走られ、あたしもあたしで、勢い余ってああいった行動に出てしまったが、あの優男が追って来たらどうしたらいいのかと途方に暮れた。
対するミス・クロコダイルは、ソニジアだって、目つきの悪い男とどうなったのだと慌てて返す姉君に、え?あの人はただ私と同じでダンスが苦手だっただけでしょう?ときょとんとした面持ちで答え、姉君をあきれさせた。
と、まぁ、こんな感じで、馬車の中は最初の雰囲気と一変してにぎやかになった状況であたしたちは屋敷に戻ることとなった。これぞガールズトーク。微笑ましいことこの上なかった。
散々だったのは、その翌日だった。
ひばりが鳴く頃、いつの間にか戻ってきた桃子先生お母様に叩き起こされたあたしたちは、昨日から大騒ぎになっているという話を聞いた。
プリンスが一目ぼれをした女性をガラスの靴を手掛かりに探しているということ。
そして、城の近衛隊を完全に立てなくしてしまった男が、指名手配人として町中に張り出されたということ。
プリンスの側近だとかいう、眉間にしわを寄せた男がこの町を朝から回っているらしかった。
おかげであたしはまたロックフォールの香りの部屋に閉じ込められるか、もしくは女性のようにふるまうよう努力しろと桃子先生お母様にきつく約束させられた。美しい笑顔の裏に隠された恐怖を知った。
姉君も怯えているようだったし、どうしたらいいのかわからなかった。
男同士の約束を違えるのは少し抵抗があったが、ガラスの靴を破壊してやろうかとも思った。
外の方でけたたましいラッパの音が響き渡り、どこからともなく麗しい女性たちの可憐な声が響き渡った。
真っ赤になって座り込む姉君。と、その横で彼女を支えるように肩を寄せるミス・クロコダイル。隣にはなぜか早朝から届けられた桃子先生お母様宛の大量の贈り物が並ぶ。
「もうすぐこちらにも来るころじゃないかしら」
桃子先生お母様の艶やかな唇が静かに動く。
見ていられなかった。
「姉君・・・申し訳ない」
「え・・・」
「あたしが、感情的になって勝手なことをしたばかりに」
驚いたように顔をあげる姉君。
「あなたには、笑顔がふさわしい」
姉君が何かを言いかけたが、あたしはそれを聞くよりも先に、駆け出していた。
後ろから、あたしの名を叫ぶ姉君とミス・クロコダイルの声が聞こえたが、あたしは聞こえないふりをした。
どうにか、どうにかしないと。
ただその一心で、あたしは高らかに響くノイズの方に向かって急いだ。
いつの間にか町のあちこちに、ハニワが髪の毛を生やしたような絵が貼り付けられていて、見つけたものに賞金を出すとそこにはその絵に似つかわしくないほどとても美しい文字が書かれていた。
「ちょっと、そこの小さき者・・・」
不機嫌な顔つきでその紙を淡々と張り続ける子供に向かってあたしは声をあげた。
背伸びをして一生懸命紙を貼ろうとする姿は微笑ましいが、それどころではない。
「え?」
「あ、いきなり呼び止めてしまってごめんなさい。 小さき者、少しいいかしら?」
桃子先生お母様との約束は絶対だ。
言葉遣いに気を付けながら不審そうにこっちを見つめてくる子供に向かって言葉を発する。
「ち、小さき者って俺のこと?」
「ええ、もちろんよ」
「ち、ちいさくねぇしっ!!!!!!」
あなた以外、どなたがいらっしゃるの?と笑いかけると、彼は涙目で反論してきた。難しいお年頃なのかもしれない。金色の髪にきれいに編みこまれたメッシュカラーの前髪が印象的だ。
「それより聞いていただきたいの! この絵、あなたが描いたの?」
ぶすっと彼は黙り込んでしまったが、その通りだと言わんばかりの反応だったから、構わずあたしは続けた。
「文字はとても美しいのだけれども、もう少し絵の方も何とかならなかったのかしら? これではあまりに美学に欠けるわ」
こんなのがあたしだと思われたらたまらない。
オブラートに包んで伝えたつもりが、ますます不満そうな顔になった小さき者は俺は絵は専門じゃないのに無理やり描かされたのだと小さいながら頬を真っ赤にして憤慨してきた。
「でもまぁ、俺の言った通りだ。 犯人ちゃんと戻ってきたし・・・」
「ああ、そのようだな」
ああ、しまった。そう思った時、あたしは昨日ぶりに会う武装隊のメンツにまた取り囲まれているところだった。
懲りないな・・・と思うが、今度はみな、学習したように武器を構え、こちらを見ていた。
「まったく、こんな単純なことで犯人が捕まるなんて思ってもみなかったよ」
その男は不機嫌そうに眉間にしわをよせ、眼鏡のブリッジを持ち上げる。
ため息とともに武装隊の前に一歩出たその顔に、もちろん見覚えがあった。
「な・・・」
探していた。
ずっと、探していた。
「七織湊っ!!!!!!!!」
やっと見つけた。
自分でも驚くほどの声をあげて、あたしはその男に飛びついていた。
「ああ、よかった! やっぱり君だったんだね。 君以上に眉間にしわが寄ってるなんて表現がぴったりくる男が、他にいるとも思えなかったんだ!」
なっ、なんなんだ君は・・・と、相変わらずの声がしたが、間違いない。この男こそ、七織湊。あたしの親友、張本人だ!
