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2015年01月11日07:43

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フランスの国是とテロ事件 日本では報道されないこと

今回のフランスのテロ事件に関して日本では、テロ行為の残虐性やイスラム過激思想への警戒感ばかりが報道されている。
しかし、現地フランスでは国民の受け止め方も、報道のされ方も日本とは全く異なることを指摘しておきたい。

フランスでは、事件そのものを伝えることもさることながら、事件に抗議する大規模な集会がフランス国中で相次いで開催されていることが詳細に報じられている。
その規模たるや、万人単位で、あの南仏のリゾート地ニースでは10万人集会にふくれあがったとAFPが報じている。

11日には、オランド大統領の呼びかけで、パリで大行進が行われる予定である。
はたして、日本で安倍首相がこんなことをするか、呼びかけたとして国民が呼応するか。まずありえないことだ。

フランス国民がどうしてこのような行動に出るのか。
それは、この事件が、フランス大革命を経て培ったフランス建国の精神であり、国是であるフラテルニテに対する挑戦だと受け止められたからに他ならない。
フラテルニテは自由、平等、博愛と翻訳されている博愛にあたるフランス語だが、完全な誤訳である。フラテルニテとは、他者がどんな意見を表明しようともその表明する自由と権利は命をかけて相互に守り尊重するという意味である。

だから、言論の自由や表現の自由というのとも違う。これは国家を含む権力に対する自由、権力からの自由の意味で、米国流の思想である。
他方、フラテルニテは個人間や組織間を超えて、自由な言論活動を相互に守り尊重しようという思想である。つまり、自由に議論を戦わせるのに個人も組織もないということだ。

ドラクロワの絵で有名な自由の女神に先導された民衆は、自らの血であがなうことでリベルテ、エガリテ、フラテルニテを国是とし、国是を理解し共感する者なら誰でも受け入れようとした。それがフランスという国なのだ。

もちろん、現実には政治的なご都合主義や様々な利害得失を踏まえて国家は運営されるので、誰でも無条件に受け入れているわけではないし、移民に対する規制は年々厳しくなっている。
しかし、建国の精神に対して真っ向から挑戦するような今回のテロに対しては、フランス人は一致団結するのだ。
テロリストは戦う相手の選択を完全に誤ったという他は無い。

懸念されるとすれば、一致団結が排外主義に向かってしまいかねないことだ。
極右国民戦線のマリー・アンヌ・ルペンは移民排斥を声高に主張し始めている。
在仏日本人も肩身が狭くなりかねない。


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