mixiユーザー(id:2778345)

2017年02月24日06:41

545 view

新解 常不軽菩薩品第二十−17(P531)

 その一片の人間らしさ・・・それが仏性の芽です。罪業の塵あくたに深くおおいかくされ、汚れはてたその心の中から、ほんの一点だけ仏性がのぞいているのです。暗い牢獄の壁にある小さな明かり窓です。そういう明かり窓をもたない人間というものはいないはずです。
 人を見たら、その一点の明かり窓を見つける。そしてその明かり窓を讃嘆する。讃嘆することによって、その人を自分の明かり窓に気づかせる。明かり窓に気づいた人は、もっと光を入れたい、もっと光をいれたいと、ひとりでに明かり窓を押し広げていくでしょう。これが「仏性を拝み出す」ことであり、「自らの仏性を自覚する」ことです。そして、人の「仏性を拝み出す」ことこそ、菩薩行の大眼目なのです。そこに生きた仏教があるのです。


ここの所が、常不軽菩薩品の真髄、佼成会の基本でありますね!

明日は次の会員教育の研鑽会、
夜は宿直、明後日は、戒名当番です。
月月火水目金金
であります。
ってな感じの
金曜日です!
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年02月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    

最近の日記

もっと見る