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2018年09月21日03:45

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夏の一日  番外編 柳くんの憂鬱  2

言いたくても言えない言葉が
胸の中で渦を巻く
好きだ

柳ー、そっちのビールの方が美味そう。飲ませて!
えっ。
僕はドキリとする。
けれど、彼はそんな僕の胸中など知る由もなく、
ぐいと僕の手にしてる缶ビールを奪ってそのまま自分の口に持っていく。
!!!
やっぱり美味いや。次はこっち買おう。サンキュッ

僕は彼の口にした缶ビールを飲むことが出来ない。
だってそれは、臭くて死にそうな言葉、
間接キス
だからだ。


言いたくても言えない言葉が
胸の中で渦を巻く
好きだ



秋の訪れはいつだって美しい。
それまで夏の強い日差しを浴びていた木々の葉が、
いっせいに物憂いな色を帯びるからだ。

大学はまだ夏休み。
僕と仁科は週3位の割合で会っていた。
大概は外で馬鹿遊びをしたり、各々のアパートで飲み明かしたり、
そんな感じでときを刻んでいった。
お互いまだ彼女はいなかった。
まぁ仁科には高校のとき付き合ってたコがいたんだけど、地元を出てから何故かお互い疎遠になったらしい。
仁科は、どんなふうにして、女の子と過ごしていたんだろう。
想像すると胸が苦しくなった。

大学の二学期が始まった。
行事の多い時期だったが、それなりに参加し、秋も深まっていった。
僕たちは、なんとなく手話のサークルに入った。就職のとき何かのサークルに入っていると有利だという単純な理由と、何故かお互い手話に興味を持っていたから。
中学のとき、ヘレンケラーを読んでさ、めちゃくちゃ感動したからかな。
僕は仁科に話した。
仁科は、何でも従兄弟の一人が耳が聞こえないらしい。
そのサークルの中に、やがて僕のことを好きになる小田美樹の友人、瀬川さやかがいたのだけれど、その頃は、さやかとは顔を合わせる程度の仲だった。


季節は冬になった。
柳ー、明日泊めてよ!
仁科はいつも急だった。これまでにも何度かお互いのアパートで飲み明かしたことはあったけど、その日は特別だった。何故なら明日はクリスマスイヴだったから。
いいけど、お前予定ないの?
ないさ。あ、お前あるなら遠慮する!
俺もないよっ。
あ、そう!野郎二人で色気もないな。
そう言って仁科は笑った、まるで人ごとみたいに。

本当はさ、イヴにアパートに一人きりってのが寂しかったんだ。
寂しかったんだ
彼の感情はいつだって素直でてらいがない。
僕には真似できない素直さ。

二人で小さなケーキとチキンとシャンパンを買ってお祝いした、僕のアパートで。

しんしん
外は小雪が降っていた。
しんしん

神様、今僕は凄く幸せです、好きな人と一緒にイヴを祝えて。
だけど、この幸福は、
永遠に、
秘めたものなのですね?
秘めたものにしなければならないのですね?

しんしん
雪が音もなく降り続く。

僕は表面上は幸せだったが、
心の中は
雪が降り積もっていた。

19の冬。

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