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2016年09月13日20:08

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フルアナログなのに非・減算方式シンセ:Make Noise "0-Coast"(前篇)

●早くも長い前置き:こんにち的シンセの開祖とアナログシンセの二大流派

こんにち的なシンセの開祖として有名なのは、アメリカのロバート・モーグ(Robert Moog)と、ドン・ブックラ(Don Buchla)である。しかし歴史上、いちばん最初に電圧制御方式シンセをつくったのは、モーグでもなければブックラでもない。

それはドイツのハラルト・ボーデ(Harald Bode)であり、1960 年のことであった。しかしボーデが創ったシンセは、すでにモジュラー構成になっていたものの、当時の電子音楽として流行していたテープの切り貼りによる「ミュージック・コンクレート」の影響を受け、オシレーターが無い代わりに、なんとオープンリールのテープレコーダーが音源回路として組み込まれていた。そしてそのテープから出る音を、フィルターやリング変調機などのモジュールで加工するようになっていた。その点では、アナログ方式のフレーズサンプリング・モジュラーシンセとも言えるであろう。
ちなみに彼は史上初の VCO も開発したが、不思議にもモジュラーシンセには組み込んでいなかったふしがある。

やがて '60 年代前半から、ボーデなどによる先行モジュールをヒントに、モーグもブックラも、自分なりに電圧制御型のオシレーター・モジュールを開発し、さまざまな他のモジュールも開発するようになった。そして、’64 年には、モーグがモジュラーシンセのプロトタイプを販売することに成功し、以来、モジュラーシンセの開発と販売にいそしむようになった。’66 年には、ブックラが自身では初めての商業ベースでのモジュラーシンセ販売を始め、その機種名はブックラ 100 シリーズと銘打たれた。二人は、ボーデなど数多くの先駆者たちの偉業の上に、先駆者たちの双肩の上にならび立って、史上初の、こんにち的なアナログシンセをつくりあげたのである。
ちなみに冨田勲は、moog IIIp とともに、モーグ社へライセンス提供されていたボーデのリング変調機とフリケンシーシフターとを入手しており、アルバム「月の光」などからずっと使用している。

はじめのうちは、モーグもブックラも、オシレーターやフィルターなど、音や回路はさておき分類としては似たようなモジュールをつくって販売していたようである。しかし、それでも二人の設計思想には明確に違うものがあった。特にそれは、後述するコントローラーに顕著に表れていた。
そして ’70 年代に入り、ラインナップが変わるにつれ、二人はアナログシンセにおける二大流派へと分派していくようになった。
当時、ブックラはアメリカ西海岸のサンフランシスコにおり、モーグは東海岸のニューヨーク州に拠点を置いていた。彼らが、同時代に販売していた二つの黎明期のこんにち的シンセは、おのおの明確に異なる思想とキャラで設計されていた。そのため、アナログシンセ業界では、たとえて言うなら「東海岸モーグ流派」と「西海岸ブックラ流派」とも言うべき、ふたつの流派が存在することとなった。

東海岸モーグ流派、すなわち一般的に言われる「イーストコースト・シンセシス(East Coast Synthesis)」は、いわゆる減算方式であり、オシレーター/フィルター/アンプという音声信号経路をたどり、それへの変調要素として EG や LFO などがあった。豊富な倍音をもつ音源波形から倍音を削って音創りするという減算方式は、論理的であり、できる音色の予想もつきやすい利点があった。そしてモーグ・シンセは、おもに普通の音楽用キーボードによって演奏できるようになっていた。
つまりモーグは、従来的な音楽演奏を念頭において、すべてを設計したのである。このため、モーグ・シンセにはじまる減算方式は、デジタル化されソフトウェア化されたこんにちにいたるまで絶大な人気があり、音楽シーンを席巻することになる。

いっぽう西海岸ブックラ流派、一般的に「ウェストコースト・シンセシス(West Coast Synthesis)」と呼ばれる音源方式は、フルアナログなのにフィルターを持たず、アナログによる FM 変調や、ウェーヴシェイピング、ウェーヴフォールディングなどにより倍音を増やす方向で音創りするように設計されていた。三角波のように倍音が少ない音源波形から、さまざまな変調をへて倍音を増やすというこのシンセシスは、減算方式では不可能な音や、より複雑な倍音構成の音をつくることができた。

