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2016年04月08日16:36

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論語「君子は和して同ぜず」


以下、樫野紀元「心を元気にする論語」を参考にしました。

子曰く、
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。

君子は、誰かれなく、なごやかに打ち解けあいますが、決まった人とだけ仲良くするようなことはありません。一方、小人は、自分と同類の人と群れて仲良くしますが、広く他の人たちともなごんで打ち解けることがありません。

確かに、人格ができて立派で信頼できる人は、ゆったり構え堂々としていて、誰とでも臆することなく接する。他方、小人は、びくびく、こせこせしていて、同類の人とだけ群れ集まって安心する。

私たちは、多くの人と接し、その人たちの来し方や“人なり”を知ることになり、“人”のありようや多様な価値観を学ぶことができ、また人を観る目を養うこともできる。

論語に、
三人行けば必ず我が師あり。其の善き者を択びて之に従い、其の不善なる者にして之を改む
という言葉がある。

孔子は、三人いれば、必ずその中によいモデルになる人と悪いモデルになる人がいる。よいモデルはそれに倣い、悪いモデルであれば、そのマイナス面を自ら改めなさい、と言っているのだ。

たった三人でもこのように勉強になる。ましてや多くの人と接すると、人のあり方についてより多く学べるのである。それに、広く多くの人と常につながりを保っておくことは、仕事や人生に関するさまざまな情報をより多く共有する上で都合がいい。

他にも『論語』には、
君子は周して比せず。小人は比して周せず
という言葉がある。

周はすみずみまで行き渡る、が原意である。比は同類の仲間の意をもつ。

「君子は全ての人と広くまじわります。小人は自分と気の合う人とだけ仲間になり、群れて親しみ合います」という意味で、先の言葉とほぼ同義だ。

さらに、
君子は矜(きん)にして争わず、群して党せず
という言葉もある。

矜(きん)はしっかり構える、かたく自信をもつ、の意味。群はひとかまりに集まること、党は仲間同士でひいきする、という意味をもつ。

つまり、君子はしっかり構えて人と争わず、特定の人と群れ、仲間うちでべたべたすることはない、と言っているのだ。

このように類似の言葉がたくさんあるのは、孔子が弟子に、念を押してこのことを教えたかったからであろう。


世の中には、よこしまな人や自分勝手な人がいる。今の時代、自分が好きなもの以外には全く目を向けない自己中心の人で溢れている。

多くの人と接するときは、まず自分が寛(くつろ)いだ気持になり、仁の心を発揮することが肝要である。

また、自分が何らかの価値観にとらわれて殻に閉じこもり自己中心になっていないか、人に気に入られようと迎合していないか、自分に都合よく利益を求めようとしていないかなど、自分の姿を省みることである。





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