武装隊もあたしたちの感動的再会に感銘を受けたのか、慌てた動作で武器を構えたままこちらを向く。みなに囲まれ、まるでとても祝福された気分だった。
「・・・っ。 さげろ」
七織湊が何やら偉そうに命令すると、飛び上がるように武器を下ろす武装隊。
さすがはあたしの親友。いつの間にか武装隊とも交流を深めたようだった。
小さき者も驚いたようにあんぐり口を開けていた。
あとは、ルドルフさえ見つかれば・・・あたしはきっと、物語の結末を変えてしまっても困ることはない。そう思えた。
「ま、まさか・・・こ、この者がみ、ミナト様の・・・」
「違うっ!!!!! 勘違いするな」
相変わらずの反応の早さを懐かしく感じながら、あたしは彼になら姉君のことがお願いできるかもしれないと静かに考えていた。
そんな時、遠くの方でわああああああ!という歓声が上がる声が聞こえた。
心なしか、あたしのいた屋敷の方から聞こえた気がした。
どうして・・・武装隊はみな、まだここにいるし、ガラスの靴もあたしのポケットの中に眠っているというのに。ぞっとした。
「お、王子様が、サク王子様が、求愛なされたーーーーー!!!!」
遠くの方で声が響いた。
「なっ、あのお方は・・・勝手に出てこられたというのか・・・」
七織湊の深いため息が聞こえた。
「きゅ、求愛・・・」
だ、誰に・・・
ま、まさか・・・い、嫌がる姉君に・・・
「は、離してほしい。 七織湊!!!!!」
あたしはあそこに行かねばならない!必死にそう訴えるが、いつの間にか彼に腕をつかまれる形になっている。
「何を言っているんだ。 離すわけないだろ。 君は・・・」
「後でまた捕まってもいい。 しかし、姉君をまず助けにいかないと!」
あたしが振り払おうとした時、一瞬見えた彼の表情がふっと揺らいだのが見えた。
「君は、仕方のない人だ」
彼の声がどんどん遠ざかるのを感じた。
そして姿も・・・
「本当に、どこにいても・・・」
彼が最後に何か言ったように思えたが、あたしはまた、これ以上にない光に包まれてその言葉を聞くことができなかった。
『ミッション・クリア!』
次にあたしが聞いたのは、どこからともなく響いたおやゆび姫の乙女の声だった。
「な、何を言っているんだ? ミッション? ここは・・・」
あたり一面漆黒の闇に包まれてあたしはあたりを見渡す。
『無事に、物語が完結したようです。 アベマリア様』
ぼうっと光る一つの光の中で、彼女が笑った。
「完結した?」
どこをどう考えたらあの状況ではいめでたしめでたしになるものかっ!
どう考えても、姉上のピンチを救いに行く真っ最中だった。それなのに、だ。
『王子様とお姫様は、永遠に幸せに過ごしましたとさ』
心地の良い声だった。
滑らかで、まるで鈴の音のようで・・・
いや、だまされるわけにはいかない。
「プリンスとプリンセス? いったい何のことだ?」
意味がわからない。
しかし、彼女の声はもう聞こえない。
再び反論するよりも先に、あたしはまた別の光に今度は包まれることとなった。
コンサートのスポットライトもここまで眩しくはない。そう思う。
七織湊なら眉をひそめて言ったと思う。
一体何なんだこれは・・・と。
再び聞こえた大きな歓声で、あたしは視界の色を確認した。
けたたましい拍手が舞台上に向かって送られている。ここは・・・
舞台の中心で、先ほどまで手のひらサイズで飛んでいたおやゆび姫の乙女が大きなドレスを揺らせひらひら手を振る女性の隣で笑っていた。
「お、おやゆび姫の乙女・・・」
どうして・・・
「全く、何を言っているんだ君は・・・」
隣から、またしてもあの声が聞こえた。
「まさか、君も寝てたんじゃないだろうな?」
「え・・・」
はっとして隣に目を向けると、暗闇でも確認できるほど眉間にしわを寄せた七織湊と、そしてその隣で大きな口を開けて寝ほける弟の姿が確認できた。
「寝ていた・・・?」
「せっかく中等部の人間から譲ってもらった舞台だというのに君たち二人は・・・」
深く深くはかれる七織湊のため息。
こうもため息ばかりだと幸せが逃げてしまいそうだと思うが、言わないでおく。
「も、物語は、完結できたのか?」
「ああ、たった今終わったよ」
そうだ。
あたしは思いだす。
目の前でアンコールの掛け声とともに再び舞台上で舞いだすキャストたち。
バレエの舞台を見に来ていたんだった。
それとあたしがわけのわからない世界に連れて行かれたのとどう関係あるのだろう。
そう思ったが、これ以上追及して考えるのもなんだが野暮にも感じられた。
舞台上で微笑みあうプリマドンナたちと、幸せそうにそれを見守る観客たち。
それが何よりじゃないか。
誰もが笑って過ごしているこの今が、なんだかとてもハッピーエンドに感じて、あたしも盛大に拍手を送った。
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