さらに、ブックラのシンセは '66 年に発売した初号機 100 シリーズからの伝統として、トラッドな白鍵・黒鍵からなるキーボードを持たず、まったくなんのコントローラも持たないか、あっても金属タッチパネルによるフルフラットな鍵盤などしかなかった。金属タッチパネル鍵盤は、マイクロチューニングすら可能であったという。しかしその一方で、金属タッチパネル鍵盤は、演奏者が鍵盤に触れる指などの面積や、触れる指先の汗による湿度などによっても音色が変わるという、非常に繊細な表現を可能としつつ、かえってなかなか弾きこなすにもむずかしいものであった。
そのようなコントローラが無い場合は、アナログシーケンサーで自動演奏させるか、あるいは音を出しっぱなしにしてドローン音をたれ流し、操作子をひねりまくって音色変化させるという手法がとられた。ブックラは、アナログシーケンサーの発明者でもあるのだが、それは当時の電子音楽として流行していた「ミュージック・コンクレート」を、より容易に実現するフレーズ生成マシンとして開発したものであったというのも、興味深い。

むろん、モーグにも長大なリボンコントローラーがあったり、モジュラー用キーボードコントローラーにはピッチのスケールを変える機能が付いていたりもした。しかしそれらは、キース・エマーソンのようなショーアップしたパフォーマンス以外ではあまり使われることなく、特に minimoog がヒットし対抗馬として ARP Odyssey が出るようになると、忘れ去られていく傾向にあった。
いっぽう、ブックラは '60 年代の当初からタッチパネル鍵盤にこだわっていた。

結果、ブックラのシンセは先進的すぎ、とんがりすぎて、音響実験室か、前衛的でアヴァンギャルドな音楽にしか使われないことが多かった。

ブックラは、異端児であった。

しかし彼にしてみれば、東海岸モーグ流派のシンセこそが、既存の楽器に従属しすぎた設計になっており、電子楽器は、もっと自由奔放な表現力を持つべきものであった。
事実、'82 年の米国版キーマガにおけるインタビュー記事にて、彼はそう明言している。
彼は「シンセサイザー」という言葉すら好きではなかった。合成器という、その意味からは、どこかしら「既存のなにかを模倣するもの」というニュアンスが感じられたからだ。だから彼は、彼のシンセをシンセとひとくくりにしては呼ばず、単におのおのの機種名でのみ呼んだ。

けっきょく、モーグは豊かな音色を創ることを第一に置き、ブックラは既存のしがらみにとらわれない電子音楽ならではの演奏をすることを第一に置いていたがために、二つの流派が誕生することになったと言っても過言ではない。
ちなみに、この二人は仲が良かったそうである。個人的感情と、彼らがつくりだすもの、さらには市場経済や会社経営とはまた別の話、ということであろう。

そしてブックラは、細々とではあるが、とんがった西海岸流派のシンセをつくり、デジタルハードシンセが流行すると、これまた前衛的かつ実験的な感圧パッド方式の MIDI コントローラをつくり、そしてゼロ年代になって eurorack ブームが起きると、それを機にまた変態なシンセをつくったり、往年の変態シンセを復刻させたりしている。

また、西海岸ブックラ流派のシンセメーカーは、ブックラの他にも、古くから Serge(サージ)などあり、そろいもそろって特殊なシンセを開発し、その結果、いずれも細々とではあるが、求道者のように、息の長いシンセづくりをつづけてきた。


なお、海外では「西海岸ブックラ流派のシンセは、加算合成方式のシンセシスを採用している」と言われる事が多い。しかし加算合成といっても、フーリエ級数を使ったサイン波倍音加算合成などとは違い、あくまで「倍音が少ない音源波形に倍音を増やす」という意味に過ぎないことに注意。

