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mixiユーザー(id:2145604)

2007年02月27日17:13

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「星のたてごと」の代筆

水野英子「星のたてごと」の単行本化書き直し部 元の雑誌連載時の絵をスキャンしてみたので上げてみます。左から少女クラブ62年4月号本誌・5月号別冊フロク表紙・別冊フロク26−27p

連載時病気だったとかで下川洋子氏が代筆され初出単行本−朝日ソノラマ68年6月発行時に書き直されました。今 入手可能な単行本でもその違いはクッキリと出ています。僅か数年のスパンなのに水野英子氏の画風は相当変化しています。

本当に惜しむべきなのはクライマックス直前の2人が再会し、転生してきた秘密と使命をユリウスと父王に明かし、破局の予感を膨らませつつ別れ行く という重要かつ最大の盛り上がりになるべきエピソードが連載時には代筆であり、単行本化で描き直したときは既に絵柄が相当変わっていて異和感をどちらのバージョンで読むにしても感じられる ことなのです。

なんで休載するか、もっと早く単行本化しなかったのだろう と連載終了とほぼ同時に休刊した雑誌掲載作品であり、殆ど雑誌掲載少女マンガが(手塚を除いて)単行本化されなかったことを無視してのムチャな願望(笑)

ちなみに代筆部は書き直されたものと比べるとネームは全く同一ですがコマ割り、構図は相当ちがいます。B6サイズの別冊フロクもありましたから、そのサイズ用にコマを割った原稿だった故なのかもしれません。

代筆は62年4月号と5月号にわたっています。B6の別冊フロクも付いていましたのでページ数は相当ありました。別冊フロクの表紙絵は明らかに水野氏の絵ですからこのカラー原稿は何時上げられているのか不明ですが、その後の時点でのトラブルと推測されます。

ただ、代筆の下川洋子氏の絵は言っちゃあなんですが…××です。掲載jpg参照(笑)
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2007年02月27日 17:45
    なるほど〜。…これがそうだったんですね。
    でも当時って、「よくある事」とは言いませんが…少年誌でも代筆とかあった例はありましたよね。ちばさんとか。。。
    確か、『せっかく仲間が描いてくれた原稿だから、(単行本化の際も)記念にして直さない』とか言っていたようでしたよ。

    当時は、そんな風に代筆の方にも気を使っておられたのは、ごく当然の成りゆき…だと思います。
    むしろ、時間をおいてからでも直しを入れた事は、読者を思っての事として…微笑ましく思います。^_^

    何があったにせよ、落とさないための…「苦肉の作」ですね。。。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2007年02月28日 04:43
    ミクシイ内では初めまして。
    代筆の方、上手いじゃないですか。ぜんぜんイメージ壊してませんよ。
    素直な絵です。書き直すときに主役以外は残して置いても良かったと思います。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2007年02月28日 09:45
    〉moriseさん
    そう、落っこちるか否か相当ドタバタしたものと推測されます(笑)
    ただ、『せっかく仲間が描いてくれた原稿だから、(単行本化の際も)記念にして直さない』とするにはチト稚拙なのです。

    〉annyさん
    確かに mixiでは初めてでしたね、以降も宜しくm(_ _)m

    「上手い」「イメージ壊していない」というのは若干誉めすぎではないかと(^^;
    確かに素直な絵でアマチュアレベルよりかは遥に上ですが水野英子の絵でず〜と読んできてクライマックスでこの絵になると違和感は相当ありました−いやあります。

    》書き直すときに主役以外は残して置いても良かった 
    確かに その通りですね メインキャラの風貌への違和感
    −左画像の9コマ目の驚くリンダや右画像の67コマ目のユリウスやその下のワルキューレ姿のリンダなど目鼻が描かれなければ...

    ひょっとしたら水野氏も最初は そのつもりで書き直されていたのだけれど… ここにも手を入れたい、この構図も…が在ったのかもしれませんね。
    この部分だけが目立ちますが他にも連載の繋ぎの部分やCM用の空きコマ部は68年当時の絵柄で書き足されています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年11月24日 14:09
    > mixiユーザー 
    何年も経て急にコメントさせていただきます。

    こちらの件、昨日ありましたトキワ荘フォーラムでのトークイベントでhttp://www.nihonmangakakyokai.or.jp/?tbl=exhibition&id=6205
    みなもと太郎先生が話題に出され、水野英子先生が答えていらっしゃいました。

    急病は本当ですが、その内容は目の異常だったそうです。下関にいて仕事をしていて、少しテレビをみてからまた仕事に戻ろうと思ったら、目にサーッと砂が流れるような状態になってしまって、何にも見えなくなってしまって。心配した丸山さんがすぐ上京しなさいと言ってくださって上京して順天堂の病院に連れて行ってくださったそうです。そしたら、ものすごい過労なので、2か月仕事もテレビも読書も絶対禁止ってなって、やむなく代筆ということになったそうです。後年描っきなおして絵柄が変わったことが残念だったと先生もおっしゃっていました。

    今だったら休載ということにできるでしょうけれども、当時はそういう発想がそもそもなかったですよね。

    以上、当時の水野先生の補足情報までです。

mixiユーザー

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