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2018年06月20日16:02

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ホラー小説の再開、その9

 たいした美人ではなかったが、彼女はとにかく男にモテた。いや、女にもモテていた。美人ではないのに笑うと可愛い。女の子たちに慕われてSМクラブのママになった。そして、何よりも、取材協力者である筆者たちとも気楽に寝てしまうと評判だった。筆者も期待していた。それを期待して取材をヘビーローテーションしていた。
 そんなある夏の日、いつものように取材で事務所に行くと、女の子たちの控室の一角に水槽が置いてあった。大きさは、小型のノートパソコンを立体にした程度。中には綺麗な光る茶色の砂が入っているだけで生き物らしいものはいなかった。

 蛇を飼っているのよ。今は冬眠しているの。おかしい。夏だから。でもね。これは呪いの蛇だからいいのよ。ええ、奥田さんって、ホラー雑誌の編集もしていたんですよねえ。知らないんですか。基本的な呪術じゃないですか。毒蛇の幻を水槽で育てて、呪い殺したい相手にそれをしかけるんですよ。こういう世界にいるとね。呪い殺すしかないような人っているものでしょ。
 ああ、信じた。奥田さん、そうしたことは信じないからホラー雑誌の編集なんか出来たんだって言ってたのに。わりと臆病なのね。でもね。私、そういう臆病な男って嫌いじゃないな。ああ、今度は、これはセックス出来るな、と、そう思ったでしょう。別に、奥田さんにはお世話になっているから、セックスぐらいいけど、そんな理由でセックスする女としたところで楽しくはないでしょ。そんなセックスが気持ち良いとも思えないしね。それでもいいなら、私のほうは、いつでもいいけど。
 私ね。こんな軽い女だから、身体だけじゃなく、すぐに、お金も騙し取られるんだ。このSМクラブの広告ね。ある編集の男の人に一括してお願いしていたんだけどね。その人、半分ぐらい抜いていたらしいの。それに三年も気づかなかったの。もちろん、身体の関係もあったし、何となく恋愛感情もあったと思う。まあ、こんな仕事だからね。そんな話はゴロゴロしているでしょ。ただ、あんな男に半分も持って行かれるなら、その分で女の子たちに何かしてあげたかったな、と、そうは思うんだけどね。
 そうそう。その水槽ね。それは、そうして砂を楽しむためのインテリアなのよ。綺麗でしょ。キラキラした茶色の砂。小さいけど、じっと見ていると砂漠にいるような錯覚があるのよ。これは本当よ。

 そんな話を聞いた三か月後ぐらいだったろうか。筆者はある男と新宿の喫茶店で打ち合わせをしていた。すると突然、その男が「痛い」と言ってテーブルの下を覗いた。どうしたと尋ねると、男は何かに刺されたと言ってテーブルから足を抜き、ズボンの裾を上げて筆者に見せた。足首の後ろあたりに何かに刺されたような痕が二か所あり、そこからわずかだが出血していた。筆者が「自分でひっかいたんだろう」と、尋ねたが「いや、今だよ。今刺された。これ何。ムカデか何かじゃないかなあ」
 筆者があわててテーブルの下を見ると、そこにキラキラと光る茶色の砂があった。ムカデらしきものはいなかった。筆者は思った。その傷痕は刺されたというよりは咬まれたに近いものなのではないだろうか、と。二本の牙。そう、それは蛇の牙によって出来る痕なのだ。
 その男はそれからほどなく、具合を悪くして田舎に帰ったと聞いたが、その後のことまでは分からない。そして、その後も筆者はそのママとは店のママと取材記者として関わり続けた。ただ、あの水槽は、いつの間にか店からなくなっていた。
 あれから三十年以上が過ぎた。先日。ショッピングセンターで足首に激痛を感じ、見ると、あの時、あの男の足首にあったのと同じ傷が出来ていた。まさか、そんなことが。いや、恨みはいくらでもかっている。ないとは言えないかもしれない。
 そう言えば、砂かけ婆とは、本当は、砂を使って呪術を行う女のことだったと聞いたことがある。いやいや、今は平成の世の中である。そんなことが。しかし、ショッピングセンターで、こんなに深い傷になるような何かがいるものだろうか。そして、筆者は忘れていたもう一つの事実を思い出した。筆者は、あの時から蛇を恐れるようになったのだ、と。
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