ところで、先ほど西海岸ブックラ流派のシンセシスでは、アナログによる FM、ウェーヴシェイピング、ウェーヴフォールディングなどによって音創りすると述べた。
アナログによる FM 変調は、ヤマハ DX で大ブレイクしたデジタル FM ほどには音が澄んでいないものの、原理上エイリアスノイズが出ないという特徴がある。なお、FM 変調による音創りは、'67 年にチャウニング博士によって発見された手法である。
いっぽう、ウェーヴシェイピングは、単調な音源波形ほど音楽的な音色変化をもたらす1対1の数学的な変換である。のちのデジタルシンセ時代において、コルグが 01/W を出したときに採用されたものの、PCM のように複雑かつ不規則な音源波形にかけると、ただの汚いノイズにしかならないことが多かった。そのため、むしろ幾何学的な音源波形しか出さない原始的なアナログシンセに有利な手法であった。
さらにウェーヴフォールディングとは、ディストーションシンセシスの一種であり、ある波高から上ないし下の部分を、極性が逆の方向へ折り返すことによって波形をひずませるシンセシスである。とはいえ、単純なディスト―ションのように鋸歯状波を台形波にするような、ある振幅以上の波をシンプルにぶったぎるようなことはせず、どう波形を折り返すかが、各シンセメーカーの腕のみせどころであった。
これら西海岸流派のシンセシスをすべて包括して、非線形シンセシス、ノンリニアシンセシスとも呼び、それはサイン波のような単純な波形から複雑な波形を生み出すものであった。そしてそれはモーグシンセなどによる線形シンセシス、あるいはリニアシンセサイザーをうたったローランド D-50 などとはコンセプトが異なるものであった。


余談ながら、とかくぶっとんだ発想の機種が多いブックラだが、じつは '70 年前後から活躍していた元祖シンセ女子スザンヌ・チアーニ(Suzanne Ciani)は、なんとブックラ・シンセに触れてシンセ音楽に目覚め、ブックラを多用し、じつにたおやかな作風の美しいシンセ音楽アルバムも残していたりする。

また、ブックラは、実はオランダ系アメリカ人であり、その名前は、ほんとうは「ブークラ」と読むらしい。しかし日本では「ブックラ」で定着し、アメリカでは「ブクラ」とか「バクラ」とか言われたりする。
オランダ系アメリカ人で名前の読み方に諸説ある点でも、奇しくも彼はモーグと同じである。


●メーカー名

Make Noise

2008 年ごろに、創業者トニー・ロランドー(Tony Rolando)は、自分へのプレゼントとしてリングモジュレーターをつくってみた。ところがその音がすばらしいというので、ネットで噂になり、彼は電子楽器のガレージメーカーである Make Noise 社を創業することとなった。
やがて同社はユーロラックブームに乗り、今まであまり誰もが手をつけてこなかった西海岸ブックラ流派シンセシスに深く影響を受け、さまざまな個性派モジュールを開発・発売する大手シンセメーカーとなり、ついには Shared System という名の 60 万円以上する巨大でモジュラーなフラッグシップシンセまでつくりあげた。また全世界で3万台以上も売れたとも言われる関数ジェネレーター・ユーロラックモジュール Maths など、とにかく異端児な機種を数多く生み出してきた。
今では、ユーロラックのモジュラーシンセ・ユーザーの大半が、なんらかの形で同社のモジュールを組み込んでいるくらい、同社は大きなメーカーになった。

前述のフラッグシップ・モジュラーシンセの Shared System だが、これは皆で同じ機種を共有=シェアし、それでさまざまな作品をつくろうという意味があり、特に著名アーティストへ提供しては一発録りの作品をつくってもらい、7インチアナログ盤レコードにして販売する Make Noise Records というレコード・レーベルまで立ち上げているところが、同社の当世風でおもしろいところでもある。

なお、西海岸ブックラ流派における現代の雄である同社だが、その本社は、なんの偶然か東海岸モーグ流派の総本山たる新生モーグ社と同じ町、すなわちアメリカは東部のノースカロライナ州アッシュヴィルにある。Make Noise 創業者社長トニー・ロランドーは、一時期、この新生モーグ社で働いていたこともあるという。

