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2015年04月15日16:40

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今日の一枚。「第九」フルトヴェングラー&BPO。1942(メロディア)

 フルトヴェングラーのバイロイトの第九を聞いて、今一つしっくり来なかったので、54年のルツェルン、他には62年のカラヤン、58年のクレンペラー、72年のベームなども聞いた。

 ルツェルンは、時代が新しい事もあって、フルトヴェングラーの録音の中では一番の音質だと思う。聞いた感じだと、録音したのはEMIではないと思う。同じ年にウィーンフィルと「運命」をスタジオ録音しているが、これは音質としてあまり良くない。
弦楽器が金切り声になっている。EMIの技術はこの程度なんだと思う。

 ルツェルンは、とても綺麗に弦楽器が鳴っている。条件としてはスタジオよりも不利だけど、この時代の最高水準になってる。この音の傾向は、デッカ。録音テープはスイス放送が持っているらしいが、放送局の録音技術はEMIにも及ばないもの。
この時期にここまでの音質で録音出来るのは、自分の聞いた限りでは、RCAとデッカしか思い当たらない。

 同じ年に、クラウスのニューイヤーコンサートが、デッカから出ている。クラウスもこの年に死ぬので、クラウスの残っている唯一つのニューイヤー。この音の雰囲気が、ルツェルンとそっくり。デッカ調とでもいうような響き。音質は当時の最高水準として素晴らしい。

 演奏の方は、さてどうなんだろうか。フルトヴェングラーと言えば、驀進が代名詞のようなもので、この時の演奏は些か大人し過ぎる感じがする。死ぬ三か月前という事で、体力的な問題があったのかもしれない。フルトヴェングラーらしさは、あまり感じられなかった。
1943や1947/5/27の「運命」のような、危うい緊張感はなかった。

 それで最後に辿り着いたのが、1942のベルリンフィルとの演奏。これはメロディアから出ている三月と言われている録音。1942には、四月のヒトラーの誕生日の時にも「第九」を演奏してる。
こちらは、ドイツ週刊ニュースという形で、終りの四分ぐらいは映像付きで残っていて、最近この時のラジオ放送を録音したと言われるCDも出た。

 この三月と四月の録音に関しては、相当に怪しい。当たり前の話として、四月の演奏は一つしかない。けれども、映像付きの音声と、ヒトラーの第九として出たCDの演奏は、別物。三月と言われるメロディアのLPは、完全に映像付きの音声と一致する。
映像付き音声はニュースなので、時間の関係で最後の所で少し休止の部分を短く編集しているけれど、演奏は同じ。これは間違いのない事実。

 つまり、四月のヒトラーの誕生日の演奏というものが、二つ存在する。どちらかは間違いなくニセモノ。どちらがニセモノなのかは、ちょっと分からない。状況証拠としては、限りなくCDが怪しい。
音楽の専門家であれば、簡単に答は出ると思う。映像付き音声は、有名な映像なのでDVDにもなってるらしく、youtubeでも見れる。

 実は、ソプラノが独唱の最後の所で間違えたらしい。映像では、フルトヴェングラーの前に座っていた二人のバイオリン奏者が、あれっ、という顔でソリストの方を見る。譜面を確認した後二人は、あいつ間違えよったぞ、みたいな顔して笑ってる。
だから、この映像の時の演奏には、この部分でソプラノの間違いがあるはず。

 ネットで調べると、沼津のオーケストラの団員が、メロディアのLPにはこの間違いがあると書いている。専門家が言うので、これが正しいのであれば、この映像と共に流れていた演奏は、三月と言われるメロディアのほう。

 但し、話は些かややこしい。この当時、映像は勿論白黒のフィルムで、音声も同時に録音はできた。いわゆる、トーキー。しかし音質的にはまだまだで、SP盤よりも悪かった。
映像と音声が同期して再生されるのは利点だけれど、音質面を考えると、実際の映画ではSP盤を使う事もあった。でも映像と音声が合わなくて、悲劇が喜劇になる可能性は大。

