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2018年05月17日01:25

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5月16日

右目と眉のあいだから白い毛が一本だけ生えていた。いつからあったのかはよくわからない。気づいたときには、けっこう長くなったそれが垂れていた。なんだか珍しさとかわいらしさがあって、それからぼくはこれを意識的に伸ばしていくことに決めた。でも鏡で見ると、なんだか根本が細く、妙なねじれができていて、すぐにも抜けてしまいそうな感じがした。だから、ぼくはそれをとても大切にあつかうように心がけた。Tシャツを脱ぐ時なんかは慎重に首を通すようにしたし、風がふいていれば手で壁をつくり、それが収まるのをじっと待った。そうしてその白い毛は2.5センチくらいにまでのびた。視界の上方に、それの先端がちらちら揺れるのがうつるようになった。よくよく観察してみれば、白髪というよりも、光が透けているような不思議な毛だった。
今日、美容室に行ったときにそれを剃られてしまった。あ、と青ざめた自分の顔が、鏡にそのまま映っていた。まったくもって油断していた。眉毛をカットするか聞かれたときに、ぼくは何も考えずにお願いしてしまったのだ。店を出たところの階段ですぐさま指でさわってみると、そこには白毛の存在を証明するものが何ひとつとして残されていなかった。すべりのいいつるつるとした感触が指の腹につたわってくるだけだ。呆然としながら建物から出ていくと、5月のまばゆい光が差してあたまがくらくらした。お客さんの中には、考えていたよりも髪を切られてしまって不満げにここを出て行く人もいるだろうけれど、ぼくの場合は切りすぎたというよりも、根こそぎいかれてしまったのだ。その落胆ぶりは比にならないと思う。
 それから、市役所に行く用事があったのでその足で向かった。もうぼくは白毛の生えてない人間なのだと思いながら、大きな川に沿ってふらふら歩いた。そこを吹き渡る風が、ぼくの胸をからからと回していく。ふと顔をあげると、いろんな人が同じ方にむかって歩いているのを見た。缶ビールにストローをさして飲んでいる人。僧侶みたいな格好の、眉根にしわをよせた人。笑いながら錆びついた自転車のブレーキをかける人。いろいろな人が、何かしらの用事をすますために市役所に向かっていた。なんだか市役所を中心に巨大な渦ができているみたいだった。みんな少しずつ近づいていき、そして飲み込まれていく。その渦がいろんな人を巻き込んでいくのか、それとも、いろんな人によって渦がつくられていくのか。どちらなのだろうと思った。いずれにせよ、ぼくもその渦の中にいる一人であることに間違いはなかった。なんだか心細い。せめて白い毛さえあれば、と悔やんで何度も眉の下をこすった。

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