また創業者のラストネームは、よく日本ではローランドと呼ばれているが、つづりからするとロランドーのほうが正しい読み方である。


ところで、現代のモジュラーシンセメーカーにおいて、西海岸ブックラ流派のメーカーは、Buchla、Serge、この Make Noise の他に、フランスの Mutable Instruments などがある。Mutable Instruments は、デジタル音源によるユーロラック・モジュールを盛んに開発・販売しており、物理モデリング・オシレーターモジュールなどもあったりする。


●機種名

0-Coast

2016年1月発表、同年6月海外発売、7月国内発売。海外売価 US$499、国内売価6万円前後。

それまでユーロラック・モジュラーシンセをたくさんつくってきた Make Noise 社が、初めて出したテーブルトップ型のセミモジュラー・モノシンセ音源モジュール。
同社のフラッグシップたる Shared System を、ぐっと小さく凝縮したような仕様の機種だが、新開発の機能もいろいろある。薄い軽量コンパクトな金属ボディも、場所を取らず、かつ頑丈で、うれしい。

機種名の最初の文字は「ゼロ」である。
機種名の読み方には:
・ゼロコースト
・ノーコースト
・オーコースト
とあり、どれもが正解とされているものの、創業者社長ロランドー氏が「ノーコースト」と呼んでいるらしく、それがいちばん製品コンセプトに近いとされる。

・東海岸モーグ流派が「イーストコースト・シンセシス」。
・西海岸ブックラ流派が「ウェストコースト・シンセシス」。
・で、この機種はそのどちらでもないというので「ノーコースト・シンセシス(No Coast Synthesis)」ということらしい。

すなわち、モーグとブックラという、アナログシンセ二大パラダイムの、あいの子、とでも言いたいらしい。


●音源方式

ノーコースト・シンセシス。
それは東海岸モーグ流派と、西海岸ブックラ流派との特徴が入り乱れた、独自の音源方式。
しかもフルアナログ、かつディスクリート設計の、セミモジュラーシンセ。


セミモジュラーなので、音声信号系は以下の順番で内部結線されている。

音声信号系:
・VCO1基
・オーバートーン(Overtone)セクション
・マルチプライ(Multiply)セクション
・バランス(Balance)セクション
・ダイナミクス(Dynamics)セクション


これに加えて以下の変調系コンポーネントが存在。

変調系:
・クロック出力/ランダム出力
・電圧演算(Voltage Math)セクション
・スロープ(Slope)セクション → オーバートーンとマルチプライへ内部結線
・コントゥアー(Contour)セクション → ダイナミクスへ内部結線


さらには、随所にパッチングするためのミニジャック端子が開いている。
MIDI IN 端子もあり、これもミニジャックで、5ピン端子との変換ケーブルが付属する。
むろん CV/Gate 駆動もでき、MIDI to CV/Gate コンバーターにもなる。
なお、6本のパッチケーブルが付属する。さらに私の個体は日本代理店のキャンペーン品だったので、5本のパッチケーブルが追加されて付属してきたが、それらは短くて、短距離パッチングにしか使えないというところが、ご愛嬌。


●同時発音数

モノフォニック。
だが外部機器と組み合わせつつパッチングすれば、裏ワザで2音ポリに、やりようによってはそれ以上のポリ数にできる。


●内蔵エフェクトの性能と傾向

無い。


●内蔵波形、プリセットの傾向

装備されている VCO が1基のみであり、そこからの音源波形は三角波と矩形波のみだが、裏ワザでパッチングすると最大合計4基のオシレーターや1基のノイズジェネレーターなどが創りだせる。裏ワザによって作り出されたオシレーターから出力される波形は、倍音構成をさまざまに連続変化させられる鋸歯状波や三角波、パルス波、さらにはより複雑な幾何学波形など。同じく裏ワザによるノイズジェネレーターは、ホワイトノイズからレッドノイズまで各種のノイズを連続して可変出力できる。
ウェーヴフォールドの演算上、鋸歯状波とパルス波は加工できないという特性があり、そのためかデフォルトでの VCO には搭載されていはいない。

音色メモリーが無いのでプリセットも無い。


(↓後編へ続く
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