 ヒトラー誕生日の音声は、音質からしてマグネットフォンしかない。だから映像と音声は別個に存在したはず。つまり、今見れるyoutubeの映像は、元々は別々に存在した映像と音声を後の時代に組み合わせたもの。その時に間違えた可能性は否定できないから、本当にこの映像の音声であるかは、ソプラノの間違いのような所で確認するしかない。

 そんな裏話があると知ったのは、メロディアのレコードを買った後。1942の「第九」のメロディアは、バイロイトのEMIのレコード、ウラニアの「英雄」と共に、高値が付く。
一番は、青いレーベルに聖火が描かれているレコード。ebayで、$1500ぐらいはするだろうか。

 こういうのは骨董品なので、現存する数と欲しい人の数で値が決まる。中身はあんまり関係ない。骨董品なので、古い物ほど良いと思われている。売り手としては、そこが狙い目。特にメロディアに関しては、古いものこそ一番という信仰が深いらしい。
$1500は出せないので、その青聖火から板起こししたという、opus蔵のCDを買った。これは\2000ぐらい。

 聞いてみたら、幽霊の正体見たり彼尾花。青聖火の人気の元が透けて見えた、というのか聞こえた。この青聖火は、レコードの製造番号で1956から1961に作られたものらしい。その後、ピンクのレーベルに変わり、1961から1968の盤、1968から1973の盤、と続く。

 青聖火は、1968以降の盤と比べると、低音がしっかり出ている、とopus蔵の解説に書いてある。確かにその通り。聞いてみても違うし、特性的には50Hzから300Hz辺りで、数dBの盛り上がりになっている。
でもね。どうしてそうなのかは、そんなに難しい話じゃないし、$1500出す話でもない。単純に、イコライザーの問題でしょ。

 この時代は、モノラルからステレオへの移行期であり、レコードに必須のイコライザーの特性も完全に確定していなかった。西側であれば、60年代に入るとRIAAの規格がほぼ行き渡って、ステレオレコードでは、一律にRIAAを使えば、ほぼ問題は無くなっている。
60年代でも違うのがある、と言っている人はいるけれど、自分で確認した限りでは特性的に問題はない。
 
 しかし東側ではかなり遅れている筈。例えば、東ドイツの国営レコード会社のエテルナは、ステレオのカッティングマシンの導入が1964。これはかなり確実みたい。当然、それ以前は、ステレオ録音していても、モノラルのレコードしか出せない。モノラルレコードは、RIAAに準拠していない可能性が高い。
ソ連も、似たような状況ではないだろうか。

 青聖火で低音側が持ち上がるのは、そんな理由。1968製造からその傾向が無くなるのは、単純にRIAAを採用したからだと思う。骨董屋は測定したりしないし、古い物ほど良いのじゃ、と言ってれば儲かるし、実際に音は違うので客も騙される。
真相は、イコライザーの特性。幽霊の正体なんて、そんなもんよ。

 1968製造であっても、青聖火風の音にしたいのであれば、低音側を少し盛れは良い。でも聞いてみれば分かるけど、opus蔵の青聖火の音は、不自然。最初は、おやっこれが伝説の青聖火か、と確かに思う。
暫く聞くと、標準的なオーケストラの低音と高音のバランスからは外れていると分かる。権威がありそうに聞こえるのは確か。でも不自然なので、一楽章聞いたらもうヤメ。

 と、裏事情が透けて聞こえたので、少し安めの1968製造を買った。それでも$130ぐらいはした。うちのレコードの中では、一番高いかも。この写真。
早速、デジタル化する。やっぱりソ連製だなあ、という感じ。1943の「運命」よりは、時代による劣化が大きい。二枚組で、一楽章と二楽章で一面、三楽章と四楽章がそれぞれ一面。最後の一面は、ハイドンだったかな。
フォト


 これはソ連が占領地のベルリンから持ち帰った、マグネットフォンのテープをレコードにしたもの。この三面に分かれている各楽章は、それぞれが全く別の歴史を生き抜いて来た、ような感じがする。
かなり不鮮明だけれども、ハムの痕跡から判断して、どれもが三回か四回ぐらいのコピーを経たテープと思う。

