おはなし
ウサギとカメとお月様
カメに負けて泣いていたウサギがお月様のおなかの上でお餅を搗くようになってから、もう何年かが過ぎました。
ある満月の晩のこと、ウサギはかけっこに勝ったカメがのそのそと地上を歩いているのを見つけました。
よし、この前の仕返しにちょっとからかってやろう、と無理に声をやわらげてこう言いました。
「カメさん、カメさん、おいしいお餅が出来たんだけど、どうでしょう、こちらに食べに来ませんか?」
するとカメが答えました。
「食べたいけれど、そこまで僕は行けません」
「そりゃあそうでしょうね。僕と違って君にはピョーンって跳べないからねえ」
本当はウサギもお月様に引き上げてもらわなかったら、空の上までは行けなかったのです。
ウサギは続けて言いました。
「じゃあカメさん、お月さまにお願いして空を飛べるようにしてもらったらどうですか?」
そう言われたカメは、さっそくお月様に、おなかの上まで飛んでゆけるようにお願いしました。
お月様は二人の話をじっと聞いていてウサギのからかいだと知っていたのですが、カメの願いを聞いて、空を飛べるようにしてやりました。
カメは首と尻尾とまえ足とあと足を甲羅の中に引っ込めて、その足の穴から炎をゴウッと噴き出して空に舞い上がりました。
空に浮かび上がるとカメは、その丸い身体をクルクルと回しながら、右へ左へと飛び回りはじめました。
そうするうちにカメはお餅のことなどすっかり忘れて、空を飛ぶのに夢中になってしまいました。
そうしてカメはさらにクルクルクルクルと嬉しそうに飛び回りました。
でも、だんだんカメは気持ちが悪くなってきました。
クルクルと回るうちに、いつもゆっくりと歩いている身体の具合が悪くなってしまったのです。
そこでカメは地上に降りて、こう言いました。
「おいしいお餅は食べたいけれど、僕はこうしてゆっくり歩いているほうが良いのです。残念ですがウサギさん、あなたのお餅はいりません」
それを聞いてお月様はニッコリと微笑まれました。
3・11直後に某患者会の会報に書いたものです。
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