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2018年01月18日02:56

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稚児は洋の東西を問わずに好まれるもの

稚児とは男色の相手方となる少年のことで、その年令は一説では6歳までとされてはいるものの、私の見立てでは12歳頃まで該当するのではないかと思う。それは元服の年齢が12歳から16歳ぐらいまでに行われるためである。

男色の相手としては12歳以上16歳ごろまでの少年も対象にされた。これらの少年は一般的に陰間と呼ばれ、武士階級に抱えられた場合には小姓として扱われた。

作家稲垣足穂の作品に「少年愛の美学」がある。今ではどんな内容であったのかは殆ど覚えてないが、少年を愛でることは現在の同性愛(ゲイ)とは一線を画したもので、言うなれば両性愛に近いものであった。つまりは楽しみとしての性愛は少年で、女は子供を作るという前提での性愛と受け取られていた。
もっとも女犯が禁じられていた坊主は小僧という名目で稚児を身辺に置くことは珍しくなかった。

カトリックの神父は今も昔も妻帯をしてはいけないとされているが、それに対してプロテスタントの牧師は「結婚しての性愛」は認められている。これは宗教改革で名が知られているマルチン・ルターが、神への忠誠は行為ではなく信仰にあるとして修道僧としての身分を捨て、元修道女であった女と結婚して溜まりに溜まっていた性的欲望を発散したことに端を発しているのである。

それはさておき、カトリックには聖歌隊を設けるのが習わしである。この聖歌隊には少年と少女のみがメンバーであるために、聖歌隊を隠れ蓑にして稚児を身近に置くことや、聖歌隊に入れた少年を性愛の対象にすることができた。

ただ現代においては18歳未満の男女に対しての性愛を行うことは法的にもモラル的にも好ましくないので、大ピラに行うことはできない。しかし身近に美味そうなごちそうがあれば食べてみたいと思うのと同様にし、食べてしまたいという欲望に苛まれることとなる。
そこでついつい手を付けてしまったものの隠し通すことができなかったために問題とされてしまったわけで、禁止されていた行為を行ったのは事実であるものの人間らしい行為であったと言えよう。

■ローマ法王「苦悩と恥辱」 聖職者の性的虐待に謝罪
(朝日新聞デジタル - 01月17日 20:27)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4947412
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