 コピーした時期は違う。元々、70分を超える長さのテープがこの時代にはなかったこともある。opus蔵の解説によると、一本の長さは20分ぐらいであったと。そんな経緯で、レコードの各面の元テープは、違う処理になったのかなと思う。
中でも、初めての経験が三楽章。これは驚き。

フォト

 これは三楽章の修正前と修正後。下の段が修正前。というか、opus蔵の特性。緑の矢印の所は、ふにゃふにゃと、うねってる。これは音の高さを表しているので、うねっているのは、音程がふらふら動いているという意味。へたくそなラッパ吹きだと、ラーメン屋のチャルメラみたいに、ふらつく。昔の蓄音機でも、回転数が不安定になると、音程が定まらなくなる。あれと同じ現象。
 
 これは勿論、演奏ではなくてテープに問題がある。最後にコピーした時、テープの回転数がふらついていた。再生ではなくて録音の時。何故かというならば、この揺れは青聖火でも、うちの1968製造でも出ている。
再生時であれば、時代を隔てた二つの再生で、似たようなふらつきは出ない。既に揺れてしまったテープを再生した、と考えるのが自然。

 そして信じられない事に、この揺れの周期は、レコードの33回転に一致する。コピーした時、何故か33回転に同期して電源の周波数が変化した。三楽章にだけは、この揺れがある。
そして更に不思議なのは、このコピーした時に使った録音機は、かなり新しい機種。モノラル時代には使っていなかったと思う。

 ステレオ時代のテープレコーダーは、回転数を合わせるためと思われるテスト信号を、混ぜるようになる。16kHz前後のかなり低いレベルなので、普通は分からない。周波数も高いので、ここまで余裕で再生できるようになっていないと意味もない。モノラル時代には見た事がない。

 その信号が、三楽章だけに入っている。そういう時代の機械を使ったという事。この16kHzの信号が、一分で33回転の周期で変化しているので、揺れの原因が分かったし、逆に補正して、前の写真の上の段のように、音程の揺れをほとんど取れた。
当然ながら、補正していないopus蔵のCDは、揺れたまま。特に終りのほうで揺れが大きくなるので、聞いていても分かる。青聖火なんて名前に意味はなく、中身が問題。揺れているのは拙い。

 1968製造は普通のRIAAなので、後はクリック音を取ったり、弦楽器の響きを濁らせるノイズを取ったりして、44k/16bitに変換して完成。聞いてみた。
音質としては、総合的にバイロイトよりも良い。演奏的にも。特に三楽章の美しさは、今まで聞いた第九の中でぴか一。ベルリンフィルって、こんな音出すんだろうかと不思議。自分の感覚では、完全に絹の肌触りのようなウィーンフィルの音。

 このメロディアは、戦火を潜り抜けた録音で、何があってもおかしくない。三楽章が、他の時期の録音であったとしても、驚きはしない。技術論的には、ちょっとありえないテスト信号とか回転数のずれなどで、他の楽章とは出自が違うと考えた方が自然。
1942は戦争中とはいえ、まだまだドイツが優勢だと思う。1943の「運命」は、そろそろ時局が逼迫して、演奏中にも空襲警報が鳴り響くかもな緊張感がある。

 この「第九」に、そんな明日をも知れぬ、はない。三楽章の美しさ、音声付きのニュースにも、まだまだ余裕が感じられる。戦時下の緊張、は少し先の話。純粋に、音楽としての演奏で、戦意高揚などはないと思う。三楽章だけにでも、$130払って十分に元が取れる。

 フルトヴェングラーは、低音重視であったらしい。1943や1947の「運命」は、ともかくティンパニの轟が凄い。この「第九」もやっぱり、ティンパニ。こういう打撃系の楽器は、再生が難しい。
うちは部屋が広いので、低音は無理なく20Hzぐらいまで楽に出る。ティンパニは聞き所。

 とはいえ、この時代の録音だと、40Hz以下はない。見たところ無いので、30Hz以下は切った事がある。ところが、詰まらなくなった。FFTで解析すれば、打撃系の楽器では、随分と低い方まで特性が広がるのだと知ってる。コントラバスでも、ピチカートは同じく下まで広がる。

 それで半信半疑ながら、今は一切切らない。そうするとティンパニは、ずずんと地響きするような音になる。フルトヴェングラーは、こうでなくてはならないのだと思う。opus蔵は、この地響きは出ない。特性的に、MCの昇圧トランスを使っているのかと思う。

 最初から最後まで、60Hzのハムが乗っている。ほとんど同じレベルで周波数も全くずれず、60Hzのみだから、関西でデジタル化して、その時に昇圧トランスで拾っていると思われる。
不思議な事に、うちでも昇圧トランス使うと、地響きは出ない。20Hzぐらいまでの特性でもダメ。打撃系の楽器は、もっと下まで出すので不思議ではないが。

 その売りであるティンパニが、四楽章の半ばぐらいから響かなくなる。この「第九」は、
四楽章に入ってもオーケストラは下がらない。ぐぐっと前に出て来る。これは凄い。大抵の第九は、最近の録音でも前に出るのは珍しい。カラヤンの62年ぐらい。バイロイトは、相当に引っ込む

 その、前に出てパワーアップしたはずのオーケストラが、ver Gotの合唱が終わってテノールが少し歌って、オーケストラが暫く演奏すると、響かなくなる。再び合唱が始まった所ぐらいから、ティンパニの鳴りが悪くなって、合唱も不鮮明になって最後までそのまま。四楽章の最後の11分ぐらい。

 ニュース映像からして、最後の四分ぐらいは、メロディアの音は四月の演奏と同じであるのは確か。どこから変わったかと言えば、たぶん11分ぐらい。感覚の話になるけれど、音的には、変わっている。
圧倒的だった四楽章の出だしとは、まるで違っている。不鮮明で確実ではないけれど、ハムの痕跡もこの辺りから変わっているように思う。

 後半で冴えない音になるのは間違いない。最後まで始まりと同じ音で突っ走るのなら、「第九」の一押しは1942で決まりだったのに、惜しい。なんとかそれまでの余韻で脳内補正して、最後の11分ほどを乗り切るしかない。
1942の演奏が、運良くマグネットフォンで残ったのだから、贅沢は言えないが。普通ならばSP盤なので、相当にマグネットフォンより落ちる。バイロイトにも遠く及ばない質になる。

 恐らくは、四月の録音が混じっている三月録音のメロディアなれど、バイロイトとルツェルンと比べるならば、圧倒的にこれが良い。勿論、一次資料というのか、元のレコードから自分の再生環境に合わせて、自録りの必要はある。
青聖火に大枚払っても、問題は解決しない。ヒトラーの第九として出ているCDは、放送波のアセテート盤相当の録音なので、資料としての価値しかない。

 調べてみたら、言われている通りに、部分的にメロディアが混ざっている。これは一枚が五分に欠ける盤14枚で出来ていたので、つなぎ目が切れている。そこをメロディアでうめた。
そう聞くと、欠損部分の10秒程度をうめたと思うのだが、違う。それではつなぎ目がハッキリ分かってしまうので、短くても一分、長いと三分ぐらいは、ずっとメロディアが入ってる。

 ただ、不思議な事に三楽章だけは、メロディアが入った形跡を見つけられなかった。何かで埋める必要はあるはずなのに。そして、時間が異常に短い。メロディアは、20分30ぐらいある。ヒトラーの第九は、19分と少し。
相当に出所の怪しい録音で、四月のものではなさそうだから、ただ怪しいと言うだけの二束三文の価値。

 opus蔵はかなり良いけれど、イコライザーが狂っている。ティンパニも響かない。市販品の中では相当に良いけれど、これが限界。一次資料の自録りに勝るものはないし、フルトヴェングラーには音質の問題があるので、特に必須。

 ともかく、二楽章から四楽章の半ばまでは、音質も演奏も一番と思う。一楽章は、四楽章の後半程には変でないけど、まだエンジンかかってないとか、真空管時代だから余熱が足りないとか。
迷ったけど$130は、とても安い買い物だった。蚤の市で買った古い絵が、実はそこそこの画家の真筆だった、みたいに。




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